デビルズハートシンデレラ
先に注意。
今回の謎は、迷宮入りです。
真実は明らかになりません。自身でご推察ください。
ヒントは、これまでの話にちりばめられております。
また一部、夢を壊すようなショックを受ける描写があるやもしれません。
お覚悟の上、ご覧ください。
ここだけの秘密にしてほしい。
それは、私が異世界にいたころのはなし。
それは、世界の危機を防ぐためのはなし。
すべてを飲みこみ消滅させるという伝説の邪龍――ドラゴン・オブ・ブラックダーク。
その存在の討伐が使命を与えられた。
神より授けられた運命の聖剣を携えた私は、冒険を繰り返した。
あらゆるダンジョンに潜り、数多のクリーチャーを屠り、共に戦った仲間との別れを乗り越え、邪龍に心棒する4人の魔王を打ち果たす。
多くの試練を乗り越えて成長した私は、ついに世界の果ての城へと到達。
その最奥にて、黒龍王と対峙する。
ヤツはまさに怪物。
激闘は天地を揺るがし、太陽が沈むのを3度ほど数えたころ。
ついに私は最後の奥義を繰り出した。
斬白閃光剣――ソード・オブ・ホワイトライト。
聖なる白き光を帯びた刃が、黒き邪龍を一撃のもとに両断した。
しかし、その龍の心臓から、封印された悪魔が現出して――
――――――――――
ふところのあたりを押さえてうずくまった。
「ぐっ……う、うそ、でしょ……」
彼女のラケットがテニスコートに落ちた。
「え、ミナ?」対面コートの少女が不審に思う。
「みっちゃん?」審判をしていた少女が異変に気がついた。
彼女は動かない。
その場で小さくなり、胸部を押さえる。
赤い顔をして苦しそうに呼吸を繰り返す。
「はあ、はあ、……うっ……ま、まずい……」
その様子に、友達は気がついた。
「ミナ!」「みっちゃん!」
声を上げた二人は彼女に駆け寄る。
「あ、はあはあ……いや、その、……はあ、大丈夫、だから……」
「大丈夫なわけないでしょ! なんか、苦しそうだし」
「うん。おかしいもん! ――正志君、エビヤ君、ちょっと来てぇ!」
「あ、ちょ、はあはあ……寧々香、やめ……」
彼女の制止は聞こえない。少女が助けを呼んだ。
その声で少年たちがベンチから走ってやって来た。
「どうした鷲尾、って――皆元?!」
「えっ、いったいどうしたのさ皆元さん?!」
小学生もやってきた。
「皆元ねえちゃん、どうしたの」
「うわっ! 大変だミナねえが」
「ミ、ミナ姉ちゃん!」
みんなの心配の声が、彼女に聞こえた。
コートに膝をついて胸元を押さえる彼女は気丈に話す。
「み、みんな、心配すんな。じさまは、じさまは、ちょっと胸がいてえだけだ」
「モチモチの木パロディやってる場合じゃねえだろっ!」
彼が真剣に心配しつつツッコミした。余裕がなかった。
「おい皆元、胸が痛いのか。なにか当たったとか刺さったとかじゃないんだよな?」
「うん。みっちゃん、アスカちゃんと対戦してたんだけど、ボールやラケットが当たったりはしなかったと思うよ」
「どうしよう。どうしたらいいわけ? こういう場合は、救急車よね。119番で救急車を呼んだらいいわけ?」
「ああ、いま電話を――」少年が荷物の置いてあるベンチの方に走りだそうとするが。
「や、やめて! 大丈夫だから。救急車を呼ぶようなものじゃないから!」
顔が真っ赤な彼女が制止させた。
「ミナ姉ちゃん、ほんとに大丈夫なの?」
「ええ、ルイちゃん。大丈夫だよ……」
彼女は気丈に笑う。それから立ち上がろうとするが、「うっ、うわっ」よろけて胸の下あたりを押さえてしゃがみ込む。
「お、おい……皆元」
「ミナっ」「みっちゃんっ!」
「い、いや、ほんと、大丈夫だから……」
「皆元、動けないようなら俺が運ぶぞ?」
「や、やめて! さわらないで」
「み、皆元?」彼が不安そうに呼びかけた。
「あ、……いやあ、その、あの、正志くんにお姫様抱っこされるのは、なかなか魅力的なシチュだけど、ここにいる女の子たちにヤキモチを焼かれちゃうからね……」
「みっちゃん、そんな冗談を言っている場合じゃないから……」
冗談ではない、とそんな雰囲気の真剣な声音で告げた。
「と、とにかく、とにもかくにも、私は、大丈夫、だから。……あ、でもでも、ちょっと、お手洗いに、行ってくるね。すぐに、なおると思うから……」
「いいや。さすがに一人になるのは、まずいだろ。誰か付いていった方がいい」
「……そうかな」
「うん、そうだよ。うち、付いて行くからね。なにかあったら救急やみんなに連絡するよ」
そして、彼女は友達に付き添われて、胴の辺りを両腕で押さえながら、ゆっくりと歩いていった。
彼が、彼女の背を見送りながら、つぶやいた。
「皆元……あいつ、まさか……」
彼女達が去ってから、ベンチでの話題は彼女の件だった。
「ねえ、ミナって持病とかあるわけ?」
「いや、ボクにきかれても知らないよ……」
少女の問いかけに、少年が答えた。
「ぼくも知らない」
「おれもきいたことない」
「うん。そうだね……」
小学生も答えた。
小柄な少女は、不安そうに訊く。
「ねえねえ、正志はなにか知らない? ミナって病気持ちだったりするわけなの?」
「いいや、そんなことはねーと思うけど……」
「じゃあ、急に胸が痛くなったわけ、かしら?」
「そうなのかも、な……」
彼は確信も持てないままに、いちおう同意する。
