未来シコウのチートデータガール 66
「……それにしても、これは少し予想外でしたね。チリ一つ残しませんか」
頬に手を当て、呟く百花。その言葉にハジメは思わず聞き返す。
「やり過ぎた……かな?」
「え? ああ、もちろん想像以上の成果といういい意味です。周囲に被害を出さず病巣だけを消滅させたのです。兵器や魔法ではこうはいきませんからね。時にハジメさん、さっきの魔法は全力でしたか?」
百花はハジメに向き直ってそんな事を聞いた。
「……うん。威力に関しては弱くしたりしなかった。威力を弱めるのは時間の無駄だしね」
「なるほど。全力というよりも手加減無しが正しいというところでしょう。ですが、それを踏まえ――内容や理由はどうあれ、ハジメさんが全力の魔法を放ってもいいと思う程の規模の敵を作ったんです。凡人がそれをなすには命を懸けて然るべきですし、凡人の命ごときでそれができるなら安い物ですよ」
「命懸け……。やっぱり、あれ、魔法を使ったから死んでいたって事だよね」
ハジメは屋上で襤褸炭のようになって風に消えていった術者たちを思い出す。命の全てを消耗してすさまじい大規模な魔法を使ったのだわかった。ハジメには想像もできないほどの、肉体の酷使の仕方をしたのだろう。全身全霊の魔力消費だけはだ説明のつかない、この世界の何らかのルールを利用した魔法の使い方をしたのだろう。ハジメたちを――ハジメを殺すために。
「そんな顔をしないでください。いま、彼等は命を捨てる事こそ本懐なのですから」
「……そうなの?」
「先程も言いましたが、覚えてますか? 彼等へ用意された報酬は次の人生。つまり輪廻転生が餌です。命を懸けて全力で異世界人を狙う事で、死後新しい人生を手に入れるんです。極論、異世界人を一人殺す努力をしたら、あとは自らの命を絶ちたいとすら考えているでしょう」
それは……なんて恐ろしい考え方だろう。死ぬのが怖くないのだろうか。心底その報酬を信じる事が出来たとしても、それでも容易く自死を選ぶことなど想像できない。死ぬのが怖いとか、怖くないとか、それ以前にちょっと怪我をする事すら痛くて忌避してしまう。
そんな自分は、もしかしたら甘ったれた弱虫なのかもしれない。
「世の中には命を救うための注射ですら恐れる方も沢山います。ハジメさんがもしも思い悩むなら、わたしが保証しましょう。人とは掠り傷一つを恐れる生き物なのですと」
ハジメの心を見透かしたように優しい言葉を掛けつつ、百花は話の続きを語る。
「言ってしまえば普通に死ぬのは怖いから、ハジメさんを狙うのにかこつけて死のうとしている臆病者どもです。今の人生と向き合う事から逃げ出したという事も含めて、臆病者です。と、死んでしまっただろう路傍の石ころに怒りを向けても感情の無駄です。それよりも行動開始です。先手は取られました。このまま後手ばかり取らされても面白くありません」
「百花ちゃん少し怒ってる?」
「ええ。怒ってますよ。勝てもしない雑魚が無駄にあがいて先手を取り続けるのも不愉快です。なのでハジメさん、折角ですのでこのままシズヤさんを迎えに行きましょう」
「奪還は本気なんだね」
「ええ、わたしとハジメさん、どっちを取るのと詰め寄って、どっちと答えてもぼこぼこにします」
「なにそれ?」
無理やり気味に、少し笑う。
「どっちもと答えたら手遅れです。その時は止めないでくださいね?」
「ほんっとに何それ?」
確り笑ってハジメも思考を切り替える。
それが一息、落ち着くタイミングであった。何となく、広くなった空を見上げて、まばゆい光に目を細める。
「おや?」
百花がポツリと言う。どことなく、白々しい様子で。
同時に晴れ渡った空から、何かが降ってくるのが見えた。
すこし驚きの顔をするハジメ。隣の百花は気付いて呟いたのだろう。驚く様子はなく、何かが落ちてくる事は想定済みの様であった。
だが、ハジメにとっては納得のいかない事である。
建物を丸ごと消滅させた筈で、何か欠片が残るなんてありえないと思っていただけに、ハジメは少し目を見開く。小さな欠片でも、落下物が残っていたのは手落ちだと思った。
「あの一撃でも何本か残りましたか……案外彼等も丈夫ですね」
「え?」
百花の呟きにハジメは反応し、顔を彼女に向ける。その隙を縫うように、落下してきた長細い物。
