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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 58


 目を覚ました時に、着信履歴はなかった。

 別に友達がいない事を嘆いている訳ではない。目覚めた瞬間には気にしていなかったが、例によって勝手についたテレビのニュースを聞き流してた時に、事故の事を知ったのだ。その内容は静夜が見繕ったハジメの泊まり先のホテルが崩壊したという一大事。


 電波塔が倒れてホテルの宿泊客十五名が死亡したという大惨事である。ハジメが静夜の常識には収まらないほど強いというのは流石に理解しているが、テレビでの情報を見る限り、ホテルは縦に裂けた上にその自重を持って完全に倒壊していた。内部にいた人間の生存は絶望的ではないだろうか。強さの尺度の解らない静夜から見たら、ハジメの安否を気にするのは至極当然の事だった。

 生きているのなら連絡くらいありそうなものだ。が、これだけの事故である。スマートホン自体を紛失している可能性もあるから連絡がないからと言って即座に彼女自身に悲劇が起きたと考えるのは早計だろう。


 あるいは、彼女にしてみたら事故などどこ吹く風で連絡するまでもない些末な出来事であった可能性だってありうる。異世界人は結構感覚の違いがある物だ。殺しを容認する道徳観や、ここぞというタイミングでの自死を美徳とする生死観、自分の不幸を恥とする人生観。彼等の中の正義正当は万別だ。むかつく人間の人生を徹底的に台無しにする事こそがストレスの解消法だと言ってはばからない世界の人間までいるのだから、これらのすり合わせは中々に難しい。転がり同盟が厳しい規律を加盟者に課し、異世界調停人という職業が成り立つのもこのためだ。


 つまり、ハジメの感覚では事故を静夜に報告しない理由もあるかもしれない。無事であっても、死んでなくても、連絡がこないのは驚くべき事ではないのだ。ただ、宿を紹介した身としては心配してしまうのだが。


 それにしても、このテレビはもしや静夜にとって有用なのかもしれない。不幸なニュースを率先して静夜に見せつけてくるし、たまに気持ち悪い女の自撮り動画を放映したりするが、大体において静夜に害はないのだ。言ってしまえば利益しかない。

 今回もハジメの身に起きた事をいち早く知る事が出来た。彼女が何とも思っていないかもしれないと思っても、だったらこちらから連絡を入れておくべきだと、着信履歴からハジメに渡したスマホの番号をリダイアルしようとしたところで、スマートホンが掌の中で振動し始めた。これはもしやハジメからかと改めて画面を見るが、そこの表示にあるのは『笹月』という名前。見た瞬間の静夜の表情は急転直下である。スマートホンの画面にゴキブリが付いていた時よりもうんざりした顔である。


 いわんやフリックして電話に出るのは心底いやそうである。


 ハジメの戸籍や身分証明書、あるいは昨日の襲撃に関するあれこれ、連絡してくる理由はいくらでもある。そして、この電話に出なければならない理由もいくらでもあるので静夜は覚悟を決めて着信画面をフリックする。


「――はいよ」

『どうもどうも、弓代さん。笹月ですよぉ』


 出だしの挨拶から既に煽っている。ねっとりとおちょくるような調子は、別段無礼な口調ではないにもかかわらずストレスを感じてしまう。


「おう、先日ぁどうも。何か進展があったのかい?」

『はいはい。ありましたよぉ。ありましたから、こうしてお電話をしているんですけどねぇ』


 この言い草である。

 摘まんだスマートフォンを投げ捨てたくなるのは、間違いなく相手が笹月だからだ。同じ内容の会話でも神経を逆撫でする笹月と他人では受け取る不愉快さが違ってくる。そう思えば笹月は難儀な男だなと、不憫にすら思えてくるのであった。

 不憫だなとは思うのに、別にいいかと思えてしまうのは笹月のキャラクターなのだろう。


「だったらその進展ってのを言ったらどうだい。話したくてうずうずしているって感じだぜ?」

『そんな事はないですよぉ。心苦しいでねぇ」

 

