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完璧なる悪役令嬢の箱庭 〜泥棒猫には地獄の引導を 〜  作者: tky@3作品同時連載中
第二章:毒蛇と獅子の来襲

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第二十九話:血塗られた玉座と見えない頸木

聖アークライト暦九九五年、二月。


バルカ帝国の帝都バルカスは、二年に及ぶ凄惨な内乱の果てに、赤黒い炎と硝煙の匂いに包まれていた。


俺、カイン・ド・バルカは、返り血で重くなった金色の甲冑を纏い、数多の死体が転がる皇宮の大階段を一歩ずつ踏みしめていた。手にした愛剣の刃は欠け、勝利の代償として左腕の感覚はとうに失われている。


「……終わったな、殿下。いえ、陛下」


背後に控える側近の言葉に、俺は応えなかった。


目の前には、つい数分前まで俺の異母兄、第一皇子ガレアスが座っていた黄金の玉座がある。今は首を失った彼の亡骸が、その足元に無様に転がっているだけだ。


俺は玉座の肘掛けに手をかけ、どさりと深く腰を下ろした。冷たい金の感触が、全身の疲労と傷口の痛みを鋭く刺激する。


「……ようやく手に入れたぞ。この国を、この頂点を」


俺は掠れた声で呟いた。


親父を病で失い、兄との泥沼の殺し合いを制し、俺はついにバルカ帝国の頂点に立った。力こそが正義であるこの帝国において、俺は最強であることを証明したはずだった。


だが、勝利の咆哮を上げるはずの俺の胸に去来するのは、震えるほどの怒りと、底知れない「敗北感」だった。


「陛下。南の商業連邦、および西の軍事国家より、戦後復興のための追加融資に関する親書が届いております。……条件は、先日合意した通り、我が国の関税権の一部譲渡と、特定鉱山の長期租借権の付与とのことです」


文官が、震える手で差し出してきた書状。


俺はそれを奪い取り、目を通した瞬間に笑いが込み上げてきた。


「ははっ……あはははは! 傑作じゃねぇか!」


書状を握り潰し、俺は血に汚れた床に投げ捨てた。


戦い抜いた。俺も、俺の部下たちも、明日をも知れぬ戦場を、泥水をすすりながら生き抜いてきた。だが、俺たちが生き残るために必要だった武器、食糧、そして金。その全ては、周辺諸国からの「援助」という名の借金によって賄われていた。


そして、その援助を裏で操り、両陣営に均等に毒を回して戦火を長引かせたのは誰か。


言うまでもない。アークライト王国の怪物――セレフィナ・ド・ラ・マルクだ。


「……俺が兄上を殺すことも、この玉座に座ることも、お前には最初から分かっていたんだろう? セレフィナ」


俺は目を閉じ、あの美しい、氷のようなアメジストの瞳を思い出した。


二年前、学園の図書室で彼女が放った言葉が、今になって呪いのように俺の全身を縛り上げている。


『カイン殿下。武力に頼るだけの単細胞な獣に、わたくしが構築した政治と経済の盤面は崩せませんわよ』


あの時は、女の戯言だと切り捨てた。だが、現実はどうだ。


俺が血を流して手に入れたこの帝国は、すでに内側から腐り、経済の毛細血管をアークライトの商会連合に握られている。俺が皇帝として下すあらゆる命令は、彼女が構築した『ラ・マルク基金』の利益を損なわない範囲でしか通用しない。


俺は皇帝になったのではない。


セレフィナという女王が治める「世界という名の箱庭」の中で、帝国の管理を任された一匹の番犬になったに過ぎないのだ。


「……陛下、いかがなされましたか?」


「……なんでもねぇ。ただ、あまりにも天気がいいからな」


俺は窓の外、冬の澄み渡った空を見上げた。


アークライト王国では、今頃あの女が卒業式を迎え、完璧な淑女として民衆の歓声を浴びていることだろう。彼女は一滴の血も流さず、ドレスの裾すら汚さずに、俺を、そして帝国を、永遠に抗えない経済の鎖で繋ぎ止めた。


力で捻じ伏せようとした俺が、力を使って勝利すればするほど、彼女の張った網に深く絡め取られていく。


この絶望的なまでの知略。冷酷なまでの美しさ。


「……奪ってやる。必ずだ」


俺は失った左腕の代わりに、右拳を強く握りしめた。


今の俺には、彼女に逆らう力はない。帝国を復興させるためには、彼女の用意した「毒(金)」を飲み続けるしかない。だが、屈服したまま死ぬつもりもない。


彼女が俺を経済で縛るなら、俺はその檻の中で牙を研ぎ、彼女が作り上げた完璧な秩序が揺らぐその一瞬を待つ。


「セレフィナ。お前が俺を番犬として飼うつもりなら、せいぜい喉元を噛み切られないように気をつけることだ。……俺は、お前という女を、この手で地獄の底まで引きずり落とすまでは、絶対に死なねぇ」


俺は黄金の玉座から立ち上がり、血に濡れた剣を再び手に取った。


勝利の美酒などどこにもない。あるのは、永遠に続く屈辱と、それを糧に燃え盛る異常なまでの執着心だけだ。


帝国の新皇帝カイン・ド・バルカは、冬の冷たい光の中で、自分を飼い慣らそうとする氷の女神への、報われぬ宣戦布告を胸に刻んだ。


この国が再び力を蓄え、彼女の鎖を引き千切るその日が来るまで。


俺は、彼女の箱庭の中で最も獰猛で、最も危険な「敗北者」として生き続けてやる。

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