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32.キンセンカ

「お久しぶりです。」

葉一は家を出て以来初めて実家のドアを開けた。


休日の父母は玄関まで出向き暖かく迎え入れる。

「自分の家なんだから『ただいま。』でいいんだよ。」

父がそう言いリビングに戻っていく。

母が早くとせかす。


あれから時折、母と電話をしていた。

先日、本体の業績悪化によりBARを閉鎖する旨の通達を受けた。

いきなりの事だったが、ただのバーテンにもかかわらず充分な退職金をもらうことができ、社保制度もきちんとしていたことから失業保険が120日分もらえると教えてもらった。

その旨を母に伝えたところ、お金がもったいないからと説得され家に戻ることになり、とりあえず一旦家に寄ることになった。


リビングのソファに座ると先に父が語りかけてきた。

「6年ぶりか。いい経験はできたか?」

葉一はなんと答えていいものか悩みつつも話す。

「経験かどうかはわからないけど、自分の大きさは分かったつもりだよ。」

母からコーヒーを受け取りながら父が言う。

「それが人生で一番初めに知るべきで、知れたのならいい経験だ。」

母も大きくうなずいているが、元々そんな感じの人なのでよくわからない。

葉一はそんな母に苦笑しながら語る。

「BAR閉店の時にいろんなリキュールもらったから、戻ってきたら父さんと母さんに好きなカクテル作ってあげるよ。」

喜ぶ父母を見ると心がなごむ。


司法試験を目指したのは、父母に『できのいい自分』を見せたかったのがきっかけだった。

成績が上がると共に、そしてゴールに近づくと共に、心に余計なものがついていったのだろう。

父母の笑いあう顔を見ていると、こんなことでいいのだと気づかされる。


親は親であり子は子だ。

子の成功を親は喜ぶ。だがそれ以上に子の幸せを望むのだ。

ただそれを伝えようとしてもなかなか上手に伝えられない。


談笑を終え晩御飯まで自分の部屋に戻る。

家を出たときと何も変わっておらずかといってほこりだらけというわけでもない。

母が掃除をしていてくれたのだろう。

連絡をとらず心配をかけた分、母に親孝行しようと考えると同時にそれまで心配ながらも放置してくれた父に感謝する。

転びそうな子どもに手を差し伸べ『ない』のは難しいことだから。


あれから拘置所でさくらが自ら命を絶ったと聞いた。

それを椿から聞かされた時、自らの感情を説明するのはまだ葉一には無理だった。

遺体の引き取りをさくらの母親は拒否し、火葬場に合祀されたそうだ。


ニュースでは仙斗の叔父と男性の遺体の他、同じ空き地の別の場所から2名の遺体がみつかり、仙斗が大量殺人鬼のように扱われていた。

さらにさくらの自死も仙斗の監禁下の影響だろうと何も知らないコメンテーターが語っていた。


両親も仙斗のことは知っているが何も言わない。

葉一も言うつもりはなかった。

仙斗が自らの人生を仙斗なりに全力で駆け抜けていったことを知っていたから。


「次はどんな仕事しようかなぁ。」

ひとりごとが口を出る。


窓から見下ろすと庭の小ぶりの桜は満開に近く、その根元一面にキンセンカが咲き誇っていた。

以上で本編は終了し、次のエピローグで物語は終わりです。

初めての投稿で読み苦しいところもあったでしょうが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

また、改めて感謝申し上げます。

あと、ブックマークと評価を頂けましたら次回作の励みとなります。

よろしくお願いいたします。

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