第十九話:白き毒薔薇の決意
明日も21時に更新します
「……忌々しい。あの小娘、どこまで私を愚弄すれば気が済むの」
王宮の華やかな大広間から離れた、来賓用の静かな控室。
私、ベアトリクス・フォン・ロズワールは、純白のドレスの裾を強く握りしめ、鏡に映る自身の歪んだ顔を睨みつけていた。
『哀れな少女の末路を酒の肴にして慈悲を語る前に、国家の安寧についてもう一度深くお考えになることですわね』
先ほど、星空の間でセレフィナ・ド・ラ・マルクから浴びせられた冷徹な言葉が、何度も何度も脳内でリフレインする。
彼女は私の『慈悲』を、ただの無責任な偽善だと大衆の面前で断じ、私に反論の隙すら与えなかった。
周囲の貴族たちも、彼女の『正論』に同調し、私を冷ややかな目で見つめていた。
「……何が国家の安寧よ。自分の権力欲を満たすために、逆らう者を次々と排除している独裁者のくせに」
私はギリッと奥歯を噛み鳴らした。
ロズワール侯爵家は、建国の時代から王家に忠誠を誓い、この国の伝統と格式を守り抜いてきた名門中の名門だ。
成り上がりや強権的な手法を嫌い、常に貴族の模範として「道徳」と「慈悲」を重んじてきた。
だからこそ、私は次期王妃に最も相応しいのは自分だと信じて疑わなかった。
アルフレート殿下の隣で、彼を優しく癒やし、正しい王へと導くのは私の役目なのだと。
「それなのに、殿下はあの女の『恐怖』に完全に支配されているわ。……あの目は、愛じゃない。ただの依存よ」
私は鏡から目を逸らし、控室のソファーに力なく腰を下ろした。
アルフレート殿下は、かつての優しさを失い、セレフィナの正論という名の檻に閉じこもってしまった。
ダラス家が没落し、男爵令嬢が追放されたことで、殿下は「政治の恐ろしさ」を身をもって知ってしまったのだ。
だからこそ、自分を守ってくれる最強の盾であるセレフィナにすがりついている。
「……このままでは、この国はあのラ・マルク公爵家の私物になってしまう」
私は深く息を吸い込み、乱れた心を落ち着かせた。
セレフィナは恐ろしい相手だ。
彼女の知略と弁舌は、もはや学生の域を遥かに超えている。
だが、彼女のやり方には必ず「反発」が伴うはずだ。
「恐怖で人を縛り付ければ、必ずどこかで綻びが生じる。……現に、ダラス家の残党や、彼女の強硬な政策に不満を持つ貴族たちは、水面下で助けを求めているわ」
私は立ち上がり、再び鏡の中の自分を見つめ直した。
私の武器は、セレフィナのような力や正論ではない。
「慈悲」と「伝統」という、貴族社会が最も重んじる大義名分だ。
「お父様にも、すぐに動いていただかなくては。……最近、我が領地の特産品の取引が不自然に滞っているという報告があったけれど、あれもきっと、ラ・マルク派の商会による嫌がらせに違いないわ」
セレフィナが、国家規模の物流と経済を完全に掌握しつつあるという事実に、私はまだ気づいていなかった。
それはただの派閥争いの延長線上にある、卑劣な嫌がらせ程度だと信じ込んでいたのだ。
「あの女の冷酷さを、殿下に……いえ、国中に知らしめる必要があるわ」
私は純白の扇を手に取り、静かに開いた。
セレフィナが「国家の安寧」を盾にするのなら、私は「民の安寧」と「貴族の誇り」を掲げて戦う。
アルフレート殿下の優しさに訴えかけ、あの女の呪縛から解き放ってみせる。
「セレフィナ・ド・ラ・マルク。貴女がどれほど完璧を装おうとも、その傲慢さはいつか必ず貴女自身を滅ぼすわ。……王の隣に立つべき真の淑女が誰なのか、私が証明して差し上げます」
私は鏡の中の自分に優雅なカーテシーを捧げると、控室の扉を開け、再び光の海へと足を踏み入れた。
私の戦いは、これから始まるのだ。
白き毒薔薇の誇りにかけて、必ずあの銀髪の魔女を玉座から引き摺り下ろしてみせる。
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