未来シコウのチートデータガール 71
二十歳まで憶えていると不幸になる。
病気になる。全身を鏡の破片に刺されて死んでしまう。神隠しにあう。
紫鏡の伝承は様々あるけれど、静夜を呪った物は最後の一つ。神隠しを呼び起こすものあった。
異世界の精神体である迷宮の女王と、ワンダフルワールドが悪ふざけで造った紫鏡の呪いが融合し、彼女は二十歳までにその名を覚ええている人間を鏡の世界に引きずり込む化け物となった。
依り代は親指の指輪。リングトップに鏡面加工をされた平面がある、純銀性である。
普段は静夜の体質に負け続ける脆弱な存在だが、静夜が覚えていると明言し、その呪いにブーストをかけてやるとこの現象が起こる。
静夜の肉体は十八の一日手前で年齢を止めたが、生きた年数はとっくに二十年を超えている。
矛盾が生じる為普段は不安定なままに静夜に意味不明な悪戯をして気をひく彼女だが、静夜が言葉を発する事で『覚えている』という事象が『二十歳未満の肉体』を凌駕してこの現象を起こすのだ。
静夜が言葉として放つ『紫鏡』は本当に呪われた言葉である。静夜本人だけでなく、二十歳を超えている人間が聞いた時点で因果が狂い『二十歳を超えているのに紫鏡を覚えている人間』という判定を起こすのだ。こうして静夜の声で放たれた『紫鏡』の単語を覚えていた全ての成人がどこかは解らない『鏡の中に作られた疑似迷宮』という世界に強制的に連れ去られる。
紫鏡というのが学校の怪談に起因しているせいか、引きずり込まれる空間は学校をモチーフとした校舎に見える。静夜は何度かこの体験しているが、いつも微妙に構造が違うがこの大きな括りが崩れる事はなかった。
今回も御多分に漏れず、静夜はリノリウムの廊下に土足で立つ。
放課後の時間でもなさそうなのに人はいない。
窓を見ればここは三階だとわかる。右手側には教室が並ぶ。三年B組。振り返れば後ろはA組で、さらに向こうは行き止まり。
いつやってきてもここは寒々しい空気で、窓の外は荒涼としていて、雲一つない晴天なのにどこか薄暗い。
グランドにはブランコがぽつんとある。
風もないのに揺れていて、人はいないのにはしゃぐ声がする。
けれど忘れ去られたサッカーボールが動いているところは見た事がない。
そういう、ただただ不気味な空間が紫鏡が創り出す世界だった。
ここから脱出する方法はいくつかある。
一つ目はこの学校の敷地のどこかにある鏡を見つけ出す事だ。この世界は二つの校舎、体育館、校庭で構成された閉じられた空間である。不可思議な力により脱出不可能な学校の敷地内をくまなく探索し、その空間のどこかに一つだけある大きな姿見を見つけ出す。その鏡を見つけてその前で『白い鏡』と唱えればいい。問題は探しだす事が非常に難しいという点である。
二つ目は階段を上る事。屋上で飛び降り自殺をしようとして宙に浮いている少年少女総勢十三名を、全員回収すればこの世界はなくなる。ただ、近寄るとその人物まで一緒に飛び降りたくなる衝動に駆られるのでその試みは容易ではない。
三つ目は一番簡単だ。無意味に散策し、時間の経過を待つ。それだけだ。生き残れる自信があるなら、これが一番確実な手である。
他にもあるかもしれないが、どれを選ぶににしてもそれまで生きている事が肝要で、これが静夜以外の人間には難しい。何故なら命を奪うような妨害が無限と思えるほどに襲い掛かってくるからだ。
どうやら紫鏡が作ったこの学校は人を殺す事に特化しており、乗客を天国か地獄。その人物に近い所へ送る事を目的としている様である。
ただ、静夜は死なない。少なくとも今まで致命傷を負って命を失った事はない。
だからここには何度か来て、そのたびに生き残って脱出してきた。来るたびに生きて帰る静夜はどうやら嫌われていて、以前最後に来たときはずいぶん苛烈に命を狙われたものだ。すなわち、今回も命を狙われる。静夜も、巻き込まれた殺し屋全員も。
