未来シコウのチートデータガール 75
「本来、転生者は小生の本命からは外れるのであるのだよ?」
鬱船カフクは、独り言の様に言う。
暇を持て余すかのように、足元の小さな瓦礫をつま先で小突き、穴の中に落とす。
「まぁ、それなりに害悪ではあるが肉体はこの世界に由来するものであるからな。最悪取りこぼしがあっても仕方がないとは考えるのだ。おっと、かと言って存在を認めている訳ではない。異世界人は、血筋も悪だが、存在のあり方は酷く度し難い」
「……」
「善人もいるとか、悪人がいるとか、よくその様な話が議題になるがね、例えば外来生物がその地に根差そうと言うのなら、一切合切の区別なく駆除をするものであるのだ。解るかね?」
全く分からない。
ただ、思う事はある。
「この人種の坩堝でなに言ってんでぇ……」
「おやおや、まだ喋れるのか。そんな有様なのに、いったいどうやって喋っているのであるか?」
言葉に感情はこもっていなく、鬱船は静夜が死なない事に興味がなさそうだ。
顔の半分が潰れたままで、回復はすこぶる遅い。
この回復の遅さは異常であるが、この現象もまた鬱船の力によるものだと考えると、本当に鬱船は静夜を殺せる可能性があるのだろう。
しかも、そこに立って、奈落の底を覗き込むようにしているだけで、自動的に静夜が削れていくのだ。鬱船にとっては楽な仕事だろう。
だから、余裕の態度を崩さないし、露骨な慢心だが……降りてこなければ静夜には嫌がらせの様な反撃も出来ない。
静夜の手が届くところに来た時こそ、鬱船は静夜を真に侮ったという事になるのだろう。
「話を戻すと、異世界からの転移者は悪性の外来種であるのだ。その上で、この世界の人類の近縁種なのが問題であるな」
鬱船の声音からすると、返事を期待していないような様子である。
いや、むしろ鬱船は返事を求めていないのだろう。
アナウンスの効果が静夜を襲い、舌に風穴があいた。鬱船の望むように言葉を失っている。
一瞥だけして、鬱船は自分語りを続けた。
「奴らの血は我ら地球人とは異なる。混血児は人の形をした人外である。知っているかね? 魔法使いも超能力者も、混血になればその能力の向上が有意に認められている。それも逸脱した上昇値である。これだけでも悍ましい話であるが、生まれてくる子供は七つの大罪を模した精神疾患を患う事が非常に多い。具体的には色欲や傲慢が多い傾向にあるな」
七つの大罪を模した精神疾患なる物を静夜は知らない。そもそもワンダフルワールドは七つの大罪にロマンを感じると言って、特別な何かを用意すると豪語していたのだ。その内、気付いたら七つの大罪を持つ人物の知識が常識になっている事だろう。
したがって、今このタイミングで鬱船が色欲や傲慢を語ったところでそれは鬱船の感想でしかないのであるが、鬱船は反論がないのを良い事に酷く饒舌だ。
「異世界人共は自身が特別と確信し増長するものも少なくない。身体能力が優れ、未知なる知識を持っているからといって心が強い訳ではないのだ。自分以外の周りの異世界人が増長すれば、つられて自分を特別と思う。事実として異世界人は我々よりも身体能力は優秀であることが多い。その結果、結局現地人を下にみる訳であるな。君にも心当たりがあるだろう。優秀な異世界人は他人に対する評価が厳しいのだ」
反論ができないのはそれを事実と思ったからではない。舌が無事であり、一瞬でも発話出来たのなら、きっと静夜は馬鹿にするような煽りをつらつらと述べた事だろう。
「解るかね? 人の心を理解せず利己的に権利だけを叫ぶ超能力者や、そんな性格の子供を際限なく作り続ける魔法使い。これらがどれだけこの世界の害になるかが。そして異常なるカリスマ性により崇拝者を作る。望む望まぬ関わらず、神格化されるのだよ。恐ろしいだろう? 恐ろしいであるだろう?」
鬱船は害虫の巣でも見つめているかのように、露骨な嫌悪感を顔に出す。
