未来シコウのチートデータガール 68
夏には涼しく、冬には温かい。それだけで先進国は留置所にぶち込まれる人種に対して尋常ではなく優しいのだと思う。
静夜はそう思った。なんなら少し嘆く。悪い事をしたら涼しいところに行けるなんてすごい発見だ! 別に、悪い事はしたと思っていないのだが。
「あーあ、涼しいなぁ……空調完璧じゃねぇか。どうなってんだ日本?」
周囲を呪物に囲まれていないし、壁が厚くて熱が逃げない。
その分、静夜が今まで借りていたアパートよりずっと居心地が良いと言っても過言ではない。
これが強がりではなく本音なのだから自分の生活スタイルはいよいよ極まっている。
まだ本日はまだ珈琲を飲んでいないので、そろそろ禁断症状がおかしくないが、静夜を不当に拘束しているのだから、巻き添えを受けてこの施設がとんでもない事になるのは仕方がない事である。
コーヒー不足で静夜が暴れる事を懸念したのなら、こんな手錠ではなく、もっと頑丈な拘束衣を着せる事だろう。呪物対策済みの布で雁字搦めがおすすめである。
『留置場に入れていても、奴等は貴様を始末する腹だろう。そうはさせないつもりだが、奴は存外広く根回しをしているようだ。期待せずに大人しく待っていろ』
制服姿の赤髪女は、最後にそう伝えて去っていった。
その後は静夜は独りきりの独房をあてがわれた。
精神体に取り憑かれている静夜を相部屋に投げ込むと、同室にいる死刑未満の犯罪者たちが発狂しかねないとかなんとかで、静夜は賄賂を渡してもないのに個室行きとなったのである。
ご丁寧に左右三部屋を空室にしているので周りが非常に静かで快適だった。一瞬貸し切りなのではないか、あるいは東京の治安が世界一良くなってしまったのではないかと錯覚する程だったが、どうやら三畳の部屋に逮捕された人物たちを押し込めているらしいので静夜はなんだか申し訳ない気分になってくるのだった。
本来、静夜の異世界の精神体が他人に影響を及ぼす事は殆どないのだが、ここに勾留されているメインの理由が大怨霊の召喚であるだからまるで信用されていない。
しかも幾つかの呪いのアイテムも持ち歩いているのだから信用の無さは一塩だ。
笹月が狙った静夜の勾留は失敗に終わった。
最終的に何をしたかったのかはわからないが、笹月の思い通りの結果にならなかった事は解る。
本来なら他の権力者に悟られない内に静夜を捕らえ、ハジメの自由意志を曲げさせる腹積もりだった筈だ。
ズームォの言葉を借りればハジメを追い詰めるという事が目的なのだという。ならば、ハジメに親切にした人間が被害にあい続ければ、否が応でもその心に疲弊は訪れる。
一気に襲い掛かる膨大な不幸より、持続的に取り返しのつかない不幸が続く方が、人はきっとつらくなる。
追い詰めるという部分ならば、致命的ではないが多く成功しているだろう。
少なくとも、彼女は追い込まれていた。静夜はハジメの動揺を見かねてこの状況になる事を選んだのだ。
そのアフターケアをしてくれる筈のズームォと百花はこれ以上関わるなと釘を刺された。
それは国の指針だという話だったが、それがどこまで本当か。本当だとして総意なのか、一部の権力者の声が反映された物なのか。そんな事を――特に静夜は考えていない。ただ、個人が国からその存在を脅かされる事があってはならないと、そうは思っている。
あんな少女が……一人前とは決して言えない学生気分の女子高生が、大人の都合だけで否定されている。
それはどんなに心細い事だろうか。
入れ込むつもりはないとは口では言うかもしれないけれども、転んでいる人がいれば手を差し伸べる様に、溺れる人がいればすくい上げる様に、迷子がいれば道を探してやる様に、弓代静夜は見捨てない。
色々理由はあるのだけれど、一言でいうなら彼女が悲しむのを見たくない。それに尽きるのだろう。静夜は弓代静夜という人間は、そういう物であれと願っている。
そして、あれでなかなか静夜と気が合う百花も同じである。彼女は自分の決めたルールの中に生きている。多くが法律の枠組みと合致するから社会生活に破綻が起きないが、あらゆる規範において、気に入らなければ完全に無視する傾向にある。例えば、今回の様に権力に物を言わせてハジメに関わるなと言われた所で、全く気に留めずにハジメに接触する事だろう。
