「えっと……銀貨が、これしかないんですが……」
数日後、彼らの目の前に、広大な平野の中に広がる大きな町が見えてきた。
高い石壁に囲まれ、いくつもの建物がひしめき合っている。
遠目にも人々の活気が感じられた。
「あれが、最初の町か……!うわー、すげぇ!」
リョウは屋台の荷台から身を乗り出して叫び、エリナも身を乗り出す。
村とは比べ物にならないその規模に、興奮を隠せない。
「ついに着いたぞ!ここなら、もっと色々なことがわかるはずだ!」
リオンが横で頷いた。
「ああ、この先にあるのが交易都市『エクレア』だ。多くの種族が行き交う、この辺り一帯では一番大きな町だな」
ガウルも鼻を鳴らして同意する。
「町の飯も美味いが、リョウの飯には敵わん。だが、その食材でリョウがどんな料理を作るか楽しみだな!腹が減ってきたぞ!」
町の門に近づくと、兵士らしき人々が立っていた。
彼らは槍を持ち、警戒した様子でこちらを見ている。
リオンは精悍な獣人姿に戻り、堂々と門番に話しかけた。
ガウルもリオンの横に立つ。
リョウは、屋台の荷台に隠れるように小さくなっていた。
( うわ、兵士だ……俺を見てるが、何か怪しまれてないかな?)
リオンと門番のやり取りを、リョウは耳を澄まして聞いた。
どうやら、リオンとガウルは、この町にある冒険者ギルドで獲物の買い取りによく来ているため、門番とも顔馴染みのようだった。
門番は最初、見慣れない屋台と、その荷台に乗るリョウに訝しげな視線を向けたが、リオンが事情を説明すると、やがて警戒を解いた。
「なるほど、リオン殿の客人で、珍しい料理を作る者か。しかし、その格好は、この辺りの者にしては少々見慣れないな」
門番はリョウがリオンに借りた服を一瞥した。
リョウは思わず身を縮める。
サイズが合っていなくて服に着られているようだからだろう。
( やっぱり、目立つか……早く新しい服が欲しい! )
「問題ない。この男はここで身なりを整える予定だ。それと、商売をするには商人ギルドに登録が必要だと聞くが、我々は冒険者ギルドの周辺しか詳しくなくてな。商人ギルドはどこになるだろうか?」
リオンが門番に尋ね、門番は頷いた。
「それならば町の者でギルドへ案内する者を用意しよう。くれぐれも町の中では争い事を起こすでないぞ、獣人殿。騒ぎはご法度だ」
「分かっている。いつも通りだ」
リオンは軽く手を振った。
門が開かれ、彼らは町へと足を踏み入れた。
石畳の道には、様々な種族の人々が行き交い、活気あふれる声が飛び交っている。
獣人、人族、そして見たこともないような亜人たち。
( すごい……!本当に色々な種族がいるんだ!まるで異世界博覧会だ! )
リョウは、初めて見る異世界の町の光景に目を奪われた。
町の中に入ると、門番が手配してくれた一人の女性が待っていた。
彼女は人族のようだが、耳が少し尖っていた。
「こんにちは!私が商人ギルドまでご案内します!ようこそエクレアへ!」
女性は明るい笑顔でリョウたちを迎えた。
リオンが「よろしく頼む」と言い、
「ありがとう。助かります」リョウは頭を下げた。
女性の案内で、彼らは町の中心へと進んでいく。
道中、リョウは好奇心に満ちた目で周囲を見回した。
様々な店が軒を連ね、見たこともない商品が並んでいる。
屋台もいくつか見かけたが、どれも串焼きか飲み物を売っているものがほとんどで、あとは野菜などの素材を売るような、いわゆる出店的なものばかりだった。
( 俺の屋台、やっぱり珍しいんだな……これは、もしかしてイケるかも!?)
商人ギルドは、町の広場に面した、大きな石造りの建物だった。
重厚な扉を開けて中に入ると、そこは多くの人々で賑わっていた。
書類を扱う者、商談を行う者、そして様々な情報が飛び交っている。
「ここが商人ギルドです。ここで商売の登録をしたり、仕事を受けたりできますよ。なんでもご相談ください!」
案内役の女性が説明してくれた。
リョウは、その活気に圧倒されながらも、胸の高鳴りを感じていた。
「ここから、俺の異世界での商売が始まるんだ……!よーし、やってやるぞ!」
商人ギルドの内部は、リョウが想像していた以上に活気に満ちていた。
多くの人々が行き交い、書類を広げて話し込んだり、カウンターで手続きをしたりしている。
独特の匂いが混じり合った空気は、まさに「仕事場」といった雰囲気だ。
「うわ、すげぇな……なんか、役所みたいだ。でも、みんな活気あるなぁ」
案内役の女性が、リョウたちを一番奥のカウンターへと連れて行ってくれた。
カウンターの中には、厳格そうな顔つきの女性が座っていた。
彼女の耳もわずかに尖っており、リョウは( この人も亜人なのかな?エルフ系? )と思った。
「こちらで登録をお願いします。この方は、新たに商人を目指される方です」
女性がカウンターの向こうの職員に話すと、職員はリョウたちを一瞥し、書類を差し出した。
「商人ギルドへの登録、ですね。身分を証明できるものはありますか?」
リョウは困った。
この世界に来てから、身分証など持っているはずがない。
免許証も保険証もパスポートも持ってないぞ!
