第十五話:金貨の音色と聖女の盤上
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王妃殿下とのお茶会を終え、ラ・マルク公爵家の馬車に揺られながら、私は静かに目を閉じていた。
「……お嬢様。王妃殿下は、お嬢様の投資の真意に気づいておられるご様子でしたか?」
向かいの席に座るマリーが、声を潜めて尋ねてくる。
「ええ。アンリエッタ王妃殿下は、長年この国の奥の院を取り仕切ってきた方です。わたくしが王都の『胃袋』と『血管』を握りつつあることに、確かな懸念を抱いておいででした」
私は扇の先で、馬車の窓枠を軽く叩いた。
前世の記憶を持つ私にとって、権力の源泉とは剣でも魔法でもなく、圧倒的な「経済力」と「情報網」である。
私が幼い頃から密かに投資し、育て上げてきた新興の商会や物流組合。
表向きは「平民の生活向上」を掲げる慈善事業だが、その実態は、いざという時に他派閥の資金源を干上がらせるための経済的布石だ。
「王妃殿下の警戒は当然のことですわ。けれど、もはや手遅れ。……アルフレート殿下がわたくしの行いを絶対的な『国への献身』と信じている以上、王家はわたくしの事業を止めることはできませんもの」
「お見事な手腕でございます。……現在、ロズワール侯爵家の領地で生産される特産品の流通経路も、お嬢様の息がかかった商会が六割を占めるに至りました」
マリーの報告に、私は短く頷いた。
「沈黙の毒薔薇」ことベアトリクス・フォン・ロズワール。
彼女は『新緑の夜会』以降、事あるごとに「伝統」と「慈悲」を説き、私の冷徹なやり方を非難してアルフレート殿下に取り入ろうとしている。
「言葉と態度の美しさだけで国が治まるなら、政治家は必要ありません。……もし彼女がこれ以上、殿下の御心を乱すようなら、経済という現実で彼らの足元を切り崩すまでです」
私が投資した商会を通して、ロズワール領の特産品の市場価格を操作すれば、侯爵家の資金源を枯渇させることは容易い。
暴力や暗殺などという野蛮な手段を使わずとも、金貨の動き一つで、あの誇り高き家門に致命傷を与えることができる。
「……それから、マリー。バルカ帝国のカイン皇子への対策はどうなっていますか?」
「はい。帝国からの主要な輸入品目である『鉄鉱石』と『軍馬』について、我が国の関税を不自然に見直すよう、宰相である旦那様(マルクス公爵)の派閥を通して議会に働きかけております」
「よろしい。カイン殿下はご自身の武力と野性的な魅力に絶対の自信を持っておられるようですが、国家間の繋がりにおいて最も有効なのは、経済的な依存関係をどうコントロールするかです」
バルカ帝国は軍事大国だが、その分、他国との貿易による資金繰りに依存している部分も大きい。
私が帝国の経済的な足場を静かに削り取っていることに、あの自信過剰な皇子が気づくのはいつになるだろうか。
「……お嬢様。来月の『星祭りの夜』は、諸外国の賓客も招く大舞台となります。あのような場では不測の事態も起こり得ますが、殿下には事前になんらかの対策をお伝えしておきますか?」
マリーの問いに、私はゆっくりと首を振った。
「いいえ、マリー。殿下に裏の盤面を意識させる必要はありませんわ。アルフレート殿下は、ただわたくしの隣で、憂いのない美しい王太子として輝いてくださればいいのです」
私は馬車の窓から、夕闇に染まりゆく王都の街並みを見つめた。
「来月の夜会は、ベアトリクスやカインがどのような思惑で動くかを見極めるための場。……彼らには存分に自らの正義や野心を誇示させなさい。わたくしは殿下の隣で完璧な淑女として微笑みながら、彼らの隙を全て拾い上げてみせますわ」
「……御意に。では、彼らの動向を厳重に監視するよう、影に指示いたします」
「ええ、お願いね。この国を盤石なものにするためならば、わたくしはどのような泥仕事でも引き受けますわ」
馬車の車輪が石畳を打つ音が、規則正しく響く。
国を裏から操り、絶対的な権力を手にする。
それは、無知なる者に国を委ねる愚を避け、私が最も合理的と信じる未来を構築するための必然的な手段だ。
そして同時に……私自身が選び取った「完璧な悪役」を演じ切るという、最高の美学でもある。
「盤面を動かすのは、感情ではなく計算です。……彼らがどのような一手を打ってこようとも、わたくしが全てを捌き切ってみせますわ」
静かな愉悦と決意と共に、私は冷徹な視線を前へと向けた。
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