邪神
――天使と呼ばれるものが、必ずしも天より降るとは限らない。
それは時に、血の奥深く、あるいは思考の隙間に芽吹く。
最初は違和感程度だ。
胸の内に灯る小さな確信、祈りが届いたという錯覚。
人はそれを“天啓”と呼ぶ。
やがて身体は応える。傷は塞がり、恐怖は薄れ、視界は冴え渡る。
だがそれは癒しではなく、調整だ。内側から何かが、器を整えている。
声はまだない。ただ、選択が少しずつ限定されていく。
避けるはずの道を歩き、疑うべきものを信じ、それでも本人は『自分の意思だ』と思い込む。
気づいた時には、境界は溶けている。
祈りは増え沈黙が恐ろしく、“ソレ”がいない状態を想像できなくなる。
人々はその姿を見て、天使と呼ぶだろう。
清らかで奇跡的で、救済に満ちた存在だと。
だが我らは知っている。
内側が満ちるほど、元の形は薄れていくことを。
――天使とは、降りてくるものではない。
住み着くものだ。
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炎の外套を身に纏い、闘争が始まる。
「今の貴方は、新しい自分になろうとしている...やはり...それでこそ...探索者だ」
返事は無い。鉛玉で返答された。
生存欲《本能》、好奇心《愚かさ》、勇気、知恵《武器》、その全てを揃えた貴方は正真正銘人類最強、そのポテンシャルを...生かし...救い...踏み躙る...ああ、楽しみだ。
「限界《終わり》を迎えるのか!それとも完成するのか!魅せてください!」
炎が朧げなビジョンとなって揺れ動く、弾丸が逸れた。少し距離が離れる。
時間停止は耐性の範囲内...ならば...これなら如何でしょう。
片手に時計を強く握り片手にナイフを持つ。条件はそれだけ。
圧倒的な破壊力も、絶対に殺す技もいらない。
人を殺すのに、派手な必殺技である必要は無いのだ。
英雄ローランとしてでは無く、黄金技巧師としての絶技。
ローランは考えた。この時間停止の秘術を目の前の生き物は耐えた。
時間停止に耐性があるならば、己の怪力以外にどんな手段を使うか。
時間停止への耐性が優先されるなら、さらに"上"から打ち砕けば良い。
そう言った怠惰の言葉に従い、ローランはただただ耐性面の貫通に特化した。
結論はシンプル。時間停止という概念を壊す。
その絶技をローランは時計と時と見立て破壊する。それだけで全て裏返る。
「「時壊し」」
瞬間――世界が崩れる。
現れるは静止の世界。灰色の世界がローランだけを照らす。
ただ立っているだけだとというのに、そこが"異世界"であるかのように世界が肯定する。
音も無く亀裂は走る。
空間では無く、地面でもない。今という概念そのものに、ヒビが入った。
秒針は進み続けているはずなのに、結果だけが先に現れる。
視界の端で、同じ動作が何度も繰り返される。
歩き出す自分。振り返る自分。既にそこに立っている自分。
それらが順序を失ったまま、同時に存在していた。
やがて理解する。これは加速でも停止でもない。
時間という構造が、耐えきれずに崩落しているのだと。
過去は固定されず、未来は確定せず、
現在だけが無限に引き延ばされ、千切れ、重なり合う。
そして最後に残るのは、【どの瞬間にも属さない存在】だけだ。
時を超えたのではない。時から追い出されたのだ。
周囲が静止したわけではない。世界は動き続けている。
ただ――流れの中に、もはや戻れなくなっただけだった。これが、時壊し。
世界を壊す力ではない。世界が成立する前提を、内側から否定する現象である。
「それでも、尚――」
体は確かに灰色と化したが、目線だけは自身を追っている。
もしも対応された場合...制約の都合上、自分がタダでは済まない...彼女の纏っている権能すら軽減する異能の正体が掴めてきた。それだけでも良しとしましょう。
全能の父なる神よ、我はかつて、我が魂をあなたの楽園へ導き給えと祈った身。
