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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 57


「うっそ?」

「そう簡単に逃がす訳ないじゃないですか」


 紫煙を燻らせ、してやったりという顔でにやりと笑う。可愛らしさと美しさのダブルパンチで、同性のハジメすらドキドキする魅力を放つ。

 暑いのか、ブラウスのボタンは第二まで開けられている。胸は間違いなく小さいのだが、その隙間はどうしようもない色香を放っていた。


「それにしても、いきなり逃げるとは……まぁ怒ってはないですよ? 笹月の奴とはわたしも今日初めて話しましたれど、あの男と仲良くなれる人類はおそらくこの世では見つけられないでしょうから。でも、それとこれは別で、いきなり逃げるますか? しかも飛び降りてまで。怒ってはいないですけどね」

「なんかごめんなさい?」

「逃げるにしても、今後は話の途中では止めてください。百花さんとの約束です」

「う、うん」


 ハジメよりも背の低い百花の迫力に謝り、さらに気圧されて素直に返事をする。


「笹月が貴女に悪印象を与えた事は良く解かりました。その所為でわたしの信用まで堕ちるのが業腹ですけど……改めまして、わたしは愛凪百花。百の花と書いてヒカと読みます。この都市より大きく西に行った大都市で剣術道場を営んでいます。この国全土でも上位に位置する武術団体の総代と思っていただいて構いません。そして、貴女は?」

「……甘咲ハジメです。日本は解るし東京もわかるけど、新宿も渋谷も良く解らない。この世界の事をゲームの中と思っていたピエロみたいな異世界からの転移者らしいよ」


 少し自棄になって自己紹介を返す。百花はそれに対して優しい笑みを浮かべて頷く。

 自虐気味の言動には言及はしないのは、少なくともあの笹月とは違うというアピールは成功していた。


「それではお互いの自己紹介も済んだ事だし、場所を変えましょうか。こっちにホテルを取っているからで話の続きはそこで」

「話の続きって?」

「さっきの話を憶えていますか? 貴女は命を狙われていて、行く宛てもない。だからわたしが手助けしますよという話ですね」

「憶えてはいるよ」


 けれども頼りにするかはまた別である。結局人を頼るなら、頼る相手には心当たりがあるのだ。


「でも、さっきのは嘘なんだ。実は少しくらいなら心当たりがある。ただ、ちょっと借りを作り過ぎて気まずいなって、そう思っているんだよ。このスマホくれた人なんだけどね」

「盗んだとかではなく、貰ったんですか? ちょっと見せて貰えますか」

「とても大切な物だから慎重にね?」


 ちょっと本気で威圧をしながらもハジメはチタンメタリックのスマートフォンを百花に手渡す。威圧の規模をイメージにすると、はケイオス・ウィッチへ至る道程に現れる全てを怯えさせる程くらいのものであるが、百花は涼しい顔をして受け取った。


「見た事のないメーカーですね。このロゴマークは果物? 林檎、梨……。異世界の物ですね。代わりの物を用意したら、譲ってくれたりは?」

「それは、駄目かな」

「引きましょう。しかし、こんなに珍しい物を会ったばかりの異世界人に融通してくれたんですね? よほどのお人よしか、怪しい物を押し付けたか、何か下心でもあったのか……いえ、失言ですね。きっと貴女の事を心配した善人だったのでしょうね」

「……私も最初は色眼鏡で見たけどね。いい人だったよ」

「……そう。ええ。良かったですね」


 百花は納得したようにして二度も三度も頷く。少し不満そうだが、譲れないものは譲れない。


「それにしてもこれを譲り受けますか……託されたんですね」

「そんなにいい物?」

「ええ、確証はないですけれど、いい物だと。ありがとうございました。お返しします」


 チタンメタリックのスマートフォンが返ってくる。返されたものをパンツのポケットにしまっていると、百花は感心したように話しかけてくる。


「そんなものまで貰えるなんてどれだけ気に入られたんでしょうか? 大体の転移者は――ああ、あいつ等インチキみたいにモテる事もありましたね。顔も良くないし経済力もない、その上性格だって傲慢か卑屈で魅力的じゃない。魅了でも持っているかのように自信に満ちてのに矢鱈と侍らせて……おっと失礼しました。貴女には魅了の気配ないので安心してくださいね?」

