「おおお!なんか屋台が変形したぞ!」
エクレアの町の中央広場は、かつてない熱気に包まれていた。
特設された舞台の調理台には、リョウと、ゼノンの商会で雇っている一流料理人が向かい合って立つ。
(トウキビィー……聞き慣れない名前だけど、この見た目と匂いは……まさに日本のとうもろこしだ!)
リョウは、確信を得るように一粒を口に含んだ。
(この甘み、このプチプチとした食感!間違いない、これなら俺の知るあの料理が作れる!)
ゼノン側の料理人は、トウキビィーを前に頭を悩ませていた。
彼は熟練の技を持つが、既存の料理にトウキビィーをどう組み込むか、その発想に行き詰まっていた。
「くっ……トウキビィーなど、せいぜい甘さを引き出すくらいしか……こんな食材でどうしろというんだ!」
悩んだ末、彼はこの世界で貴族の嗜好品とされていた、温かいスープに目を付けた。
ゼノン側の料理人はまず、トウキビィーの粒を丁寧に包丁で削ぎ落とし、それを石臼で時間をかけて丁寧に潰していった。
潰されたトウキビィーは、滑らかなペースト状になるまでさらに細かく砕かれる。
次に、大きな鍋にそのトウキビィーペーストを入れ、濃厚な牛乳や、この世界の上質なバターを加えて弱火にかける。
焦げ付かないよう、木べらで鍋底から丁寧に混ぜ続け、とろみがつくまで煮詰めていく。
「ここが腕の見せ所だ……」
煮詰まったスープを、さらに目の細かい布で丁寧に裏ごしする。
こうすることで、口当たりの良い、究極になめらかな舌触りが生まれるのだ。
丁寧に裏ごしされた滑らかなスープは、確かに上品な香りを放っていた。
「どうだ!これぞ貴族の舌を唸らせる一品!」
一方、リョウは迷いなく動き始めた。まず、屋台に変化を起こす。
( 屋台、焼きトウキビィー&ポップコーン! )
リョウが心の中で願うと、屋台の一部が魔法のように姿を変えた。
正面には、赤々と燃える炭火を熾すための頑丈な鉄格子が備え付けられ、その奥には、乾燥させたトウキビィーの粒を加熱するための、透明なガラスケースを伴った真鍮製の機械が現れた。
その光景に、観客からは
「おおお!なんか屋台が変形したぞ!」
「なんだ、あの不思議な機械は!?」
と、どよめきが起こった。
リョウはまず、山積みにされたトウキビィー(日本のトウモロコシに似た作物)の緑色の皮を丁寧に剥いていく。
瑞々しい粒がぎっしりと詰まった美しい黄色い穂が現れた。
そのうちのいくつかは、鋭い包丁を使い、ガリガリと音を立てながら、熟練の技で粒を芯からバラバラに削ぎ落としていった。
これは後にポップコーンとなる分だ。
削ぎ落とした粒は、屋台の片隅にある特別な乾燥棚に広げ、熱気を帯びた屋台の機能を利用して、しっかりと乾燥させるため粒を広げておいた。
次に、新鮮なままのトウキビィーを一本一本、長さ三十センチほどの木の串にしっかりと刺した。
串に刺したトウキビィーを、ジュウウウッ!という食欲をそそる音を立てながら、赤く熾った炭火の上の網に丁寧に並べていく。
高温の炭火によって、トウキビィーの粒はみるみるうちに黄金色に輝き始め、香ばしい焦げ目が部分的に付き始めた。
火力を均一にするため、リョウはうちわで炭火を煽り、煙を立ち上らせる。
その煙には、トウキビィー特有の甘く香ばしい匂いがたっぷりと含まれており、広場中にふわっと漂い、通りすがりの人々の足を止めさせた。
リョウは、屋台の引き出しから取り出した「黄金の樹液」(日本の醤油に似た調味料)、「蜜蜂の甘露」(砂糖の代わり)、そして「発酵させた果実酒」(みりんに近い液体)を小さな器に手早く注ぎ入れ、刷毛で混ぜ合わせて特製の甘辛いタレを作る。
そのタレを、刷毛で何度も丁寧に塗りながら、トウキビィーをくるくるとひっくり返す。
タレが炭火に落ちると、ジューッ、パチパチ!と音を立てて焦げ付き、甘く香ばしい、たまらない匂いが広場に充満した。
まるで日本の夏の縁日の屋台を彷彿とさせる香りに、リョウは思わず口元が緩んだ。
( 香ばしい香りと甘いトウキビィー!これぞ日本の夏の味だ!たまらないだろ? )
そして、リョウは乾燥させておいたトウキビィーの粒を、透明なガラスケースの中に入れた。
機械が稼働し、熱が加えられると、ケースの中で粒が小刻みに跳ね始めた。
そして──ポンッ!ポンッ!ポンッ!と、軽快な音と共に、白い花が咲くようにトウキビィーが勢いよく弾け始めたのだ。
たちまちケースの中は、雪のように真っ白な、ふっくらとした粒でいっぱいになった。
弾ける音と、白い粒が溢れ出る光景に、観客からは再び大きな歓声と拍手が上がった。
リョウは、弾けたばかりの熱々のポップコーンを大きなステンレス製のボウルに二つに分け、それぞれ異なる味付けを施していく。
