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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 60


「ありゃあ、もしかして探偵ごっこか何かかい? サングラスにマスクとか、向こうの世界の教育ァどうなってんでぇ?」

「こっちの世界でもああいう可愛い手合いは一定数いますよ? 実にわたし好みのポンコツっぷりです」

「しっかし、なんでこそこそしてんだい? 俺から隠れてるって事か? アイツに俺ぁなんかやっちまったか?」

「そのテンプレート勉強しましたか?」

「そういうんじゃねぇよ。本当に本気で言ってんだよ」

「信念を曲げた訳ではないのは良かったです。殺さずに済みそうです」

「契約間違えたかな……」

「そんな馬鹿な」


 二人で楽しく馬鹿な会話をしてから、百花がハジメに向かって歩き出す。

 しばらくまっすぐ、躊躇する様子もなく彼女に向かっていく。

 ハジメは百花が近づくにつれて少しずつ様子を変えていく。見て取れるのだ。百花が一歩進むたびに、もしかしたら見つかってしまっているのではないか? という小さな焦りが。


 けれども、ハジメは自身の気配を断絶できるという自信があるから、見つかっていない筈だとも思っているのだろう。

 それが災いして、結局、百花が目の前にやってきて話しかけられるまでその場から離れなかった。

 ハジメが話しかけれて、びくりとした。

 何故、その状況で惚けられると思う?

 誤魔化せる訳がない。


 ほら、百花の恐ろしく速い手は、流れるような動きでサングラスとマスクをはぎ取った。

 目を逸らして何やら言い訳をしている。静夜も百花もまるで怒っていないのに、言い訳する程に彼女は勝手に後ろめたそうだ。

 逃げようとして百花に袖をつかまれ、引き摺られるようにしてこちらへ。ついてくる三匹の猫はなぜかうきうきとしているように見える。そんな感想を抱いている内に二人は静夜の前へ。


「あ、お久しぶりです。お世話になります。まさかこんなに早く再開するなんてビックリだね」


 なぜか目を逸らしながら、妙に空々しい態度でハジメは静夜に挨拶をする。


「おう。大変な目にあったみたいだな。怪我ぁしてないかい?」

「う、うん大丈夫だったよ」


 それは何よりと思いつつ、ハジメの態度についつい注目が行く。

 こそこそと静夜達の事を盗み見ていた事に負い目でもあるのか、ハジメの態度は随分とどぎまぎとしたものに見える。

 ただ、なんとなくそれが要因ではない事は察する事が出来た。どぎまぎするような事があるから、こそこそと覗き見をしていたのだというのが正しそうな様子である。


「どうしたんでぇ? 何か問題かい?」

「なんでもないさ。なんでもない」


 慌てて顔をふるハジメの表情は少し赤い。尚更なんでもない事など無いだろうと思うが、問い詰めるほどの事でもないかもしれない。

 ハジメは今ここに五体満足で立っているし、暗く沈んだ顔もしていない。カラ元気も元気の内と考えれば、掘り下げるのはあぶ蛇である。

 ならば多少の奇行と、珍妙な態度は見逃すべきだろう。


「うーん……まぁ……」


 無事なんだから良いけどよ。

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。ハジメさんはほら、男の人がこんなに心配してくれるなんて思ってなかったんじゃないですか? 自分が強い事も含めれば、人から心配されるのは貴重な経験ですからね」

「いや……まぁいいけどよ?」


 こっちの世界に来るまではただのか弱い美少女の筈である。男勝りだろうが魔法も体術もない世界では性差による力の差がある。だが、そんな突っ込みは野暮なのだろう。見逃すと決めたのだから最早何も言うまい。

 言うまいと思ったのに、その傍からハジメは気になる言葉を言ってくるのだから困ったものだ。


「ねぇ、私こっち来ちゃったけど、お邪魔じゃなかったかい?」

「おう?」

「もう大丈夫です。気を使ってくださりありがとうございます」

「……百花さんよぉ?」


 何を彼女に吹き込んだのだ?