さて、しかし今は静夜一人である。
温度を感じない白い校舎。冷たいが、寒くない。
皮膚が冷たくなる感覚は、きっと心的要因が強い。
とりあえず、自分一人が脱出しても許されるのだから、大きな鏡を探して歩き出す。足音も気配も、何も隠すつもりもなく、廊下をまっすぐと。
トイレはここにある。
鍵の開いてる教室も、鍵のかかった教室も把握した。
階段も見つける事が出来た。
第三自習室なる物も見つけた。
窓の向こうにも後者はあって、ここが一般的な棟であるならば、あちらは理科室や調理実習室などがあるのだろうか。
購買は見つからない。
しかし、運よく自動販売機を見つけることができた。
「……クソったれ」
悪態を吐いたのは、自動販売機の所為。電源が入っているのに何も買えなかったからだ。
ポテトチップスや美容化粧品などもあるし、文房具なども自動販売機に詰め込まれている。
当然飲料もそこそこの種類があったし、目当てのコーヒーも売っていた。コインも札も電子決済も、なんでも使えた。商品が出てこない事以外完璧だった。
「せめて売り切れ表示にしろよ……責任者出て来いよ」
まだ最後にコーヒーを飲んでから二十四時間は経っていない。だが時間に余裕はない。コーヒーが補給できていないという事に苛立っていた。
自動販売機を蹴ってしまいたい衝動に駆られるが、ここを出た後に同じような事があったら同じように行動してしまいそうだからと自嘲していまう。
一人で馬鹿な事を考えていると、背後で雑な足音が聞こえた。
「見つけたぞ。おい……何をやりがった?」
振り返ると、そこにはさっきまで静夜の頭をボカスカ叩いていたスキンヘッドの男がいた。
まだ放送も始まっていないし、ただいきなり学校に飛ばされたという認識をしているのだろう。訳の分からない状況に放り込まれたから、状況説明を求めて静夜に話しかけたという所か。
「何って……そりゃ俺の土俵に引きずり込んだに決まってんだろ? 正当防衛が認められるんだったら、まぁ全員ぶっ殺しても問題ねぇだろ?」
「あっ? どこの土俵でもお前が、俺を殺せる訳ないだろうが……。ここは学校か? 学生気分が抜けてないんじゃないか?」
さっきまで留置場で静夜を一方的に襲っていたのに、気が付けば薄気味悪い学校の中に閉じ込められればそんな反応をするのは普通だろう。
「ちょっと面白ぇ事言うじゃねぇか。ここぁ別に俺の心象風景じゃねぇよ。ま、殺す為に俺が用意したって意味じゃ、ちげぇねぇんだけどよ」
あえて渾身のしたり顔で言ってみせる。
「意味も解んねぇまま連れ去られたんだ。それができる相手が目の前にいるんだぜ? まさか、この場でもさっきと同じような事が出来ると思ってるっつぅのかい? どっちが勝つかなんて、解りそうなもんだけど……脳味噌まで頭みてぇにつるつるかい?」
スキンヘッド男の頭部に血管が浮かぶ。ぴきっと幻聴すら聞こえた。
ドヤ顔まで決めてしまって、やり過ぎたかもしれない。が、精神的優位は充分である。あとは相手が怒りでパワーアップするタイプでない事を祈るばかりだ。
まぁ、何はともあれ、後は天命を待つばかりである。
「さぁ、さっさと来やがれ……」
「……来やがれだ? あれだけボコられて、どの口で言ってんだ雑魚が」
「お前さんにいった訳じゃねぇが……ま、そう囀んなよ。口じゃかなわねぇから怒鳴るし直ぐ殴るんだろ? んで、これからお前さんは自由になった俺との殴り合いでも負けるんだぜ?」
「言ってくれるもんだ。その安い挑発、乗ってやるよ」
もともと口の悪いガキだった静夜であるから、一旦タガが外れると憎まれ口はすらすら出てくる。
「てめぇだけじゃ役者不足だからよ、その後ろのお友達もまとめて相手してやらぁ」