にもかかわらず、再びこの身に御前へ立つ機会を賜るとは――
これ以上の誉れがありましょうか。我が剣と魂、今尚あなたに捧げるもの。
「逆光」
――――時間が再び巡った
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『『時壊し』』
時計を壊したと思えば、突如何も無い所に礼を尽くす姿に、思わず動きが止まる。
一瞬のタイムラグの後、思考を深めた。
『ヨグ=ソトースは門を知る――ヨグ=ソトースこそ門である。
ヨグ=ソトースは門の鍵であり、門の守護者である。我らの信仰へ報い賜え、我らの友を救い賜え――安寧《永遠》なる眠りを与え賜え」
何が起こった?いや、考えなくて良い。何も対応出来ずに自分が生きているという事は、相手のナニカは不発に終わったと柴田は判断する。
ならば次は攻勢、炎の外套《魔力の塊》を纏ったのなら、霊視で捕捉は容易。
あの不気味詠唱を阻害するのも含めて攻勢に転じた。
「光の隙間――霊視」
世界に光が失なわれ、射線だけを考え発砲し続ける。が、この程度で倒せるとは柴田は考えないだろう。当たる直前に正気に戻り銃撃をかわす。
『 "無欠の投擲"』
技術の視野を広げろ。もっと、治癒のように応用しろ。
――――これだ
真後ろにナイフが瞬間移動する。慣性を活かし、狙い澄ましたように柴田の背中に突き刺さる――筈だった。
「身体強化・脊」
治癒は他人に使う事が視野を広げる第一歩であったが、身体強化の応用法は局所使用。
今の練度?では出力が足りないと想定し、魔力を集中させる事でより強い効力を発揮する新しい使い方――――これが応用であり真髄。
恐らく身体強化の使い手は本来の使い手もこのように使ったのだろう。
脊髄反射速度を強化し、ナイフを掴み取る。"深層"という言葉による影響は知らないが、無欠の投擲の使い方を見た以上、依然必中性能が残ってると考察し手だけで受け止める。手袋ごとナイフが手を貫通した。
『英雄とは次なる英雄譚の踏み台であり、語り草。英雄は次なる英雄を産むのです』
「好き勝手に語るくせに助けを求めた眼でこっちを見るな」
瞳がより澱んでいく。正気から遠のくように、語気は変わらず声が少し裏返る。
無欠の投擲、あれは脅威だ。銃撃も大して聞いている気がしない。
つまり最適は近接戦。魔力を編み生成し、応用する。
僅かに残った記憶の隅を漁り、思考を回す。
選んだ進化は、超振動――――が、実際は超振動しようがエネルギー自体は増えない。振動はエネルギーの使い方であって、エネルギーそのものを増幅する魔法ではないのだ。どちらかと言うより、力を上げる手段として有用なのは【張力】と【摩擦】。
演算を始める。糸を硬化させ、サイズは可変。短く太く張力を強くかけ続ける。やがて高音が放たれ、人には聞こえなくなる程の高音《超音波領域》に達する。
人を助けようと作ったり、より便利になる為に作った道具は皆兵器に利用される。
ノアが言っていた事が、少しだけ分った気がした。
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住宅を直線に切り裂く。見えざる刃からインスピレーションを受けた"ソレ"はローランの瞳孔を開かせるのは十分だろう。
当然、この場にそんな事をする人間なんて一人しかいない。
糸は短く、一直線に張られている。
震えているはずなのに、目にはほとんど動きが映らない。
触れた瞬間、甲高い音が一度だけ空気を裂き、次の瞬間には――割れていた。
切ったのではない。張力が、耐えきれない一点を選び抜いただけだ。
「長さ三十――張力、限界の八割。振動――問題無し」
ただ機動力を上げる為のアイテムじゃない。絶え間なく演算を続ける事で、この"糸"の新たな使い道を引き出せる。
導かれるように進化を続ける。親も、教師もいなかった柴田にとって、戦いこそが学びを得る機会なのだ。




