癇癪
「...何が言いたい」
結界がってやつある以上、どっちにしろ無駄な時間を過ごすだけ。
『知りたい...で構わないのですね?』
「...」
沈黙で肯定する。
『傲慢が言っていました。彼女さえいれば、魔道書無しでもかの招来の魔術を習得出来ると、故に尖兵を送りました。彼を使って貴方の手の内を収集し、今この瞬間まで人工衛星で貴方を追跡しました。全ては貴方が持ちえてる知識の為に...!』
「...前提から間違ってる。俺は前世の記憶が無いし、知る限りでは招来の魔術なんて知らない」
『貴方の前提こそ違う。"記憶が無い"と言うのは間違いなのです。貴方の記憶は封じられているだけです』
「そんな訳ねぇ。医学的にも脳と体が変わってるのに思い出す道理はねぇ筈だ」
『魔術的にはどうなんでしょうね?例えば――"記憶を曇らせる"と言う魔術はご存知ですか?』
頭が――
頭の奥に、鈍く重たい痛みが居座っていた。
脈打つたびに締め付けられるようで、思考がうまく形にならない。目を閉じても痛みは消えず、むしろ暗闇の中で輪郭を強めてくる。
額の内側で何かが軋み、意識を揺さぶるたび、呼吸が浅くなる。
「ウウゥ...ガ...ァァ」
『心当たりがあるみたいですね。やはり傲慢の推測は正しかったようですね...これは元徳旧栄神としての提案です。生きたまま魔導書として死ぬまで使われるか。それとも24時間365日戦って抗うか...お好きな地獄をお選びください』
「何...言ってるんだ?」
『理不尽...そう感じましたか?感じたのなら、貴方の考えは正しい。ですが遅すぎましたね。もっと早く、理不尽と思うべきでした』
「俺の事を...何だと...いや、分かったぞ!前世の俺に恨みでもあるんだろ?」
これしか考えられない...今までの話の中じゃ、俺の前世を知っている人間がいる。そいつが俺に恨みがあるから...復讐がてら一石二鳥を狙う。そうでないと説明が――
『いえ別に、合理的に判断したまでです。貴方便利すぎんですよ』
「じゃあ...俺は何でこんな目に...」
何だよ...それ...そんな酷い事される程...俺...ひどい事した?
『人は人に理不尽を押し付ける。貴方はそのサイクルに巻き込まれた哀れな犠牲者...夢想家としてのアドバイスですが、中途半端な優しさは相手を侮辱するもののです。人に夢を踏み潰された時、シケタ面したらどう思うのでしょう?貴方は踏み潰す時子供のように喚き散らして泣いている。これでは彼らが死んだ意味がないじゃないですか...』
「....テメェ」
『凄んでも何の恐怖も無い。ただ強いだけの貴方には何の魅力も感じない!!足掻く力があると言うのに...貴方は何もしなかった!!躊躇しなければ助けられた命もあったと言うのに!所詮貴方は!!物事に優先順位をつけられず、ただ無意味に力を持ったぁ!!ただの少女なのですから...ァアア...本当に...本当に残念だ!』
逃げ道がすべて塞がれた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて折れた。
恐怖でも理性でもない。代わりに湧き上がってきたのは、乾いた熱だった。
「どの口が...言ってんだ?」
思考は荒れ、視界の端が滲む。
心の奥で、今まで押し込めていた感情が形を取り始める。守るための言葉もためらいも全てを踏み潰すような、鋭い衝動。
歯が鳴り、口元が歪む。震えていたはずの体は、いつの間にか前へ踏み出す準備をしていた。
正論と感じた自分が恨めしい...だが事実だ...突き刺さった。突き刺さったからこうも...
「お前達の事なんか知らねぇよ....散々...散々...理不尽な目にあった。特に俺に何かされた訳も無いのに、俺に悪意をぶつけた」
『良いぃぃ自我です。だが残念だ!!貴方はもう詰んでいる!!出来る事なら正面から一人で貴方と戦いたかった!!いい顔だ!そうですその調子です!もっと欲張ってください!!そうして生きた方が!生きる意味を見出せるでものでしょう!!』
イラついている。
これがこいつなりの慈悲...なら踏ん切りがついた。寧ろ今までがおかしかったのかもしれない。相手は人間じゃない...正気なんてないんだ。
『他人の事なぞ気にする必要ありません!元来より人は!!人を踏みつけのし上がって来た!ならばつまらない頭のおかしい考えなど捨て、最後位綺麗に散りなさい!!それでも死にたくないなら!激情に駆られているなら!!探索者らしく!!足掻いてみせなさい!!』
「こんなの...おかしいよな」
俺は正義の味方なんかじゃない。そんな事、当たり前だったじゃないか。
身にかかる火の粉を払いはすれど、心配する人間がどこにいる?
自由に生きるのが悪なら、俺はそれを否定する。
|道理や他人の事など知った事か《虚勢》。
『ルールはシンプル!!貴方は私達を全員殺せば勝ち!"私達"は貴方の戦闘不能!ハンデとして手札は筒抜け!対策に対策を重ねた上での多勢に無勢!!無理ゲーです!』
人間とは、追い詰められすぎると精神を護る為に攻撃的になる事がある。今までの積み重ねた苦痛は、死の恐怖をトリガーとして子供の人格を捻じ曲げるには十分だったらしい。
『ヒャハハハハハハ!!』
裏切られ、疑心暗鬼になって壊れた”ソレ”は勇気ではない。もっと醜い、生き残るために生まれた、剥き出しの攻撃性。
次の瞬間、空気が裏返った。
床が跳ね上がり、壁が悲鳴を上げるより早く、視界が横転する。
衝撃が来る――そう思った刹那、足元の感覚が消える。
体は支えを失い空中へと投げ出された。重力が一瞬だけ猶予を与え、その間に、割れたガラスと木片、歪んだ照明がスローモーションのように散っていくのが見えた。
耳鳴りだけが世界を満たし、肺の奥から息が奪われる。
上も下も分からない。崩壊したBARの残骸と共に、夜の闇へ落ちていく――
同時に、ガラスが割れたような音が響く。
視界の端から銃を持った男と、バカみたいな格好をした女を目にした。
『来なさい少女!!私達《探索者》の戦い方と言うのものを!!冥土の土産に、ご教授して差し上げましょう!!』