「あん……? 後ろに誰もいやしねぇよ。気配で解かるのも解んねぇのかよ。雑魚が」
「いや、おるぞ。ワシがな」
「うおっ!?」
面白くもないやり取りの結果、驚きスキンヘッドが身動ぎする。静夜の事なんて油断して気を逸らせても問題ないという心理の表れなのだろう。
今いきなり飛びかかってやってもいいのだが、現れたもう一人の人物は静夜から決して目を逸らさない。油断ない様子は、枯れた老人の見た目も手伝って、百戦錬磨の殺し屋を想起させた。
「爺様、居たのかよ」
「今きた所じゃい。お主、あの男の事を雑魚だ雑魚だ言っとるが、既に三人退けておるぞ。そして今もこの結果であろう」
「……ああ、俺が悪いな」
「二人でやるぞ。相打ち狙いで死にに行く。良いな?」
「なにも爺様がそこまで……」
「生き残っても仕方あるまいて」
「……解かった」
目の前で命を捨てて静夜を殺しにくる話をしている。なんて物騒なんだと文句を言いたいが、まぁ、物騒なのはお互い様だ。
静夜は既に再び刃を握っているし、その血は地面に垂れている。
静夜の血は、悪魔に愛されているし、血には悪魔が巣食っている。垂れれば、その染みの表面積を出入口としてこの世のものではない物が呼び出される。
静夜が二人に向かって走り出して、血の中から生まれた六腕八脚の黒い獣も追随する。
大きさは中型犬程のそれは、とにかく見た目が不気味である。そしてその速度は存外に遅いように見えた。なぜなら、静夜の方が早く、獣は置き去りにされている。
「――速いっ!」
老人が瞠目し、それ以上の反応を許さずに、静夜は首を切り裂こうとする。
が、刃はスキンヘッドが咄嗟に振るった髑髏のハンマーに受け止められる。
「なんだこいつっ!? 急に――」
ハンマーの柄の部分と刃は拮抗して、ギリギリと震える様に押さえつけられる。
急激に早くなった静夜に毒吐くスキンヘッド。この瞬間追いつく獣。身体の中心が裂けて大口となり、上半身を噛み千切ろうと閉じていくが、これが今度は地面から生えた黒い影に串刺しにされて動きを止められる。
「ちっ」
静夜は舌打ちをして、二人から距離を取る。獣が塵に代わっていき、一旦攻防に区切りがついてしまった。ここは一気呵成に暴れたい所だったが二人の反応が予想以上に良かった。弾くようにスキンヘッドが静夜を押し返したのも、知性のない怪物を過剰火力でズタボロに突き殺したのも、二人が静夜との距離を離したがったからである。
距離を開け、スキンヘッドが髑髏の金槌を再び構えたところで、待ち望んでいた音が聞こえた。
ザザッと音がした。
天井に着けられたスピーカーから、不吉で不気味なノイズが始った。
本当なら、死にながら、命を削りながら、二人を釘付けにした状態でこの状況を迎えたかった。が、別にそうでなくともいい。
「あー……来たぜ。やっと来た。こっからが本番だ」
――キーン、コーン、カーンコーン。
と、まずはチャイム。脳内に響くような異質な音で、音符一つたりとも聞き漏らせない。
そして続いて酷く音質の悪い音声が、廊下天井に設置されたスピーカーから流れてきた。
『皆さん、おはようございます。始業時刻の五分前となりました。校内の生徒は速やかに授業を受ける準備をしてください。本日の拷問は七十科目となります。騒がしい生徒は皆殺しとなります。静かに、駆けぬけ、授業に備えましょう』
聴くだけで気が狂いそうな、不可解な迫力を持つ放送だった。
その声は不気味で、その内容は皆殺しに拷問。危険な事を告げている事は解るが、言ってしまえばただそれだけの筈。だというのに心を怯えさせるほどの不気味を感じさせる力が、流された声にはあった。
症状からすると精神汚染と呼ばれる現象が発生しているらしい。発狂出来ない静夜をして恐ろしいと思う気持ちが抑えられないのだから、きっと相当強力な物なのだろう。
