未来シコウのチートデータガール 69
唐突な杭が少女の命をあっけなく終わらせた。
そしてそれは少女だけでに訪れた攻撃ではなかった。
静夜の足元から生えた太い杭は、咄嗟に身を捩った静夜の脇腹を抉りとり、膝をつかせる。
「影かよっ!」
一体どうやってその角度から少女と静夜を貫いたのかと言えば、どうやら静夜と少女の影の中から何者かが攻撃してきているのであるようだ。影というのは本来、光が当たっていないだけの現象の筈なのに、その影は不自然に黒く、静夜の血液と同じような禍々しさを放っていた。影のように見えるが、影ではない何かであると思った方がよさそうだ。
とっさの考察の間にも、さらなる追撃が地面から次々と生え出てきて、幾つもの杭が足の裏を突き抜けて、肚まで貫通していく。
見れば既に緑髪の少女は体中を無数の杭に串刺しにされて、地面から浮いた状態で事切れている。
カシャン。と、その手から静夜のシルバーブレスレットが零れ落ちる。そしてそれは影の中に沈み、消えてしまった。
それを見送る静夜はさらに串刺しにされ続け、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて、更に突き刺される。背後の壁に文字通りの釘付けにされる静夜は磔状態になった。
普通なら死んでいる筈だ。しかしこれは、静夜だから死なないのではない。すべての内臓を避ける様にして杭は、筋肉と脂肪だけを貫通して壁に括りつけたのである。
「死なないなら動けなくしろって、こういう事かよ爺様。拷問趣味じゃなかったんだろ?」
いつの間にか、数メートル先にスキンヘッドの男が立っていた。
スーツ姿でその右手には金槌を一本。取っ手からヘッドに至るまで無数の髑髏が彫金されている。マジックアイテムか、呪物か、ただの趣味か。
解らないが、いずれであってもまともな神経でそれを武器にする訳がない。
一歩二歩と、近寄ってくる。
左手では摘まむような持ち方でスマートフォンを顔の付近に掲げている。今話しかけたのもその電話の向こうの相手に向けてだろう。
『致命傷に至らん傷は甚振りに等しいの。……すまんとは思うが意味はある』
「ま、俺は別に拷問も否定はしないぜ。転生したあとにトラウマ残せるなら、悪くないぜ?」
恨み骨髄に入った藁人形のような有様で壁に張り付く静夜の前で男は立ち止まる。
「よお? 痛そうだな」
「よぉ……、こんな体験中々できねぇぜ。試しにやってみねぇかい?」
煽り返すがスキンヘッドの男はこれを無視する。
静夜を上から下まで舐めまわすように眺め、すっと手を伸ばした男は、静夜の左手を掴みとる。
何を――?
思った所でおもむろに、静夜の指からシルバーアクセサリを抜き取ろうとした。そして顔を蒼褪めさせて飛びのく。背後の鉄格子に背が突き当たるほどで、痛みによる反射のような、抗えない逃げだった。
「今のには、憑いていたな」
「……ツルッパゲらしく霊感も優れているかい? なんでぇ。欲しいなら一つくらいやるぜ」
そう言えば、さっきもあの少女が静夜のブレスレットをくすねていた。あれには死神と呼ばれた殺し屋がとり憑いていた。静夜以外が所有しても何の効果もなく、むしろ不幸が訪れる可能性すらあると言うのに、どういうつもりだったのか。
そして今触れられたのは血を愛する悪魔が憑いている。気性の荒さは随一である。相性が悪い者は今のように弾かれる。手に入れるメリットもないのだから、本当にこれを奪いたい訳ではないとは思うのだが……。
「……骨が折れるぜ」
くるくる金槌を回し、姿勢を正したスキンヘッドの男は、再び静夜の前へと立ち戻る。
「……俺たちは死ぬために動いている使い捨てだ。死んで構わねぇし、なんなら死にたいくらいのゴミクズどもさ。だが、だからって死んだ後の仲間の為になにもしない訳じゃない。あんたが転生した後、俺たち日陰者に何をするか。知っているぜ?」
ぐるんぐるんと手の中で金槌が回され、ぱしりと止まる。
凄絶な目付きでの宣言の直後、金槌は振り上げられ、静夜の視力ではとらえられない速度で振り下ろされた。
フォームからすると粗雑な動き。
魔法でなくとも。
マジックアイテムでなくとも。
ただの金属だとしても。
その塊が、その速度で衝突すれば人間の皮膚や骨など一瞬で突き抜け削り取る。
袈裟懸けの形で静夜の顔の左頬下から右の鎖骨までが摩滅し、体に突き刺さっているいくつかの杭も折れた。
