第三話:荘厳なる学園と無作法な獲物
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聖アークライト暦九九三年、四月八日。
この国の未来を担う貴族の子弟が集う最高学府、王立アカデミーの入学式当日。
建国当初から続く長い歴史と伝統を誇るこの学園は、表向きは「能力次第で誰でも這い上がれる実力主義」を謳っている。
しかし、一皮剥けば、その実態は厳格な身分制度とドロドロの派閥争いが渦巻く、貴族社会の縮図そのものだった。
大講堂には、五百年前に設えられたという巨大なステンドグラスから、色とりどりの荘厳な光が差し込んでいる。
天井のドームに響き渡るパイプオルガンの重厚な音色は、新入生たちにこの学園の「重み」を否応なく分からせ、威圧するためのものだ。
私は最前列の最も格式高い、赤いベルベットの席に座り、百合のように気高く、少しの隙もない完璧な淑女の微笑みを浮かべていた。
周囲の生徒たちからは、私の姿を盗み見るたびに、羨望と畏怖の混じった溜息が漏れているのが手にとるようにわかる。
パイプオルガンの演奏が静かに終わると、壇上に一人の老人がゆっくりと進み出た。
白銀の髪を後ろで厳格に束ね、深い皺の刻まれた顔に鷹のような鋭い眼光を宿すその人物は、かつて国家の宰相を務め、現在は学園長として君臨するバルテル・フォン・ローゼンハイム侯爵である。
彼は演壇に立つと、マイクなど使わずとも、その低く、地の底から響くような声で会場を完全に支配した。
「新入生の諸君、王立アカデミーへようこそ。私は学園長のローゼンハイムである」
その声には、一切の妥協を許さない、刃のような厳格さが宿っていた。
「この学園の門をくぐった瞬間から、諸君に子供としての甘えは一切許されない。ここは単なる学び舎ではない。未来の国家を背負うための『戦場』である。歴史を重んじ、礼節をわきまえ、己の身分に恥じぬ振る舞いをせよ。伝統に泥を塗る者は、それが何者であれ、容赦はしない。諸君が、この国の確固たる礎となるべく己を律することを期待する。……以上だ」
無駄を一切省いた、凍りつくような学園長の挨拶。
新入生たちは一様に背筋を伸ばし、緊張のあまり生唾を飲み込んだ。
続いて、進行役の教師がよく通る声を張り上げる。
「次に、在校生代表、生徒会長のルードヴィヒ・ド・ラ・マルクより歓迎の辞。」
壇上に上がったのは、銀縁の眼鏡の奥に冷徹な知性を光らせる、長身の青年だった。
私のいとこであり、公爵家の傍系、ルードヴィヒ・ド・ラ・マルク。
彼は眼鏡の位置を中指で押し上げ、冷ややかな視線を新入生たちへと向けた。
「生徒会長の、ルードヴィヒ・ド・ラ・マルクだ。歓迎の辞というが、私から諸君に送る甘い言葉は一つもない」
彼は淡々と、しかし残酷な事実を突きつけるように言葉を重ねる。
「この学園では、知識と実績が全てだ。無能な者は淘汰され、有能な者だけが上に立つ。派閥の力にすがるのも結構だが、己自身の価値を証明できなければ、誰の記憶にも残らずにこの門を去ることになるだろう。……諸君が、私の有意義な駒となることを期待している。精々、足掻いて見せてくれ」
その冷酷すぎる宣告に、新入生たちの間に不安のどよめきが走った。
(相変わらず、可愛げのないいとこ殿ですこと。だが、その一切の無駄を省いた冷徹さは、嫌いではないわ)
私は内心で静かに笑い、扇を優雅に揺らした。
そして、いよいよその時が来た。
「最後に、新入生代表挨拶。……アルフレート・フォン・アークライト王太子殿下」
大講堂の空気が、一瞬にしてピンと張り詰めた。
金糸をあしらった真紅の礼服を纏い、壇上へと歩みを進めるアルフレート殿下は、まさに絵画から抜け出してきたような王子の風格を備えていた。
太陽の光を集めたような眩しい金髪に、海より深いサファイアの瞳。
彼がそこに立つだけで、周囲の重苦しい空気が浄化されるような、圧倒的なカリスマ性。
「新入生の皆さん、本日は誠におめでとうございます。アルフレート・フォン・アークライトです」
殿下の柔らかく、しかし力強い声が響き渡ると、令嬢たちの熱を帯びたため息が講堂を甘く包み込んだ。
「私たちは今、偉大なる先人たちが築き上げた歴史の上に立っています。しかし、過去の栄光にすがるだけでは、国家の未来は拓けません。この王立アカデミーという素晴らしい環境で、身分や立場を超え、互いに切磋琢磨し、新しい時代を創るための知恵と勇気を養いましょう。私と共に、この国の明日を歩んでくれることを切に願います。共に学び、共に成長しましょう」
完璧な、王族としての模範解答。
誰もが、彼の高潔な精神と輝かしい未来を信じて疑わなかった。
もちろん、私もその一人として、殿下の婚約者らしい誇らしげな微笑みを彼に向けている。
殿下が一礼して降壇すると、割れんばかりの拍手が講堂を揺らした。
だが、その完璧な儀式の最中、私の視線は全く別の場所を捉えていた。
群衆の遥か後方。
格式高いこの場所において、一人だけ落ち着きなく辺りを見回し、隣の生徒に「うわあ、すごいね!」などと声をかけている少女。
男爵令嬢、クロエ・バリントン。
平民から男爵家に引き取られたばかりの彼女は、制服のリボンも曲がっており、入学式の荘厳な空気に全く馴染んでいなかった。
それが、このゲームの本来のヒロインであり、私の最初の「獲物」となる女。
(……身分を超えて切磋琢磨、ですって? 殿下も、美しい言葉を並べるのが本当にお上手ですこと)
私は扇で口元を隠し、誰にも見えないようにほくそ笑んだ。
(さあ、思う存分、貴女のその致命的な「無作法」を振りまいてちょうだい。貴女のその天真爛漫さが、どれほど周囲の人間を苛立たせ、絶望へ導くのか……わたくしが特等席で見届けて差し上げますわ)
華やかな入学式の裏側で、私の冷酷なシナリオが、ついにその幕を静かに開けたのだった。
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