31.庭師のつぶやき
すみませんと謝る葉一。
椿は「責めてる訳じゃないのは分かってるよね。」と話を続ける。
「さくらちゃんより背の高い私が前に腕を伸ばした肩口に傷がついた。」
と前にならえのように腕を前に伸ばす。
「葉一君は内側から外に向かって裏拳のような動きで私の肩口に手が当たった。」
ナイフで切ったと言わないのは椿なりの優しさだろう。
椿はそれで私はこうと指で各自の位置と動きを再現していく。
椿は葉一を見た。
「つまり刃筋はさくらちゃんの左側頸動脈に向かっていた。アレはいつも葉一君が使っている古いソムリエナイフよね。」
あの一瞬でよく見ていたなと考える葉一に言い訳するかのように付け足した。
「ソムリエナイフってなんかお酒のプロっぽくてカッコいいから私も欲しいなって思ってずっと見てたからね。」
果たして本当にそうなのか。
先ほどは椿は『前にならえ』の形で再現していたが、思い返すとあの瞬間椿の左の肩の方が水平面に比して高かったような気がする。
まるでボクサーが左ストレートを打った時にクロスカウンターで狙われる顎を守るかのように。
それに急いで階段を駆け降りるような音どころか足音自体全く聞こえなかった気がするし、あまりにタイミングが良すぎないか?
思い出そうとする葉一を引き戻すように椿は続ける。
「葉一君さくらちゃんを『偶然』殺すつもりだったでしょ。だから『信用性の高い証人』が必要だった。」
図星を突かれた葉一はどう誤魔化すか考え始める。
椿はそんな葉一をまるであやすように優しく話す
「私は葉一君を責めたりするつもりはないし、警察にどうこうというのもないのよ。ただ真実を知りたいだけ。私は貴方の敵ではないわ。」
葉一はひと息ついて今まで椿に話してきた身の上話は、さくらに関する部分だけ極力省いてきた事。
ことあるごとに夢に黒歴史が浮かんできて苛まれてきた事。
それに対抗するようにさくらに対する殺意や怒りを燃やす事によって苛まされる事が少なくなった事。
それがいつしか自分の中で成し遂げなければならない目標となってしまった事。
誰であれ黒い目標を持つときがある。
あいつを痛めつけたい。
不幸な目にあわせてやりたい。
『怒りが求めるのは他人の苦しみや不幸』と古代ローマの哲学者セネカが指摘したように、それは2000年以上前から人が持つ本能なのだから。
特に恨みや憎しみが積もれば積もるほど簡単には捨てられない。
ただ月日が経てばいずれより大切なモノができる。
そうしてこだわりは消えていく。
どうでも良いと思える時がやってきて黒い炎は消える。
それを受けて椿が締めくくる。
「『成し遂げられず消えていく方がいい目標』だったのが、仙斗君に出会ってしまって実現可能性が上がったのね。そして仙斗君に色々アドバイスしてたのもここに至るためでしょう。全ては目標を叶えるために。」
「仙斗は法学部卒のくせに全く法律を知りませんでしたからね。」
「葉一君は仙斗君が嫌いだったの?」
「真っ直ぐな奴で好きでしたよ。」
「じゃあなんで?」
葉一はコークハイを一気にあおぎ、2杯目を作る。
「僕は既に仙斗を裏切ってるんですよ。だから裏切者らしく彼の力になるように、そして転げるように加速するお手伝いをしただけです。どうせ彼らがした選択はどちらかが夢を諦めない限り堕ちるしかないんですから。でもさくらに叶わないと予言されて見下されて、その通り生活するのはみじめすぎる。」
葉一は続ける。
「仙斗の手紙を読んだ時はあまりに上手くいきすぎて身震いしましたよ。椿さんのおかげかどうか結局叶いませんでしたけどね。」
自嘲気味に笑う葉一。
「貴方の望む結末は何だったの?」
まっすぐ葉一を見つめる椿に対して葉一は天井を見上げる。
「友人の仇を討ち、友人の望みを叶えることによって裏切りの贖罪をし、自分を馬鹿にして心に傷をつけた女に復讐をして、ライバルの居なくなった愛しい人をこの手に抱きしめながらその存在をヒロイックに失い、最後に夢を諦めた男がこの世界で唯一生き残った事実に物語の主人公のような一瞬を味わいたかったんです。」
言いながらもなんと利己的で矛盾した願望なのだろうと葉一は思う。
椿はひとことだけ呟く。
「まだ物語は続くの?」
葉一は首を振った。
「それは出所したさくらを迎えに行く物語とかになりそうですね。ですが9割願いを叶えた今ではそこまで炎を継続できないでしょう。そもそも夢自体矛盾してるじゃないですか。」
「確かに。でもなんか中途半端な感じもしないでもない。」
「そうですね。」
葉一はほんの少し笑顔を見せた。
「中途半端なんですが、それが自分にとってお似合いだと認められるようになりました。」
そして続ける。
「本来ならさくらが有名女優になって仙斗と結婚して幸せになってる姿を見て、2人を祝福しながら、全力を尽くすことができなかった自分を憐れんで、もし全力を尽くしてたら自分だってと思いながら、そういう自分を受け入れて穏やかに暮らす。そういう役回りも望んでた部分もあります。頑張った者が報われるまさにハッピーエンドですね。」
葉一は笑った。
「まぁそうはいかず実際の彼らの物語の中ではほぼずっと裏役でしたが。」
椿は水割りを飲み干してカウンターに置き言った。
「葉一君こそがずっと暗躍してた悪い魔法使いだったんじゃないの?」
葉一は3杯目を作る。
その酒の名は『フォーローゼス』。
そしてカウンターの内側の目立たない所に置かれてひっそりと花を咲かすもう一つの小さな鉢植。
さくらに渡した花の片割れを見た。
その花の名は『スノードロップ』
花言葉は『あなたの死を望む。』
その花を見つめたまま葉一は応えた。
「そんないいもんじゃないですよ。魔法使いどころか仙斗のように己を焼き尽くして魔法を使う根性もないままの卑怯者。そのくせ『灰かぶり姫』を愛してしまって友達に隠し事を作った裏切者。魔法使いの魔法で綺麗になるのが悔しくて歯痒く感じ、楽しげにパーティに行く準備をする2人を、己の立場を忘れ嫉妬して恨むしかなかった軟弱者。」
葉一の自嘲は続く。
「元の小汚いいじめられっ子の末妹のまま『この綺麗な花は何ですか?』『これはね。』って会話をこれからもずっとずっとしていたかった、置いてけぼりの寂しい男」
「『魔法使い』と言うよりあえて言うなら…。」
そして椿を見て言った。
「単なる『庭師の呪い』ですよ。」と。