それが静夜以上の強者たちにも作用するかどうか、下手をすれば静夜だけへのデバフであるかもしれない点が難点だが……。
『皆さん。クシザシの時間になりました。廊下にいる生徒は速やかに教室へ移動してください』
この声に、静夜は思わず動きたくなる衝動にかられるが、ポーカーフェイスを保って身動ぎしない。何か始まるぞと。こうして待ち構える事こそ正着だと。そんな雰囲気を意識して。
目の前の二人の行動は明確に分れた。
スキンヘッドの男は放送の音声が終わった直後には、本能に誘われるようにして飛び跳ねる。すぐ隣のドアをタックルで破って教室に転がり込んでいく。
老人の方は静夜への警戒が強いせいだろう。静夜が動かない所為で反応が明確に遅れた。スキンヘッドが跳んでから、慌てて動こうとしたのである。
直後の事。静夜の胸に目に見えない、太い何かが突き刺さった。
逃げる老人の足首も、同じように風穴があく。踝が完全になくなった右足が、吸い込まれるように教室内へ。
「……ちっ、勘がいいハゲだな」
血を吹き出しながら膝から崩れる静夜は、しかし数秒後には立ち上がる。胸に空いた即死級の怪我は既に治っていた。
これで怪我をしたのは老人一人だけという計算でいいだろう。しかも、世の中の殆どの人間は、静夜の様な回復手段を持っていない。勝負の天秤は更に静夜に傾いた。
先ほどの現象。あれがこの迷宮の独特の現象とルールだ。あの放送が流れれば、その対象者はこうしてそのアナウンスに即した現象に命を狙われる事になる。対処方法は放送に流れる『してください』と言われた事を直ちに実行する事。
あるいは予兆なく襲い掛かってくる不可視の攻撃を防御したり、躱す事だ。
ルールを知らない場合、まず間違いなく不意打ちを受けて、あの老人の様に傷を負う事になる。本当なら静夜の様に致命傷が普通で、回避するだけでも相当な反応の良さであると言えるだろう。
運の要素が強い殺人ルールであるが、殺意も持続性も極めて高い。長時間いればいるほど命を失う確率は百パーセントに近づく。静夜を含めしまうのが難点だが、巻き込まれた全員を倒せることは、おそらく間違いない事だろう。
事実、今も実感として静夜は二人の殺し屋に対して立場の逆転を確信していた。
――二人を追って教室に入る。
真っ先に目に留まるのは椅子や机を乱暴に押しのけて教壇前まで逃げていたスキンヘッドの男。
一方、くるぶしの骨ごと穴をあけてまともに動けない筈の老人の姿は何処にも見当たらない。夥しい血痕は教室中央まで続き、そこで消えていた。
当然、天井に張り付いているという事もなく、姿形は何処にもない。
となれば、あの教壇前のスキンヘッドしか相手はおらず、誘い込まれれば逆襲される可能性は充分に在り得た。
警戒すべきだと言って、ここでぼんやり立っている訳にもいかない。
「……わりぃけど、それでも殺し合いじゃお前さん達の方が上だろ? あーっあ、おっかねぇ」
静夜は口から溢れた血の跡を手の甲で拭い、言い放つ。
スキンヘッドの男は無言で掌の中で金槌を回し、その手ごたえを確かめる様に握りしめ直した。
「だからもっと殺し慣れてる奴にバトンタッチって奴だ。つってもずっと出してる例のアレさ……けどまぁ」
すっと、右腕を掲げ、腕をぐーぱーと握ったり開いたりする静夜。
「制御なしだ。覚悟しろい」
再び手に収まるのは、長さ三十センチ程の鉄クレ。
握り締めれば指の皮膚に食い込み、痛みと共に骨に噛む。ぎちりと確かに握られる、刃毀れだらけの刃。
普段は殺さない様にと静夜がその動きを制御しているが、それは努力のたまものであり、静夜がその努力を怠れば、異常なまでに強い意志を手放せば、刃は静夜の体を好き放題に動かす。
血に飢えた獣のように、あるいは何十人も切り殺してきた狂戦士のように。