 その前置きだけで充分すぎるほどに、その知らせが碌でもないないようだと主張していた。


『まずは本題にして結論から。彼女の扱いについて、魔導省の方針は排除です。戸籍などは不可。可及的速やかに元の世界に追い返す事。不可能であるならば可能な限り隔離する事。生死を問わず無力化すべし。だそうですよぉ。ふふっ浅はかで愚かですねぇ』

「今、お前さんは非常に不愉快な事言ってるの、わかってんのかい?」

『ええ、笹月にこんな面倒な話をさせようとしているんですからねぇ。こんな話、笹月にさせますか? 身の程知らずさんにこうして喰ってかかられるのは解かっていますのにねぇ』


 笹月はあたかも自分の身に降り注いだ不幸を嘆くかの様に言った。こいつに凄んでも怒鳴っても無駄である。静夜は聞こえない様に大きく息を吸い、大きく吐き、声を荒げないように心がける。


「……排除なんて話になっちまう理由はなんでぇ?」

『大きな権力が動きましてねぇ』

「あん? んなもんで納得するなら転がり同盟なんざこわくねぇんだよ」

『笹月は転がり同盟なんて怖くないですけどねぇ。――昨夜、彼女の泊まっていたビルが倒壊しましたよねぇ。あれ、彼女の所為となりました。そして初日に彼女が始末したという魔力障害の大本となった怪物も、やっぱり彼女には問題があったと結論付けられました』

「あいつが――甘咲が魔力障害の原因になったってかい? いくら何でも無理があるだろうよ」

『いえ、怪物は人間で、処理された時はまだ生きていたという結論になったようですよぉ。つまり、彼女は正式に人殺しと認定されましたねぇ』

「……てめぇがそうなるよう仕向けたんじゃねぇのかい?」

『それは誤解ですねぇ。笹月がどんな報告をしたとしても国が人を排斥しようと動きますかねぇ?』

「……報告の内容次第だな」

『おやぁ? 笹月を存外高く評価していただいているようで?』

「どんな報告をしたかぁ大体わかったよ」


 この男は嫌味で癇に障るしゃべり方をするが、発言力はかなりありそうだ。

 嫌味な話し方をするだけの無能が就けるほど、省庁の仕事は温くない。むしろ発言のマイナスを補えるだけの有能性があるからダンジョン省の職員になれるのだと考えると、笹月を軽視することは無理である。

 その笹月が、ここぞとばかりにハジメを貶める発言をしたら、今のように彼女に人権を与えないという暴論がまかり通るかもしれない。


 なぜ、よく知りもしないはずのハジメの事を追い詰ようとしているのか。罪のない不幸な転移者に、追い打ちをかけるその行為が静夜には不快でならない。特に、彼女が必死に生きてこの世界に適応しようと努力をしている姿を見てきたのだ。それが踏みにじられるのは言語化し難い憎しみのようなものが湧くのである。


 背中の刺青が静夜の負の感情をうけとり蠢く。広がる。それを気にしない。

 血中を流れる呪いが静夜の吐き気を煽るが、当然今は無視する。


『なにはともあれ、彼女は一般人との接触を禁じられます。逆にこの事を知っている人が彼女に接触する事も禁じられます。具体的に言うと、弓代さんは甘咲さんに接触する事を禁じられました。取り急ぎ、今こうして電話したのはそのためですよぉ?』

「聞きたくねぇ知らせだったな」

『残念でしたねぇ』

「破ったら?」

『処分されても文句は言えません。そして、重い罰が待っています』

「おっかねぇったらありゃしねぇな」

『解っていただけたようで何よりです』

「要件はそれだけかい?」

『お忙しいので?』

「用事があんだよ」

『その用事、甘咲さんを助けようとか思ってませんよねぇ? いったいどんな用事なんですかぁ?』

「お前さんと話したくねぇんだよ。解れよめんどくせぇ」

『笹月に何言っても傷つかないとお思いですかぁ?』

「実際傷ついてねぇだろ」

『確かにおっしゃる通り今の弓代さんごときに何を言われても響きませんねぇ。所詮は弓代さんですしねぇ。まぁそれはそれとしてです。では、くれぐれも彼女には関わらない様に』


