文書 No.007 民俗調査記録(大正期)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【文書 No.007】 民俗調査記録(大正期) 千葉県下における埋没集落の伝承(一)
文書種別:D/廣澤文彦 民俗調査記録(大正期)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『千葉県下における埋没集落の伝承』
大正十一年九月 廣澤 文彦 稿
第三章 骸ケ谷の民俗について
(本章は調査手帳の記述を元に整理したものである。
一部は現地における口述の筆写であり、話者の語法をできる限り保存した。)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(一)骸ケ谷の所在について
大正十一年七月、筆者は千葉県下の廃村調査の一環として、
千葉市郊外の谷地形を踏査した。
当日は晴天であったが、目的地周辺に差し掛かると
気温が急に低下し、湿度が増した感覚があった。
方位磁石は正常に機能していた。
午前中に台地上の民家数軒に聞き込みを行った。
「骸ケ谷」なる地名を尋ねると、
多くの者は知らないと答えた。
三軒目の老農が「それを訊くのですか」と言い、
しばらく沈黙した後、「行かない方がいい」と述べた。
理由を問うと「谷に入ると戻れなくなる」との回答であった。
さらに問いを重ねると、「骸ケ谷の末裔という老婆が
南の方に住んでいる」と教えた。
午後、その方角へ向かったところ、以下に記す老婆と出会った。
現行の地形図および地籍図には「骸ケ谷」に相当する表記を見出せない。
しかし地元の古記録には散発的にその名が現れており、
かつて当地に集落が存在したことを示唆する記述もある。
本章はその集落の民俗的記録を目的とする。
現行の地形図および地籍図には「骸ケ谷」に相当する表記を見出せない。
しかし地元の古記録には散発的にその名が現れており、
かつて当地に集落が存在したことを示唆する記述もある。
本章はその集落の民俗的記録を目的とする。 (原文ママ・前段と重複)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(二)話者について
話者は現地近隣に居住する老婆であり、自らを「骸ケ谷の末裔」と称した。
年齢は八十に近いと見受けられたが、本人はこれを明かさなかった。
氏名については記録を差し控える。
老婆は谷の所在地を「教えることができない」と述べたが、
その慣習と伝承については詳細に語った。
以下はその口述の要旨である。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(三)骸ケ谷の民俗 口述記録
「その谷に入りて空を仰ぐなかれ。
骸ケ谷の民は、天を憎み、地の下にのみ光を求む。
彼らは自らの爪を地に捧げ、肉を土に還し、逆さまに歩む神を待つなり。」
これは老婆が口述の冒頭に唱えた一節であり、
彼女によれば代々の言い伝えとして伝承されてきたものという。
続いて彼女は次のように語った(要旨・筆者整理)。
「骸ケ谷の民は、家を地の底に向けて建てた。
柱は天へ向かわず、地の芯へと延びる。
屋根は最も深い場所に置かれ、家の入口は地表にあった。
彼らは地面に足をつけながら、じつは逆さまに立っていた。
天を頭上と呼ばず、足下と呼んだ。
その土地の者が死ぬとき、爪を一枚、石の刃で抜く。
左の薬指の爪を。
その爪を地に埋めると、土がその者の名前を覚える。
土が覚えた名前は、やがて石になる。
石になった名前は、土の底で何かを待ち続ける。」
老婆はここで言葉を切り、しばらく間を置いた。
筆者が「何を待つのか」と問うと、彼女はこう答えた。
「神がひっくり返るのを。
土の底から天へ向かって逆さに立ち上がる神が、
地上の光を嫌って地の内側へ帰るその瞬間に、
その名前もまた、中に引き込まれる。
それを『伏倒土神の儀』と呼ぶ。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(四)筆者の観察および考察
右の口述は、同地域に類例を見ない特異な民俗形態を示している。
特に注目すべきは、住居の構造に関する記述である。
「柱が地の芯へと延びる」「屋根が最も深い場所に置かれる」という記述は、
通常の建築様式とは上下が逆転した構造を意味する。
また、爪を介した「土地の記憶」という観念は、
文字を持たない集落における情報の保存様式として解釈し得るが、
その具体的な機序については不明な点が多い。
筆者は翌八月、老婆の述べた方角を頼りに骸ケ谷の所在を探索したが、
該当する谷地形を見出すことができなかった。
道を誤ったか、あるいは地形そのものが変化しているものと考える。
大正十一年九月 記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※以下余白。インクによる書き込みあり(別筆)。
「谷は、探すものではない。
“それ”が届いたとき、既に入っている。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