重力加速度とは異なる速度で大理石の床に突き立ったのは鞘に収まったままの刀剣だった。
五、六、七。七本だ。宝飾で彩られた白銀の剣や、漆塗りの鞘に収まる露骨な妖刀。それらは百花の周りにかしずくように居並んだ。
「戻ってきた事を褒めて欲しいんでしょうね。紹介します。わたしの愛人です」
ムラマサ、マサムネ、グラム、デュランダル、レーバテイン、ニッカリ青江、チーシヤオジエン。
百花は一本ずつ銘を詠みあげる。
「他は耐えられずに死んでしまいましたか。南無南無」
「えっ……と?」
「言ってしまえばただの私物です。降りる時にわたしに踏まれにやってきた子達ですよ」
「あっ! 確かに」
この神々しさと禍々しさを綯交ぜにした刀剣が無数にあったからこそ、ハジメは百花の部屋を静夜みたいだと称したのだ。断じて匂わせなどではなく、本当に静夜に感じた物をあの部屋でも感じたのである。
「皆わたしの虜でして。生きていればこうして戻ってきます。由来不明だった子達ですが、どうやら、彼等が作った本物が混じっていたようですね」
ちょっと言っている意味が解らない事もあるが、それでも察せる部分もある。
「もしかして、私が壊しちゃったのかい?」
「構わないと思って許可したんですよ。選別になったのでむしろアドです」
百花は微笑む。気を使わせないようになのか、全く気にした様子もなく。
本当に、感情すらないような冷めた表情で、一本一本に向けて歩いて回り、語るのだ。
「いい子ですね。貴方達はきちんと持ち帰ります。置いて行かれるなんて心配はしなくていいですよ?」
声だけは優しく、甘い言葉なのに、ちっとも感情がこもっていない。
あれは人間の感情なんて理解できない化け物共をあやしているのだと、ハジメはそう理解した。
「さて、従業員は生きていますね。大丈夫だと言った手前、これで巻き込まれが起きていたら面目丸つぶれでしたからね」
嘘の様に切り替えた百花は柔和な顔で言って見回す。
その視線の先に、どうやら従業員がいるようだった。つられて視線を向ければ空を見上げて唖然としている人影がちらほらと。
「ひぃふぅみぃよ、いつ、むー。たくさん。はい全員いますね」
「え、その数え方でいいのかい?」
「死んだ命がないのでいいんです」
煙草を咥えて可愛く微笑む。ハジメには感じ取り切れなかった気配にもずいぶん前から気付いていた百花が言うのなら、彼女の言う通り被害者は出ていないのだろう。
「煙草って美味しいのかい?」
「中々美味しいですよ?」
「へー。二十歳になったら吸ってみようかな」
「似合うと思いますが、喫煙を嫌う男は多いですよ?」
「百花ちゃんが言っちゃうの?」
「これ以上モテる要素をふやすと鬱陶しい事になりますからいいんです」
「言っちゃうんだもんなぁ」
「事実ですから」
カチッとライターで紙巻き煙草に火を灯し、白い煙を口元に漂わせる。前の世界では感じていた嫌な臭いはしてこない。酸味と苦みのすえた臭いではなく、どこか香ばしいその香りは、果たして本当に煙草なのか。見た目からは解らず、百花が色っぽく煙草を吸うものだからついつい興味を持ってしまうハジメだった。
「……これで終わりとは思えませんよね」
「そう?」
「まだ襲撃数は一回です。まさかたった一人で愛凪百花とハジメさんを始末出来ると思ったとは言わせません」
「百花ちゃんは有名そうだからともかく私まで?」
「当然みんな気付いています。九龍大迷宮に何かが来たと。それはもう上へ下へ、蜂の巣を突いたような大騒ぎでしたよ」
騒いでいた人々を思い出したように、すこし嘲笑う百花。
「自分で言うのもなんですが、日本では五指に入ると言われるつよつよお姉さんなんですよ。わたし。そんなわたしとハジメさん。この二人を襲撃するのに大帝国離宮一つの犠牲ではいかにも舐めプです。殺し屋達を甘く見ないなら、話は簡単です。今の襲撃は様子見、威力偵察。本番はここからです」
百花はそれほど重くは言っていない。むしろ言い方は軽すぎるくらいだ。
それなのに空気がぴりっとひりついたと感じたのは、たぶんハジメの心が過敏になっているからだろう。
命を狙われている。
この国から嫌われている。
助けてくれようとする人が巻き込まれる。
なんでだろう。どうしてだろう。
そしてまだまだ命を狙われる。
私、何か悪い事したのかな?