 嫌悪感だけをうまい具合に静夜に残して笹月は電話を切った。


 もちろん、静夜はハジメを見捨てる気がない。誰かに言われた程度で差し伸べた手を引っ込めるのならば、もとより関わりをもったりしないのだ。それが異世界人と関わるという事なのだ。

 たとえ決して敵わう事のない暴力をチラつかされたとしても、目の眩むような大金をチラつかされたとしても、あるいはこの日本における最高権力者からの脅しであってもである。元より静夜はこの国の、いや、世界中の誰よりも偉く、強大な存在に逆らい続けてきたのだ。


 笹月からの話は不愉快であったが、しかしハジメを排斥したい勢力がある事が解かった。そこに笹月が含まれるのもほぼ確定でいいだろう。何かの間違いでこっそり便宜を図っていたとしても、それを判らないようにしているならそれは結局敵対と断じていい話である。


 そして同時に、そんな事をするからにはハジメは今回の事故でも無事であったという事もわかる。

 無事であったならいいが、この電話があった後だと、ハジメからの連絡がない理由が、ハジメの隔離政策の一環である可能性が出てきてしまった。そう考えると、彼女を取り巻く状況があまり良くない物なのでないかと疑念が浮かんで来てしまう。


 静夜はハジメに渡したスマートフォンに電話を掛けながら、まだ未開封の段ボールの上に腰かける。

 中身は人間の皮で装丁された魔導書に、石化した人間の破片、古御堂と出会った街で手に入れた薬。そういった厄の詰まった本物ばかりだが、それを尻に敷いて苛立たし気に電話のコールを待つ。

 ハジメにつながれば良し。繋がらないならば、少なくとも出られない理由が何かある訳だ。近くにいないや、電話に気が付かないなどの可能性を含めても確認は必要だった。の、だが。


『おかけになった電話は、お客様のご都合により、現在お繋ぎできません。恐れ入りますが――』


 出だしの『おかけ』の時点で行動していた。

 舌打ちをした静夜は半ば八つ当たり気味にスマートフォンをベッドに投げつける。跳ねて転げてベッドから床に。当然ストレス解消にはならずに不満は募る。

 ……つまりハジメは今、全ての他者との連絡を取れなくされている状況にある訳だ。あの端末の電波を遮断するからには相当念入りに妨害工作をしている事が想定され、笹月の所属する勢力の本気がうかがい知れるという物だ。


 そこまで読み取った静夜は窓辺による。外から見えないだろう立ち位置で窓の外、その下を覗き込む。

 静夜程度に姿を見つけられる間抜けはいないようだが、予感と肌感で監視されている事は想像できた。どこにいるかが読み取れるような才覚があれば多少便利だっただろうなと、こういう時ばかりはない物ねだりを思ってしまう。


 舌打ち。

 溜息。

 しかめ面。

 上着を羽織って外出の準備を始める。

 万が一、彼女が頼ってこの部屋にやってきたらと思うと鍵は開けっ放しがいいだろう。泥棒や他の侵入者の末路に関しては考えない。この部屋にやってくる知り合いなんて、静夜以上に皆強いのだ。呪いのアイテムに憑かれるなんて自己責任だし、今は緊急事態である。

 ズボンをはいて、歯を磨くのはどうでも良くて、もう静夜は靴をはく。

 いろいろな準備が煩わしい気分である。


 異世界にあって夜中に一人きりで、ハジメがどれだけ心細いかと考えると罪悪感すら浮かんできた。その罪悪感は乗り過ごした電車の様なもので、今から足踏みをしても意味はないのだが、それであっても心の中の申し訳なさは拭えない。杞憂であってくれたらそれはそれで、静夜の心にとっては充分なプラス要素だ。


 支度は終えた。

 まずの目的地はハジメが泊まっていたホテル跡地だ。ずっとそこにいるなんて事は中々考えられないが、戻ってきている可能性もある。

 その後は知り合いの占い師の元へ行って可能な限りハジメの行き先を割り出してもらう。割り出されたならあとはそこに向かうというそれだけだ。その後の予定は考えていないが、想定通りに事が進んで遭遇出来たなら勿怪の幸いであるし、占いが失敗に終わってハジメに出会えないのならまたそこで次の策を考えるだけだ。

