未来シコウのチートデータガール 67
「……君たち、今百花ちゃんに何か悪さしようとしたわけじゃないだろうね?」
ぷいっ。
ハジメが柳眉を逆立て三匹に問い詰めると、三匹揃って顔をそむける。
その態度にハジメは驚きとともに怒りを覚える。すなわちこの猫モドキは達はハジメに逆らってまで百花への態度を悪くしているのだ。
「こらっ」
一番顔をそむける黒猫もどきのメアの顔を両手で包んでハジメの方に向けさせる。
掴んでみてわかるが、鋼鉄の塊がねじ曲がったかのように力強くそっぽを向いている。
むきになったハジメがギチギチと、力を籠める。折れたり怪我をしない加減はするが、ハジメとて魔力で補えばきっと世界一の剛力だ。メアが嫌がってもハジメと顔を合わせるのは必至である。
な、な、にゃっ!
「私の方を見るんだ。こら!」
「まぁまぁ、最終的には助けてもらいましたからね。わたしの事はいいですよ」
「百花ちゃん……」
なぜか被害者になりそうだった百花はニコニコして、あまつさえ三匹を庇うのだから困りものだ。
「その子達が反抗的と思うのなら、おそらくわたしの所為ですよ。ハジメさんへの忠誠がわたしの魅了で中和されてしまっているんでしょう。本来ならこんな現象は起こらないのですが、この子達が強すぎるために変な作用をしているように思えます」
「魅了ふりまいちゃってるのかい? 感じてないけどな」
「抵抗力が強いんでしょうね。ハジメさんは。まぁ、だからこそあまり気を使っていないのですが、この子達からすれば、主に向かって状態異常攻撃を仕掛け続けている女という認識になりますから」
「んー……。君たち百花ちゃんと遊ぶとき来るの禁止」
『!?』
三匹はこの世の終わりのように、総毛立って驚く。
ついでに百花も驚いている顔をていた。
「……魅了にかかってます?」
「かかってないよ? 百花ちゃんは友達で、仲良くなる努力を続けないといけない相手だけど。この子達は私の配下で、どんなに嫌っても嫌われても関係は続くんだ。友達を優先したいだけさ」
「なかなかドライですね」
「あれ、駄目かな?」
「いえ。信頼関係がすでに構築されているという事ですからむしろ好ましいですね。逆にうらやましい位に良い関係性ですよ。あなた達は誇るべきですよ?」
などと話しているが、三匹は相変わらずショックにうちひしがれて固まっている。
「それにこの三匹のおかげでこうして時間が作れました。……ので、今のうちに行動を起こしましょう」
「行動って……鬱船――?」
「シズヤさん奪還作戦を決行します」
「あ、じゃないんだ?」
「わたしとハジメさんでこれですからね。あっちはもっとひどい事になっていますよ」
百花にしてみれば鬱船は眼中にないという事だろうか。それは鬱船を倒す事と静夜の安否ならきっと静夜を気にするべきなのだろうが。
「鬱船なにがしは、どうせ今から叩き潰します」
百花の流し目の先を見れば、あの赤と黒の蝶が舞っていた。
「鬱船の攻撃手段について手短に」
百花は語りだす。
鬱船の能力は、おそらく幸運不運を操る物。
その運には限界があるが――
「その蝶が現れる前から攻撃をされていましたし、以前わたしにちょっかいをかけた時もいませんでした。そして私を襲った時の攻撃は大したことがなかった。ならば、蝶はこの能力のブースターの可能性があります」
ブースター。つまりこの蝶により能力のバフをかける。実力が足りなくとも運を引き寄せて必要な分の運気を操る。
たかが知れた能力も、蝶がいれば能力が向上する可能性。大量に蝶が存在するというからには、逃げ場をなくす為の面攻撃が目的か、あるいは一匹ごとのバフ量に上限があり、しかし加算方式でバフは増え、総数が多ければそれだけ運を操る力が増す。
「という事は、触れられないように躱しながら移動しなきゃだ」
「ええ、できますか?」
百花が目配せすれば、すでに周囲を囲まれている事に気づかされる。
近くは周囲の瓦礫の上、遠くは見渡す限りのビルの表面。
信じられない程に夥しく、びっしりと。ビルの色が変わるほどに隙間なく。
「いつの間に……!?」
あまりにも悍ましい光景にハジメは狼狽する。こんなもの、絶対に気が付くはずなのに。
「唐突に現れるのは一部の特殊能力にある現象です。もしこのタイプを知らないのなら、今後は気を付けてください。油断していると不覚を取るので」