返す金槌はふたたび顎を抉りる。静夜は喉を舌ごと失い、悲鳴も苦悶も漏らせなかった。
静夜を眺めて眉根を寄せ、スキンヘッドの男はふうっと息をつく。
「……まるで逆再生だな。気色が悪い奴だ」
『そのまま、殺しきらずに弱らせい。封印班も向かっとるしの』
「可能な限り削りとっても良いだろ?」
『殺しきるとどう生き返るか解らん。手加減せいよ』
「不死身なだけなら、ま、怖くないだろ」
『……まったく。それは慢心じゃい』
「へいへい……つーわけでだ。転生者の成り損ないよ……甚振るぜ。心折ってやるよ。転生した後だって引き籠る位にだぜ」
再び鈍色のハンマーが振り上げらえる。
眼窩縁の骨を砕いて、脳に致命傷が入る。意識も飛ぶ。一秒後には意識も傷戻るのでぎろりと静夜の瞳はスキンヘッドの男に向かう。
その眼は、理不尽に繰り返される暴力に対して絶対に許すものかという憎しみが込められていた。
ただ、そんな目をされたとしてもスキンヘッドの男は手心を加えたりしない。
怨嗟の瞳など、慣れた物なのだろう。
楽しくもなく、憎くもなく、ただ義務のように金槌を振り下ろすスキンヘッド。それはただ振り下ろすだけの信仰に没頭に見えてくる。その無表情の殴打は、たしかにトラウマを負いそうな程に不気味であった。
静夜は発狂出来ない。だが感情はある。このダメージが一日続くなどという話になったら、さすがの静夜も心に来るものがある。すでに、髑髏の集合体と銀色の金槌を見たら目を逸らしたい気分が植え付けられていた。
「――生き返る。じゃないな。死なないって事か。脳味噌潰しても死なないし……目も心も死んでない。気に食わないな。クソが」
右手だけが、暴風雨の様に暴れる。
繰り返し、殴られ。
再び。目玉を取られ。
痛みを、溜めていき。痛覚に慣れる事はない。
慣れられないのは世界の修復力に逆らい続けた結果だ。
動けない。逆らえない。諦めたら死ねるタイプの不死身だったらとっくに諦めるほどに殴られ続けている。
痛い。気持ちが悪い。ズキリ。グチャリ。ズキズキ。ぎゃきり。りり。がが。ぎぎ。りりりりりりり。
しかし、静夜は。ぼきっ。ぐちゃ。
意識を保。がきっ。ごり。ぐちゅ。
だから、せめて痛みに慣れたいのに。ぐちゅり。ぐぎ。ぐり。ぐりぃ。
怒りだけが、健全に溜まり。ごっ。ごっ。ごっ。ぷちぷちぷち……。
どうあっても発狂しない精神が。びちゃり。かりかり。ごり。ねちゃぁ……。
ごじゅっ。
……ふざけやがって。
「まだその目かよ。雑魚のくせにこっちの世界で名が知れるだけあって頭の螺子飛んでやがる」
――テメェだって螺子足りてねぇだろうがクソハゲ――
このスキンヘッドは静夜の怒りの声を果たして聞く事ができたのだろうか。手元が狂った時には喉が潰されて声も出ずらい。多分聞こえていないだろう。
聞こえていない方が都合がいい。気合を入れて体を動かす苦悶の声がばれないから。
スキンヘッドが一歩前へ――そこに襲いかかる。
杭を引き千切り、スキンヘッドの男の顎を殴りつけた。
目を白黒させてスキンヘッドが飛びのく。
距離を引き離し、膝をついてゴホゴホと激しく血を吐き咳き込んだ。
「こいつ、まだそんな気力があるのかよっ!」
膝をついた静夜の体には多くの杭が折れ刺さっていて、そこからは血が石清水のごとく垂れている。だが、それも徐々に回復を始めている。ずずっと、肉の穴が少し引き絞られ、杭が少しずつ飲み込まれていくのが見て取れた。
「マジで死なないな。しかも心も折れない。たしかにこりゃ封印以外には――ん?」
何かに気が付き飛びのいて離れたスキンヘッドの男。静夜の変化を警戒したのだろう。
たしかに、静夜はもうこの男を許してやるつもりをなくして、ぶっ殺してしまう手段を考え始めた所である。殴り合いは弱くとも、逆転の手段は持っていると自負しているし、殺意という意思ならきっと一級品である。
あるいは静夜に憑りつく何かに反応したのかもしれないが。
『どうした?』
「……ああ、なんかヤバそうだった……が、問題なしだ」
その発言は強がりでもなさそうだ。
顎への一撃はまるで堪えていないというのは、静夜の目からも解る。
腹立たしいことだが。
「ダメージジーンズみてぇに……穴だらけにしやがって……この服テメェと違って安もんじゃねぇんだぞ。問題だらけだクソったれ」
口汚く罵る。
体は何度も瀕死に追いやられた。それでも傷はふさがった。