 行き当たりばったりであろうとも、まずは動くべきだと判断し、静夜はとるものもとりあえずを出る。


 おっと、それでもスマートフォンをもっていかない訳にもいかないと部屋に戻って、床に落ちたスマートフォンをひっつかんで再びドアを乱暴に開けて、居住スペースの扉からへ保管倉庫へ。階段を飛び降りるような勢いで一気に駆け抜けて、蝉も鳴き止む炎天下の中に飛び出して、静夜は急ブレーキをかけるように動きを止める。


 静夜が脚を止めたのは、視線の先に三人の危険人物がいたからだ。

 

「ほらほら。きっと飛び出てくるって言っただろ。掛けは僕の勝ちだ」

「その様で」

「社長、さすがのご慧眼ですが先方は非常に殺気立っているようです。羽虫といえども噛みついてくるかもしれませんので距離を取った方がよろしいかと」 


 一人目は、つい先日静夜とズームォが対話していた時に傍に控えていた、ルォシェンという名前の秘書である。見た目のイメージ通りに言葉がきついが、前回あった時よりもずっと気安い様子で静夜に辛辣な言葉を述べた。


 二人目は長身痩躯の老人。長い白髪はオールバックで、九本の三つ編みでまとめられている。その目付きは静夜が出会ってきた中でも指折りに鋭い気がする。


 三人目はもちろんファン・ズームォ。倉庫の前にある小さな駐車スペースに停められた高級車のボンネットに手をついて朗らかに笑う、フルオーダーのスーツに身を包んだ男。


「ワタシは何も悪い事を言っていない。それに弓代君はこの程度では怒らない……ねっ?」

「……なっ、って。友達かよ」

「ワタシは友達だと思っているよ」


 屈託なく笑みを見せるズームォである。

 俺に友達なんていねぇよ。と意味もなく悲しい事を言ってしまいそうになる。


「おい小僧。主の厚意を無下にする気か」

「そもそもそこの雑魚は友達がいそうにないです」

「なんでぇ、このおっかねぇ奴等……」

「あはは。二人とも主人思いなんだ。ワタシの部下は皆優しいから」


 もしも古御堂がこの場にいたらきっとこう言うだろう。この男は本気で言っているぞ。と。


「友達でもなんでも――ああいや、その友達が今日はいったい何しに来たんでぇ? こちとら大忙しなんだがよ」


 殺気は感じる事が出来なくたって形相から察せる事は幾らでもある。例えばなんでもないと言った瞬間にルォシェンの視線はより冷たくなり、三つ編みの老人は人殺しをしかねないという事位は察せられるのだ。あるいはそれが殺気という物かもしれない。


「それはずばり助けにきたんだよ」

「……そりゃどういう意味だい?」

「事態は正確に把握しているよ。ルォシェン?」


 ズームォが静夜を正視しながら、手を美人秘書に掲げると、一秒のタイムラグもなくその手にクリアファイルに納められた書類が渡される。

 それをファイルから取り出して、二枚である事を静夜に見せつけてから、ズームォが語る。


「九龍大迷宮の最下層にて一人の少女が現れる。転移者と思われるその少女は、あまりの脅威度で魔法省と防衛省から監視命令が下される。そして要観察に傾いていた魔導省の意見が排斥へと変わる。それが昨日の事。路線変更のスピード感に何らかの権力が働いている事は疑いようがない。そして、これと同時進行で……」


 一枚目の書類をめくるが、その書類を読む様子はなく、文章が書かれている面は静夜に見せつけられた。


「裏ギルドに転移者と転生者を大量虐殺しようとしている動きがみられる様になった。不思議な事に、弓代君もこのターゲットに含まれ、実際に一週間前に命を狙われた。と、あってるね?」


