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曇りなき眼の真実を

ー雨里ーー入洲ーー仲花ーー白寅ーー黄林ーー青辰ー


 小柄な少女は、ちょうど駅のホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

(ふう。あったかぁー。……でもせまい)

 帰宅時間となる夕方である。休日でもある程度、電車内は混み合っていた。

(ま、大都会の通勤ラッシュなんかと比べたら、マシなわけだろうけど)

 スマホを消音設定に変更しておく。

 着信があったようだが、今は車内、降りてから掛け直すことにする。



 今日は大変だった。

 買い物を済ませて、ベンチで休憩しようと腰掛けた。

 ――そのとき妙な視線を感じたのだ。

(もしかしてストーカー!?)

 休憩を取止め、早足に駅へ向かった。

 しかし、気のせいかも、とも思う。ごく最近、ストーカーを題材にした文庫本を読了したばかりだ。その内容に影響されている可能性もないわけではない。



 乗り込んだ普通列車のドアが閉まる。

 この白寅(しらとら)駅から2駅で、自宅最寄りの青辰(あおたつ)駅だ。

 少女は手に持つ袋を確認。

(うん。明日のために買足したボールも、マンガもちゃんとあるわね。あと15分で到着できる――ん。あれって……)

 顔を上げた少女は見た。

 

 人の多い同じ車両内。ロングシート――座席1つむこう側。そこには棒に掴まる女子学生と、スーツ姿でコートを手に持つ眼鏡の中年男性。

 なにかおかしい。

 電車内の込み具合しにしては、妙に距離が近い。人はたしかに多いが、もっと空きスペースはあるのに。

(男のほう、もうすこし詰めて、よけてあげなさいよね。女のほうが可哀そう。あれじゃまるで……――まさかっ)

 少女の目付きが鋭くなる。

「ふうー」息を吐き出して、冷静になることを心がける。

 女子学生の方を見る。うつむいて、下を向いて、なにかを堪えるようなそんな表情をしている。肩までのセミロングの髪の毛で、あたりからその顔色は見えづらい。

 だが身長の低い少女から、その顔はよく見えた。

 そして、その状況も。

 ――決まりだ!


 電車が動き出す。

 少女は、その二人に近付いてゆく。

 あとのことを考える。

(逃げられたり、言い訳されたりしたら、最悪なわけだし……)

 少女は先ほどポケットに入れたスマホを取り出してカメラアプリを起動させる。

 男と女子学生の方にカメラレンズを向けて。

 その時、電車が揺れた。

「あ、」カメラがぶれる。

 ――かしゃーん。

 そんな間の抜けた音が車内に響いた。

「なっ!」

「え……」

 男がスマホを向ける少女に目を向ける。少女はもう一度、画面をタップした。

 かしゃーん。もう一度撮影。

 そして、女子学生を助けるために、少女は大きい声を出した。


「この人! チカンです!」




 次の駅に着くまでの数分間、少女はとても居心地が悪かった。

 例の女子学生と眼鏡の中年男性、そして少女は、車内で衆目監視の状況だった。

 針のむしろだ。

 だがこれで女子学生が中年男性から痴漢行為をされることはない。これでよかったのだ。

 そんな中、少女のスマホが震えた。友達から――彼女からのメッセージのようだ。表示された序文のみを見る。


 ミナ

《 ちょっとストップ! まって 》


(え。いや、なんで今? そんなメッセージか来るの?)

 そんな疑問を抱く。

 そんな中、例の中年男性が少女をにらみながら、小声で愚痴った。

「私は、やっていないからな……」

 恨みのこもった声だった。

(いや、やったでしょ。しっかり見ているわけだから。もう無理なわけだから)




 件の女子学生とスーツの男性、そして少女は次の駅で下車した。

 黄林(きばやし)駅。車外は人もまばらで、とても寒かった。下車してベンチに腰掛けた少年。白い息を吐きながらスマホをいじるご婦人。旅行用のトランクを携える男性。

 少女は駅舎に行って、駅員を呼んだ。

「すみません。チカンが出たので助けてください!」

 その呼びかけで職員の一人がホームに出てきた。

 ホームには、女子学生と中年男性が下車したままの状態で待っていた。

 女子学生の方は、うつむき泣き出しそうな顔で。

 中年男性の方は、不満のある様なムッとした顔で。

 駅員が言った。

「ひとまず寒いですし、お話しは中で聞きますので、駅舎の方に」

 事件の当事者、3名は建物の中に移動した。



 暖房のきいた待合室に入った。

 駅員が訊ねる。

「状況を聞かせてくれますか?」

「はい。あたしが前の駅で電車に乗って、あたりを見たら、どうやら彼女がチカンされているようだったので声を上げました」

 少女は女子学生の方を見る。

「そうなんですか?」駅員が訊く。

「……はい」

 女子学生は震える声で返答した。

「4つ前の駅……雨里(あまさと)駅のあたりから、後ろに立たれて……手の甲で……スカートを触られて、車内が混んでいるから、偶然かと思ったんですけど……だんだん、その……手の当たりが強くなってきて……」