小学生組が不安そうに話す。
「皆元姉ちゃん、大丈夫かな……」
「どうしたのかなミナねえ……お腹減っていたのかな」
「そんな感じじゃなかったと思うけれど……」
口調に不安を宿して少女は質問する。
「あたし、ミナとテニスしてて、なんというか、左右に走らせて体力を削らせるようなプレイをしちゃったわけなんだけど……。それが、よくなかったのかな……」
「いやアスカ、おまえ初心者だろ。戦略じゃないだろ。左右に振らせるプレイっつーか、ただ球の方向が定まらなかっただけだろ……」
「でも納得はできるなあ。それで、身体に負担がかかって……ということなのかな。皆元さん体調が悪かったのか。なんか体力ないのは、わかっていたけど」
「じゃ、やっぱあたしのせいで……」
「いいや、アスカのせいじゃねえよ。おそらくそういう理由じゃねえよ。皆元は、今までだって普通にテニスやっていたんだ。それに、どうしてもしんどかったら、体調が悪いなら、皆元もあらかじめ話すはずだろ。だから大丈夫だ」
「正志……大丈夫って、そうなのかもしれないけれど、でもわからないわけでしょ?」
「まあ、核心ねえけど……」
「やっぱりそういうわけなんじゃないの! 不確かなことで、大丈夫とか言わないでよ!」
「……」彼は黙った。
「落ち着きなよ。――ねえ、アスカちゃんも正志も。ミナモトさん自身が大丈夫って言っていたし、なにかあったら鷲尾さんが連絡くれるということになっているんだから、何も連絡がないということは、大事じゃなかったってことだと思うよ」
「そういうわけかしら……」
「ああ。そうだな。ここでアスカが不安がっても仕方ねえだろ。ふつうにしてろよ。……きっと、何でもねえと思うぜ」
「とりあえず、ボクらの番だし、コートで対戦しようよ。正志」
「ああ、そーだな」
少年はテニスコートに向かった。
テニスコートで少年たちの対戦が終わった。
「よわっ!」少年の驚きの声。
「うるせえ」彼のにべもない一言。
「ストレート勝ちじゃん、ボクの。はじめてだよ。てかさ、こんなに早く試合が終わるなんて思わなかったよ」
「……」
「スポーツって、やっぱりメンタルに左右されるモノなんだなぁ」
「はあ? なに言ってんだエビヤ。べつに俺、なんの問題もねえし。なんの動揺もしてねえし。あー、メンタルとかなんの話しだか。いやーまったく俺、超とても普通だしー」
「あからさま過ぎるよ、コレ……」
「あからさまって、なんのことだ」
「集中を乱しすぎだって。平常心はどこに行ったのさ」
「いややい、ホトンなんのとこだか」
「いやいや、ホントなんのことだか、と言いたかったんだよね? 正しくはさ。動揺を隠しきれてないから……はあ」
少年が溜息をついた。
「おいおい溜息つくなよ。幸せが逃げるらしいぞ」
「まさかキミにいわれるとは思わなかった!」
めずらしくツッコミに回る天然少年。
どストレートにそのまま言った。
「そんなに気になるなら、正志もトイレに行ってきたらいいじゃないか……」
「は? べつに俺、皆元のことなんて、気にしてねえし」
「ボク、べつにミナモトさんのことを言ったわけじゃないよ。対戦中の集中不足は、尿意や便意を催しているからなのかと。だからトイレに行けばいいと話しただけだよ」
「…………ちっ、うそつけ」
「はいはい。ま、そうだけど。本当はわかってるから。正志がミナモトさんを心配してることくらい」
「別に心配なんてしてねえよ。アレは、たぶん大丈夫だ。問題ねえよ」
「でも、気になるんだろ?」
「…………」
「みんなの前では動揺しちゃいけないって気を張っていたんだろ?」
「…………そんなことはねえよ」
「あー、はいはい。でも、早く調子を取り戻してくれよ。あっけない対戦は、つまらないし楽しくないし燃えないし、練習にもならないし。いいことないからね」
「ああ」
「あ、でも、このまま正志が調子を取り戻さない方が、勝利数を伸ばせるから、その方がいいのか? あ、ちゃんと今日の試合も対戦数にカウントしていいよね。通算戦績は三十一勝三十敗だな。よぉし、ボクの勝ち越しだな」
「……1回分、不正カウントしてんぞ。おい」
「あ、バレたか」
「はあ」
彼があきれ顔で溜息をついた。
「…………ところでエビヤ」
「ん? なに」
「おまえ、皆元の病気について、なにか気づいたりしてねえよな?」
「え? うん。まったく。なんのこと」
「いや、それならいい」
「なんなんだよ。ミナモトさんの病気って――ふところを押さえていて、外傷はないから……肺か、もしくは、心臓? その辺のことだと思うけれど」
「気付いてないならそれでいいんだよ! 本人も、大丈夫つってただろ」
「え、なんだよ。気になるなぁ」
「気にしなくていいんだよ! 忘れろ。聞いた俺がバカだった……」
「ふむ。……ま、わかったよ。でも、なんかこー、大変なことならボクにも相談しなよ。力になれるかわからないけれど、力になりたいとは思ってるから、さ」
そう言って少年は友人に自然に笑いかけた。
――こいつが、気付いていなくてよかった。本当に。
彼は、そう思いながら返事した、
彼らがコートでそんな会話をしていたころ。
彼女達がベンチに戻ってきた。
「やあやあ、あっはっは。ただただいまいま。帰還したよ。ご心配おかけしましたぁ」
飄々と笑いながら戻ってきた。
