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29.裏返る魔法

純文学週間連載中ランキングで3位まで上がってきました。

ありがとうございます。

インターホンを覗くと見知らぬ女性が立っていた。

「どなた様ですか。」

と尋ねると同時に横から男性もカメラに映る。

「俺、分かる?」

さくらはその男性の面影に葉一を見た。

「四谷君?」


「久しぶりだね。インターホン越しもなんだし説明するからちょっと入れて。」

さくらは少し逡巡しつつも葉一達を招いた。

葉一と女性のいきなりの訪問も含めて分からない事が多すぎる。

何も言わずに追い返すにはリスクが高いような気がする。


門扉の開閉ボタンを押し玄関先で出迎える。

さくらと会った葉一は小さな鉢植えを渡してきた。

「これ。『スノードロップ。』仙斗に頼まれてたやつ。」

白く下を向いて咲く花は謙虚深い美しさを醸し出していた。

さくらは礼を言い受け取る。


続き庭を見渡す葉一の第一声は

「枯山水作りたくなるような庭だな。」だった。

「言ってる事がおじさんよ。」

「男は好きだと思うけどなぁ。」

隅に半分ほど見え隠れする桜を指差し「風情もあるのに。」と桜から反対の端までぐるっと手を回す。


そして少し確信に寄る。

『仙斗は枯山水作りたがらないのか?あんなに立派な桜があるのに。」

さくらの逡巡は一瞬だけだった。

「言ってた事はないわね。ところで今日はどうしたの?」

まだ何もわからずとりあえず話題を逸らす。


「あ、こちら椿さん。俺の働いてるBARの系列会社の不動産部の方。」

椿が和かに挨拶をする。

葉一は続ける。

「仙斗と3人で飲む事が良くあって、今日一緒にメシ行ってから飲もうかって約束してたんだ。それで迎えに行くって言ってたんだけど、携帯も出ないし、あいつまだ寝てんの?」


椿はホント一面砂利なのねと言いながら庭を見てまわる…フリをする。

「あら。朝から見てないわ。今は私1人なのよ。」

「あれ。おかしいな。どうしたんだろ?だけど折角だし久しぶりだから少し話でもしないか。その間に椿さんには庭を見せてやって欲しいんだ。仙斗に見せてもらう約束してて楽しみにしてたんだよ。」

さくらは少し迷う。

正直なところさっさと帰ってほしいところだが、仙斗が約束していた以上邪険にもできない。


結局、食事場所の予約時間があるので15分程度。

二度手間になるのも嫌だし、それまでに帰って来なければ先に行くから仙斗に伝えといてよと言うので了承することにした。

それに仙斗が葉一にどこまで話してるかも気になる。


リビングに案内された葉一はソファに座る。

さくらは向かいあって座る。

リビングから桜は死角になり葉一は密かな安心感を抱いていた。


さくらはそんな葉一をこんなにグイグイ来るキャラだったかしらと少し昔を振り返る。

「いきなりだったからびっくりしたわよ。」

「仙斗は伝えてなかったんだな。でも懐かしいな。何年振りだろう。」


どちらともなく決められた事のように昔の話を始める。

なつかしいバイト時代の話を。

当然に夢の話になり話題は劇団の話に移る。

それからさくらは「太陽がいっぱい」の話をしだした。

それをもとにしたミュージカルを作りたいと。


葉一は怪訝そうな顔をした。

「なぁ。それストーリー違うぞ。」

「どういうこと。」

「確かに主人公は貧乏な青年だ。その青年は自分にそっくりな金持ちの坊ちゃんを殺して成り代わるんだよ。確かに最後は豪邸のテラスで日向ぼっこしながら『太陽がいっぱい。』って呟くがな、その時には既に金持ちの親父にバレてて、親父の部下が現れそのテラスには誰もいなくなったところで終わるんだ。」