「なるほど」駅員が納得した。「では、警察を呼びますので、改めて状況を説明してもらって――」

「まってくれ。私はやっていないぞ」

 白く曇った眼鏡を拭いて掛け直した中年男性が言った。

「は?」少女は困惑した。


「私が乗車したのは、ひとつ前の駅――白寅駅だぞ。彼女の言った4つ前の駅からというのはありえない。だから私ではない」


「そんなことあるわけ……あたしが乗ったときには、もう――」

「だから彼女は、別の誰かと勘違いして私をチカンだと言ったんだ。ちょっとまってくれ」

 中年男性はコートを脇に挟み、肩から提げている鞄をあけて、カードケースを取り出した。

そして――

「これが私の乗車券だ」

 3センチの切符を見せた。

【 白寅 ―― 160円 】

 しっかり穴も空いていた。

「えっ……うそでしょ……」

 少女の心が、絶望で揺らいだ。




 少女が思い出した。

「あ、写真……。あたし、写真も撮ったんです。ちょっと揺れて、ブレちゃったかもしれないけど……」

 少女がスマホを操作する。写真のフォルダを開く。

 だが――

 1枚目はブレていて、車内の天井辺りが写っていた。

 2枚目はブレもなく驚いた男の目や窓の外まで綺麗に撮れていたが、もう男の手はスカートから離れていて証拠にはなりそうになかった。

「…………」

「ちょっと、これでは……わからないかな」

 駅員が冷静に判断した。

 中年男性が女子学生に鋭い眼を向けて、愚痴るように話す。

「そもそもだな。私が痴漢をしたと、キミはきちんと見たのか?」

「いえ……その、怖くて、振り向けなくて……ちゃんと顔を確認は……」

「フンっ」男が鼻を鳴らした。「そうだろう。ちゃんと見ていないんだ。たぶん勘違いをしたんだろう。もしくは私に冤罪をなすりつけて、慰謝料をふんだくってやろうという魂胆だったのだろう。その小さい彼女もグルなんじゃないのか?」

「そ、そんなことは……」

 男の追い詰めるような言葉で、女子学生は涙を流し始めた。

「もういいだろう。私はこの後、用事があるんだ。もう行ってもいいだろう」

「いえ、しかし……」駅員がためらうが……

「いいだろう?」男が凄むように乗車券を見せる。「このとおり、私は一つ前の駅から乗ってきたんだぞ。チカンのわけないだろうが!」

 そう怒鳴って、男は歩いて行く。




 少女はさまざまな感情の荒波に翻弄されていた。

(そんな。あたし、ちゃんと見たのに……それなのに、勘違いなわけ? ……なんで。悪いことしたのはあたしなわけ? うそでしょ、うそでしょ……)



「おい。ちょっと待てよ」



「ん? 何だキミは……」

 パスケースをかざして改札機を通ろうとした中年男性を、少年が呼びとめた。

 中年男性は、『彼』に吊りあがった眼を向けて威圧する。

 それでも彼は動じない。

「いやいや、アンタ、チカンしたんだろ。ちゃんと認めて謝った方がいいぜ?」

 少女が彼を見る。

「……え、正志(ただし)?」











 呼び止められた中年男性は、怒鳴る。

「なにを言っているんだキミは! 私はそんなこと――」

 彼が冷静に指差した。

「まず、それだ」

「は? なにをいって……」

 彼は中年男性の持っているパスケースを指差していた。


「なんで乗車券を購入しておいて、ICカードをかざして改札を出ようとしてんだよ?」


 ハッ、と気づいたように中年男性がたじろぐ。

「こ、これは、……普段はICカードを使用しているのだが、今日は気分で乗車券を購入したから、間違えて――」

「はあ」彼が溜息をついた。「気分で乗車券を購入って、そんなやつ、いるわけねえだろ……。それに、さっき乗車券を取り出したばかりだぞ。……まあ、他にも証拠になりそうなことは、たくさんあるし別にいいんだけどさ」