「……ふう。ただいま。荷物番ありがとう」
もう一人の少女は、疲れた顔をしていた。
そんな二人に小学生が、寄ってゆく。
「皆元姉ちゃん鷲尾姉ちゃん、おかえり!」
「あっ、戻ったんだね。ネネねえミナねえ」
「ミナ姉ちゃん、体調はもう大丈夫なの?」
彼女は笑顔で答え返す。
「ええ、もちのもち。もーだいじょーぶ! 心配いりません」
「そっか。よかった」
「いやあ、心配掛けてごめんねルイちゃん。――んじゃあ、アスカ。対戦の続きをしましょうか?」
「いや、ミナ……今日は、もうやめておいた方がいいと思うわけなんだけど……」
「え、そうかな……? もう平気だと思うけど」
「それから、コレ飲んでおきなさい」
小柄な少女は彼女に青いラベルのスポーツドリンクを渡した。
彼女はそれを受け取って、
「ん? これ、フタが……もう解栓されてるみたいだけど? ちょっと減ってるし……。まあ、いっか。――ゴクゴク」飲む。なんか塩気が多い。
「ふたが開いているのは、それ、あたしが正志からブン取ったモノなわけで――」
「ごはっ!」
むせた。
彼女の横にいる友達が彼女の背を擦りながら、あわてて聞いた。
「み、みっちゃん、大丈夫? ――でも、えっ! じゃあ、それは、正志君のなんじゃ」
「ええ、そーね。でも大丈夫。先週のいろいろで、あたしがアイツから貰ったものなわけ。先週1杯おごるって約束してたんだけど、それ忘れてたから、その代わり。問題なし」
「いや、アスカちゃん、そういう問題じゃなくて……その、間接キスに……」
「ああ、問題ないわけ。貰ったのは新品。――それ開けたの、あたし」
「どういうこと? アスカちゃん」
「生理食塩水っていうの? 経口補水液? ちょっとだけお塩を入れてみてるわけ。熱中症対策になるっていうヤツ」
「ごほ、けほけほ。――……ああ、なるほどね……ごくごく」
彼女は納得して飲んだ。
「ええ、塩分補給しておきなさい。あたしと試合して死なれたら、後味が悪いにも程があるってわけよ。元気になりなさい。――再戦は、また今度でも、できるんだから」
「……うん」
彼女はどこか、申し訳なさそうだった。
「……」
小柄な少女はその表情の陰りに、気がついた。
その理由については、わからなかったが。
試合を終えた少年たちは、コートからベンチに戻っているところだった。
「あ、皆元さんたち、戻ってきてる。よかったね」
「……あー、そうだな」
「なんか、ぎこちないけど? どうかした、正志」
「べつに、なんでもねえよ」
「ま、とにかく無事でよかった。って、ん? なんで、こっちに――」
小柄な少女が、ずんずんずん、と効果音が聞こえそうな勢いで進行していた。
そして、目の前まで来て、言った。
「ちょっと正志、来なさいよ」
「ん? なんだアスカ」
「アンタに話があるわけ。――あ、そっちのアンタ。お呼びじゃないから、聞かないように」
「え、ボクには聞くなって? なんだよ……」
「そういう話題なわけ。だからどっかに行ってなさい。小学生たちが体力つけるんだって、砂利道にジョギングに行ったから、いっしょにいってくれば?」
上から目線の少女の言葉に、少年は渋々と従った。
少女は彼を高架下の方に連れていった。
橋の下。一人ぼっちだった少女が、壁打ちをしていたところだ。
ここなら話は聞かれない。
彼が口火を切った。
「で、話ってなんだよ。アスカ」
「わかってるでしょ。ミナのこと」
「ん。ああ。――んで、それがなんだよ」
「あんまり、とぼけるんじゃないわよ?」
「は?」
「あんた、ミナがなんかおかしい理由、わかっているわけでしょ?」
「…………いや、そんなこと、ねえよ?」
「なによ、今の間は」
「…………」彼、応えず。
「……ホントに知らないわけ?」
「……ああ、そう言っただろ」
「そう……」
「……知っていたらなんだっていうんだよ」
「心配してんのよ。あたしは。当り前でしょ。――だから理由を知って安心したいわけよ。ミナは平気で無事で、何ともなく、今後も元気で過ごしていけるって……」
「……それは、そうか」
彼は眼をそらした。
考えを言うのは、気がとがめる。
だから、彼は何も言わなかった。
「……なんなのかしらね、いったいどこがいいわけかしら、この男の。……はあ」
「おいおい溜息つくなよ。幸せが逃げるらしいぞ?」
「まさかあんたに言われるとは思わなかった!」
ツッコミを放つツンケン少女。
どストレートにそのまま言った。
「てか、あんた、ミナのこと、好きなわけでしょ?」
「は? はぁああああ!?」
衝撃発言に、彼から大声でた。
「いやいや隠さなくていいわ。知ってるから。わかってるから。――先週、あんたとミナが、抱きしめ合うとこ見てたわけだし」
「ちょっ、んなバカなっ! 抱きしめ合うって、抱きしめてたのは俺だけのはずで――」
「あ、そなの? ああ、ミナの方は抱きしめ返していなかったわけね。じゃ、あんたの方想いってわけ?」
「いや、ちょっとまて。なんか……展開が急すぎんぞおい」
「もう告ったわけ?」
「いや、だから、そうじゃなくてだな……」
「ていうか、あんた、ミナとのデートをすっぽかして、他の女の子とイチャついていたって聞いていたわけなんだけど。そこんとこ、どーなわけ?」
「はぁ!? いったい、なんの話しだ」