「……今後はオッケーだけど、今この瞬間、どうしよっか?」
話している間にも、蝶が数匹宙を舞う。
「ふむ……靴の底は触れた判定にならない……事はないですよね。ビルの倒壊から鑑みるに物質にも作用するのですから。ですがやはり、一体当たりの効果は微弱……あるいは遅効性ですね」
「ええ……ためらいなく踏むね?」
「数に頼る蓄積型なら、一匹や二匹は問題なさそうですよ」
触れたらブーストがかかるかもしれないと言った傍からこれである。
ぐりぐりと汚れをこそぐように、足の裏を瓦礫に擦り付ける百花にハジメはびっくりドン引きする。
「この辺りは経験がものを言いますが、これだけの量がいるなら少量に触れて毒見をするのが最適解です。触れない訳にはいかないのですからね」
微笑み、そして顔に触れそうになった蝶の羽だけを切り落とす。
ハジメも同じように腕に触れそうな蝶に視線を向け、燃やし尽くす。その内視線だけでは対処できなくなるなと、今から不安が浮かぶ。手遅れになる前に移動するのはやはり絶対である。
などと考えていたら――
「えっ?」
気付けば白いヘルが蝶々を咥えている。こんなものは、こうして殺してしまうのだと言わんばかりに。
見れば真っ黒なメアは尻尾で何匹もの蝶を叩き落としているし、太っちょホプレスに至っては何やら口をもぐもぐと……。
「わっ! こらっ何やっているんだい!? 駄目だろ!? 良く解らない物を食べちゃ駄目。ぺっ、するんだ。ぺっ!」
びっくりしたホプレスは慌てて吐き捨てるが、この太っちょ猫モドキの表情はなぜ怒られたか解っていないようだった。普段なら、そんなに察しが悪い事はないというのに。
「……なんか様子がおかしいな」
「わたしの魅了はもう抑え込んでいるんですけどね?」
ハジメと百花は顔を合わせてはっとする。再度ホプレス達に目を向けるが、きょとんとして首をかしげている。すぐ傍ではメアが尻尾を振り、また数匹の蝶を叩き落とす。
「……」
「……すでに何かの影響を受けてそうですか?」
「わからないな。精神に干渉されているようには感じないけど、この子達の気をそらすとか、様子がおかしくなる状況に追いやるとかだったらさすがに」
「そうですか。とはいえ、まさかハジメさんの眷属を奪い取るような効果はない筈です。わたしが触れても精神的影響は何もなかった事からも、せいぜい猫の気分に影響するという程度でしょう……わたしがいること自体が彼らにとっての悪影響だった場合は――面倒ですが」
その可能性も零ではないのがまた悩ましい。百花が自己申告したように三匹の情緒を乱すとしたら、今この時点では手の打ちようがない。
百花はハジメの味方であり、状況打破の相談を持ち掛けた相手で、さらにはここまでの苦境を救ってくれた人でもある。ここで百花と離れ離れの行動は選択に入れたくない。
「ばらばらに移動するのも一つでしたが……」
思考を共有するかのように百花は語りながら、近寄る蝶を悉く切り落としていく。
「この状況では知らない所で何かが起こる方がよほど面倒になりそうですね。あなた達は、少しの間わたしを受け入れてくださいね?」
最後に艶を添えてホプレス達を見れば、ヒゲをピンッと、毛皮をざわっと。三匹がどこか妥協したように首肯したように見えた。
「さて、避難するにしても何にしても、どこに行けばいいのでしょうね? ハジメさん、どこかに向かうべきか、思いつきますか?」
「一番近いのはそこの地下室。いや、これ誘いこまれているな。またいきなり現れたら生き埋めになるかもしれない……するってぇと――」
「おや、わたしの目の前で匂わせですか?」
「使ってみたっただけだってば。すると、逆だ。こんな能力を遠隔で使えるなら――」
「完全に同意です。こんな能力を遠隔操作で使えるなら最初からそうしている筈です。すなわち本体は近くにいます」
ハジメが意識したのは蝶が最も密集している場所である。百花も意識して蝶の密度が最も高い場所、そこからずれた所を睨んでいる。
「あのあたりでしょうか?」
ハジメに意見する訳でも、同意を求める訳でもなく、独り言のようだった。
「――ハジメさんはまだ動かないでください。ああ……本当に動かない方がいいですね」
言いながら、百花は振り返る。ハジメの顔を見て、少し鋭い瞳を見せる。
