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完璧なる悪役令嬢の箱庭 〜泥棒猫には地獄の引導を 〜  作者: tky
第二章:毒蛇と獅子の来襲

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第十七話:影の底で燃える忠誠

明日も21時に更新します

星祭りの夜、華やかな光と音楽が満ちる大広間から遠く離れた、王宮の裏側に位置する暗い監視室。


私、マリーは、冷たい石壁に背を預けながら、伝令兵たちが次々と運んでくる暗号化された報告書を素早く処理していた。


「……第三班、バルカ帝国の使節団の動きに異常なし。第四班、ロズワール侯爵家の馬車の周囲に不審な動き。引き続き監視を」


音もなく監視室を出入りする公爵家の「影」たちへと、的確な指示を飛ばす。


私はラ・マルク公爵家の筆頭メイドであり、そして、セレフィナ・ド・ラ・マルクお嬢様の手足となって暗躍する影の束ね役でもある。


華やかな舞台でアルフレート殿下の隣で微笑むお嬢様を守るため、私はこの泥に塗れた裏舞台で、ありとあらゆる脅威を未然に排除し続けている。


「……マリー様。ダラス伯爵家の残党が、旧領地で武装蜂起を企てているとの情報が」


黒装束の部下が、暗闇から滑り出るように現れて報告書を差し出した。


「愚かですね。……当主と次男が失脚してもなお、事態が飲み込めていないとは。お嬢様が構築された物流網を止めれば、三日で干上がるというのに」


私は冷淡に報告書を一瞥し、即座に指示を出した。


「第一班と第二班を向かわせなさい。血を流す必要はありません。彼らの武器庫と食糧庫を密かに押さえ、絶望の中で降伏させなさい。お嬢様の盤面を、無駄な血で汚すことは許されません」


「御意」


部下が影に溶けるように消え去った後、私は小さく息を吐き、静かな監視室で一人、己の過去を回想した。


私が、初めてお嬢様の「駒」となった日のことを。


あの日、私は絶望の淵に立たされていた。


愚かな弟が王都の悪辣な高利貸しから莫大な借金を作り、私の命はおろか、公爵家の名誉までもが危うい状況に陥っていた。


震える私を自室に呼び出したお嬢様は、当時まだ十一歳の少女でありながら、まるで百戦錬磨の政治家のような静謐な眼差しで私を見下ろした。


『その借金は、すでにわたくしが清算しておいたわ。……貴女は優秀なメイドよ、マリー。これからも、わたくしの傍でその力を尽くしてくれるわね?』


咎めるでもなく、ただ淡々と事実だけを告げるその声に、私は圧倒的な恩と、彼女の底知れない器の大きさを感じていた。


私は床に額を擦りつけ、嗚咽と共に絶対の忠誠を誓った。


最初は、ただ彼女の知性と権力に圧倒されていた。


彼女の期待に応えなければという重圧だけが、私を彼女の影として縛り付けていた。


だが、お嬢様の傍で数え切れないほどの「泥仕事」をこなし、彼女の恐るべき知略と、盤面を支配する手腕を間近で見続けるうちに、私の内にある畏怖は、いつしか全く別の感情へと変貌していった。


ダラス家という長年の政敵を、たった一夜の策謀で崩壊させたあの日。


アルフレート殿下が、彼女の知性に平伏し、自ら進んで依存の鎖を首に巻いたあの瞬間。


私は、鳥肌が立つほどの畏怖と、抗いがたい熱狂を感じていたのだ。


(……お嬢様は、怪物だ。だが、この国を真に導けるのは、あの美しく冷酷な怪物しかいない)


彼女は、無知な感情論や生温かい偽善を一切許さない。


国を富ませるためには冷徹な経済支配を断行し、王家の権威を守るためには、笑いながら敵を社会的死へと追いやる。


その一切の妥協を許さない生き様は、私の目に「完璧な芸術」として映っていた。


「……マリー様」


再び影の部下が姿を現し、私の思考を現実へと引き戻した。


「ロズワール侯爵令嬢が、星空の間からテラスへと出られました。バルカ帝国のカイン皇子も、反対側の回廊を歩いております」


「監視を継続なさい。お嬢様は『彼らには存分に踊らせておけ』と仰いました。手出しは無用です。ただし、彼らが一線を超えようとした瞬間に、即座に制圧できるよう配置を固めておくこと」


「承知いたしました」


私は監視室の小さな窓から、遠く星空の間に漏れる光を見つめた。


ベアトリクス・フォン・ロズワール。


彼女は「慈悲」という安っぽい盾で、お嬢様に戦いを挑んでいる。


カイン・ド・バルカ。


彼は「野性」という暴力で、お嬢様の知略を屈服させようとしている。


(……愚か者たちめ)


私は内心で、彼らを冷たく嘲笑した。


彼らは自分たちが盤上のプレイヤーだと思い込んでいるが、その盤面自体が、すでにお嬢様の手によって作られた「箱庭」に過ぎないということに気づいていない。


お嬢様が本気で彼らを排除しようと思えば、経済の網でロズワール家を干上がらせ、関税の操作でバルカ帝国の首を絞めることなど造作もないのだ。


それをあえて泳がせているのは、彼らが自らの愚かさを大衆の面前で晒し、二度と立ち上がれないほどの絶望を与えるための「舞台」を整えるため。


「……お嬢様。私は、貴女様の完璧な影であり続けます」


私は胸に手を当て、暗闇の中で深く頭を下げた。


ただの隷属は、とうの昔に終わっている。


今の私を動かしているのは、あの美しく残酷な絶対者に仕えることの、狂気にも似た心酔だ。


彼女の完璧な遊戯が、この国の頂点を極めるその日まで。


私はどんな暗闇に潜む敵でも、この手で冷酷に刈り取ってみせる。


遠く微かに聞こえるワルツの調べを背に、私は再び冷たい報告書の束へと視線を落とした。

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