 既に目を通してあり、内容は頭に入っているようである。

 書類を見せつけなくとも言い逃れなどしないのだが、調べ済みであるというアピールは会話をスムーズに進めるという点では効果的であった。


「セーフティエリアにおける危険生物の発生。この危険生物の生誕と消滅。同時発生した計測不能の純粋魔力。それらすべてが弓代君に譲渡した倉庫で起きているんだ。当然関連付けるとも。呪いに好かれ、魔物に好かれ、危険に愛される弓代君の元に――」

「まて、俺ァそんな物騒な物に愛されてなんかねぇぞ」

「――元に少女がやってきて、関わったのではないかと。関わって面倒見がいい弓代君はついつい彼女に肩入れするんじゃないかってね。そう思って、確認作業を急がせた訳だよ」


 静夜の文句を完全に聞き流してズームォは語りきる。


「きた筈だね? とてつもない美少女」

「……確認なんか取らなくてもわかってんだろ?」

「まぁねぇ。弓代君の名前で件のホテルを取っていて、そこに現れたのは美少女。異世界からの転移者ならではの超絶美少女だ。なので確定として話を続けよう。彼女は弓代君がとった宿で殺し屋共に命を狙われ、そして逃げた。彼女の判断は正しいが、彼女を不幸にしたくて仕方がない国のお偉方にしてみたら、明確な隙、攻撃の理由になっている。疾しい事がないのならなぜ逃げるのか、後ろめたいからこそ逃げたのだと。ならば危険な転移者はすべからく排除すべきだと。苛烈に意見を重ねている。愚かに見えて、彼等は計算づくで物事を動かしているようだ」


 まるで実際にその眼で見てきた様に言うズームォだが、語られた内容はおそらく確かな真実なのだろう。そういう流れになったという確証を手に入れたから、その流れに横車を押す事が出来るズームォがこうして我が物顔でやってきたのだ。


「ところで、このフォーカードは、世界的に名の知れた男だ。ポーカーが強いという訳ではなく、君にもとても深い関係がある、とある戦闘能力を測る格付けランクで、序列で一位に指定されているんだ。その実力は彼を殺すには軍隊一つを潰す覚悟すべしと言われているほどさ。ワタシの最強のカードだ」


 唐突に従者の紹介が始ったのは解らないが、アジア系には見えない見た目に名前をした老人が、静夜を挑発する様に見据えてきた。そんなに殺気立った目で見なくとも、実力なんて解らないし、戦ったらあっという間に負けるだろうから張り合いたくもない。

 強いて感想を浮かべるならば、そう言われるとその変な髪型すらもアクセントで一際強そうに見えてくるものだ。というものだった。


「そんな彼をして一週間前に観測された魔力障害の発生源を始末するのは一苦労だというんだ。このスケールで考えた時、彼女の実力は測り知れなくなる。そんな彼女を敵に回すかもしれない行動をとろうとしている。なぜこの国は、一歩間違えれば破滅にすすむ道に向かおうとしているのか、そこはワタシには理解できない。が、ワタシですらそう思うんですから、彼女を敵に回したくないと思う人間は必ずいる。少なからずいる。つまり排除したい勢力と、利用したい勢力が対立している事は想像に難くないんだよ。だよね。ルォシェン?」


 講釈する様に語り、ズームォが言葉の溜めを作る。

 きつめの美人秘書がしっかりズームォを見つめて頷く。

 

「勝算は五分五分。敗北したらワタシの会社はつぶれるかもしれない。けれどもね。義憤ではなくてきちんとした打算をした上でここは勝負所だと思ってしまった。だからワタシは勝負を掛けにきた」

「勝負……ねぇ」

「勝負だね。先手は相手方に取られたが、この勝負はつまり、転移者の少女を排除して何らかの利益を得たい勢力と、逆に味方をして利益を得たい勢力の戦いになる。彼女が九龍大迷宮や他のダンジョンから希少なアイテムやエネルギー素材を持ってきてくれる事で得られる利益、世界のパワーバランスを崩しかねない程の個としての戦力、最悪の場合に起こりうる被害の軽減。これらが彼女を味方につけた場合に我らが得られると考えられる利益だよ。アイテムや素材は自前でもそれなりに用意できるが、しかし残り二つは代えがたく得難い」