一瞬睨まれたのかと思ったけれど、この場面で百花がハジメを睨む理由は特にない筈だ。例えば蝶の影響で、百花にまであり得ない現象が起き始めているとかでない限り。
「え、なんで?」
「時間を作りますので少々お待ちください」
そして百花の雰囲気ががらりと変わる。つい先ほどビルから飛び降りた時、多くの魔剣を従えた時と同じようなぞくりとする色香が放たれる。
「ほら、早い者勝ちよ。誰がわたしの役に立つのかしら?」
冷えた声がしたからか、再び風が吹いた。
凄まじい豪雨の前触れである、冷たい風。
百花が小さく、静かに、パンと柏手を打つと鳴動する剣が一本、彼女の目の前へはせ参じる。
「そう。では貴方を使ってあげるわ」
そう言って百花にはいささか大きいレーバテインがその手に握られる。真っ赤な刀身の両刃の剣。日本刀のイメージが強い百花が両刃の洋剣を握ると、不思議とそれがまた様になる。ずっとそれを握って振るってきたような、剣が百花の為に誂えた物にすら見えてくるのだった。
「使い捨てるけれど、悪く思わないでね。忘れないで上げるわ」
その言葉は百花に似つかわしくない程に残酷で。しかし百花の妖艶さにうってつけの台詞であった。
言葉に剣は悦びの様な輝きを見せる。焼けた鉄の様な赤さで、一振りすると空に軌跡がのこる。真っ赤な傷口が空間に生まれ、その傷から血液、溶けた鉄、あるいは樹液のようなものがじわじわと垂れ流され、ひらりと舞い遊ぶ蝶の悉くを寄せ付けて飲み込んでいく。
「すっご」
「では、ハジメさん」
百花はハジメに向き直る。その様子は少しおかしく、獲物を狙う蛇の様に静かでそして感情を感じさせない。
ただ彼女の行動だけが明確に感情を表しており、動きから心を察すればそれは殺意であった。しかもその殺意いの程はさまじい物があり、ハジメが恐ろしさから息を呑むほどである。
「――ヒュっ!」
自分の息が詰まる音を耳にした。
百花の独特の雰囲気か能力の為か、ハジメは一瞬の判断が追い付かずにが出来ずに身動ぎ一つできない。
視界の中ではスローモーションで百花が動く。
百花が振るっていた朱く長い刀を逆手に持ち直して、そして槍投げのようにして投げる。
無造作でありながら、すさまじい速度で、空気を切り裂きながら刀は一直線に進み、ハジメより右手二メートルほどの角度を狙い蝶の群れと瓦礫の影に消えた。
ハジメは自分が狙われた訳ではない事に安堵し、しかし百花の狙いが上手くいかなかった事も察する。
「――おや? どちらにも手ごたえがありませんね。逃げられたのでしょうか……?」
「……少なくとも今は気配ないね。でも、あー、びっくりした」
刀の行方を追うようにに振り返ったそこに鬱船がいたかはわからないが、百花の強烈な投擲が人に当たったような気配は感じない。かすったとしても、即死したとしても何かしらの反応がありそうだったが空振りに終わったようだ。
「言ったら奇襲にならないですし、ハジメさんも止めたくなるでしょう? もっとも、折角の奇襲も失敗に終わってしまいましたが」
確殺の自信があったような百花は肩透かしを食らったかのように、残念そうな嘆息をする。
言われた通り、たぶんこの期に及んでハジメは鬱船を殺す事で無力化する事にはきっとためらいがある。百花が殺す事を見逃すと自分が殺すのを容認したような気持になるのだ。さすがに止めるとは言えないが気に病むことはしてしまいそうである。
「鬱船の姿も見当たりませんし、このまま蝶の数が減っていけば、逃げられたという事になるのですが……ここまで大がかりに仕掛けておいてそんなに簡単に逃げるとは、少々変です」
釈然としないような雰囲気で首をかしげる。
ハジメも同じく疑問に思い、小首をかしげた。
かしげる動作の間にふと気になる。
なんだか、先ほどから百花の様子が――変だ。
「とはいえ蝶は消え始めていますから、そのように動くしかないのでしょう」
言いながら百花は新たな刀を手に取る。事態が収束し始めたというより、これから更に何かが起こるとでも言いそうな雰囲気すら漂わせ、百花は向き直る。
「ねぇ……ハジメさん」
刀を抜き、ハジメの目を見る百花。その目には強い意志が込められていて、ハジメは何も言えなくなってしまう。いや、それどころか、口を出したり、目を離して彼女の妨げになってはいけないとすら思ってしまう。
――魅了?
