タイトル未定
残る半分は空へ逃げた。
黒い月になった。
「ノクスは、お前から生まれたのではない」
若いガルドが言った。
過去のはずなのに、こちらを見ていた。
「だが、お前の中にもいる」
赤子を抱き上げる。
夜凪は途中で折れていた。
刃先をガルドが拾う。
「いつか選ばせろ」
声は、夜凪から出ていた。
「喰らうか。斬るか」
景色が消えた。
最深部に、黒い球が浮いている。
最後の封印だった。
その前にヴィクトルが立っていた。
今度は、一人ではない。
灰の外套を着た者が百人。
胸には月型の穴がある。
「お待ちしていました」
ヴィクトルが両手を広げる。
「さあ、最後の封印を喰らいなさい」
黒い球の中で、巨大な目が開いた。
第十六章 喰らわない刃
百人が同時に動いた。
黒い剣。
黒い槍。
黒い炎。
すべてがレイとセレナへ向かう。
セレナが杖を床へ突いた。
銀の風が渦を巻く。
槍を逸らし、炎を押し返す。
その隙間をレイが走った。
最初の外套を斬る。
中身は空だった。
灰だけが噴き出す。
夜凪が吸い込もうと震えた。
レイは柄を握り締めた。
「食うな」
刀が不満そうに鳴る。
灰を避け、二人目の足を払う。
三人目は鞘で砕く。
百人すべてが、黒い球から伸びる糸で動いていた。
「セレナ。糸を斬れるか」
「見えません」
「俺には聞こえる」
糸には鼓動があった。
黒い球と同じ速さで脈打っている。
レイは目を閉じた。
百の足音。
セレナの呼吸。
遠くで戦う仲間たち。
その下に、細い音が連なっている。
夜凪を抜いた。
黒い線が、何もない空間を走る。
百人の動きが止まった。
外套が一斉に崩れる。
灰は刃に吸われず、床へ落ちた。
ヴィクトルの拍手が響いた。
「ガルドの教えですか」
「森の獣に教わった」
「獣は食うでしょう」
「腹が減っているときだけだ」
レイはヴィクトルへ踏み込んだ。
首を斬る。
また灰になる。
黒い球の前に、別のヴィクトルが現れた。
「私を何度斬っても同じです」
「なら、全部斬る」
二人。
十人。
五十人。
ヴィクトルが増えていく。
レイは斬り続けた。
夜凪は灰を欲しがって震える。
鍔の欠けた部分へ、黒い線が伸びていた。
まだ、満ちてはいない。
セレナの矢が、黒い球へ届いた。
表面で消える。
代わりに、球の中から白い腕が伸びた。
セレナの首を掴む。
その腕は、彼女の母のものだった。
「お母様」
指が緩む。
白い腕がセレナを球へ引き寄せる。
レイは腕を斬った。
セレナが息を呑む。
「違う」
レイは切り口を示した。
白い皮膚の下に、月羽の虫が詰まっていた。
「ええ」
セレナの声が変わった。
迷いが消えた。
杖の銀石が砕ける。
中から細い剣が現れた。
父王が若いころ使った剣。
セレナは白い腕を根元から斬り落とした。
「母の顔を、これ以上使わせません」
銀の炎が切り口から球へ入る。
黒い表面に亀裂が走った。
ヴィクトルたちが叫ぶ。
すべての身体が溶け、ひとつになった。
天井へ届く黒い巨人。
胸の中心に、ヴィクトルの顔がある。
「月器は死を失い、飽喰は死を越える。二つが揃えば、我が王は完全になる!」
巨人の拳が落ちる。
レイは受けた。
足元の骨が砕ける。
腕の骨も折れた。
セレナの風が拳を持ち上げる。
レイは折れた腕で夜凪を振った。
巨人の腹を横に裂く。
傷から、攫われた人々の顔が現れた。
商人。
兵士。
学院の生徒。
生きている者もいた。
「斬れば、中の者も死にます!」
セレナが叫ぶ。
巨人が笑った。
人質を鎧にしている。
レイは刀を下げた。
拳が顔へ入る。
床を転がった。
二撃目が背中を砕く。
セレナが割って入る。
胸を拳が貫いた。
銀色の血が散った。
彼女は拳を身体に残したまま、剣を巨人の腕へ刺した。
「レイ!」
巨人の動きが止まる。
レイは立ち上がった。
傷つけずに、人だけを抜く。
子供に寄生した虫を斬ったときと同じだった。
今度は、千倍大きい。
目を閉じる。
人の鼓動を聞く。
巨人の鼓動を聞く。
違う音が重なる一瞬を待つ。
沈黙。
夜凪を振った。
黒い線が巨人を縦に走った。
肉だけが開いた。
中の人々が銀の風に包まれ、床へ降りる。
セレナが剣を引き抜いた。
胸の傷はもう塞がっていた。
「全員、息があります」
巨人は小さくなっていく。
最後に、ヴィクトルだけが残った。
初めて、恐れた顔をしていた。
「なぜ、喰らわない」
「俺が決めた」
「力は欲しくないのか」
「必要なら得る」
「同じことだ!」
「お前にもらう必要はない」
レイは夜凪の峰で、ヴィクトルの胸を打った。
黒い石が口から飛び出す。
セレナが銀の剣で貫いた。
石が砕けた。
ヴィクトルの身体は灰にならなかった。
ただの人間として、床に倒れた。
息はあった。
「殺さないのですか」
「死ぬより長く、答えさせる」
セレナは頷いた。
黒い球の亀裂が広がった。
中の目が、完全に開く。
笑い声が迷宮を揺らした。
――封印を守ってくれたこと、礼を言おう。
亀裂から黒い指が出る。
――内側から壊す時間ができた。
球が弾けた。
最後の封印は、すでに空だった。
第十七章 黒蝕王
月骸迷宮の上空に、黒い月が昇った。
昼の空が消えた。
海も、船も、人の顔も、すべてが黒い光に照らされた。
月の中心から、巨体が降りてくる。
二本の角。
六枚の翼。
胸には、何もない穴が開いている。
黒蝕王ノクス。
顔はレイに似ていた。
目と口だけが、底のない闇だった。
迷宮の骨が浮き上がり、ノクスの身体へ集まる。
島そのものが鎧になっていく。
外で戦っていた者たちが船へ退いた。
ミラの義手は砕けていた。
ロウの弓は折れている。
ユリウスはエルドを背負っていた。
エルドの白い外套が血に染まっている。
それでも全員、生きていた。
「レイ!」
ロウが叫んだ。
「お前の知り合いか!」
「違う」
ノクスが海へ足を下ろす。
鏡海が黒く濁った。
世界中の黒い月が、水面に映る。
――私は飢えだ。
声が空から降る。
――生あるものが最初に知り、最後まで捨てられぬ願いだ。
ノクスの手が動いた。
ただそれだけで、海が割れた。
船が波へ呑まれる。
セレナが風の壁を作る。
レイは夜凪を抜き、飛んできた骨を斬った。
黒い月弧がノクスの腕へ当たる。
傷ひとつつかない。
――半身よ。戻れ。
ノクスの胸の穴が開く。
レイの身体が引かれた。
夜凪を骨へ突き刺して耐える。
視界に文字が溢れた。
【進化点:8120】
【強制進化を開始】
【月蝕の仔】
【灰喰らい】
【飽餓王】
選んでいない進化が並ぶ。
レイはすべて拒んだ。
【上位権限により拒絶されました】