「ねぇ、ところではじめさん」
「……うん?」
「わたし、月に一度は命を狙われるんですが、狙われる心当たりがないんですよね。寝てもいないのに寝取ったとか僕が先に好きだったとか。生まれてきた事が悪いみたいに文句言われるんですが……」
「酷い事を言うんだね、皆」
「そうです。酷いんです。ですので、言ってきたお馬鹿さん全員ぼっこぼこにしてやっているんですよ」
「ええ……」
「わたしは悪くないんですから、当然でしょう?」
百花は妖艶に微笑む。ドキリとしそうなくらいの色気の笑みである。
こうして百花はハジメの心を優しくほぐす。
今、隣に百花がいなかったら、もっとずっと落ち込んでいた事だろう。
彼女の不思議な魅力は、ハジメの気分を間違いなく向上させていた。
「えー。そんなの良いのかい?」
「勿論良いんです。わたしの事を嫌っている人間に良い顔しても仕方がないです。別に、仲良くなりたくないですからね」
ハジメさん、あなたも同じですよ? 百花は優しい目をして言う。ハジメもつられて少し口元が笑ってしまった気がする。
「さて、気もまぎれた所で話を戻しますよ? 残念ながら、これからもこの愚かな襲撃は続くと断言します。元を断たない限り、ハジメさんの周りは無意味に巻き込まれる事でしょう」
「そう、思うかい?」
「ええ。すでにあり得ない事をやっている連中です。自分も含め人の命が無駄に散る事を気にせず、頑張って異世界人殺しをしているんだというアピールをしているだけなんです。勝敗を考えなくていいという前提にした場合、誠に残念ながら愛凪百花と甘咲ハジメという強者は弓代静夜を超えるアピールになりえますから」
百花が言った言葉は予言めいていた。
この予言は直後に起こる事を指していたのではないか。そんな風に思えてしまうものを、ハジメは見つけてしまった。
それは魔力で作られたアゲハ蝶。赤と黒の不吉の記憶。
恐怖と怒りに紐づけられたその虫けらを見た瞬間、ハジメの瞳は大きく開かれ、口は罵るように開かれていた。
「――どこだっ!」
抑えのない怒声が口から飛び出し、魔力が膨れ上がって発露した。溢れた魔力が空気を押しのけて破裂音がする。少々のんびりしていた百花の前髪が上がり、咥えていた煙草が粉々になった。
「……何を見つけましたか?」
「あいつが、鬱船が近くにいる……!」
「……ほう?」
殺気だってしまったハジメが伝えると、百花も目を細め探るような視線を周囲に流した。
が、ハジメの魔力の爆発の影響が影響してしまったのか、赤と黒のあの蝶はどこにも見当たらない。
「見た事のない黒い蝶がいたら注意して、鬱船が使う攻撃手段だと思うんだ」
「……さっきまでいたという事ですね?」
それでも百花はハジメを疑う様子もなく、周囲を探り続ける。そして、何かに気が付いて顔を随分明後日の角度に向けた。そこに注目するべきものがあるとは意外だったハジメは、百花の視線に合わせて目を向けた。
遮蔽物がなくなって開かれた大空の遠くへと。
――ハジメの魔法は巨大なホテルを塵すら残さずに消し去る程の威力、熱量。それが果たして周囲にどれだけの影響を与える物だったか、ハジメには解らない。
だがそれだけの熱は、どうやら周囲の気象に甚大なる変化を及ぼすには充分なものであったようだ。
ハジメの魔法の余波によって大気に不可視の大穴があいていた。
すがすがしいまでの晴天だったのだが、大気の風穴はやがて埋まる。
波が押し寄せる様に大気が寄り戻ってくる。ハジメが想像するよりもずっと大きな力をもって風が吹いていた。
黒雲が風と共に戻っていく。
空を覆うように蔓延っていた電線はハジメの魔法の軌跡を境目に断絶し、放電しながら風に揺らめく。
はためき、うねり、大気の不安定さを表す。
それに伴い、普段昼間は中にこもっているだろう周辺住民が顔を出し始める。ただでさえ大魔法を行使したあとであるから、野次馬も相まって路上や窓や屋上、人の気配が集まりだす。