「あ、やっぱりお邪魔だった? もう少し二人きりが良かったかな?」

 

 ハジメの顔は好奇心に羞恥、ゴシップに色めき立つ表情――かつて静夜も学生の時分に見た、恋愛話に盛り上がる少女のそれである。

 なので、静夜の表情は引き攣る。


「彼との積もる話はもう済みました」

「おいこら百花さん。何をどこまで、どんだけ誇張したんだ?」

「何もかも、昨夜の内にある事ない事詳らかに。気が立って眠れない彼女がより昂って更に眠れなくなってしまったのは予想外でしたけど」

「…せめてある事だけにしろよ」

「ある事全部言ってよろしいのでしょうか?」

「いやよくねぇな……、っつーか、なんでそんな話をしちまうかなぁ……」

「わたしの部屋を見て、『静夜君の部屋みたい』なんて匂わせするもので、つい対抗心を燃やしちゃいました」


 目に浮かぶような光景である。ついうっかり、百花は静夜の事を知らないだろうと思って、ぽろりと言ってしまうのだ。


「そら匂わせじゃねぇよ」

「そうだね。ニュアンスしか解らないけど違うよね。あの部屋にある武器が全部魔法由来だったからそう言っただけさ」


 ちゃっかり話に加わるハジメ。


「解ってますよ。でも些細な勘違いをきっかけにわたし達の会話は弾みに弾んだものです。折角なのでわたしとシズヤさんの恋物語をお話した訳です」

「静夜君が女の子を侍らせないのが百花さんのおかげだったとはね」

「は? いったいどんな……いや、いやいい。もういい」


 静夜は頭を振る。


「ねぇ静夜君、ない事って? ある事は何だい?」


 切り替えようと思ったのにハジメが食いついて。


「ある事が殆どですよ?」


 百花が余計な一言を付け足す。


「百花さんよぉ……っつぅか、どうせ適当こいただろ?」

「え、そうなんだ――そうなのかい?」

「そんな事はないですよ? 短い間だったけどシズヤさんはわたしの元カレですし? シズヤさんはわたしに謝りましたし? わたしも謝罪を受けれましたし? その上でこれからの事も含めて、大切な話もしなければいけなかったですし?」

「言い方よ。それにありゃ仕事だっただろうが」

「あら、わたしは中々本気でしたよ? シズヤさんはイケメンですし。いろいろ上手でしたし。それとも金沢にいた間だけの女は遊びにすらならないのでしょうか? わたしはどの夜も忘れられてないのですけど?」

「わっ、わわっ……わーっ。夜? 上手? 上手って? まってよ、こんな昼間からそんな大人の話しないでくれないかい……」


 この会話には嘘はないが主語もない。そしてたっぷり悪意がある。どう考えても、ハジメを揶揄いたがっている百花の遊びである。少なくとも、平均値以上に耐性がないハジメが顔を赤らめる限り、百花はやめないだろう。


 百花と一緒にいる間にどれほどの知識を吹き込まれたのか。どれだけ詰め込まれてもまったく追い付けていない様子のハジメは耳まで真っ赤である。

 ハジメはどうやらとても揶揄い甲斐があるようだ。静夜ですら面白いと思うし、好ましく可愛らしいと思ってしまうのだ。ならば百花にとっては垂涎であるだろう。


 普段クールぶっているくせに中身は悪戯好きの、からかい好き。真顔で冗談を言って、笑いながら残酷な事をいう。真面目ぶりながら実は猥談を愛して、周囲が押し付けるイメージを意図的に無視し続ける。そんな美女が愛凪百花という人物なのだ。


 その百花がハジメの前で絶妙な演技をして言うものだから、静夜を見るハジメの目付きは熱くなったり冷たくなったりの、行ったり来たり。ここまで来たらハジメも話半分位にはなってくれているだろうが、しかし弱みを握られたような気分な上に、半分は信じている可能性がある。百花とこんなやり取りをするからにはすべてが嘘じゃない事も明白な訳で、ハジメの目は好奇の色がどんどん強くなっていく。


