第十三話:絡み合う毒蛇と獅子の戯れ
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生徒会室の重厚な扉が背後で閉ざされた瞬間、私は内心で冷ややかな溜息を吐いた。
私のいとこであるルードヴィヒが主催した茶会。
その目的が「学園の秩序維持」などという退屈な名目ではないことくらい、この私、セレフィナ・ド・ラ・マルクには最初から見え透いていた。
彼は、私がダラス家を崩壊させたことで生まれた権力の空白に、新たな二つの「厄介者」がどう動くかを観察し、同時に私を牽制しようとしたのだ。
だが、結果としてその目論見は、私の「完璧な婚約者」としての地位をより盤石にするための、極上の舞台装置として機能したに過ぎない。
「……セレフィナ。すまない、私が不甲斐ないばかりに、カイン皇子のような輩に君を侮辱させてしまった」
廊下を歩きながら、アルフレート殿下が苦渋に満ちた声で謝罪を口にした。
彼のサファイアの瞳には、自分自身の無力さに対する悔恨と、私への揺るぎない依存が色濃く浮かんでいる。
「殿下。お謝りになる必要など、どこにもございませんわ」
私は立ち止まり、彼を見上げて、氷のような瞳の奥に「彼だけを許容する熱」を完璧に偽装して見せた。
「カイン皇子の野蛮な言葉など、わたくしの心には欠片も響きません。わたくしにとって最も耐え難いのは、殿下がご自身を卑下されることですわ。……殿下は、わたくしが生涯を捧げてお支えすると誓った、ただ一人の御方なのですから」
「セレフィナ……。君は、本当に……」
殿下は感情の波に飲まれたように、私の手を両手で包み込み、その甲に深く、祈るような口づけを落とした。
彼にとって、私はもはや「愛する婚約者」という枠を超え、精神の崩壊を防ぐための「神聖な偶像」になりつつある。
クロエという無知な猛毒に触れかけた恐怖が、彼を私の冷たい正論という名の檻の中に、自ら鍵をかけて閉じこもらせたのだ。
「殿下。少しお疲れのようですわね。今日はもう、私室でお休みになられては?」
「ああ……そうさせてもらおう。君も、無理はしないように」
殿下の背中を優雅に見送った後、私は扇で口元を隠し、誰にも見えないように冷たく口角を吊り上げた。
(……ええ。お休みなさいませ、わたくしの愛しい殿下。貴方はただ、その尊き玉座で、わたくしに守られながら美しい微笑みを浮かべていればよろしいのです)
「……お嬢様。お見事な手腕でございます」
廊下の柱の陰から、マリーが音もなく姿を現した。
「茶会でのベアトリクス様の言葉、全て記録いたしました。彼女は『慈悲』を盾に、お嬢様を冷酷な支配者として殿下に印象付けようとしておりましたが……見事に自滅なさいましたね」
「当然ですわ。あのような安っぽい偽善が、今の殿下に通用するはずがありません」
私は廊下を歩き出しながら、忌々しい毒薔薇の顔を思い浮かべた。
ベアトリクス・フォン・ロズワール。
彼女はダラス家とは違い、力押しではなく「道徳」と「同情」を武器にして私の足元をすくおうとしている。
殿下が政治の泥沼に疲弊した瞬間を狙い、「私なら貴方を癒やせる」と囁くつもりなのだろう。
「マリー。ロズワール侯爵家の動向、特に領地での不正や、他派閥との裏のつながりについて、徹底的に洗い出しなさい。あの毒蛇には、彼女自身が最も重んじる『伝統と格式』という名目で、逃げ場のない鉄槌を下して差し上げます」
「御意に。……それと、お嬢様。カイン殿下についてですが」
マリーの声に、わずかに緊張の色が混じった。
「バルカ帝国は現在、国境付近で軍の演習を活発化させております。カイン殿下の留学も、我が国の内情を探るためのスパイ活動の一環であることは明白。……彼がこれ以上、お嬢様に付き纏うようであれば、公爵家の『影』を用いて排除すべきかと存じます」
「……いいえ、マリー。それは悪手ですわ」
私は足を止め、マリーを冷たく見据えた。
「帝国の皇子を暗殺、あるいは排除すれば、それは即座に戦争の口実を与えます。カイン殿下は、まさにそれを狙っているのです。わたくしが感情的になって手を出せば、彼はそれを『帝国への宣戦布告』として利用し、この国を蹂躙するでしょう」
カイン・ド・バルカ。
あの男の狂気じみた執着は、単なる女への欲望ではない。
私の知略と、ラ・マルク公爵家の権力を、自らの覇道のための「戦利品」として欲しているのだ。
彼は、私が盤上で踊ることを拒めば、盤面ごと燃やし尽くすことすら厭わない獣である。
「……厄介な獅子ですこと。ですが、わたくしの箱庭を荒らすことは、誰であろうと許しません」
私は扇を強く握りしめ、アメジストの瞳に暗い愉悦の炎を宿した。
「ベアトリクスという陰湿な毒虫と、カインという野蛮な嵐。そして、それらを牽制しようとするルードヴィヒという盤面」
なんて複雑で、なんて美しい遊戯なのだろう。
前世での退屈な日常とは比べ物にならない、命と権力を懸けた極上のエンターテインメント。
「マリー。彼らが罠を仕掛けてくるのを待つ必要はありませんわ。……わたくしの方から、彼らが絶対に断れない『舞台』を用意して差し上げます」
「舞台、でございますか?」
「ええ。来月の『星祭りの夜』。王家と公爵家の共同主催で、諸外国の賓客も招いた大規模な夜会を開きます。……そこで、ベアトリクスの化けの皮を剥ぎ、カインの野望を完璧な外交手腕で打ち砕いて差し上げますわ」
私は歩みを再開し、自らの私室へと向かった。
どんなに強力な敵が現れようとも、私の選んだ「悪役令嬢」としての美学が揺らぐことはない。
全ての敵を合法的に、かつ芸術的なまでに残酷な排除で、最後に笑うのはこの私だ。
「さあ、愚かな挑戦者たち。せいぜい知恵を絞りなさいな。わたくしが、この上なく絶望的な結末を与えて差し上げますわ」
窓から差し込む赤い夕陽が、私の銀髪を血の色に染め上げていた。
私の足元には、這い上がろうとする者たちの絶望が、すでに色濃い影となって広がっていた。
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