ハジメがおそらく孤独にはなっていないという事が想像できて、静夜は焦ることなくぼんやりとする。
個室のクリーム色の壁を眺める。高い天井の小さい窓の向こうは昼間だというのに随分暗い。
静夜は周囲の強者たちのように無茶苦茶ではないので、どんなに暴れようともここから脱出は出来ない。わざわざこんな特別感あふれる独房にいれなくとも逃げられない。出来る事など多くない。
だからぼんやり考える事ぐらいが、今の静夜に出来る事なのだった。
――それにしても、一体全体、ハジメをそこまで追い詰めて何がしたいのだろうか? 静夜には解らない。
解からなくとも、解らないからこそ、考えるのだ。
ハジメはなぜそこまでされているのか。
彼女を追い詰めて何がしたいのか。
想像するしかないが、だとしても随分急いているイメージだ。
おそらくはこの世界に慣れない内に、慣れて対処を思いつかれる前に、この世界に休む暇など無いほどに追い詰め続けて、整う前に勝負を決めたいという所だろう。
追い詰める。孤立させる。鬱にさせる。自主的な退場を促す。
……この考え方はなくはないだろう。反吐が出るような方法だが、暴力で殺せない相手にはよほど通じるだろう。だが、確実ではない。彼女の心が強かったなら。あるいは、静夜の様に孤独を気にしないのならば。今の状況程度では足りない筈だ。
ならば――彼女をどこまで追い詰めるつもりなのか。と。
いなくなりたい位に追い詰める? 今それがなされている最中だ。それはどこまでだろう?
何処までも死なないのなら、どこまでも限界はない筈だ。だがそれは彼女からの反撃を想定していない話だ。
何も守る物のない世界、未練のない世界。どうでもいい世界。嫌いな世界。
自害と他害は紙一重だ。少なくとも静夜ならば、自分に向く八つ当たりよりは他人に向く八つ当たりを選ぶ。そして静夜以外だって、他害を選ぶ人間は少なくない。死刑になりたくて他人を害するという人間は存在する。まして、勝手に呼び出しておいて、勝手に追い詰めてくるような世界に恨みを抱かない訳がない。
反撃がないと思うのはおかしな話である。
すると笹月は反撃を織り込んでハジメを追い詰めている事になる。
『馴染みのない世界だから、壊してしまいますかぁ? それならお好きに、ご自由に。笹月はその程度で消える世界に未練はないので、本当にご自由に』
そう考えれば……思い出すのは、ハジメが暴れた程度で滅ぶ世界などいらないと言っていた、あの笹月の言葉である。
強がりであるとみなす事も出来るが、どこまでも純粋な本音であるとも捉える事が出来る事が恐ろしい。
ハジメを追い詰めて、怒り狂ったハジメが暴れまわってしまう事こそが本懐であると、そう見なす事すら出来るのだ。
だったら。ならば。笹月は彼女を追い詰めるために何をするか。静夜の想像力で思いつく限りは……。
「俺だったらぶっ殺しちまうよなぁ」
しみじみと独り言を言う。心の底から、うんざりと。
人の心を語れるほどまともなつもりもないが。静夜の想像でいうのならこの可能性が浮上してくる。
ハジメの心を追い詰める方法を考える事は、ハジメがどうしたら絶望するかを考える事である。
そうであるならば、彼女と関わった人物を殺す事は効果的であると、静夜は想像している。
静夜と百花。この二人を殺して、ついでにズームォ、古御堂、シキも殺す。これで彼女はこの世に縁がなくなる。
自惚れた話ではない。
今、静夜は彼女を庇って拘束されているという状況だ。静夜がどう思おうと、事実はどうであろうと、他人の目にはそう映るだろう。きっと、残念ながら、ハジメにしてみてもそう映ってしまっているはずなのである。
静夜だってハジメの立場だったらそう思う。そして、自分を助けたばかりに助けてくれた人が不幸になるなんて耐えがたい。
するとハジメはどう動くか。
様々な可能性は考えられるがシンプルに考えるならば――全部を救うために足掻く。これが妥当だろう。