 語り口から察するに、ハジメの扱いは戦略兵器の様な物のようだ。

 戦車や戦闘機を思い浮かべてから、一度核兵器を通り過ぎて、戻って来る。つまり彼女の位置づけは、自由意思を持ち、自由に歩く核兵器の様だと思われているのだ。人間一人に随分と大仰な扱いであるが、考えて見れば静夜自身一部からは呪物や、危険物保管室の様なを受けている。静夜が後先考えなければ千人規模の人間を呪う事が出来るのだから、おそらく静夜より遥かに危険度が高いハジメの位置づけが酷い物になるのはある意味納得である。


「それ故に、ワタシは彼女への援助をする立場を取りたい。そうする事で彼女からの覚えを良くしたい。ファーストコンタクトをした弓代君が彼女と良好な関係を築けていたのは僥倖だ。ねぇ弓代君。この状況で彼女への援助を申し出るワタシの事を無下にはできないだろ?」 


 表現が最悪だが、表現のまずさを全く気にした様子もなくズームォは静夜に本命本題を切り出してくる。


「そりゃありがたい申し出なんだろうがよ? 俺がアイツに渡したスマホはもう使えなくなっちまったよ」

「その点も勿論大丈夫だとも。彼女に繋がらなくとも、彼女と一緒にいる人物にさえ繋ぎがとれれば何も問題はないだろ?」

「おん? 甘咲ぁ今誰かと一緒にいるのかい?」

「そうだね。とても頼りになる人物と一緒だ。どんな相手か気になるか?」

「まぁ……そらな?」


 こっちの世界でも一緒に寝泊まりできるような相手が見つかったのなら言う事はない。普段の気高さからは少し想像と違うものの、それは静夜が勝手に作り上げた彼女の像であるからには、彼女が望むままに生きているならそれで構わない。


「ははっ。弓代君が想像している様な話しじゃない筈だ。やはり弓代君もあれほどの美少女なら気になるか。いやいや、ハニートラップを考えるのが楽しみだ」

「……お前さんが勘違いさせる言い回しをしたんだろ?」

「はははっ。そうだったかな?」

「社長……」

「おっとまた逸れてしまったね。ごめんごめん。ゴシップ話にしたがって本筋を掻きまわすのはワタシの悪い癖だ」

「あまり脱線ばかりするのは感心しません」

「そうだね。悪い癖だ」


 やりとりをげんなりしながら見ているが、こうやって一瞬でも他人事になれるのはありがたい。焦り、逸る感情に深呼吸させるくらいの効果はあるのだから。


「つまり、あいつぁ今も無事で、一人じゃねぇんだな?」

「その通りだ。今あの小娘はおいそれと手を出せない人物の庇護下にある。が、そいつも、あの小娘が危険と判断したら容赦なく殺そうとするだろう。すると、殺せはしないまでもこの都市は戦場となるであろうな」


 三つ編みの老人、フォーカードはやたら渋い声で思わせぶりな事を言う。


「ちなみに転がり同盟じゃない。五嶋のおじさんはまだ遠征から帰ってきていない。色々と陰謀を感じるね」

「おいズームォ、もったいぶるなよ。甘咲を保護できるような奴なんてそんなに多くねぇぞ。そのうち結論にたどり着くんだ。ブレイバーズだってシルバーシップだって……いや華仙か?」

「今出てきた他国の組織でもないな。ブレイバーズなら彼女を保護できそうだけどね、彼等は日本ではお行儀がいいからやってきていない。またワタシの地元は保護なんてしないので……はいはい。勿体ぶらないさ。弓代君も知っている日本の組織が保護に回った。どこだと思うかい?」

「おい秘書さんよ。こいつ甘やかし過ぎだろ」

「黙りなさい」


 ぎろりと睨まれて黙らされる。静夜は嘆息してしまう。あと、爺の目付きは変わらないがもとより眼光が鋭いので滅法怖い。


「あー、じゃあ贖罪寮とかか?」

「おしい。日本古来より続く組織というところまではあっているけど、残念。正解は日本剣術協会だ。その新会長となった若き天才剣士さんが彼女の身柄を確保したと聞き及んでいるよ