そんな変化と共に、魔力の余波で晴れ渡っていた空が、空いた隙間を埋める様に雲をより集め始める。
強い熱風が流れ込み、人々の髪と服をたなびかせる。立ってられないような暴風が吹き荒れて、ネオンサインの看板がまず外れた。風にあおられ、空気抵抗を受けて不規則な動きを見せる『夢』の文字。ぐんぐんと速度を上げつつ、まっすぐにハジメの目の前へ。
それを難なく躱すハジメだったが、第二第三と高速回転する看板はハジメへと降り注ぐ。
「なんっのっ!」
魔力に守られた自分の体のスペックを思えば直撃しても問題はないかもしれない。だが、明確な悪意を感じる物をわざわざ受けるのは本当に無意味だ。これが敵からの攻撃だと思えばなおさらである。
次から次へと死角を縫って降り注ぐのは傘や屋根の瓦、スコップに植木鉢、看板や鉄骨、瓦礫。
どれもが見た目以上に深く突き刺さって、想定をはるかに上回る破壊を見せる。ハジメが鋼の肉体を持っていたとしても直撃するのは何かがまずいと直感する存在感があった。
そして躱し続けるハジメを邪魔するように風は土埃を巻き上げてハジメを追いかけてくる。
目を開けているのも辛く、本来なら立っていられない程の強風が吹き荒れて、外に出てきたお大勢の人間がしゃがみ込むような格好になる。周囲一帯が暴風に曝されているのにも拘わらず、風に舞う数々の飛来物は、ハジメと百花の二人以外に一切ベクトルを向けない。
つまり、ホテルの跡地と成り果てたこの広い大理石の広間に全てが集まっているのだった。
全て躱すものの、どうしてこんな不自然に全てが二人を狙ったような事が起きているのか、それが解らない。が、この理解しがたい現象に、ハジメは心当たりがあった。
「百花ちゃん……やっぱり鬱船が何か仕掛けている」
「ええ、その様ですね」
百花も不快そうな顔で応える。
「実は私もちょっかいを掛けられました。能力はもうだいたい割れていますよ」
「えっ?」
驚いた拍子。躱した看板が大理石の床に突き刺さり、大理石の破片がハジメの頬を掠めて、わずかな流血が起きる。本来なら起こりえない怪我であるが、今はさすがに気にしない。
「そんな顔をしないでください。この辺りは戦闘経験の場数を踏んだからこそわかる物なんですよ」
「倒せる?」
怒りに少し強い言葉が口から洩れる。
そんなハジメに対して百花は穏やかに言う。
「負けませんね」
「勝てるとは、言わないんだねっ」
飛んできたガラス窓。砕いても勢いがなくなる訳ではないので結局躱すしかない。背後で粉々になってアルミフレームだけが拉げて転がる。
飛び跳ねたガラスの破片がハジメをかすめた事で逆に冷静になる。イラっとして怒っているから身を守る魔法の防壁に乱れが出来るのだ。これを理解してハジメは深呼吸をする。
「……皆、手伝ってくれるかい?」
ぽこん。と、空中から産み落とされるようにして三匹の猫モドキが降り立った。
降り立ったその瞬間から、本来ならあいさつ代わりにじゃれ付くのが彼らの常なのだが、今ばかりは違った。
まずはハジメに向かってくるすべてのゴミの動きをぴたりと空中で止める。
続いて飄々と瓦礫の強襲を躱す百花を見て、目を大きく見開き、全身の毛を逆立てた。
そして、遠吠えのような鳴き声を一斉に発する。
百花ですら動きが鈍るほどの強い声が彼女に向けられた。
これにハジメはぎょっとする。
百花に向かって最大級に大きな鉄筋コンクリートが、槍のように突き出され、柔肌に触れそうになる。
あわやというタイミグで、猫モドキたちの魔法が飛来する瓦礫のすべてを粉塵へ。
あとに残るのは強風のみ。
「――やっぱり少し嫌われますかね?」
三匹は百花の事を警戒するようにして睨みつけ続ける。
対して、むしろ嬉しそうに百花は微笑んだ。