全部を救う方法は解らない。選ぶ手段は法律なのか人脈なのか、暴力なのか。思いも寄らない何かなのか。どれにしても、この救うという選択を選んだ場合、彼女の絶望は救えなかった時に訪れるだろう。具体的には、静夜が先ほど呟いた結論である。
彼女が努力して、いよいよ助けられるという段階になって助けたかった静夜が死んでしまうというのが最上だが、間に合ってしまっては意味がない。まして簡単には死なない静夜である。確実にそれができるならこれしかないのだが、ハジメが静夜を助けるのを諦める可能性まで考えると、なるべく早く、彼女の中にある静夜への恩義の比率が高い内に殺してしまうのが理想的だ。
百花も可能ならば絶望的に殺すのがいい。可能かどうかは別として、タイミングは見計らうべきである。
それは、今だ。
ぐじゅ……ごり……。
結論が出るのを待ち構えていたかの様に、水気を含んだ果実が種ごと潰されるような音がした。
この、静かな留置所で、いったい何の音がしたのだろう。何が起きたのだろう。すぐに予想はついて、静夜の頬に冷や汗が伝った。
「おーい! なんか変な音がしたぜ? ……誰かいねぇのかっ!」
「新入りうっせぇぞ!」
「生きてんなら気をつけろっ。なにかがおかし――」
「ひぃっ!」
鉄格子の向こうへ、静夜は大声を上げる。喉に軽い痛みを覚えるほどの怒鳴り声であったが先程の声の主からの返事はない。それどころか、再び――。
じゅくっ。がりぃ。ごぉっ……。
湿り気のある音。硬い骨が噛み砕かれる音。中身が砕けた骨と共に潰される音。人間の頭蓋が潰された音がした。
そしてその後の静けさ。
鉄格子の隙間は狭くて顔は出せない。クリーム色に塗装された鉄棒を握りしめ、出来もしないのに引き千切るような力の入れ方で握りしめて全力で叫ぶ。誰かいないのか! 何かがおかしいぞ! このままだと俺以外全員が死んじまうぞ! そう叫べどもなしのつぶて。
手錠に不満はなかったのに今更焦る。首が飛ぼうが、体中に穴を開けられようが死なない静夜であるが、その実は魔力も込められいない鉄格子を開けられないただの雑魚である。そうでなければ古御堂や百花がやってしまうような力技を用いて鉄格子を破壊している。
明確に危険と解るこの状況では動きを阻害される事は非常にまずかった。
「あんっ? ああっ!? なんっ……」
今度は、何かに気が付いた男の断末魔がかすかに聞こえてくる。
そして例の音が聞こえて来るのだった。
「くっそ。頭おかしいだろ……」
ぴちゃん。ぴちゃん。と、蛇口が緩んだような音。考えるまでもなく血の滴る音だ。
静夜は悪態を吐く。自分なら殺すのが一番の手であるとは思っていたが、まさか本当に仕掛けてくるとは想定外である。ここは笹月の息のかかっていない公共施設であり、それも勾留初日である。一番警戒されている筈のタイミングで、全員を巻き込む形で襲撃が始ったのだ。
今も人間が摩滅していく音が鳴りやまず、それが徐々に近づいてきている。
そして足音も聞こえる。これも徐々に近づき、音が大きくなっていく。静まり返った状態ではただ歩くだけでもその音が反響して不気味である。
気配は解らない。けれども露骨に足音の種類が二つ以上ある。鉄板を仕込んだブーツの様な硬質の物と、出来るだけ音を小さくしようと試みているゴム底のような物、足音が混じっている。
そうと理解するよりも先に、鉄格子の前に立ったのは首だけの犬と、おそらく飼い主の、緑色髪の少女だった。
犬の身体は存在しないのか見えないが、全体像を想像するこの留置所には入らない巨躯である。あまりの大きさに最初は趣味の悪いぬいぐるみを引き摺ってきたのかと思ったほどだ。
しかし犬の首の牙の隙間からは血の混じった涎が下立っていた。
「犬の散歩にしちゃビニール持ち歩いてねぇな……マナーだぜ?」
「遺言にしては気が利いてないのです。いいよ食べちゃえダロス」
飼い主の指示に従ったと思われる犬の姿がおぼろとなり、消えたかと思えば静夜の背後に現れた。
唐突な出来事に絶句するが、部屋の隅に現れたその犬がいきなり襲い掛かってきたので大げさに驚く隙もない。ただただ息をのむ間にその犬は静夜の喉笛に噛みつこうとしてくる。運よく反応が間に合い、両腕を首と顎の間に差し込む。