「事実、人権後進国は異世界人との交雑を推奨し、その結果、その国民の一割が交雑種となった。為政者は国民の進化だと喜び、この政策をさらに加速させようとしている。転移者を頂点とする歪な国家が形成され始めているのである」
話は続けられる。静夜の首があらぬ方向に曲がっていても、話は聞こえていると判断しているのだろう。
あるいは、死体に向けて話しかけるのが鬱船にとって常なのかもしれないが。
「実に嘆かわしい。恐ろしい。このままでは世界は正しい血筋を失ってしまうのである。それは人類の絶滅に等しい事だ。小生は許せない。小生は許せないのである。ゆえに異世界人の血は絶えるべきである。晩秋のイチョウの葉のごとく、悉くカサカサと死すべきである」
「……」
鬱船の言葉は、事実の一部を大きく取り上げていると、静夜は知っている。
そうなってしまうのを恐れて、良識のある異世界人達が集まった組織がいくつかある。
とくに、異世界人先進国と言われる日本には、世界的にもトップクラスの互助会『転がり同盟』が存在している。日本の組織の中で唯一治外法権を有するが、その分彼等の規律は非常に厳しく、組織内には牢獄や、死刑場すら存在する。
この世界の原住民との理想的な調和を目標として掲げ、その道筋を模索しているので、鬱船が憂うような選民思想や、行き過ぎた権力とは無縁である。
つまり鬱船の思想は、転がり同盟などの自浄組織が存在しない事を前提としたものなのだ。警察がいない世界を語っているようなものである。
「言いたい事は解っているとも。だが、転がり同盟は結局その尋常ならならざるカリスマにより、一方的な信奉者が現れている。自分たちを崇める民衆がいて、正気でいられる人間などいないのだよ。彼らの正気が失われる前に、小生は彼らすら駆逐しなくてはならない。可哀想な事ではあるがそれが世界の為であるからな」
全く感情に揺らぎがなさそうに、演技すら悲しそうにせずに鬱船は言う。
「と、まぁこれが理由だね。転移者の血筋はこの世界の人間との格差に拍車をかける。転生者は多くの場合選民思想を持ち、しかも潜伏する。彼等は自分達の行いの結果、どのような事をしても誰かの不幸の遠因になっている事を理解していない。それも、異世界人一人の為に何人もの犠牲が出ているのだよ」
「んなもん……異世界人に限らねぇだろうがよ」
「もう喋れるようになったのかね? 可能な限り回復を遅くさせる立ち回りをしたつもりだが、本当に異常な復活速度であるな」
驚くような素振りもなく、平坦な観察の様に鬱船が言う。
「それだけの修復力……やはりこの世界の支配者は本当に君に期待しているのだな」
やはり始末しなければならないなと締めくくり、鬱船は穴の底を覗き込む。
覗く鬱船を見返す静夜は、地獄の底に陥れられたかのような気分で言葉を紡ぐ。
「異世界人じゃなくたって、世界を変える奴はいるだろうが」
異世界人がいるから世界が変わるような、そんな安易な世界なら、この世界がワンダフルワールドのお気に入りとして長く反映する訳がない。
異世界人が関係しようが、しまいが、この世界はワンダフルワールドが望むように自力でも発展し続けているのだ。
しかし鬱船は訊く耳をもたない様に陰鬱な目で静夜を見て、嘆息する。
「殺人と病死、どちらも死んだ事には変わらない事象のであるのに、なぜ人は殺人に目くじらを立てるのか? この理屈が解るかね?」
「……ばっかじゃねぇの?」
この問答一つでわかる事がある。
話し合いはおそらく無駄であると。
鬱船が語る絶対的な妄執は、もはやどのような理由であれ、異世界人を絶対悪と決めているのだと解かる。
鬱船が危険視する異世界人の選民思想を背景とした、原住民こそが優先されるべきだという選民思想――超攻撃的なナショナリズムとでもいうべきか。異世界人や亜人と汎人類が入り混じるこの世界においての圧倒的異端の思想は静夜のすべてと相いれない。
殺すべき対象とみている静夜に対してまで、その思想の理解を求めているのが完璧にイカれている。
