時計
7:15 p.m.
夕闇が完全に落ちる。周囲を見渡せば、飲み屋の赤提灯やスナックのネオンが通りに灯り始めた。
おかしい...もう宿についてもおかしくない頃なのに。
周囲の様子も変だ。人の声一つしない...これって。
『お困りですか?淑女?』
「ッ!」
背後に声がしたと同時に、ナイフを振り上げる。
『随分なご挨拶ですね』
その刃は首筋を捉えたが、皮一枚裂くは出来なかった。目の前の片眼鏡が特徴の片目が淀んだ紳士では無く、まるで鋼鉄を切ろうとした感触に、何らかの異能の介入があった事を確信する。
「イス...今度は何しやがった」
『人違いかと――少し歩きませんか?』
「...良いって言うと思うか?」
『いいえ。ですがどっちにしろ...彼の結界でお互い手は出せません』
結界?どんな効果?それともブラフ?魔力は感じなかった。
考えている間も時は進む。
『何なら誓約で証明しましょうか?』
「そこまでして何が狙いだ?」
『別に、ただ約束を果たすだけです。やましい事はなど何もありません』
そう言ってわざとらしく書かれたボロい紙切れをヒラつかせる。
「口約束の内容は?」
『貴方への慈悲みたいなものです。人の夢をねじ伏せて罪悪感を抱いている貴方へ...ね』
見透かされてる...コイツ...ノアと同じ異能を――
『違いますよ。どんな能力も全にして一、一にして全...極めた先は皆同じであり、ただ第三者から見分けがつかないだけなのです』
【かの◾️の◾️◾️◾️◾️は一にして全、全にして一】
一にして全、全にして一...どっかで聞いた事が――この感覚、まさか
「前《前世》の俺を...知ってるのか?」
震えた声で希望が入った推察を口に出す。対して目の前の銀髪の男は、一瞬驚いた顔をした後――眉を潜めた。
『どうでしょう?』
挑発的な笑みを貼り付ける。
「...そうか」
『さて、少しは話を聞く気なりましたか?』
「一応な...でも誓約はしてもらうぞ」
『内容は?』
「結界が張り終わるまで相互不干渉。権能の発動はもっての外...後は――一般人に手を出すのも無しだ」
『良いでしょう――外典』
男が巻き物を手に取ると、巻き物がひとりでに浮いて行く。やがてソレは霧散し、静寂が再び包まれる。
「本当に使ったのか?」
『勿論。本来聖職者にしか誓約は使えませんが、私の作った外典は良質なものばかりでしてね――この位は容易ですとも』
「そうか。でどこで話すんだ?」
『そうですね〜アチラなんていかがでしょう?』
指し示した先は、一軒のBARだった。
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7:50 p.m.
聖都南部教会周辺
「えっとルベルトさん。明日って」
『明日かい?と言っても君達はもう送り届けたからね。もうフリーだよ』
「そうなんですか...ならもうお別れですね...こんな隠キャな私と喋ってくれてありがとうございます...私はゴミムシです」
『ハッハッッハ!相変わらず暗いね!でも安心すると良い。アイツが君を元の世界に返してくれるさ!それに、困ったら彼女を頼ると良い』
「えぇ...柴田ちゃんですかぁ?」
あの子とは当然、私を強引に入れた柴田ちゃんの事だ。今でもあの時の柴田ちゃんは怖い。暴走してた私も悪いけど...殺されかけた柴田ちゃんに、なんて話せばいいか分からない。
『彼女は優しい女性だよ。ちゃんと誠意を持って頼めば、きっと君の力になってくれるさ。君の境遇的に信じられないだろうけど、耳には入れておいてくれ』
「...はい。では」
彼女が教会を後にしようとした...その時。
『欲が...足りねぇなぁ?』
教会から轟音が鳴り響く。周囲の建物が崩壊していった。
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薄暗い照明に満たされたBARは、外界から切り離されたような静けさをまとっていた。
カウンター越しに並ぶボトルは琥珀や深紅の光を帯び、間接照明を受けて静かに輝いている。磨き込まれたグラスには指紋一つ無く、店内に漂うのはアルコールと木材が混じった落ち着いた香りだった。
仮に平常時に店を跨げば、バーテンダーの動きは無駄が無く、シェイカーを振る仕草さえもこの空間の一部として溶け込でいるように感じただろう。
『こちらを』
「未成年」
『この世界の法律的には問題無い筈ですが?』
「飲まねぇよ。何入ってるか分かったもんじゃねぇし」
『出された物は疑う...探索者として良い判断ですね』
「探索者?」
『"私達"の呼称ですよ。いつから呼ばれているかは知りませんが...同僚なら詳しく知っているかも知れませんね』
探索者?一にして全という言葉にも聞き覚えがあったが、こっちは別だ。誰かから言われた事がある気がする。俺の記憶には無い...つまり前世?記憶が覚えてなくても時体が覚えていると言うが、体すら別もんだ..ならどうして?
『考えるのも結構ですが、本題に入ってもよろしいですか?』
「ああ」
軽く咳払いをして、口を開く。
『さて、話す事といっても特に特別な事を言うつもりはありません。貴方は今、星の智慧派にとって危険度、及び有用度が最高の値を記録しています。我らの野望は、神格の召喚による神話体系の破壊なのはご存知と思いますが...あら?知りませんでしたか?』
「...は?」
『そうでしたか。では良い機会ですしご教授いたしましょう。星の智慧派にとっての危険度の話からいたしましょうか。貴方の危険度が高い理由は主に傲慢を倒したからですね。幹部が消耗状態とは言え破れたのは稀でしたから。それで有用度が高い理由ですが――』
「待て...そんなペラペラ喋ってなんのつもりだ?それともしょうもねぇブラフか?おちょくるのもいい加減に――」
明らかに機密情報だ。そんなものをペラペラ言うなんて正気じゃない。
彼女の額に青筋が立つ。少しでも信じた自分を責めるように苛立ちを隠した。
『別に?私はただ真実を約束に則っているだけの話...ソレに、信じれないなら信じなければ良い話です。まあ私は、リラックスして話半分で聞く事を勧めますが...答え合わせはお好きでない...と?』
周囲は結界以外異常は無く。仮想敵は結界を展開をしている男?と目の前の男だけ。
どんな仕様かすら分からず、いつどこで誰が何をどうしたかが分からない以上、結界の破壊は難しいだろう。恐らく切り札で無理やり破壊する以外の方法が無い。
側から見たら詰みの状況の今、嘘はつく理由は無い。恐らく目の前の男は自分達が圧倒的に有利だと確信している...どんな手札があるかは分からない。だが、態度に表すまでの何かがある筈だ。
『知りたくはないのですか?自分が何故狙われるのか』