「あ、誤解だった? 違うわけ? 悪かったわね、あんただとばっかり思ってた。でも、そんなわけなら、余裕も猶予ないわよ?」
「余裕と猶予って、なんの話しだっつーの!?」
「煮え切らないわねぇ。シャンとしなさいよ。ミナの周りには、いい男がいるわけだから早くしないと、取られちゃうわよ?」
……まあ、いい男が誰とは、言わないけど……、と。
少女が照れたように言葉を付け足した。
「イラッとした。なんかわかんねえけど!」
彼にはその男が誰なのか、さっぱり見当がつかずわからなかったが、なにかとにかくムカついた。
「とにかく、あんたはミナと話すべきなわけよ!」
「だから、なんで――」
「ミナは胸が痛くて苦しんでるわけよ? なにかあるなら話し合いなさいよ!」
「だから、本人が大丈夫だっつってるんだから、話すことなんて――」
「ミナが死んだらどうすんのよ!」
「死ぬわけねえだろ!」
「そんなのわからないわけでしょ! 絶対に大丈夫って言えるわけ?」
「絶対じゃ……ねえけど」
「それに気になるわけでしょうが。心配なわけでしょうが。話をしろって言ってるわけ!」
「ヒトの話も聞け! だから――」
「あんた心配じゃないわけ?!」
「心配じゃねえわけねえだろ!」
「あんたちゃんと原因を知りたくないわけ?」
「知りたくねえわけねえだろ!」
「あんたミナのこと好きじゃないわけ?!」
「好きじゃねえわけねえだろが?!」
「……」少女、ストップ。
「んだよ、急に黙りやがって。なんか文句あるのかよ」
「……スキって認めたわね?」
思い返す。そう言っていた。
「って、いや、まて、そうじゃなくてだな…………ああ、あー、くそ。……はあ」
彼が痛恨の失言に悶えた後、いつもの溜息をついた。
「オーケーオーケー。わけわかったわ。――あたしがなんとかしてあげる。正志とミナを2人きりで話をさせる。そういう状況をつくってあげるわ」
「いいや、結構なんだが……」
「遠慮しなくていいわけ」
「遠慮ではなく迷惑なんだが……」
「あたしは、あんたのこと弟のように思っているわけよ。姉に遠慮することはないわ」
「とんでもないことを言われた件なんだが!? いやいやおいおいアスカが姉つーのは無理がありすぎんじゃ――」
「あ?」少女がすごんだ。
「い、いや、なんでもねえ、よ……?」
一言に込められた圧。怖かったので同意した。
ベンチに全員が集まっているところで、少女が言った。
「ワシオ、あたしと勝負しなさいよ。えーっと、エビヤ、アンタ審判ね。――小学生も見ててよ。こいつだけだと、誤審しそうなわけだし」
そう言って、全員をテニスコートに集めることにしたらしい。
「え、うち? 試合? いいけれど……」
「審判ならボク1人でいいと思うけど?」
「エビヤ兄ちゃんなら、大丈夫だよ」
「うん。エビにいなら審判は完璧だ」
「副審に入る必要はなさそうだけど」
「あ、私が審判してあげようか?」
「いやミナが来たらダメなわけだから! いいからエビヤ、アンタ審判しなさいよ!」
無茶難題で前途多難だった。
「はあ」あきれた彼のため息である。
「いやとにかく審判しなさいよ。経験者なんでしょ」
空回りする少女。
だがそこで天然少年は、少女の考えに気がついた。
――あのふたり、二人きりにさせようってことか?
乗った。
「あ、でもボク、トイレに行きたかったんだった。ケンとトラも行っておいた方がいいんじゃないかな?」
「そっか、じゃあぼくも行こーっと。トラみたいに漏らしたらいけないし」
「なに言ってんだよケン。おれ、漏らしたことなんてないし」
「えー。じゃ、赤ちゃんのときも?」
「ええっ! それは、あ、漏らしたことあったわ」
小学生による小学生の会話だった。
「オーケー。じゃ、ボクらはトイレに行くから。アスカちゃん対ワシオさんの試合の審判はルイがやってあげてよ」
「うん、わかった。じゃ、審判やる」
「それじゃ、私が副審に――」
「いやミナモトさんは休んでいたほうがいいよ。今日はベンチで休憩で。――ルイなら大丈夫。結構テニスやってるし、誤審の心配も少ないし、一人での審判も経験ってことで」
「そお? それじゃあルイちゃん。審判よろしくね」
「おっけー」笑ってグッドのサインを返した。
「じゃ、正志。荷物番。よろしく」
「お、おう」
うまいこと全員をバラけさ、彼と彼女を二人きりにした。
少女よりも的確に事を進めた。
「……」
「それじゃ、ボクらはトイレにいってくるね。――――いて」
ゲシっ、と。なんかムカついた少女が、少年に軽い蹴りをいれた。
そんな訳で――少年少女のお節介で――ベンチで二人になった。
彼と彼女は荷物番をして試合が終わるのを待っている。
「ごくごくごく……ぷはーっ。身体にしみるわー」
「ん。それって」
「うん。もとは正志くんのモノだったドリンク。アスカに貰ったんだ。塩が入ってあるんだって。あたしの身体のことを考えて。――いやあ、健気な子だねえ」
「んー」彼は難しい顔をした。
「どうかした?」
「いや、それ、あんま意味ないんじゃねえか?」
「ん? どゆこと」
「スポーツドリンクって、もともと塩分は含まれてるし、身体に吸収されやすいように分量も調整されているもんなんだ」
「ふむふむ」
「で、それにさらに塩入れるってことは、バランスが崩れるし、塩分多過なんじゃねえのか、とそう思うわけだ」