声すら出ない自分の状況を、疑問に想うのが遅い。思考の魯鈍に気付いた頃には、百花はとっくに次の行動に移っている。吸い寄せられるようなアメシストの瞳から目が逸らせなかった。
「動かないでくださいね。変に動くと痛い目にあいますよ?」
言いながら、百花はかつて見せた、視認が非常にし難いあの動きを見せる。瞬きの瞬間、意識が一瞬逸れるその時、百花は近づく。
向けられる刃は、明確にハジメの方を向いている。
三匹の片目猫がこの瞬間を警戒していたのだと、総毛立たせる。
「えっ?」
ハジメはゆっくりと、しかし恐ろしく早く近づく百花を何とか視認する。
百花の優麗な動きはこんな瞬間だというのに見惚れるほどで、動くななどと言われなくとも、動くのを忘れてしまう。
百花が誇る魅了とはこういう事だ。若しかしたら命にかかわるような危険が近づいていても、見惚れてしまう。うっとりと、百花を見る事以外が煩わしくなる。
こんな百花なら、たとえ不倶戴天の仇であったとしても思わず許したくなるほどの……。
振るわれる禍々しい剣。きっと嘘偽りなく日本屈指の剣がハジメに向けて。
三匹の一つ目たちの両目が大きく大きく開かれて、膨大な殺意を百花だけに向ける。
殺意はハジメに流れ込んで共有されるのだが、他人事のように殺意は胡散霧散になっていく。
あと数ミリ、剣は目と鼻の先。躱したところでその場に残る斬撃は、ハジメを傷つける。きっと、動かないのが本当に楽に――そんな事を思っていると、ハジメだけが声を聴いた。
「不運。不幸。不安。不安定。見当違いにすれ違い。彼方の空間。現在。過去。未来。んー、ふっふっふっ、条件はそろいましたよぉ」
聞いた事のある声は、魔法の詠唱のように唱えた。
聞こえたハジメだけが、全て見えていた。
そして、聞こえたハジメだけが、無数の箱が集まり造られたモザイクガラスの様な被膜に覆われて、今までいた世界とは違う次元へ。
昨日、ハジメ達がいたホテルを包んだ笹月のあの能力と同質の、隔離された世界。
周囲に広がる暗く青いベールと細かい砂の足元。
広がる荒涼とした光景は、温度のない砂漠に墓標の様な箱の群。そこには恐ろしく気怠い空気が満ちていた。
これは攻撃だ。悪意のある、神隠しに分類される攻撃である。
この攻撃をされたハジメだけが全容を理解していた。
百花が振るった妖刀は、ハジメではなく、その後ろにいた声の主――笹月に向けられていた。
しかし、おそらく百花の動きが見えていたのはハジメだけ。百花の行動は、ハジメの後ろにある気配を感じ取ってのこと。彼女の研ぎ澄まされた感覚は、ハジメに向けられていた悪意を読み取って、ハジメを守るために振るわれたのだ。しかし、それができる絶技をもってして、ハジメの背後の笹月は切られなかった。
結果。百花の剣はハジメを襲う凶刃に見え、だからこそ剣は折れられた。
ハジメを守る、三匹の片目猫達によって。
この事情説明をしたいだろう百花だが、既に百花の目の前にはハジメはいない。
ハジメは無限とすら思える砂と箱の世界に飛ばされている。
浮かぶ、ガラスの小箱のような立方体に近寄ると、その表面が青白く輝き、テレビ画面の様にこことは別の世界の映像が映し出される。
それは先ほどまでハジメが間近で目撃していた光景の続きであった。
ハジメが消えたあとに残ったのは、折れた刀をしげしげと見る百花と、毛を逆立てて殺気立った三匹だった。
何をしても何にも影響を及ぼさない世界でハジメは、箱の表面に映し出される惨劇を見せつけられようとしていた。