 少女が改札機の方にやってきて彼に聞いた。

「ちょっと、あんた、なんでココに……」

「あ、実は……いや、先にこのオッサンのほうを納得させるから、ちょっと待て」


 駅員と女子学生も改札機の前にやってきた。

 彼が中年男性と向き合う。

「オッサン、あんたコートを手に持って着てないけど、寒くないのか。乗ってきたのは1つ前の駅なんだろ? 1駅だけの移動で防寒着を脱ぐか、フツー」

「関係ないだろう! 私は暑がりなんだ」

「あー、まあ、個人の自由だけども」

「あとなあ、それになんだ。目上の人物に敬語も使えないのか、キミは!」

「ん、尊敬できる人には敬語も使うけれど、敬えないヤツに使うのはちょっと納得できねえよ」

「えっと、キミは……?」駅員が彼に聞いた。

「あ、はい。ひとつ前の白寅駅から電車に乗ってきた者です。そこの子の友達で、チカンを直接見てはいないですけど、騒動を見ていたので力になるかと思って声かけました」

 彼が丁寧に駅員に話した。

 ギロリ、と中年男性が彼をにらんだ。

「そもそも私はだな、ひとつ前の駅で購入した乗車券を持っているんだぞ!」

「それがどうしたんだよ? 乗車券くらい買えばいいだろ。その駅で」

「…………」彼の言葉に男が絶句した。


「あらかじめ買っていた乗車券なんじゃないか? 乗らなくても購入はできるだろ。券売機で。計画的にチカンをするなら、今みたいに言い訳に使えるかもしれないから」


「ば、バカなっ。だいたい、この乗車券には穴だって開いているんだぞ」

「穴くらい自分であけられるだろ。穴開けパンチとかで」

 そこで駅員は気がついた。ありえるかも、と。

「あの、お客様、もう一度、乗車券を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「さっき見せただろうが!」

 男は怒鳴って応じなかった。

 彼が話す。

「それにアンタ、乗車券を取り出すまで、ずいぶん時間がかかったよな。鞄をあけて、カードケースをあけて、その中から乗車券を出した。1駅だけの移動なのに、ずいぶんと乗車券をしまい込んでいた。もしかしたら、他の駅の乗車券も、収納してあるんじゃないか?」

「で、でたらめを言うな、でたらめを!」

 中年男性があわてたように話す。

「そ、そうだ! 決定的なものはないだろう。私は白寅駅から乗ってきたんだ。彼女は4つも前の雨里駅からチカンされていたと言っていたぞ。前から私が電車に乗っていたという証明はできないだろうが!」

「各駅の防犯カメラとか1つ1つ見ていけば、いずれわかるんだろうけどな。――でも、そんなめんどうなことしなくてもアンタが前から電車に乗っていたって証拠はあるぞ?」

「は? なにを……」

 男がひるむ。顔色が悪くなっている。

「アスカさん。写真を撮っていただろ。あれ、見せてくれよ」

「え、でもあれは、ブレて、写っていないわけで……」

「いや、2枚撮ってただろ? 2枚目の方がいい。あれ、証拠になるから」

「は? ――でも、……わかった」少女はスマホを操作して、画像を表示させて彼に渡した。「はい。コレだけど」

「ああ、やっぱそうだな。――駅員さん、これ、見てもらえますか?」

「え、ああ、はい」

 駅員は先ほどと同じ画像を見る。

 男の顔と窓の外まで確認できる画像を。

「それがどうしたと言うんだ。先ほどは証拠にはならないと言われたぞ」

「これは白寅駅を発車したばかりの電車の中のだよな?」

「え、ええ。そうだけど」少女が答えた。

「オッサンは、乗車したばかりだったんだよな?」

「ああ、そうだ。さっきも言っただろう。乗車してすぐだ。カメラのシャッター音がしたから、そちらを向いたんだ」


「じゃ、なんで眼鏡が曇ってねえんだよ?」


「あっ、たしかに……」彼の言葉に駅員が反応した。

「眼鏡が曇っていない。その画像では眼までハッキリ見える。寒い白寅駅のホームから暖かい電車の中に移動したのに。さっきそこのホームから駅舎の中に移動したときは、眼鏡が曇っていたよな。眼鏡を拭いていたもんな。だから、曇り止めが塗ってあるとか、上等な眼鏡だとかそういうわけでもねえんだろ?」

「…………」

 青い顔をしている中年男性は何も言わない。

 そんな男に彼が面倒そうに言う。

「別に俺はアンタをおとしめようとしてんじゃねえんだよ。――ただ、警察に捜査されたら絶対にわかるぞ。罪も重くなるぞ? だから、もう救いようもねえけど、その前に謝罪するのがスジなんじゃねえの?」