「世界を変えるのが異世界人でない者ならば、それは種の進化である。解らないであるか? 品種改良と遺伝子組み換えは似て非なる物なのだがね。尊敬すべき開拓者と、忌避すべき侵略者。これは似て非なる物である。最大の問題点は害悪こそが開拓者面をしている事だ」
持論を語る鬱船は、不景気な顔をしつつ、しかしその口元は実に愉悦に浸った様子で歪んでいた。
「テメェが害悪だと思った奴だってよ、誰かを救っているかもしれねぇってのに……」
「んん? 人間性の話ではないのであるが? 異世界人はそこにいるだけで害悪なのであるからね。先ほども言ったが駆除対象の悪性外来種だ。人にやさしいゴキブリに殺虫剤を向けない者を、小生は正気と認めていない。しかしふむ。そうか、やはり君も解らないであるか。所詮は向こうの生き物であるな」
「俺は異世界人じゃねぇって、つってんだろうが」
「真に異世界人ではないのなら、そうだ。だがちがう。小生の蝶は違うと気付いている。そもそも小生がそんな過ちを犯すとは思えないが、その時は罪を認めて償う事もやぶさかではないがね……。さて君の話をするならば、君は孵る前の卵だ。本当に、君が君のままでいられるのなら、君ほどの人物を殺すなど愚の極みとなるだろう。出来れば、今も殺したくない程であるな」
出会わなければ、生まれかわるまでは見逃していたよ。
などと、鬱船は面白くもない事で自嘲する。
「だが、出会ってしまったものは仕方がない。やがて最強の異世界人になる君はやはり殺しておかなければならないのは必然であるのだよ」
そう言って鬱船は足元の小さなコンクリート片を蹴り落とす。
何気なく蹴落とされた小石の大きさの塊が、赤と黒のアゲハ蝶に触れる。
アゲハ蝶は光になって消える。
小石はこつんと他の瓦礫に当たり、瓦礫はバランスを崩し、より大きな瓦礫が倒壊する。ドミノ倒しの原理で、それが引き金となって一部が雪崩を起こす。
鉄筋が倒れ込み、首切り斧の様にして静夜の頸椎を叩き折る。
「……っ!」
静夜はまたも声を出す部分を失った。
そして鬱船も特に感情に変化を見せない。
鬱船には静夜が死なない事などどうでもいいのだ。
その、どうでもいい感情をそのまま引き継いだような様子で、鬱船は静夜に言葉を投げかける。いたぶるような言葉を。
「ところで。時間を稼げば何とかなると思っているように見えているのであるが? 時間稼ぎとはつまり、何らかのタイミングを待つ行為な訳であるが……小生の蝶が支配するこの空間で、果たしてタイミングとやらは上手く巡る物であるかな?」
骨が飛び出る首がゆっくりと、再生していく。まるで致死の傷すら、ただの小さな怪我と誤認しているかのようなスローな再生。これは、ならば静夜に起こりうるあらゆる現象が、あらゆるものから正しく認識されていない可能性があるという事だ。
鬱船が語る通り、静夜の狙う逆転の一手が始まるタイミングはずっと訪れないかもしれない。
「そう、小生は、そうは思わない。絶対に起こる事ならいざ知らず、絶対に起こらない事ならいざ知らず、もしかしたらそろそろ来るかもしれないタイミングは、君の存在が終わるまで訪れないかもしれない。そうは思わないかね?」
「……」
静夜が狙っていた逆転。
それは即ち、カフェインが切れてから、およそ二十四時間で起こる絶対的な災害。かつて山間の隠れ里を滅ぼし、北陸最強の剣たる愛凪百花が二度と相手にしたくないと評した、蟲の王の暴発である。
それがいつまでたっても訪れない。おそらく、鬱船の言うとおりに暴発は訪れないのだろう。
それはつまり、鬱船の目論見が静夜に勝ったという事である。
異世界の精神体たちを、自分の都合でうまく利用してきたつもりの静夜は、ここにきてもう最強の攻撃手段を使えなくなったという事だった。
この可能性に行きつく事で静夜の中に、もしかしたらこのまま自分は違う存在にされ、その後殺されるかもしれないという可能性が、僅かに芽生えるのだった。