「なぁ甘咲さんや」

「えっ? さんや? え、はい? なにかな?」

「百花さんになに吹き込まれたかぁ知ら――いやまぁ大体想像つくんだが、あまり鵜呑みに――」

「やっぱりわたしは仕事上の女なんですね」

「だぁっから! まぜっかえすんじゃねぇよ――あまり、鵜呑みにしないでおくれ。頼むから。くそ、俺ァなんでこんな間抜けな言い訳してんだよ……」


 額の辺りを抑えて嘆く静夜。それを見ていた百花はニコニコ笑みを浮かべ、どうやら大体察してくれた筈のハジメは妙に冷たい笑顔で『ふーん?』などと言う。なんだか彼女の中でスケコマシズヤが確定的に築き上げられていく様が見える気がした。どういうことだ。なんてこった。百花の揶揄いに勝てない事も、年下の学生に冷たい表情をされて妙に焦っている自分も嫌になるといったらない。


「いいですかハジメさん。これが『自分が恋人なんて作ると相手が不幸になる』なんて恰好つけている男の情けない姿ですよ。案外珍しくないので見つけたら一々揶揄いましょう」

「そうだね。ふふっ。そうしよっかな。でも、百花さん、私も揶揄ったね」

「おっとこれは藪蛇。旗色が悪くなったところでねぇシズヤさん。どうぞ彼女に本日の目的を話してあげてくださいな」

「おいおい、俺も被害者だぜ?」

「時間がありませんよ。ほらほら、ファン家のドラ息子がもう待てないとやってきますよ」

「ファン家……ああ、ズームォさん。そんな大物がいきなり私に会いに来るんだね。んー。そっか……」


 どうやら、既にハジメは何かを察知しているようで、少し翳った顔をして話を促す。


「ねぇ静夜君。何かあったんだよね? 昨日の……私を狙って起きたテロに関係してさ」


 急かす百花に呆れながらも、ラウンジの外に視線を向ける。まだ、新たな人影は現れない。しかしいつやってきてもおかしくないタイミングである事に違いはなく、もう時間がない事も確かであった。


「ああ……今の内に言っとかなきゃならねぇんだけどよ。今、甘咲はこの国から敵視されちまっている。笹月の野郎が戸籍は作れないと言ってきやがった」


 静夜が重く切り出して。


「うん。そっか」


 ハジメは軽く答えた。少し、瞳の奥に動揺はあるのだけれど。


「本当だったらこんな話にゃならねぇんだが、どうやら、甘咲の事を狙い撃ちしてやがる」

「狙い撃ちかぁ。状況からしたら、そうなっているのは解るよ」

「甘咲の周りで起きた全部を甘咲のせいにしようって胎らしい」

「……そんな事をしても、犯人がのうのうと逃げおおせるだけなのにね。気に食わないな」


 自分が犯人にされそうという事よりも、本当の犯人が得をする事。それが許せないと言った様子でハジメは憤慨する。

 