「あー、なるほどー」
「運動中に水分を身体に取り入れやすくするなら、むしろ水ですこし薄めるべきなんだ」
「ほー。そーなんだー」
「塩を入れるっていうのは、ミネラルを補給するっていうひと昔前に流行った熱中症対策だけど、皆元は熱中症じゃねえだろ?」
「そうだね。寒いし。熱中症にはならないよ」
「寒くても熱中症にはなるんだけどな」
「へー。まあ、私はちがうけど」
「ああ、顔色も良くなってるしな。――スポーツドリンクに塩を入れるのは、あんま効果ないし、濃くなった分、身体には吸収されづらくなるんだ。海水を飲むと、塩分で逆にのどが渇くっていうだろ」
「そっか。……ま、でも、こーゆーのは気持ちが大事っていうか、アスカがせっかく作ってくれたんだし、飲むよ。毒じゃあないでしょ?」
「そうか。……だけど皆元、おまえ体調わるいんだろ?」
「ん? ああ、いやいや、もーぜんぜん。へっちゃらちゃら。心配無用だから」
「ん。そーか」
「ええ。そうです、そうなの、そういうわけなの」
何度か頷いた彼女は、そこで彼をからかうためのネタを思いついた。
「――あ、正志くんが飲みたいなら、この飲みかけドリンク、飲んでもいいよ? もともとは正志くんのモノだったみたいだしー」
はいどーぞ、にやにやと笑いながらあと半分も残っていないボトルを差し出した。
ん、と彼はあまりにもふつうに受け取って、ごくごくごく、と飲み干した。
「……ちょ、え」
「んー。やっぱ塩っけが多いぞ。逆にのど渇かないか?」
「……ぁ、はぃ、そぅかも。しれません……」
「てか、皆元、また顔赤くないか? さっきフツーに戻ってただろ?」
「なっなんでもないからっ! てか、なんで正志くん、平気なの」
「はあ? なにいってんだおまえ」
「な、なんでもない」
「は? なんなんだよ、意味がわからん」
面倒そうな彼に、あんまりにも自然に間接チューされて恥ずかしい彼女が平然を装った。
「べつに私、なんの問題もないし。なんの動揺もしてないし。あー、顔なんて赤くないし。いやーまったく私、超とても普通だしー」
「なんだこのあからさまな感じは……いや、顔はいくらか赤いんだが……」
「大丈夫だから。顔が赤いのはちょっと暑いからです!」
「さっき寒いって言っていなかったか?」
「とにもかくにも、私は、もう、大丈夫! 体調は元に戻りましたのでご心配には及びません」
「でもやっぱすこし顔が赤い気がすんな。本当に大丈夫なんだよな? お茶ならあるけど飲むか?」
彼が水筒を差し出した。
「おいやめろ。私に正志くんの水筒を提供しようとするな。照れるでしょ!」
「照れる? なんでだよ」
「間接キスでしょうが!」
恥じらう彼女がもうそのまま言った。
「でも皆元、夏にふつうに飲んでいただろ? 気にしないタイプなのかと思ってた」
「あの時は気づかなかっただけですぅ。ちょっと鈍感だっただけですぅ。あとで気がついて悶え苦しんだんですぅ。――そのあたりの乙女心を分かれ!」
「はあ。」彼溜息。「そーかよ」
彼は、先の水筒を開けた。
コップタイプの上部に湯気を出しながら注ぐ。――こぽこぽこぽこぽ。
「あ、それ、もしかしてあったかいお茶?」
「ん? ああ、そうだけど」
「……やっぱり、お茶、もらってもいい? ちょっと寒いし……」
「ああ、いいぞ。――ほら」
彼はいま注いだお茶を差し出した。
「え? 正志くんが飲んでからでいいよ。急いで飲みたいわけじゃないし」
「俺もべつに大して飲みたかったわけでもねえし、やるよ」
「え、でもでも……」
「それに皆元は間接接触とか気にするタイプなんだろ? ついさっき言っていただろ。まだ飲んでねえし。ちょうど良かった」
「……………………いや、半分、それが目的だったわけなんだけど……」
ぼそぼそ、と小声でぐちったので、彼には聞こえていなかった。
「ん。どうした? なぜにらむ?」
「いいえいいいえ。なんでもないですよーだ」
気を取り直した彼女は、コップを受け取って口元に運ぶ。
「あっつう……熱いなぁ。めっちゃ保温いい水筒だねえ。ふー、ふー、――ごく。あっつ。ふーっふーっ!」
「おい皆元、大丈夫か?」
「ごくごく。……ええ、うん。おいしい。おもいっきり息吹きかけたら飲めるくらいに冷めたよ。だいじょぶ」
「あ、いや、そうじゃ……いや。ああ、そうか。ならいい」
「そいえば、あのさあのさ、アスカとエビヤくん、もうちょっと仲良くやれないものなのかなぁ? 仲悪いよねえ。なんであんなにギスギスしてるんだろうね。さっきなんて蹴りいれてたし」
「まあ人間だからな。相性の合う合わないがあるだろ。無理に仲良くする必要もねえよ」
「でもでも、今後もここでテニスするなら、もっとお互い思いあってないと。ああ、ケンカばっかりじゃーさあ……」
「気ぃつかう必要はねえよ。アレが、あいつらのスタンスなんだろ?」
「いやいや、それ、問題の放棄だよ。私と正志くんくらいに仲良くしろ、とは無理だから言わないけれど、もっとこう――」
「ん?」
「ん? どした、正志くん」
「いや、俺と皆元くらい仲良くって。べつに仲良くねえだろ」
「は?」信じられん!、と彼女はそんな顔をしている。「え、正志くん、え、なに言ってんの? 仲良しじゃん。私たち」
「どのへんが?」
「ほらほら、毎週いっしょにテニスしてんじゃん!」
