第十八話:獅子の飢渇と冷たい月
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「……くだらねぇ」
星祭りの夜、絢爛豪華な光に包まれた大広間から抜け出した俺は、誰もいないバルコニーで一人、グラスの酒を呷っていた。
王宮が誇る最高級のワインらしいが、俺の舌にはただ甘ったるいだけの泥水にしか感じられない。
俺はバルカ帝国第三皇子、カイン・ド・バルカ。
力こそが全てを支配する帝国において、軍を率い、血と硝煙の匂いの中で生きてきた俺にとって、この国の貴族たちのままごとは吐き気がするほど退屈だった。
「あの温室育ちの王太子……アルフレートとか言ったか。あんなひ弱な男が次期国王とは、この国もいよいよ底が知れてるな」
俺は空になったグラスを大理石の手すりに乱暴に置き、夜空に浮かぶ冷たい月を見上げた。
このアークライト王国は、軍事力こそ我が帝国に劣るものの、肥沃な大地と豊かな経済力を持っている。
親父である皇帝は「血を流さずに富を奪え」と、俺を留学生という名目のスパイとしてこの学園に送り込んだ。
だが、そんなまどろっこしい政治工作など、俺の性に合うはずがない。
武力で国境を破り、すべてを力で奪い取る方がよっぽど手っ取り早い。
そう思っていた俺の前に現れたのが、あの女だった。
「……セレフィナ・ド・ラ・マルク」
その名を口にするだけで、胸の奥底で飢えた獣が暴れ出すような衝動を覚える。
銀色の髪、氷のように冷たく、すべてを見透かすようなアメジストの瞳。
彼女の言葉には、刃のような鋭さと、誰にも媚びない絶対的な自信が宿っていた。
先ほどの大広間でもそうだ。
俺が手を取ろうとした瞬間、彼女は俺の野性を「退屈だ」と一蹴し、あまつさえ外交問題という現実的な盾で俺の口を封じてみせた。
『貴方のその野蛮な力への過信は、見ていてひどく退屈ですわ』
「……ははっ、たまらねぇな」
俺は喉の奥で低く笑い声を上げた。
帝国で俺に逆らう女などいなかった。
誰もが俺の力に平伏し、俺の機嫌を取るために必死に媚を売ってきた。
だが、セレフィナは違う。
彼女の瞳には、俺と同じ「捕食者」としての冷酷な光が宿っている。
彼女はただの美しい令嬢ではない。
あの頼りない王太子を影で操り、この国の実権を握ろうとしている怪物だ。
「俺の腕力よりも、己の知略と権力の方が上だと、本気で信じている。……だからこそ、その誇り高き首をへし折って、俺の足元に跪かせたくなる」
俺は手すりに体重を預け、冷たい夜風を肺の奥まで吸い込んだ。
彼女のあの冷ややかな余裕を剥ぎ取り、俺にすがりついて泣き叫ぶ姿を想像するだけで、血が沸き立つような高揚感を覚える。
「だが、力任せに奪うだけじゃつまらねぇ。あの女には、俺の『力』が彼女の『知略』を凌駕したことを、骨の髄まで理解させなきゃならない」
俺は、セレフィナが背後で何かを企んでいることを本能的に嗅ぎ取っていた。
最近、帝国に輸入される鉄鉱石の価格が不自然に高騰し、軍馬の流通にも遅れが生じ始めている。
単なる天候不順や商人の気まぐれとは思えない、目に見えない巨大な手が経済の喉元を締め上げているような感覚。
「……もしあれが、あの女の仕業だとしたら」
俺は唇を舐めた。
もしそうなら、彼女は俺の想像を遥かに超える価値を持った女だということになる。
「待っていろ、セレフィナ。お前のその冷たい知略ごと、俺が全て喰らい尽くしてやる」
俺はバルコニーから身を乗り出し、闇に沈む王都の街並みを見下ろした。
平和ボケしたこの国に、俺が帝国の「嵐」を呼び込んでやる。
お前がどれだけ強固な盤面を築き上げようと、俺がその盤面ごと力で叩き割ってやる。
「俺の妃に相応しいのは、お前しかいない。……王太子なんて飾り物、すぐに俺が引き剥がしてやるよ」
獣の飢えを満たすのは、極上の血肉だけだ。
俺は冷たい月に向かって、獰猛な笑みを深く刻み込んだ。
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