「えっと……身分を証明できるもの、ですか……えーと、俺、あの、ちょっとその、忘れちゃって……」
リョウが口ごもると、リオンが前に出た。
「この男は、遠い村から来たばかりで、まだこの町の正式な身分証は持っていない。だが、俺が保証する。このエクレアの冒険者ギルドには、獲物の取引でよく来ている。そちらに問い合わせてもらえれば分かるだろう、牙森里のリオンだ」
リオンが堂々と名乗ると、職員の表情が少し和らいだ。
「リオン殿ですか。貴方が保証されるのであれば、問題ありません。ただし、身分証は後日、役所で発行してもらい、提出してください。」
職員はそう前置きし、登録について説明を始めた。
「当ギルドでは、商人の活動範囲に応じて登録の種類を分けております。まず、この町の中だけで営業される『店舗商人』の場合、登録料は銀貨1枚です。次に、町を拠点にしながら近隣の村々へも商品を運び、行商を行う『旅商人』は、登録料として銀貨5枚。そして、遠方の都市との大規模な交易を行う『商団長』は、金貨1枚での登録となります。」
職員は一枚の表を差し出し、それぞれの登録で得られる信用度やギルドの支援内容が異なると説明した。
「登録の種類によって、ギルドカードの色と商人のランク、それに伴う信用度ランクがあります。ランクが高いほど、より大きな取引やギルドからの支援を受けられますし、町の外での営業許可も得やすくなります。」
リョウは、話を聞きながら(俺の屋台は移動できるし、色々な場所で商売したいから、旅商人が一番合ってるな!)と考えた。
「あの、俺は…旅商人として登録したいです!」
リョウが意を決して告げると、職員は頷いた。
「旅商人ですね。登録料は銀貨5枚です。」
リョウはホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、銀貨5枚という金額に改めて気が付いた。
彼は、リオンから事前に教えてもらっていた通貨の知識を頭の中で巡らせた。
銀貨1枚が、だいたい日本の千円くらいだと聞いていたので、5枚だと5千円。
「結構かかるんだな……」
リョウは、村での屋台の売上として持っていたわずかな小銭入れを取り出した。
中には銅貨が数枚と、銀貨が2枚ほど入っている。
「えっと……銀貨が、これしかないんですが……」
リオンはリョウの様子を見て、すぐに察した。
「足りないようだな。心配するな、リョウ。俺が立て替えてやる」
そう言うと、リオンは懐から銀貨3枚を取り出し、リョウの不足分を補う形で職員に渡した。
職員は手続きを進め、リョウに一枚の薄い金属製の札を手渡した。
「これが旅商人としてのギルドカードです。これがあれば、ギルドの施設を利用できますし、この町の中はもちろん、近隣の村々へも公に商売を行うことができます。詳細は裏面に記載されていますので、ご確認ください。」
「ありがとうございます!」
リョウは恐る恐るその金属の札を受け取った。手に取ると、ずっしりとした重みがした。
「これがギルドカードか……ついに俺も、商人になったんだ!しかも、ランクアップとかあるのか。ゲームの世界によくある冒険者ギルドみたいだな!」
リオンが肩を叩いてくれた。
「おめでとう、リョウ。これで、お前も一人前の商人だ」
「ああ、ありがとう、リオン!恩に着るよ!本当に助かった!」
ガウルも満足そうに頷いている。
「これで美味いものも自由に作れるな!早く作ってくれ!」
リョウは、新たな一歩を踏み出した実感を噛み締め、胸を張った。
ギルドでの登録を終え、商人ギルドの案内役の女性は、リョウがギルドカードを受け取ったのを見届けた後、「では、私はこれで」と告げて去っていった。
「よし、まずは町の商売のやり方を教えてもらおうか!商売の基本だ!」
リョウは、商売の基本的なノウハウを学ぶことについてカウンターで尋ねると、ちょうど初心者向けの講習が開かれるという。
「旅商人として、ぜひ受けておくと良いでしょう。町のルールや流通の基礎を学べます」
職員に勧められ、リョウは講習を受けることにした。
リオンとガウルは、リョウが講習を受けている間、屋台の番をしながら町の様子を見て回ることにした。
講習室に入ると、リョウ以外にも数人の新米商人が集まっていた。
講師は、ギルドのベテラン職員で、町のルールや商売の基本について分かりやすく説明してくれた。
「この町で商売を行うには、まずギルドに登録すること。次に、店を出す場所を決めることだ。広場で屋台を出す場合は、ギルドの定めた区画内で行うこと。そして、使用料として日ごとに銅貨1枚をギルドに支払う必要がある。これはギルドの運営費や、町の治安維持に使われる」
「なるほど、場所代がかかるのか……」
リョウはメモを取りながら真剣に耳を傾けた。まるで学生時代に戻ったようだ。
「また、商品の仕入れや販売価格についても、ある程度の規制がある。特に食料品は、品質管理が厳しく、町の衛生基準に沿ったものである必要があるぞ」
リョウは自分の屋台スキルを思い出した。
( 品質管理は大丈夫そうだな。食材は常に新鮮だし……ってか、勝手に湧いてくるし!最強すぎる! )
彼は、スキルが持つ圧倒的な利便性に改めて感謝した。
講習は、リョウにとってこの異世界で生きていくための重要な知識を与えてくれた。