「良く解らないけれど、良かったって言っておこっか?」

「話を再び戻します。その借りを作り過ぎたくないという行く宛ては頼りになるので? わたしより強いですか?」

「間違いなく弱いかな。ポテンシャルはすっごいけれど、才能を活かしたくないみたいだし」

「才能を活かしたくない? 変な人もいた物ものですね。……いえ、たしかに戦闘の才能など使わなくていいのならそれに越した事はないですが。ならばその人を頼るのが気が進まないのは理解しました」


 煙草を携帯灰皿へ。そしてチェーンスモーカーなのか再び新たな煙草を口元へ。八百度の燻りが夜の闇にちらちら揺れる。

 何かを考える仕草になってしまった百花は言葉を続けない。

 十秒ほど間が空いたのを機にハジメが問いただす。


「ところで、どうやって私がここに来たのを察知したんだい?」

「追いかけっこもかくれんぼも得意なんです。これでも地元では日が暮れるまで野山を駆け巡った物です」


 そういう問題だろうか? ハジメは首を角度一度ほど傾げる。

 今度はハジメが黙って、再びの沈黙。さすがに百花が言葉を継いでくれる事となる。


「腕のいい情報屋がいましてね、わたしのお願いは断わらない、とっても素直ないい子です」


 そう言って百花が視線を向けるのは公園入口に設置されている外灯。その鉄柱に見せつけるように取り付けられた監視カメラだった。


「ええ……。監視社会の闇、って奴かな?」

「現代の常識があるようで大変結構な事です。そうそう、夜中に糖質を取ると、太っちゃいますよ?」


 どうやらコンビニで何を購入したかまで把握されているらしい。惚けて言った監視社会の闇とはあながち間違いではなかったのかも知れなかった。


「折角の美貌なのですからもっと美容に気を使ってください? それともその大きな胸をもっと大きくしたいんですか? 揉まずして? 我儘な身体を甘やかして、誑かされるのが男ばかりと思ったら大間違いですよ?」

「え?」

「なんでもないです」

「聞こえていたけど、理解が追い付かないんだってば」

「いいですか? なんでも、ないです」

「おっと、パワースイタイル」

「わたしはどっちでも平気ですよ? 綺麗な女の子ならむしろ昂ります」

「えっと、聞こえない振りしたら許してくれるかい?」

「え、何か言いました?」

「逃げちゃおうかな?」

「我儘ですね。身体みたいに……まぁ良いです。貴女がたびたび公園に立ち寄っているのが解かったので、ここを予測させました」


 フランクにふざけた会話をしたけれど、話の内容は中々に空恐ろしさを匂わせてくる。特に最後の一言、読み解くまでもなくハジメの行動を正しく予測したという事を告白したのだ。しかも、させたとか言っているのが不穏である。

 

「そういう訳でおっとり刀で追いついた訳ですが……」


 一回り。木々や外灯、夜空にそこかしこのビルディングの黒い影、見渡してから紫色した瞳が鋭くハジメを射抜く。 


「こんな公園に来た理由を推察しますよ? 若い女の子が一人で、もしや公園で一晩すごそうとしていましたか?」

「なんの事かな?」


 ついつい誤魔化してしまう。きっと怒られると思った。その上で百花に怒られるのがなんだか怖かった。悪い事をしたつもりはないのだが、心のどこかには後ろめたさがあったのだろう。


「まぁ、未遂になるので許してあげましょう。――おや? 人懐っこいですね。わたし、煙草臭いですよ?」


 おそらく警戒しての事だったのだろうがハジメから離れていた、三匹の一つ目達は、百花の足元にすり寄っていた。黒猫スタイルのメアに至っては身体をこすり付けた上で、百花の脚に頭突きをしている始末である。美人に弱いし、ハジメの服を露出の高いスカートにしようとしたし、この子達はやっぱりきっと男の子なのだろうと邪推が止まない。


 そんな三匹に向かって百花はしゃがみ込み撫で始める。

 百花程の実力ならば、その三匹がとんでもない怪物である事は解るだろうに、一切の警戒をせずに普通の猫を愛でる様に毛並みを堪能していた。


「さっき聞いた時は行く宛てはないと言ってましたね? 良いでしょう。わたしのホテルに招待します」

「え……それはちょっと遠慮したいんんだけどな」


 例えば百花に保護されたとして、ハジメは狙われないか。目論見虚しく狙われたとして百花は無事でに済むか。被害は果たして許容できるものなのか。


「心配には及びません。喧嘩では貴女に及ばないですが、殺し合いなら――」


 ハジメの憂慮を正しく受け取った百花はゆるりと動く。見えている動きは滑らかでしなやか。はっきりとその動きを視線で追うが、ほんの一度だけ瞬きをしたと思ったら。


「――これこのように」

「……見えなかった」


 いつの間にか、三メートルはあった距離が消えていた。

 象の鼻から駆け上がり、その背中へと。

 百花はハジメの目の前へ。

 百花の手には何気なく木の枝が握られていて、折れた先端はハジメの喉の一ミリ手前でピタリと止まっている。

 視力に力を入れても見る事はできない。気配を頼って追っても捉えられない。意識が一瞬途切れるタイミングを見計らって距離を詰めたのだと解かるが、それを見計らう技術など、目の当たりにしてなお信じがたい物だった。