体の中に突き刺さっていた杭も、静夜の体の中で死亡判定をくぐり続けたのである。体内に埋もれていた杭は、もはや明確に死を招く異物と判断された。時間を待たず、体内のものは消滅する事だろう。
立ち上がって――残留物の鉄の杭が、消滅に抗い、最後の嫌がらせとしてか、破裂する。
内臓がずたずたにされたが、それでも立ち上がる。
血反吐を吐いて、皮膚からは残った金属も零れ落ちる。
「おい爺様。こいつの体、不死だけじゃないぞ。無力化はコンクリ詰めぐらいしないと駄目そうだ」
『把握しとる……コンクリートでも無理じゃい。ワシの杭はそ奴の体の中で朽ちおった。よほど高い概念固定率でなければいかん』
「……なんだ。概念?」
『封印組のサポートに回るぞ。お主は計画通り四肢をもいで時間を稼げ』
「はいよっと。ここに釘付けにすればいいんだろ。なんたらの話は爺様任せる」
『聞いとったな? おぬしら動け』
どこからともなく響く嗄れ声。
先程までのようにスマートフォンからの音声ではない。そんなに小さくなく、明確に静夜の耳にまで聞こえてくる。
この場に何人の敵が居るかはわからない。ただ、少なくとも三人はいる事になる。スキンヘッドの金槌男、指示を出す影からの鉄杭の人物、そして封印組とやら。
ああ、うんざりするな。
本当にうんざりしながら前後を見る。眼前の通路にはスキンヘッド。その奥には血の海。後ろの通路は行き止まり。そちらも奥の部屋からは血が染み出している。
その時、天井に設置されたスピーカーから声が聞こえた。
『バッドステータス。まだ生きているか? この声は聞こえているか? カメラはいかれた、音声も聞こえん……が、貴様なら生きているだろう。貴様以外はみんな死んだか、これから死ぬ。こちらも救助にいける状況ではない。どうせお前のことだからまだ許可ストックは残しているだろう。残ってなくとも証言はしてやるし根回しもしてやる。自分の身は自分で守れ。願わくば、他の生き残りも助けてやってくれ……いたらな』
そのアナウンスは静夜を留置所に放り込んだ赤髪の美人の声である。
聞いた静夜は深々と溜息をつく。
もっと早く言ってくれとも思うし、結局人殺しをしないといけないのかとも思う。
あと、どう考えても静夜以外全員死んでいる。
「……なんだお前、ライセンス持ちだったのかよ」
「簡単に言ってくれるぜ……正当防衛だったら殺してもいいとかよ……そういう問題じゃねぇんだよ」
「まったくだぜ。お前が俺に勝てる前提っていうのが笑えて来るな」
掌の中でハンマーを高速回転させてはグリップを握りなおすというルーチンを繰り返すスキンヘッドの男。
それを胡乱な目付きで見て、ぷっとほとんどが血の唾を吐き捨てる。
「……いや、勝てるけどよ?」
「あん?」
「てめぇがやってたなぁ動けない奴をボカスカ殴るだけだろ? 逆にどこで俺よりつえぇって思えたんだよ……」
「粋がりやがって……」
「あたりめぇだろ? てめぇにビビる理由なんてどこもねぇよ。そもそも絶対に勝てる奴相手に正当防衛とか、成り立たねぇってんだよ。動けねぇやつしか叩けねぇ雑魚ハゲ」
「……ぶっ殺す!」
この発言は挑発でもあり、本音でもある。
人殺しはしたくない。命を狙われたからと言ってしたくない。
殺した後に残るのは後味の悪さだ。
ハジメにも語ったが四方八方を敵に回すような生き方をしてきているのだ。暴力沙汰はよくあった。本当に仕方が無く命を奪った事だってある。その総数を考えれば誰に語るのも憚れる殺人鬼だ。
そういう静夜の観点からすれば、今更許可など関係ない。最悪の言い方をすればあと十人程殺したところで静夜の罪の重さは変わらないのである。
だからと言って、人を殺すというのはただ事ではない。当たり前にしたくない。
これは人間性の問題だ。罪悪感の問題だ。ハジメが自分が悪かったのではないかと悩む気持ちが良く解るのだ。呪いの様に染みついた倫理観が、自分は悪くないという当たり前の気持ちを否定しようと追い詰める。どんな傷を負ってもなおり、どんなに発狂しようとも元通りになるのに、殺したという事実と罪悪感だけはこびり付いて剥がせない。
けれど。
そうであっても。
静夜が負ければ。他人になれば。あるいは封印されれば、きっと悲しんでくれる人がいる。
それに比べれば、自分の良心の呵責なんて大したものではないのだから。
深い溜息。
不快の溜息。
「紫鏡……俺ァまだ憶えているぜ?」
そうつぶやいた。