「それなら、毎日いっしょにテニスしている部活やクラブのヤツらは大親友クラスになるが、実際そうでもねえだろ。大抵は部活だけの関係だろ」
「リアルなことを言うな!」
「そういわれてもなぁ。現実見ろよ」
「でもでも、いっしょに出かけたりしたじゃん。私と正志くん。仲良しだよ」
「試合を見に行っただけだろ。それにアレは、皆元が脅迫してきたからだろ」
「……えーっと、そうだったっけ?」
「そうだった。ついこの前のことだろが。覚えとけよ。――それに俺はな、いっしょに話したり、ご飯食べたりしたら、もう仲良しだ、みたいな児童向け理論を大マジで唱えるヤツに、マトモな精神のヤツはいないと思うぞ」
「おっととと、ヤバいわ。精神にザクグサ刺さるわー」
「そんなに簡単に仲良くなれたら、ケンカや戦争も起きねえよ。誰も彼もが仲良しだなんて、夢物語だろ。理想論だろ」
「むー」不満ありげだった。
「だから、アレでいいだろ。べつに問題が起きているわけじゃねえんだから」
「ん? アレ? なんの話し?」
「いや、エビヤとアスカの話しだろ。皆元が始めた話題だろーが」
「いやいや違うよ。今の話題は、私と正志くんは仲良しだぞ、ということだよ!」
「そっちかよ」
「ええ、ええ。時間や話題というモノは移ろい流れてゆくんだよ。今は我々の話題なんだよ」
「どうでもよくないか?」
「どうでもよくなんかないよ! とにかく、私と正志くん、仲良しだから。絶対」
「いや、ただの他人だろ」
「………………………………………………」
「どした、急に黙って――」
彼が彼女を見ると、その顔に悲痛の色が見えた。
が、すぐに彼女は切り替えた。
「あ、ごめん。ちょっと、その、ショック受けてた」
「は?」
「いやその、なんというか、やはり、あのですね、――正志くんは、真斗くんと、同じ声で、同じ顔なわけですよ。だからなんというか、彼から、『お前とは他人だ』って、言われた気がしてですね……」
彼は複雑な表情だった。
「いや、おまえ、どんだけノロケてんだよ……」
「え、……でへへ。まあねえ」
無邪気な笑顔に、まだ痛みが残っている気がした。
「まあ、なんだその、わるいな。……いや、別に俺、わるくねえけど」
「あはは。なんだそれ」
「……なんでもねえよ」
彼は顔を背けた。
「ははは」彼女は笑みながら話す。「ま、正志くんが私を大切に思ってくれていることは知っているから、別に照れなくてもいいんだぜ?」
「は? なに言ってんだ」
「だってだって、アスカとテニスしてて私が倒れた時、すんごく心配してくれたじゃん。だからだから、キミが私のことを心配してくれているのはわかっているからな!」
「はあ? 心配なんてしてねえし」
「いいやいいや、じさまが深夜に腹を抱えていた時のまめたのように心配してくれたじゃん」
「いやだから、なんでモチモチの木なんだよ。別に俺は心配とかじゃなくてだな」
「心配とかじゃなくて? へー、なんだっていうんだい?」
「ただ……皆元が、その場で――テニスコートで吐瀉するのを配慮したんだよ。そうなったら、その後に影響するだろが。だから、運ぶぞって言ったんだよ!」
「なっ、なんだと。私がリバースする可能性だと……。でもでも最近そういうヒロインいるもんね。もしかして正志くん、その、かけられたいとか、そういう欲望をお持ちで?」
「んなわけねえだろが! コートを汚されたら堪らねえっつー意味だよ!」
「ああ、そっちか。わかってたけど。――まあ、でもでも、心配無用だよ。気持ちが悪いとか、吐き気とか、そういうのは皆無だったから」
「ああ、そうだな。……そーだろうな」
「ん? てことは、正志くんは私のこと、心配じゃなかったってこと?」
「ん。ああ、まあそうだな」彼は澄ましていた。
「いやいやおいおい。冷たいじゃないか?! ちょっとは心配しろ。私が、うずくまって、そして倒れていたんだよ?」
「ああ、まあそうだが……」
「心配しなさいよ!」
「少し前に、全然ヘッチャラで心配無用だって、おまえ、言ってなかったか?」
「そんなことは言っとらん!」
「……はあ」彼は面倒くさそうだった。実際、面倒くさかった。
「あのねえあのねえ、実際のところ、無事だったけれど、ただで済まなかった可能性もあるんだよ。――私が死んでいたら、どーすんのよ」
「…………」彼が黙った。
「ほらほら、私が無事じゃなかったらどうしてたの? おいおい正志くんや」
ほほえみの彼女は試すように問う。
「ねえねえ正志くんは、私が死んだら、どーするの?」
「…………」答えはない。
「なあなあ、なにか答えてよー。あくまで仮定の話しだけど、もしも私が――」
彼女が彼を見ると、その顔は苦痛で歪んでいた。
それで彼女は思い至った。
「あ、……」
――近しい人物の死。
彼の悔恨と絶望の意味を、もう知っていた。
彼女はそれが悪魔的な発言だったと自覚した。
「……あの、その……」
「……いうな……」
「え?」
「だから、そういうこと、もう言うな。縁起でもねえ」
「あ、うん。そうだね。ごめん」
「…………」彼はムスッとして黙った。
「…………」彼女も言葉を発せない。
沈黙が痛かった。
それでも、彼に伝えたかった言葉があったので、彼女は口を開いた。
「……あのね。それから、……ありがと」
「は? いきなりなに言ってんだ?」