「これで三割。四割を出せば雨の隙間も縫えます」


 ポトリと木の枝が象の背中に手放される。


「戦闘はこの程度ですが、生き残りにはもっと自信がありますよ。世界が滅んでもわたしはその隙を見つけて生き残れます。なので貴女の命を狙う輩がたとえワンダフルワールドであったとしても生き残って見せましょう」

「ワンダフル……え? グッバイじゃなくて?」


 彼女が見せた実力に驚嘆しつつ、どうしても気になってしまった言葉に思わず聞く


「おや? グッバイの方を知っているんですか。短い時間に良く調べ上げたものですね」

「教えてくれる人がいたんだよ。でも、詳しくは聞けなかった」

「では簡単に。ワンダフルは寝返りで世界を滅ぼすような連中で、グッバイは沸点が低くこの世界を滅ぼせる連中です」

「……それって、ワンダフルの方が危険?」

「巨大隕石と核爆弾のようなものです。敵に回したくないのはどっちも同じでしょう」

「私を狙っているのは?」

「さてどこでしょう?」

「グッバイじゃないと思っている?」

「世界を滅ぼしたいなら、貴女を敵に回すのは障害でしかない。かといって、ワンダフルワールドの息が掛かっている人間ばかり狙われているのは、グッバイワールドの仕事の臭いがあるんですけど……そんな訳でその見極めをするためにも、わたしはハジメさんを傍に侍らせ――目の届く範囲に置いておきたいんです」


 解かってくれますよね? と、百花は至極真面目な顔をしていってくる。


「最後の部分は聞かなかった事にするとして。ワンダフルワールドの息が掛かっている人が狙われているって?」

「ワンダフルワールドというのは、簡単に言えば世界を作った神様みたいなものです。その神様の使途というのが世界には何人もいます。息が掛かっているというのはワンダフルワールドに見守られていると言い変えてもいいですよ。対してグッバイワールドは悪魔みたいなものです。神様もその使途も、ワンダフルワールドに作られたこの世界すらも。なにからなにまで憎しみぬいています。なので神様も使途も、この世界も、チャンスがあったり我慢の限界が来たりすると滅ぼそうと襲い始めると考えていいです」

「話しが壮大過ぎるね」

「詳しい話はわたしのホテルで、ベッドの上でしてあげますよ」


 結局話が戻ったのでハジメはため息ひとつ。


「……私、危なくない? チュウとかされない?」

「え、何か言いました?」

「これは絶対聞こえてるよねっ!?」


 少し賑やかに言い合いをするけれど、ハジメはちゃんと笑えていた。

 まるでマイペースで気安い友人を相手にしている様な、そんな空気に表情がほころんだ。

 こんなに色々あった一日の終わりに笑っている自分はもしかして能天気なのかもしれない。自虐のように思えて、それはとてもいい事だと、そんな風にも考えられた。

 マイナス思考は自分に似合わない。しっかり悩んでも、しっかり前を向こう。律もそうして前向きなハジメをほめてくれたのを、覚えている。

 だから、力強く笑って、戻れるその時までくじけない。戻ったその後に自分をほめるのだ。


「大丈夫。世の中諦めが肝心です。何もしないからホテルに行きましょう」

「あきらめる場面じゃないよね? なんで頑なに私をホテルに誘うんだい!?」

「元の世界では王子様とか言われていたような顔しておいて、わたしの家に来るのが怖いんですか?」

「言われていたけど! いたけどね! それと身の安全って別じゃないかい? なんなら行くの怖いけど!?」

「この世界に来てお世話になったという人の為にも、貴女は幸せにならないといけません」

「幸せの形を教え込まれそうで怖いんだけどっ? あと、ごめんその人まだ生きている!」

「そうかなと思ってました。あと、教え込むじゃなく、解らせるです」

「……?」

「こっちの話です」

 

 こうして甘咲ハジメと、愛凪百花が出会った夜は更けていった。



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