「百花さんかよ」

「その通り」

「……えぇ……」


 心底沈痛な面持ちで呻き、静夜は空を仰ぐ。

 だったら案外静夜が勘違いしたとおり関係かもしれないとすら思う。彼女はどちらかと言えば、美青年より美少女が好きである。

 ……沈黙が少し。もっと黙りたかった。じりじりと太陽に煽られて、なんだか急かされる気分になって、ズームォではなくてフォーカードの方に顔を向ける。


「愛凪流の当主と爺さん、どっちがつえぇんだい?」

「ほぉ? ふむ……およそ五分と考えていいだろうが、条件次第では奴だな。そんな女が本気になってかの小娘と事を構えれば、一帯が更地になっても止まらない。更地になってからがスタートだろう」

「何時からこの世界は大怪獣大決戦が当たり前になっちまったんだよ……」

「ちなみにルォシェンでもドラゴンくらいは狩れるそうだよ。凄いね」

「なんでそんなおっかねぇのに囲まれて平気な顔してられるんだよ」

「……隣だろうと隣町だろうとも同じだからね。世界のどこにいても、死ぬ時は死ぬって良く解るじゃないか。ワタシはこればかりは悟ったものだよ」

「ああそうかい」


 もしかしたらこの男、既に身内の制御は諦めているのではないだろうか。

 そんな予感がひしひしとしてくる。たまに見かける、奇跡的に歯車がかみ合って成り上がっていくタイプに見られる諦念と開き直りを感じてしまった。


「そんなおっかないのがいるならこの間の六反園ビルなんて簡単だったんじゃねぇの?」

「それについてはあの時も話したつもりだったがね、ルォシェン。人を殺さずに無力化できるかい?」

「ある程度丈夫ならやってみせます」

「ルォシェンに手加減など無理ですな」

「ね?」

「ね。じゃねぇよ。もういい。つまり、百花さんが甘咲を保護したと。んで、俺に何しろってんでぇ?」

「仲いいだろ? 連絡とってくれないかな。そうしたら、ワタシが彼女に戸籍を用意するし、彼女の後ろ盾にもなる。国の偉い人でワタシの賛同者にも渡りをつける。そして弓代君には甘咲ハジメの暴走防止を担ってもらいたいんだ」

「はぁっ? なんで俺が……」


 なぜズームォの計画に自分が組み込まれているかが解らない。

 その解らなさは正当な物の様で、さすがにルォシェンもフォーカードも咎めもしないどころか、反応すらしない。


「フォーカードでも無理そうなんだ。考えはこうするべきだよ。この世に彼女を力で縛る手段はない。なので彼女を懐柔出来る人物をあてがうまで。どうしようもない不良少年だって、お母さんの言う事は聞くものだろう? そういう事さ。大丈夫、転生した君も核――制御できない転移者も、似たようなものだ。うまく行かなかったら結局たぶん、世界が少し危険になるだけさ。なので気楽にいこうじゃないか」


 そんな事を言われも気は進まない。気が進まない静夜に向かってズームォは笑顔で言うのだ。


「彼女を助けてあげようと飛び出してきたんだろ? 宛てなんてほとんどないのに。ワタシは弓代君のそういう所を非常に買っているよ。体中に異世界人の依り代を仕込む異常者とはとても思えない」

「一言多いから友達できねぇんじゃねぇの?」

「は?」

「小僧死にたいようだな?」

「はは。冗談を言い合える友達っていいものだよ二人とも」


 ああ、冗談じゃねぇや。心が黄昏れ、気持ちが煤ける静夜にズームォがニコニコとしたまま話しかける。 


「彼女の居場所もわからず、解った所で傍にいてやるしかできない。そんな無力に打ちひしがれる弓代君は結局、遅かれ早かれワタシを頼る事にはなった筈だ。気が進まないままに、しかも借りを作る形で。ところが今ならワタシからお願いしている状態だ。ね? お得だろう?」

 

 どんな形で成り上がったかなど知らないが、少なくともそうなるだけの片鱗をズームォはこうして見せつけたのだった。



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