「………………………………すみませんでした」

 男が頭を下げた。










 男が謝罪した1時間後。

 ようやく、やってきた警察の事情聴取が終わり、帰宅するため駅舎からホームに出て電車を待っていた。

「うっわー。ながかったわぁ……」

 少女が伸びをして、脱力した。

「ああ、ほんと……まったくだ。ここまで時間かかるとは……」

 いっしょに出てきた彼もまた、ぐったりしていた。

「なんで事情聴取って同じこと何度も聞くわけ? あんなに詳しく書きこむ必要あるわけ? ……まあ、あるんでしょうけれど。きつかったわー」

「まったくだ……」

「ま、でも、あのチカンされた女の子よりはマシなわけだし。……あの人は、もっと時間必要でしょうね。でもま、必要なわけだし。しゃーないわよね」

「たしかに……」


 少女がためらうように話し始めた。

「……実は、あたし、前にもチカンにあったことあるのよね……」

「え、それって、まさか自分自身が――」

「いいえ、そうじゃないわ。その時も、あたしは目撃しただけなんだけど――」

「あー、やっぱりそーか……」

 ゲシッ。低身長の少女が彼にローキックをくらわせた音である。

「いでっ」

「納得してんじゃないわよ!」

「いやいや、一般の人より身長差があるから、背が低い方だから、チカンされ難いんじゃないかと思っただけで……」

「あー、そういう意味なわけね」

「ああ、そういう意味。いったいどういう意味だと思ったんだよ」

「あたしが『ブスだからチカンなんてされるわけねえだろ』みたいな返答があるかと思ったわけだけど」

「んなわけないだろ。それにカワイイじゃん。ふつうに……」

「ちょっ……んなっ、え」

「ん? なに?」

「なんでもないっ!」

 少女はそっぽを向いた。そして、聞こえないほど小さな声でぼそぼそ言う。

「……なんでこいつ、ナチュラルにかわいいとか言ってんの? バグってんの?! だいたい、アンタの方が、カッコよかったじゃあないのよ……」

 自然と出てしまうニヤケ顔を、寒いことを理由に手を顔の前で構えることでごまかした。

 彼は自然体だった。聞いた。

「それで、そのチカンがどうしたって?」

「いや……チカンとは言ったけど、でもチカンとは違うわね。その時は、冤罪だったわけ」

「ん?」眉をひそめた。

「中1の時だけど。今日みたいに休みの日に電車に乗ったときに、チカンが出たって大きな声が近くで聞こえたわけ」

「ふむ」

「んで、泣いている女子と、怒っているその友達、そしてサラリーマンっぽい男がチカンってことで騒ぎになっていたわけ。でも、そのサラリーマンは絶対にやっていないのよ。左手で吊革を掴んで、右手ではスマホをいじっていた。あたし見ていたから」

「……」

「それで、あたし『その人はやっていませんよ』って証明してあげたわけよ」

「……」

「で、あたしの発言とかで無実が証明されて、そのサラリーマンは無事に解放された。――でも、そのチカンされたっていう女子達が、あたしの中学の先輩だったみたいで」

「……ああ、なるほどな」

「……嫌がらせされた。もうネチネチとね。まあ、内容については伏せておくけど、まあ陰湿なわけよ。いま思えば、たぶん、あの騒動も、あのサラリーマンをチカンに仕立て上げてお金をふんだくってやろうっていう狙いがあったと思うのよね」

「……ふむ」

「んで、あたしは転校したわけ。ホントはなんか負けるみたいで嫌だったんだけど、でも穏便に済ませるにはそれが一番だったから。――だから、あたしが電車通学で、朝早く家を出ているっていうのは、それが理由なわけ」

「なるほど」

「後悔はしてない。あの日、あの時、声をあげなかったら、あたしが証明していなかったら、別の誰か無実なのに苦しめられてた。それはダメ。――あたしは正しいことをした。だから後悔はしない。そう思っているんだけど……だけど……」