まず一つ目のボウルには、黄金色に溶かしたバターを惜しみなくたっぷりとかけ、細かく砕いた「白銀の塩」(日本の塩に似た岩塩)を均一にまぶし、手早く、しかし優しく混ぜ合わせた。
バターと塩を絡めた香ばしい香りが、焼きトウキビィーの甘い匂いと混じり合い、広場を特別な香りで満たしていく。
次に、キャラメルソースを作る準備に取り掛かった。屋台の簡易コンロに小さな鍋を乗せ、この世界の「黄金糖」(きび糖のようなもの)と少量の水、そして「濃縮された蜜乳」(生クリームに近いもの)を投入する。
焦げ付かないよう、木べらで混ぜ続けると、黄金糖が溶けてブクブクと泡立ち、美しい琥珀色に変わっていく。
とろりとしたキャラメルの甘く香ばしい匂いが、これまでの匂いに重なり、広場の空気をさらに甘く濃厚なものに変えていく。
もう一つのボウルに、熱々のキャラメルソースをポップコーンに素早くかけ、手際よく全体に絡めていくと、粒の一つ一つがキャラメル色の艶を帯びて輝きだした。
( これぞ、エンターテイメントだ!見て楽しい、食べて美味しい!誰も予想できない驚きをぶちかましてやる!食べて驚けー! )
審査の時間が来た。まず、ゼノン側のコーンポタージュが運ばれる。なめらかで上品な口当たりは、貴族たちには好評だった。
「ふむ、悪くない。トウキビィーにしては、なかなか洗練されている。さすがゼノンの雇った料理人だ」
フリストル男爵が満足げに頷いた。
ゼノンも自信満々の表情で、リョウの方をちらりと見た。
次に、リョウの料理が運ばれてきた。一本丸ごと串に刺さった照り輝く焼きトウキビィー、そして山のように盛り付けられたポップコーン。
フリストル男爵は、その見た目にまず鼻で笑った。
「ほう?これは一体、何ですか?焼き焦がしたトウキビィーと、得体の知れない白い塊……。まさか、これを『新たな食』とでもおっしゃるつもりですか?その辺りの庶民が食べる品と変わらないではないか」
ゼノンもそれに続く。
「まことに!我々の料理人が手間暇かけて作り上げた洗練されたポタージュと、このような素朴な、いや、粗野な代物を同列に扱うなど、審査を愚弄しているとしか思えませんな!」
彼らの言葉に、会場には一瞬、不穏な空気が流れた。
しかし、領主アルベールは動じない。
彼はまず焼きトウキビィーを一口かじると、その目に驚きが宿った。
「これは……!何と香ばしく、そして甘いのだ!茹でたものとは全く異なる風味だ!信じられん!」
グラハムも続く。
「この香ばしさと、甘みの調和……!素晴らしい味だ!これは病みつきになる!」
そして、ポップコーン。
初めて見るその「弾ける粒」に、審査員たちは興味津々だ。
まずバターソルト味のポップコーンを口に含むと、サクサクとした軽快な食感と、バターの豊かな風味、塩味が絶妙に絡み合い、手が止まらなくなった。
「これは……!何とも不思議な食感と味わいだ!まるで雪の粒を食べているようだ!いくらでも食べられるわ!」
次に、審査員たちはキャラメル味のポップコーンに手を伸ばした。
口に含むと、先ほどの塩味とは打って変わって、濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、その深い香ばしさに誰もが魅了された。
「なんと!こちらはまた違う味わい!甘く、それでいて奥深い香りがたまらない!これはまさに、驚きの連続だ!」
フリストル男爵は、リョウの料理が予想以上に素晴らしいことに、不愉快そうに顔を歪ませたが、衆目の前で不満を言うことはできない。
彼は無理やり笑顔を作り、ポップコーンを口に運んだ。
しかし、その顔は明らかに引きつっていた。
「ふ、ふむ……確かに、この食感は……しかし、所詮は粗末なトウキビィーではないか。貴族の食卓に並ぶような品ではないでしょう」
ゼノンも焦りながら付け加える。
「ええ、そうですとも!見た目も華やかさに欠けますし、何より、手で食べるなど、はしたないにも程がある!そのような野蛮な食べ物が、果たしてこのエクレアの新たな名物となり得るでしょうか!」
彼らは必死に貶めようとするが、他の審査員たちの目は既にリョウの料理に釘付けだった。
トウキビィーという地味な食材を、これほどまでに変貌させたリョウの腕は、疑いようがなかった。
勝敗は明らかだった。
男爵とゼノン以外の満場一致で、リョウの勝利が宣言された。広場には、リョウの勝利を称える大歓声が響き渡る。
ゼノンとフリストル男爵の顔は、真っ赤になり、怒りと屈辱に歪んでいた。
「まさか、こんな結果になるとは!」
ゼノンは悔しさに唇を噛み締め、リョウを睨みつけた。
フリストル男爵も顔を青ざめさせ、ゼノンを冷たい視線で見ていた。
彼らの間には、明らかに不穏な空気が流れていた。