「そもそも私を悪者にして、何がしたいんだろうね? この世界に来てまだ一週間の小娘をさ」

「それに関してはわたしが少し」

「何か知っているんだ?」

「ええ。それなりに。つまり首輪の付けられない猛獣は冷遇したいんです。見せしめも含めて、どんな化け物であっても制御できないのならば、こんなひどい目に合うのだと」

「こっちのルールも知らない私に随分酷な事をいうんだね」


 百花からの情報に鼻白むハジメ。目付きが少しきつくなってしまっているのに気が付いたのか、無理矢理気味に表情を緩めると、一息ついてみせる。


「それって、今からでもどっかに尻尾振ったら解消されたりする?」

「するかもしれませんが……ここで掌を返すと言うことは外様ですからね。意に沿わない仕事を押し付けられますよ」

「……そっか。そこまでいうからには、きびしいんだね」


 今現在ハジメを貶めようとしているのだ。静夜にだってその可能性は容易に想像できる。


「本当に面倒くさいね。私の事危ないって思っているくせに私を追い詰めるんだ……。八つ当たりで暴れちゃったりしたらどうするつもりなんだろうね?」


 何気なくぽつりと言い、静夜の表情に緊張が走る。ちらりと見た百花は表情を変えずに優しい笑みをたたえたままだった。

 静夜は何事もなさそうと一息つく。その時俯き加減だった静夜の視界に三匹の猫が入る。

 百花を見上げて、その大きな片目を見開いていた。底なしの奈落のような、覗き込んだら覗き返す深淵の様に百花をじっと、ジトッと見つめていた。


「私の善性につけ込むっていうのが気に食わないよ。まったく」


 鼻から息を吐きだして、息まいてみせるがそこに自暴自棄のような危うさはなく、ただ言いたい事を言っているだけのようだった。


「まぁ、そうですね。わたしでも怒ります。激怒ですよ。鬼怒(おにおこ)です。ですので自棄を起こしたい気持ちもわかります。暴れださないハジメさんは花丸ですよ」

「だよねっ?」


 百花が少し気を抜いたように言うと、三匹もぷいっと顔を逸らす。おそらく、何事もないという事になったのだろうと、静夜はそう判断した。

 その様子を見ていたのはもしかしたら静夜だけだったのかもしれない。二人は気にしていなかっただけかもしれない。ただ、静夜だけが嫌な汗を掻いて額を滑らせていた。

 とりあえず、出したくもないのに更に大きな溜息が漏れる。これはもう、頭を切り替えて話を進める事が吉だ。


「で、そんなご立腹の甘咲に紹介しようってのがズームォって奴だ。下心があるたぁ言ってたが、信用したくなるくらいにゃ話ができる奴だ。ズームォの事ぁこの間も言っていたから知っているよな?」

「うん知っている」

「今更だが、あってくれるかい?」

「静夜君の紹介だろ?」

「静夜君の紹介だから会うと? わたしは何を見せられているのでしょうか?」

「うっせぇだまれ百花さん」

「酷い言い草ですね。百花さんは悲しいです」

「ゲームじゃなくて現実の偉い人だし、言葉遣いも気をつけないとね」

「――なら話は早いな。これから頼ろうとしているズームォは、横車を押せる奴だ。ある程度の譲歩を求められるだろうが、奴の権力なら戸籍を作るのはなんとかなるんじゃねぇかと思っている」

「そんなすごい人だったんだ? ただのダンジョンアイテム大好きさんじゃないんだね」


 ハジメは不安を誤魔化す様な笑いを見せる。


「奴ぁ交渉したいんだとよ。だから、そんなに無茶苦茶な事ぁ言わねぇ筈だ」

「交渉……?」


 一体何を求められるのか。全く分かっていない様子のハジメは漠然とオウム返しする。

 いきなり交渉と言われても不安だろう。それは解るがそれ以上の言いようがないのである。すると百花がここぞとばかりに静夜の言葉を補足する。


「ハジメさんは強い。わたしが言うのだから間違いなく強いです。よろしいですか? わたし達位の実力になると、それだけで戦略兵器扱いになります。軍事はとてもお金がかかるんで、強い人にはみんな媚びを売りたいんです。交渉とはつまりそう言う類の事ですよ」

「戦争かぁ……」

「殺し合いはいやですか? 大丈夫、ハジメさんが平和が一番と、そう言うだけで専守防衛に関しては文句なしと、そう判断される事でしょう」


 それが気に食わない層がいたり、邪魔に思う層がいたり。

 利権とは難しい物で、今回はハジメに不利に働いていると静夜は想像する訳である。


「もっとも、あの建築馬鹿の建築屋が戦争などに興味を持つ事はありませんので、そんな話にはならないでしょう。きっと、ダンジョン攻略に関して何か特別な契約を結ぼうというつもりじゃないでしょうか。戦争よりもクリーンで、戦争よりも儲かって、時に戦争より危険な案件になると思います」

「戦争よりも危険なんだ?」


 そんな事を呟いて、静夜をちらり。確認するような目だが、少し前に過った憂鬱が消えていた。

 そんなハジメを認めて静夜は頷く。


「静夜さんにダンジョンの事を聞いても駄目ですよ。シズヤさんはダンジョンに潜ったりはできないです。弱っちぃので。つまり、シズヤさんの意見なんてこれっぽっちも参考になりません。これっぽっちも」

「何も言ってねぇのに巻き込むってのはどんな了見でぇ?」

「ふふっ」

「シズヤさんが輝くのは喧嘩じゃないですからね。さ、ダンジョンについてはここまでにしておきましょう。ほら、大陸マフィアがやってきましたよ」

「やつぁ島だよ」


 百花が穏やかに惚けて視線を逸らし、極自然に二人の視線も誘導する。三人が同時に視線を向けたその先にはズームォが従者二人を引き連れやってきていた。



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