「間違ってないだろ」

「え」

「だから、アスカさんは正しいことをした。なら、それでいいだろ」

「……はは」

 少女は笑った。

「あはは。そういうわけよね? あたし間違ってないし。これでいいわけよ! 別に後悔とか、欠片もしてないわけだし!」

「はあ」彼は溜息。「アイツとそっくりだな……」

「ん? アイツって誰のこと?」

「いいや、別に……」

 言えば怒りそうなので、彼は言わなかった。




「しかし、悪いわね。なんか、ほんのちょっと、ほんとにちょっっっとだけ心細かったのと、やっと自由になった解放感から、あたしばっかり、いっぱい喋っちゃって……」

「いいや、べつにかまわないよ」

「ところで、あんたさぁ……」

「ん?」

 首を傾げる彼に、少女が訊いた。


「あんた、真斗(まこと)、なわけよね?」


「え、そうだけど」彼は普通に自然に認めた。

「軽っ!」少女が驚いた。「あんた正志じゃなくて、やっぱり真斗なんじゃないのよ!」

「え? アスカさん、もしかして正志だと思ってたの?」

「そりゃ思うわけでしょ! あの口調でしょ。俺とか言っていたわけだし」

「え、でも僕じゃん。今日の午前中に会ったときと、服装変わってないだろ?」

「そんなのわかんないわけでしょ! 普通は。ヒキョーでしょ」

「いや、卑怯とか言われても……」

「いやまあ、ヘンだおかしい、とは思ったわよ? あたしのこと『アスカさん』って呼ぶし。正志はあたしのこと呼び捨てだしね」

「ああ、なるほど。そういえば、皆元さんがそれっぽいこと言っていたなぁ」

「それにさっきの話で、ツッコミがなかったわけだしね。あたし、電車通学であることを正志にしゃべったことないし」

「ふーん」

「てか、なんで正志のフリなんてしてんのよ! 勘違いしちゃうでしょ、紛らわしい!」

「正志のフリしていたわけじゃないよ。ただ事件の時、あのおじさんに、いつもの僕の雰囲気で話しかけても、怒っていたしキレていたし、ナメられるかと思って、ちょっと凄んでみただけだよ」

「あー、なるほど。そういうわけね」

 少女が納得した。

 そして自身の精神を庇うために、言った。

「いやでも、あたし勘違いとかしてないわよ。この状況、ミステリでいえば双子トリックってヤツなわけでしょ? ――そんな使い尽くされたトリック、普通にわかっていたわけだから。あたし、最初からあんたが真斗だってわかっていたわけだから」

「……いや、さっき――」

「さすがにわかるわけよ。真斗と正志の違いくらい。てかトリックって言うのもおこがましいわね。こんなの見抜けない人いるの? 全然違うじゃない、この二人。たしかに似ているけれど、正志の方がちょっと細身な気がするし、これを見分けられないとか、そいつはもうバ――」

「ストップ! まってくれアスカさん。もうそれくらいにしておこう」

 彼が止めた。一人の女子の尊厳を守るために。




「ところで、なんだけど……」

「なにアスカさん」


「……あたし、アンタに、伝えたいことがあってね……」


「ん? なに」

「さっきの話とまったく無関係ってわけじゃないんだけど、まあそれとは関係なくて、……実は、あたしは――」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。

 何か鳴っていた。

「ん?」

「あ、コレ、あたしのスマホだわ」

 そういえば着信がきていた。

 そういえばメッセージもきていた。

 スマホを取り出し、通話を開始する。

「もしもし」

『もしもしもしもし、アスカ?』

「ん? ミナどうしたわけ?」

『よかったよかった。やっと通じたよ。メッセージも既読にならないし心配してたんだよ』

「あ、ごめんごめん。ちょっと事件に巻き込まれてたわけでね。で、どうしたの」

『いやー、私も用事があったわけじゃないんだけど』

「用事があったわけじゃないけど?」


『真斗くんから、「いますぐアスカさんに止まれと伝えてくれ」って連絡されて……』


「へ?」

『それでそれで連絡したんだけど、まったく通じないから……』

「どゆこと?」隣の彼にたずねた。「真斗、アンタなんで?」

「返してもらおうと思ってね。僕がベンチで休憩した際にアスカさんが持っていった、僕のマンガと正志に頼まれたボール。だから、追いかけて声をかけようとしたらトラブってるから――」

「ん? ――はっ! もしかして……」

 少女は、序盤のあれやこれやの理由を悟った。

 それを認めたくない少女の――

「いや、これ間違えたわけじゃないから」

「いや、それ間違えたんだろ?」

 言い訳が始まった。

お読みいただき

ありがとうございます。

お疲れさまです。


え、「路線図は事件と関係ないやないかい」って?

あ、はい。そうですね。

なんとなく雰囲気で。


前から読まれている方なら駅名を見て「へー」と思うかも知れません。「ふーん」と。

それくらいの物です。


いや、そんなに読み込んでいる人いるか……?


ともかくお疲れさまです。

また次回で。

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