第九話 吸血鬼の時間
(世界中の吸血鬼は、この空を自由に飛び回れるのか。)
一瞬だけ、吸血鬼をうらやましく思った。思ってしまった。
「……この空を飛べるなんて、ちょっとだけ吸血鬼がうらやましいよね」
「お前、俺の心が読めるのか?」
「ん……ええ?もしかして、攷晴も同じこと考えてたの?」
「一瞬だけだ。俺は別に、飛ばなくたっていい」
「でも、飛べたらもっと楽しそうじゃない?」
「そのために、誰かを手にかけるのは御免だ」
「……ぶれないね」
「まあ。攷晴はそういう考え方をする人だから」
「どういう考え方だよ……」
俺の考え方は、そんなに読まれやすいのか?
「……ねえ二人とも。今度言おうと思ってたんだけどさ」
「なんだよ」
「みんなで、吸血鬼研究部つくらない?」
「は?」
「この三人で、吸血鬼研究部つくろうよ」
「……部活って作れるのか?」
「5人集まって、顧問が決まれば一応できるはず。前例はないけどね」
「響也くんを引き込むとして……あと一人かあ」
「いや勝手に近藤を引き入れるなよ」
あいつ帰宅部だし、キルシーが誘えば来るだろうけど。
「響也は来るでしょ。小町ちゃんでも誘えば?」
「あいつかぁ……」
「え、小町って誰?」
「一言で表すなら、変人だ。」
傘宮小町。いわゆる、何を考えているのかよくわからないタイプだ。幼馴染ではないが、中学で三年間クラスが同じだったから、割と話せる関係だ。
「あと、基本的に無口だな。」
「でも悪い奴じゃないし、俺に影響を受けたのか、ちょっとだけ吸血鬼に詳しいな」
「へえー!すごい気になってきた!」
「小町……桐乃みたいなやつとは、相性悪そうだけどな」
「私は、そんなことないと思うけど」
小町はマイペースなやつだ。キルシーにかき乱されるのを、よく思わないかもしれない。
「あー早く会いたい!やっぱり転校って、新しい出会いがあるからいいよね。」
「何度か経験あるのか?」
「何回かね」
「でもほんとに、運よくここを見つけられてよかったよ」
「運よく……ね」
京子が意味深につぶやく。その視線は夜空に固定されているが、夜空ではない何かを見ているようだった。
「……そろそろ戻る?」
「そうだな。長居し過ぎると、本当に危ないだろうし」
「そうね。戻りましょう」
俺たちはベンチを離れて、上ってきた坂道を下っていく。
「下りってのは、こんなに楽なんだな。」
「攷晴の成績みたいだねー」
「誰のせいだと思ってんだ」
ふふっと笑うキルシーをにらみつけるが、すぐに目をそらした。
結局のところ、こいつには敵わない。俺は今でも、喉元にナイフを当てられたままだ。
「……吸血鬼は感情に敏感。油断や怠けを感じ取られるわよ」
「……わかった」
京子は右手にナイフを持っていた。鞘に入った状態だったが、それでも『武器』であることを感じさせる。
あんな戦闘用のナイフなんて見たことがなかったし、そもそも京子がうまく扱えるようには思えない。
「京子って、そのナイフ使えるのか?結構コツがいるだろ」
「一年もやれば、基礎的な動きは身に着くわよ」
そう言って、軽くナイフを振って見せる。素人の俺が見ても分かるくらいには、その練習量が伺える。
(きっと、吸血鬼に銀が効くと知ったその時から……)
俺は京子の執念深さに、軽く恐怖を覚える。きっと京子にとって、大友はかけがえのない存在だったんだろう。ナイフを振った京子は、息を全く乱さずにこちらを向いた。
「攷晴も、やる?」
「……検討しておく。そもそも遭遇しないのが一番だ」
「間違いないねー」
正論でしかないそのセリフは、俺にとっては最高峰の皮肉になる。
「遭遇した時のために、護身術はしっかり―――」
後ろから
バサッ
と、翼の音が聞こえた。
俺とキルシーが振り返ると同時に、京子が駆け出す音が響く。
(吸血鬼……!!!)
視界の端から飛び出したナイフは、相手の喉元を正確に捉えたように見えた。だが、後ろに飛んで躱される。
「……夜は、吸血鬼の時間」
「……!」
「そんな時間に出歩いて……人間って自覚はあるのかしらね?」
翼を広げた吸血鬼は、妖艶な微笑みを浮かべて、こちらを見つめた。その瞳は、飢えた獣のように獰猛ではなく、狩人のように鋭くもなかった。
ただただ、食事への期待感に溢れた、柔らかな殺意だった。
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さて、次回はついに戦闘です。楽しみだね。