手首をかみちぎられながら、痛みを感じる前に突進を食らって吹き飛ばされる。クリーム色に塗られた鉄格子は拉げて、静夜の肉は骨と鉄の間で潰れる。骨は折れて、胃に突き刺さって吐血して、鉄格子はコンクリートごと壊れて、血反吐を吐いた静夜はその上に転がる。
本当に苛立たし気に舌打ちをする静夜は、咳き込んで肺に滲む血に咽続ける。
よろよろと立ち上がる。
目が緑色髪の少女と合う。この世の何にも興味がなさそうな目。見れば美しい顔。殺し屋としては間違いなく低年齢。なんでこんな子供まで殺し屋なんだよと、声もなく悪態を吐く静夜を冷めきった緑色の瞳で少女は、意味もなさそうにただそこにいた。
「食べちゃえじゃねぇんだよクソ餓――」
言い終わるのを待たない。
この世に希望を持っていないような色をした少女の瞳が、ただただ静夜を見ている。
そう認識した直後には大口を開けた犬の顔が静夜の眼前に現れていた。
躱そうと思う事も出来ないままに、ゴギリと首の骨が噛み砕かれ、食いちぎられ、その直後には引きちぎられた首を頭蓋骨ごと噛み潰された。首を飛ばされて、倒れる身体を眺めつつ狭まる視界の中。なるほどこれがさっきから聞こえていた音だったのかとぼんやり思う。肉が潰れて、骨が砕けて、死んでいく。
「いい仔ですよダロス……でもまだ油断したら駄目なのですよ。その男は、とても危険だと聞いているのです。首がなくなっても立ち上がる位の事は――ダロス?」
静夜の血は常に狙われる。血を欲する悪魔が狙っている。それは呪いであり、体に取り込めば毒となる。如何に殺し屋に寄り添うモンスターであろうとも、静夜の体を狙えるだけの精神体が愛する血を受けきれるものではない。
静夜の身体の外に出た血液は、その水面をゲートとして禍々しい物を呼び寄せる。少量であるならば出入口が小さくなにも出てこれないが、その雫の中には広い世界があるらしい。小さな出口で、化け物共が外に出てこれないだけで、質量に関わらず静夜の血は致死毒だ。
――飲めば、摂取主の血と静夜の血が混じり、疑似的にゲートが広がる。
まして、今静夜は頭部を丸かじりされたのだ。溢れる静夜の頭蓋の中に詰まっていた血肉や、首から吹き出る血液は残らず化け物犬の餌となる。それは、つまり取り返しがつかないという事だ。
緑髪の少女がその犬の異変に気が付いて視線を向けた瞬間。
首だけの犬が終わった。
鼻や口、目玉に耳。黄色と緑の斑模様をしたミミズの様なものが犬のあらゆる穴からが現れた。形容する言葉も思いつかないような不気味さ。耳や目玉から生えてきた黄色いミミズが頭を包み込み、頭蓋の真ん中を掻き分ける。脳髄を求めて指の様に蠢いて引き裂いて、断末魔をあげる隙も与えずに舌を引き抜き、奥歯も前歯も歯茎ごと、ぐちゃぐちゃと解体していく。
「え……? 嘘です。嘘です。ダロ……ダロス……?」
後ずさる少女は、モルタルよりもずっと柔らかい物に背中をぶつけて立ち止まる。
おそるおそる見上げる緑髪少女と、いつの間にかその場に再生されていた静夜の目が合う。
肩で息をして、上半身裸で、振るえてしまう程の美貌の男と、何もかもを忘れて見惚れた少女。
「大事なペットなら殺しの道具になんざに使うんじゃねぇよ……」
「ぎゃんっ!」
拳骨一つで許す自分はきっと甘い。そんな風に思いながら、緑色の頭に拳を振り下ろす。
気分の問題なのはわかっているが、人殺しには忌避感がある。命を狙われたのだから殺すべきと過激な思想の持ち主ならツバを飛ばして叫ぶだろうが、生憎静夜は人殺しはしなくていいならするべきでないと言う、法律の順守者である。
とは言っても、成人男性の手加減なしの本気の拳骨である。倒れた少女は悶絶して動けなくなるし、静夜がそこまで強くないから生きている程度だけとも言える。古御堂みたいな事が出来れば文句なしなのだがとは思うが、出来ない事を嘆いても仕方がない。
さてと――。
「こりゃあ……」
周囲静けさと、周囲の騒めき。呪物に追い詰められた村の様な雰囲気。殺意は解らず魔力も知らない。それでも静夜は経験則で理解する。
