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完璧なる悪役令嬢の箱庭 〜泥棒猫には地獄の引導を 〜  作者: tky
第一章:王立アカデミー入学と「泥棒猫」の排除

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第七話:王冠の重圧と目覚めの懺悔

明日も21時に更新します

「……私は、なんという愚かな真似を」


王太子の私室に戻った私、アルフレート・フォン・アークライトは、豪奢なマホガニーの机に両手をつき、深く頭を垂れた。


窓の外には、暮れなずむ王都の街並みが広がっている。


この国に生きる全ての民の命運が、私の双肩に懸かっている。


幼い頃から、私は「完璧な王位継承者」であることを求められ、その重圧に耐え続けてきた。


弱音を吐くことは許されず、常に威厳を保ち、誰に対しても公平で慈悲深い王太子を演じなければならない。


その張り詰めた糸のような日々の支えとなっていたのは、間違いなく婚約者であるセレフィナ・ド・ラ・マルクの存在だった。


彼女は美しく、聡明で、どのような複雑な政務や社交の場においても、私を的確に補佐してくれた。


彼女の存在は、未来の王たる私にとって、これ以上ないほど完璧な「盾」であり「剣」だった。


だが、その完璧さゆえに、私は彼女の隣に立つことに、時折息苦しさを感じていたのも事実だ。


彼女の氷のように冷徹な知性の前では、私自身の甘さや不甲斐なさが、白日の下に晒されているような気がしてならなかったのだ。


そんな時、私の前に現れたのが、クロエ・バリントンだった。


入学式の午後、庭園の噴水で泥だらけになって母の形見を探していた彼女。


王太子である私を特別視せず、ただの人間として、無邪気な笑顔を向けてきた彼女。


その「貴族社会の常識」から完全に外れた存在に、私はどこか救いのようなものを感じてしまっていた。


権謀術数が渦巻く宮廷の空気から逃れ、彼女と話すひとときだけは、重い王冠を降ろすことができるような錯覚に陥っていた。


だが、それはただの「逃避」でしかなかった。


図書室での出来事が、私の目を残酷なまでに覚まさせた。


『ジュリアン先輩は優しい人です! セレフィナ様みたいに、冷たい理屈で人を縛りつけたりしません!』


私を陥れようとする明確な「敵」を庇い、私を命懸けで守ろうとしてくれている婚約者を「冷たい」と罵る彼女の姿。


政治の恐ろしさを知らず、自分の感情だけを真実だと信じ込む、あの無垢なる傲慢さ。


「……純粋さなどではない。あれは、国を滅ぼす凶器だ」


自分の軽率な行動が、ダラス伯爵家という反王太子派に付け入る隙を与えてしまった。


もしセレフィナが気づかなければ、私はクロエという存在を通して、取り返しのつかないスキャンダルに巻き込まれていたかもしれない。


背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


私は、安らぎという甘い毒に溺れ、王太子としての責務を放棄しかけていたのだ。


そして何より私を打ちのめしたのは、セレフィナの姿だった。


彼女は、クロエから理不尽な非難を浴びせられても、決して感情的にならなかった。


私を守るために、自ら「冷酷な悪役」の泥を被り、非情な正論を口にしてくれていたのだ。


『バリントン男爵令嬢。貴女のその純粋な心とやらが、殿下をどれほど傷つけ、孤立させているか』


去り際のセレフィナの言葉が、胸に深く突き刺さる。


彼女は誰よりも私の状況を憂い、私の名誉を守るために、孤軍奮闘してくれていた。


それなのに、私は彼女の忠告を疎ましく思い、クロエを庇うような真似をしていた。


「……私は、彼女に謝らなければならない。今すぐに」


私は弾かれたように顔を上げ、私室を飛び出した。


近衛の騎士が驚いて後を追ってきたが、私はそれを手で制し、足早に公爵令嬢の私室へと向かった。


学園の特別棟にある彼女の部屋の前に着き、重い扉をノックする。


「……セレフィナ。私だ、アルフレートだ。入っても良いだろうか」


「ええ、殿下。どうぞお入りくださいませ」


扉の向こうから、鈴を転がすような澄んだ声が響いた。


私が扉を開けると、セレフィナは窓辺のソファーに座り、静かに本を読んでいた。


銀色の髪が夕陽に照らされ、ひときわ神々しく輝いている。


「殿下。このような時間にご訪問とは、いかがなさいましたか? お顔の色が、優れませんわ」


彼女は本を置き、気遣わしげな瞳で私を見上げた。


その優しさに、私の胸は激しい罪悪感で締め付けられた。


「セレフィナ……。私は、君に深く謝罪しなければならない」


私は彼女の前に進み出ると、王太子としての体面も捨て、深く頭を下げた。


「図書室でのこと、いや、これまでのこと全てだ。……私は、君の忠告を聞き入れず、一時の感情に流されていた。自分の無自覚な行動が、君をどれほど傷つけ、そして自分自身を危うくしていたか……今になって、ようやく理解した」


私は拳を強く握りしめ、言葉を絞り出した。


「君は私を守るために、あえて厳しい言葉を口にしてくれていたのに。私は君の深い愛情を裏切り、愚かな真似を……」


「……殿下、お顔をお上げください」


セレフィナは立ち上がり、静かに私に近づいた。


彼女の白く細い指が、私の両手を優しく包み込む。


「殿下は、何も悪くありませんわ。殿下はあまりにもお優しく、そしてこの国のためにご自身を犠牲にされすぎていたのです。……そのお疲れの隙を突かれただけのこと」


「セレフィナ……」


「わたくしは、殿下の婚約者です。殿下が道に迷われそうになった時、その手を引き、正しい道へと導くのがわたくしの役目。……殿下をお守りするためならば、わたくしは周囲からどれほど冷酷な女だと罵られようとも、一向に構いません」


彼女のアメジストの瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。


そこにあるのは、私への絶対的な忠誠と、揺るぎない覚悟だった。


私は、その言葉に、その瞳の奥にある真実に、完全に心を打ち砕かれた。


これほどまでに私を理解し、これほどまでに私を想ってくれる女性が、他にいるだろうか。


いや、いない。


この広い世界で、私に真実を見せてくれるのは、彼女だけなのだ。


「……ありがとう、セレフィナ。君こそが、私にとっての唯一の光だ。……私はもう、二度と迷わない。君の言葉だけを信じ、君と共にこの国を背負っていくと誓う」


私が彼女の手を強く握り返すと、セレフィナは花が咲くような、この世のものとは思えないほど美しい微笑みを浮かべた。


「ええ、殿下。わたくしはいつまでも、殿下のお側に。……わたくしが、殿下を完璧な王にして差し上げますわ」


その言葉は、私の心の最深部に、甘く、そして永遠に解けない呪縛のように絡みついていった。


私はもう、彼女なしでは生きていくことすらできない。


王冠の重圧に耐えるための唯一の支えとして、私は自ら、彼女という名の美しい鳥籠の中へ身を投じたのだった。

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