「君に付き合ってずいぶん経った。そろそろ君の体からこぼれ落ちるアクセアリーも打ち止めではないかね?」
そうは言われても、甚振られすぎて現在、首から下が動かない。確認するための神経が通っていないのだ。
「そういう訳で、指輪、ピアス……ネックレスもか。どれが最後の一つになるのであるかな? 出来れば、楽がしたいのであるのだが」
『弓代さん。ボクサツの時間です。至急第一教育指導室へ向かってください』
「……はぁ、こりゃ、まいっちまうな……」
追い打ちをかけるようなアナウンスに、静夜の心は心底参ってしまう。泣き言一つ、言いたくないが、言ってしまうのは仕方がないだろう。
気が重たいが……。いつかは『それくらいの事』をしてやるのも悪くないと思った事もある気がするし、まぁいいさ。
「……おい、ここから出たら――上等な鏡、買ってやる。からよ……」
静夜のこの台詞は一体誰に向かってか。
様子が変わった事に訝しむ鬱船に? いや違う。
自分に言い聞かせるように? それも違う。
しかし確かに誰かに向かって、静夜は懇願する様に言う。
「別に俺を攻撃するなって話でもなけりゃ、俺の体を狙うんじゃねぇって、そんな話じゃ、ねぇんだ」
この様子を鬱船は、狂人を見るような目付きで見下ろしている。
勝敗は決したと確信しているのは解る。しかしそれでも安易に近寄ってこない。
事実、静夜はこの期に及んでも近寄って来ようものならば、襲い掛かってやろうと、それ位の事は思っている。ただ、口から出るのは半ば泣き言だ。命乞いに近い懇願だ。
「感謝なんか、しちゃねぇが。必要だとぁ……思っているんだ。思っているしよ……今から、俺ァ俺を棚上げにするぜ」
アナウンスは至急だった。早速静夜の体がぼこぼこに殴打され、皮膚が千切れる様にして血が舞う。
だが、ボクサツなのに、静夜の意識は飛ばなかった。それで終わった。
スピーカーに、たぶん変化はない。
鈍感な静夜は、あったとしても気付けないのだが。
「ちょっとだけよ。お前さんを良いように使う馬鹿野郎に、良いように使われないでくれって、その程度のお願いなんだ――」
それは、この紫鏡の迷宮――冷たい校舎の支配者へ向けた懇願だった。
意味はある。きっと。
いつだって静夜に迷惑行為を繰り返してきた迷宮の女王の筈だ。
感情がない存在ではない。
呼びかけ、冀えば、耳を貸さない事はないだろう。
静夜だったら、言ってしまうだろう。『お前を殺すのは俺だ』とか、『他の精神体ならいざ知らず、ぽっと出に負けるなんて許さない』とか……。
少なくとも、静夜の血を愛する悪魔は、今まで静夜にとって有益な行動を取ってきた。だったら他の奴らにだって、静夜に対して付き合い程度の思いがあると思うのだ。
「助けてくれ」
世界の創造主が作った、他人から愛される顔が、困ったような、助けを求めるような、そんな表情を作って言うのだ。
「――頼むよ。な?」
それにどれほどの効果があるかなど解らない。
静夜の事をむしろ恨んでいる可能性だってあるのだ。
だから次に流れる放送に耳を傾ける。
『……弓代さん。イシウチの時間です。トイレへ行ってください』
果たして静夜の名前が呼ばれ、絶望的な沈黙を感じた。
静夜の様子を窺っていた鬱船が、少し嘲るように表情を崩したその時だ。
『――鬱船さんも、イシウチの時間です。大至急第五自習室へ行ってください』
「……なんであるか?」
戸惑い。理解の追い付かない現象に、全くついていけないのは当然の事である。
必然、初動が遅れる。もとより第五自習室なるものがどこにあるかなどど、鬱船が知る訳もないのだ。不思議な力で迷わず引き当てられるとしても、今まで回避をしてこなかった鬱船が、果たしてとっさの判断でここから逃げる選択をする事が出来るだろうか?
そして結果は即座に現れる。アナウンスによる凶弾は、静夜へ降りかかるよりも早く、鬱船カフクの右胸部を貫いた。
赤黒い蝶の死骸が、ハラハラと舞った。