頭を押さえて、必死に痛みに耐えている少女以外にも敵が来ている。
その敵は残らず静夜を狙っているのだと。
「おい」
「はっ、はい……」
いまだに頭を抱えている少女に凄む。既に戦意を喪失した様子で、頭を抱えたまま半分涙目で静夜を見上げ、怯えたような返事が返ってきた。
「一人で来たのか?」
「ち、がうの、です」
「何人で来た? ほかにどんな奴がいる?」
「言、え、ない。のです」
「……自分がぶっ殺されちまうかもしれねぇの、解ってんのかおいコラ」
「こっ殺せば、良いのです。どうせ、死ぬ、つもりだったのですから」
「……言え」
静夜が本当に真剣に目付きを厳しくすると、圧に負けて少女は目を逸らす。
「じゅ、十……十人……なの、です」
「……俺一人をぶっ殺すために十人ねぇ……何考えてんだお前ら」
「そ、れは、それは……お前が、一番、最後の……」
「はぁ……こんなガキが殺し屋なんてどうなってんだよ日本……」
「こっ、子供扱いして欲しくないのです!」
「あん?」
「ひっ」
怯えた少女が、頭を抱えて隠すようにしゃがむ。
ぷるぷると震える姿は庇護欲を掻き立てられるが……しかしこの子供は人を殺してきたのだ。しかも、それは仕方がなくではなく、仕事としてだ。いや、きっとムカつくからとか、そんな簡単な理由でも殺しているだろう。実際、静夜もそんな風に命を狙われたのだから。
「……」
どうしたものかと、少女を半眼で睨み見下ろす。右手で後頭部を掻き、果たしてこの少女の処遇をどうした物かと思い悩む。
過去の罪がどうのこうのという話ではなく、安易に殺す人間は、どんなに身綺麗になっても安易に殺すと、静夜はそう考えている。真っ新な、綺麗な人生を手に入れたとしても、新たなスタートラインのその一歩から先は再び血に染まる事だろう。
殺し屋共は綺麗な経歴を手に入れたがるし、生まれ変わりを求めていた。この少女も含めて人殺しに何も感じていないような人間は自分がまともな人間でいるつもりなのだろうか。
静夜だって人を殺した事はある。
慣れてしまったと言っても過言ではないだろう。
だが、彼等とは違うと言いたい。信じたい。出来れば二度としたくない。
人の命をまだ、軽いと思っていない。そのはずだ。
しかしこの少女を警察に突き出しても更生するとも思えない。刑務所で自殺するのが関の山だ。
人の命は軽いまま、どこかで誰かを殺す人間が転生して生まれるだけだろう。
本当なら他人の人生をないがしろにしてきた人間に次のチャンスがあるなんて許しがたい。だが、あのグッバイワールドが来世を確約したからにはこの流れは止められないだろう。ならば、せめて罪悪感だけでも抱いてほしいものだ。
……いっそ静夜のアクセサリーの内、自己嫌悪を強めるような呪物に成り代わった物を押し付けるべきだろうか。来世まで呪う事が出来るかどうか、そんな事は知らないが、今の人生位、自分がしでかしてきた事に正しい罪悪感を覚えてもらいたい。
さて、では今持つ静夜のアクセサリーの中で、精神がダウンするような物はどれだろうか。そんな事を思って見下ろしたところで、少女が静夜の視線から何かを隠すように、身動ぎしたように見えた。
「おい、ガキんちょ、今何か隠したな? 何を隠した」
それが何か、実は静夜は心当たりがある。今まさに思い至った、静夜のアクセサリー。
右の手首のブレスレットが消えているのだ。
「……お前は、正論しか言わないのです。お前は、百を助けて、一を殺すのです」
涙目で怯えながら、少女は静夜に食って掛かる。
そうと決めつけられて言われれば、たぶんそうなのだろうが、とんと心当たりがない。誰かを助ける時は助けたいと思った相手を助けてきたし、それは一人の為に大勢を敵に回す事もあったのだ。
「……知らねぇよ。何言って」
「わ、解らないので――」
少女の言葉は最後まで語られなかった。
「え? えっ? 痛い……です? 痛い……? ああ、そっか……ダロスまたね……」
少女が意思を伝えるその前に、彼女の薄い胸を突き破り、一本の杭が突き出していた。
この杭は少女の心臓を串刺しにし、空気に露出させた。
すなわち、目の前で少女は殺されたのだった。