「私が無事で済まなかったら、って話をして、辛そうな顔してくれたでしょ?」
「…………」
「もうさ、それで、それだけで答えだから……。そんなにも私のことが大切だったということだもんね。……それが、嬉しかったし……。だから、ありがと」
「……はあ」彼が巨大な溜息をもらした。「おまえ、そういうこと言って、恥ずくないのか?」
「はい。だいぶ恥ずかしいです、はい。でも、伝えたかったので、話しました、はい」
「はあ。そーかよ」そっぽを向いたまま顔の赤い彼が適当な相槌をした。
「うんうん。もーこれ以上恥ずかしいことなんてないね。ちょー熱い。火が出せそう。うん。今、私の心臓が、凄まじいビートを刻んでいるよ」
真っ赤な彼女が胸に手を当てた。
――あー、もー、じゃあ、もういいか? 告げてしまっても……
彼は、そんなことを思っていた。
「なあ、皆元」
「ん? なんだい正志くん」
「おまえ、胸のあたりが痛かったんだよな?」
「え、あ、うん。まあそんなかんじ」
「それなのに、ちょっと、おかしいよな」
「ん? な、なにが、かな?」
彼女がすこし動揺していた。
「まず、ボールやラケットが当たったとか、外的要因のケガじゃないんだよな。打撲や擦過傷ではない。アスカも、そういうことはなかったと話していたしな」
「えーっと、うん。そうだね。なにかがぶつかったとかじゃないよ」
「ああ、そうか。――ならば、内蔵の不調ってことだろうけど、それ、変だよな?」
「え、あのその、ど、どこが?」
彼女はすこし焦っている。
「まず胸周りの臓器で一番に名前が上がるのは心臓だけど、これは問題ないよな。ついさっき、心拍数を上げても、問題なかったんだから。しかも自分からな」
「え、ああ、さっきの話の件だね。このハートが凄まじいビートを刻んだという。――そうだね。心臓の病気じゃないよ」
「ああ、そーだろうな。――じゃあ、他の臓器。胸のあたりで他にメジャーなのは肺とか、呼吸器だろうな」
「えっと、そうだね。――あ、うん。もしかして、そのあたりが痛かったのかも――」
「だが、皆元、おまえ水筒の熱いお茶を渡した時、めちゃくちゃ息吹きかけてたよな? 思い切り息を吸って吐いていたし。呼吸器に異常があったら、あんなことできねえだろ」
「あ。」
「おまえが倒れた時、ずいぶんと息切れしていたが、まあそれはいつものことだしな。毎回毎回、スタミナ不足でへばってるし。前回のダブルス大会のときも、息切れしていたしな」
「そ、そうですね。まあうん、私自身も体力ないのは自覚してるよ」
「ああ。だから、肺などの呼吸器に問題があるわけじゃない、と」
「ええ、まあ」
彼女はあいまいに答えた。
「そうなると、他の臓器、消化器系――ならば胃や腸だが、胸のあたりなら胃くらいしかありえない」
「えっと、そうだね。理科の授業でやったね。――なるほど。ということは、私は胃が痛かったのか。なにか悪いものでも食べ――」
「いや、皆元、気持ちが悪いとか吐き気とか、そういうのは皆無だったと言っていただろ。ふつう、胃に問題があって、食べたモンが悪かったなら、吐き気がするはず」
「いや、でも、悪いものは消化されて、もう胃から腸のほうに流れてしまったとか――」
「腸までいったら、痛むのは『腹』だろうが。皆元が痛いと言ったのは『胸』だろ」
「え、あ、そうですね……」
「つまり、胃にも、問題があったわけじゃないということ。――ああ。でも、思い出してみると、もしかしたら、そういうことだったのかもな」
「え、どういうことでしょうか?」
「皆元がトイレに向かった時、『胸』じゃなくて『胴』――腹のあたりを押さえていたよな気がしたんだが?」
「ああ、うんうん。そうだったかも。痛かったのは、胸じゃなくて、お腹だっただのかも。あの時はとっさで、胸って言っちゃったのかもしれないね」
「だけど、それも、なんかおかしい気がすんだよなー」
彼はわざとらしく言った。
「えっと、あの、……おかしいとは、なんのことでございましょうか?」
「いや、な。皆元がうずくまっていた時は、あの時は間違いなく胸部を手で押さえていたような気がしたんだよ。いや一度、立ち上がろうとした時は、胸部と胴部の中間あたりを押さえていたような気がするけど」
「えー、……そうだっけ」
「そして、トイレに向かった時は胴部。異常な個所が、どんどん下におりている。いやいや、でもそんな一瞬で胃から腸まで、食べものが消化して移動するなんてできねえはずなのになあ?」
「あはは……うん。そーだね。私、そんなビックリ人間じゃないよ」
「ああ、そうだな。でも、おかしいな。なあ?」
「…………あの、正志くん。なにか、言いたいことがあるますのでしょうか?」
「ん? いいや。ただおかしいと思っているだけだけど?」
「ふ、ふーん」
彼女は明らかに、どこか不自然だった。
追い詰められているように。
「それから、話が変わるけど」
「あ、うん。うんうん! ナニかなナニかな?」
彼女が、どこか期待した返事をした。
「モチモチの木」
「え?」
「あれ、やっぱり、どこの小学校でもやるモンなんだな」
「あ、そういうことだね。私と正志くん、小学校違うもんね。――そうだね。小学校3年生の国語の授業でやるんじゃないかな。多くの学校では。この間ケンちゃんが、朗読したと言っていたよ」