スキンヘッドの男と目が合う。静夜の意志を度外視て、刃が体を動かし、一瞬で男の目の前へ。
「くっ!」
髑髏の金槌と、刃がぶつかり合い、一瞬で距離があく。
追いかける静夜の体が優位になりそうだが、その瞬間足の裏が教室の床に釘付けになる。
視線すら静夜は向けないので正確な把握は無いが、この痛みは先ほども経験した。
つまり、あの杭が再び静夜の足を貫いたのだろう。あの老人、どこに居るかは判らないが部屋にはいる事が確定した。依然として、静夜は一対多数という状況は変わっていないようだ。
「――爺様っ! ……助かるっ!」
「さらに動きが早い。足は止めるからあわせい」
どこからか声が聞こえて、静夜ではなく体がその位置を理解していた。
空いている左手が、無造作に最寄りの机の脚を掴むと力任せに左斜め後ろへと投げつける。人間の力の所業とは思えない速度で机は飛ぶが、手応えとしてあの爺には当たらなかったのが解かる。
どんな状況か気になる静夜だが、静夜の意志とは無関係に動く体はスキンヘッドの男へと進む。
二人の間、バリケードのように黒い杭が生えそろう。
静夜なら尻込みしそうなそれを視認し、身体は加速する。
それは想定されていた動きだったらしく、スキンヘッドの男がハンマーを振るう。
黒い杭の一本が折れて、打ち出される。静夜の胸を貫く良いコントロールだが、生憎静夜は死なないのである。
「――!」
更なる加速。焦る様に打ち出され続ける杭を、無抵抗に受けながらすすむ静夜の身体。
あっという間に距離を包めて、刃の折れた部分をそのまま叩きつける様に拳が振り下ろされる。
『弓代さん、ドンキーさん、鶴見さん、メッタザシの時間です。教室を移動してください』
金槌の面と、折れて歪な鋭利さを作る刃がぶつかり合った瞬間に放送が鳴る。
ぎょっとしたのはスキンヘッドの男。おそらくドンキーとかいう名前だったのだろう。名指しされた事も驚きだろうし、このタイミングであの放送だ。
内容からしてこの教室から外に出なければ死ぬ訳だが――それを許さないのが静夜だ。
切り殺そうとか、叩き切ろうとか、そのような身体の欲求をすべてキャンセルし、スキンヘッドの男の袖をつかみ、強く握りしめた。
目を見開くスキンヘッドの男。
血塗れの静夜と目が合う。
大慌てで逃げようとしたが、静夜が掴んでいて、しかも静夜の体は床に釘付けで引き摺る事も出来ない。
がむしゃらに暴れ、顔面を殴られても、静夜は絶対に放さない。
右、左、右、左、右――耳がピアスごと千切れかけ、頭蓋が砕けて、鼻血が致命傷の証拠でも、静夜は放さない。
そうしてその時が訪れる。
「――くそ……」
血飛沫が舞い、静夜諸共体中がグズグズの血塗れになる。
ハンマーと取りこぼし、前のめりになるスキンヘッド。倒れない様にか、静夜の顔面を両手でがっちり掴み、目を見開いて睨み付け、力尽きる。
どさりと倒れるスキンヘッドの男を見下ろして、静夜は小さく一息吐く。
振り返れば先ほどまで閉まっていた教室の後ろドアが開かれていた。
もはやそこに零れ落ちた量だけで死んでいるのではないかという量の血痕が、廊下へと続く。
「……」
その血の跡を見る限り、ついさっきまでそこでずっと立ち止まっていたのだろう。隠れる場所とも思えないが、そう言えばあの老人は常に神出鬼没だった。
その事を思い出しつつ、ふらふらと静夜は廊下へと向かう。
体中に空いた穴が塞がり、血が蒸発して静夜に還元されるのに数秒。
「死なねぇだけで今まで生き残れる訳ねぇだろ? じゃあな、人殺し」
肉体は直ったが、しかし人を殺したのだから嫌な気分になって。
その気分に飲み込まれないようにと自制して。
しかし左耳のピアスが一つ、スキンヘッドの男の掌に強く握りしめられて、奪われた事に気付くことなく、教室から出る。