「ああ。それなら、ネタバレの心配はないな」
「うん大丈夫。既読だよ。まあ、もともと絵本だし、教科書に載ってるし、ネタバレしても構わないけれど」
「それで、アレに登場するじーさんなんだけど」
「うんうん。じさま、だね!」
「あのヒト、『仮病』だったんじゃないか、という説があるらしいな」
一瞬、彼女がビクッと反応した。が、それだけだった。
「…………そなの?」
「ああ、孫に勇気を出させるために、あえて病気のフリをしたんじゃないか、ってな」
「……ふ、ふーん。そうなんダー」
「まあ、俺はこの説には、否定的なんだけどな。ふもとの医者を巻き込んでいるわけだし、あのじーさんも、他人に迷惑をかけるような行為はしないだろう、と思うんだよ」
「あ、ああー。なるほどネー」
「ああ、だから、まあ、それだけの話なんだけどな」
「な、なるほどネー。――あっ! もしかして正志くん。私のことも仮病だと思ってるの? いやいや、そんなバカな。理由がないよ。アスカとの対戦で、なにか賭けをしている事もないし、絶対に勝たなきゃいけないこともなかったから、病気を理由に試合をウヤムヤにしようなんて、そんなことはありえないよっ」
「……妙に口数が多いな……」
「……はあ」
めずらしい彼女のため息。そしてすこし、悩むような間。
「……いや、いいや。もういいよ。認めるよ」
「ん。なにがだ?」
「だから、私の『仮病』のこと」
「ああ、なるほど」
「アスカとの試合に負けたくなかったので、胸が痛いフリをして、試合をウヤムヤにしました。ごめんなさい」
「ん。ああ、なるほど。そういうことか。やっぱり仮病だったか……」
「はい。そうです。ごめんなさい。――初心者のアスカに負けるのは、私のプライドにかけて許せなかったので、胸が痛いフリをして試合を中断しました。すみませんでした」
「ああ、べつに、俺はなんの迷惑も被っていないから、かまわねえよ。関係ないし」
「はい、どうも。――あの、ところで、ですね?」
「ん?」
「正志くん、いつから私が仮病だって、気づいていたの?」
「ほぼほぼ、はじめっからだけど?」
「はは…………そ、そうっすか」
彼女が苦笑いした。
「ま、でも、本当になんの病気でもねえなら、安心だな」
「は、はい。すみません……。あとそれから、ちゃんと寧々香には、本当のことを話してありますので……。いまは反省しております」
「ああ、反省しているなら、それでいいんじゃねえか?」
「はい。ごめんなさい」
「まあ、俺はいいんだけど、アスカには、ちゃんと鷲尾と同じようにホントのこと話せよ? あいつ、本気で心配してたんだからな」
「はい。わかりました」
「ああ、ちゃんとアスカには『本当の理由』を話せよ」
「え……? なんで、二回も言ったの……?」
彼が気になる単語を連続で放ったので反応した。
「……ま、まさかっ!」
「ん? どうした、皆元?」
なわなわと、身を震わせる彼女。
彼女は彼の方に乗り出した。
「まさか、正志くん! ほんとは私の胸パッドがズレ落ちたことに気がつい――」
そこまで言った彼女が、止まった。
「………………いいえ。なんでもありません」
「お、おう。そうか……」
真実は、闇の中に消えた。
一応は。
どうやらコートでの試合が終わったようだ。
そして、少年たちがトイレから戻ってきているのが見える。
「でも、小学生どもには、なんて説明するかなぁ……。皆元が試合に負けたくなくて、仮病を使ったという理由を話したら、なんというか、良くねえよな……」
「うんうん。そーだね。私の威厳が雲散霧消してしまうよ」
「もともと威厳なんてねえけどな……」
「でもでも、大丈夫。その件については、私、考えてあるから!」
「は?」
彼は困惑した。
彼女が小学生に語り聞かせていた。
「しかし、その龍の心臓から、封印された悪魔が出現したの。その名も、ナベリウス。そして、戦いで疲労した私の心臓にとり憑いた。そして、この世界に戻ってきても、私の心臓には、まだ悪魔ナベリウスが封印されているの」
「うわーっ! なんてこった」
「せっかく世界を救ったのに……」
「…………」(真剣)
小学生は必死に聞いていた。
「でも大丈夫。普段は私の魔力で抑え込んでいるから。悪魔が出てくることはないよ。でもでも時々、私の身体を出ようと――封印を解こうと、悪魔が暴走することがあるの。そして、今日、その悪魔がちょっと暴れたの。けれど、心配無用。私の力で再度、封印してやったわ!」
「おおーっ」
「すげーっ」
「…………」(ぱちぱちぱち)(拍手)
小学生が感動した。
彼はうんざりしながら聞いていた。
「…………皆元、いったいどこからそんな異世界冒険モノの知識を――って、ああ。アイツだな……」
あきらかに彼の影響だと思われた。
「なあ、正志」
「ん? どうしたエビヤ」
少年は真剣だった。長い付き合いからそれがわかった。
「ミナモトさんって、異世界勇者だったんだね……すっげえ!」
いや、おまえは信じるなよ! と。
そんなツッコミは飲み込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
お疲れさまでした。
「シンデレラバスト」
そんな言葉があります。
いいえ。今回の件とは、因果関係のない言葉なんですけどね?