あらそうなんだ。だったら違うのにするわ。とあっけらかんと答えるさくら。


葉一は一呼吸おいて続けた。

「ところで仙斗は?」

さくらはさきほどの返答を繰返すか考えたが、何度も家に来られるのも困るとの結論に至った。

「いないわ。実は私と仙斗は離婚したの。財産はくれてやる。俺は出て行くって言ったまま行方不明よ。だから約束なんてしてると思わなかった。」

「探さないのか。」

「どうして?もう縁が切れた人じゃないの。」


さくらの表情に不審なところはない。

そう。

全く不審なところがなかった。

それは、自らを洗脳した効果か女優としての努力の成果かはたまたモンスターと成り果てたのか。


葉一の目から一滴の涙が出た。

だが葉一は涙が出た事に一瞬気づかなかった。

「どうしたの急に。」

「さくら。お前仙斗を殺しただろ。」

「急に何言い出すの。」


驚愕したのが「フリ」なのか真実なのか葉一にはもう何もわからない。

「仙斗がお前をさらったって手紙で書いてたんだよ。」

「で?」

「さらわれたお前がこうやって過ごしてて、さらった本人が行方不明。どう考えてもおかしいだろ。」

「何言ってんの。仙斗が私をさらったのなんて随分前よ。その後は私の意思でここにいた。そして仙斗もあたしに飽きたんじゃない?去っていったのよ。」

「財産を全部お前に残してか?今後の生活はどうするんだ?」

「そんなの知らないわよ。もともとお金より『幸せな家庭』が好きな人なんだから、お金なんていらないんじゃない。」

「お前はお金の方がいい人だけどな。」

「侮辱なんて今までの人生で慣れてるけど、あなたに言われる筋合いはないわね。」


先ほど桜の木に向かっていた椿からメールが入った。遺体が……出た。


「さっきの椿さんが桜の横の畑から仙斗の遺体を発見したそうだ。」

「それがどうして私が殺したことになるの?」

よどみなく応対するさくらに葉一は軽い恐怖感を覚えた。

何がここまでさくらを変えたのか。

「なぜ、そんなにすぐに遺体をみつけることができたと思う?」

「あなたが殺してたとか?」

葉一を毛虫のように嫌ったあの時のさくらと同じ表情に、葉一は鳥肌が立ち身震いをした。


「仙斗は俺に手紙を残していた。そして仙斗の手紙の指摘どおりに遺体が出た。さらに家の中調べればすぐにわかるさ。お前は知らないだろうが、首を絞められりゃ失禁するし、刺されれば血が流れる。ルミノール検査薬で調べりゃどれだけ綺麗にお掃除してたって反応はでるんだよ。それに『桜の木の消化酵素。』の嘘を信じたんだろう?死を賭してかけた魔法に隙なんてないよ。」


さくらは少し黙り込んだ。

「ご丁寧なウソを。」

フンと鼻息を出す。

さくらは急に太々しくなり人が変わったようになった。


「喜んで死にたいヤツの気持ちなんてわからないわ。」

吐き棄てるように続ける。

「あぁそうよ。私が殺したの。でも結婚しろって無理矢理に誘拐されたのよ。仙斗は誘拐犯なんだからきっと正当防衛よ。」

「そうだな。誘拐だな。確かに刑法第225条では、結婚の目的で、人を誘拐した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。と書いてある。けど第229条に第225条の罪は、誘拐された者が犯人と婚姻をしたときは告訴できない。と書いてるんだよ。だからお前が仙斗と結婚したことでチャラだ。」


さくらの態度に変化はない。

「でもこんな異常事態なんだし、仮にそうだとしても私いままで犯罪なんてしたことないもの。万一罪になるにしても刑はきっと軽いはずよ。」

さくらの態度は自信に満ちている。

「かもな。ところでお前は多分仙斗の財産を使うんだろうな。」

「仙斗の財産じゃない。私の財産よ。離婚届も財産分与の証書もある。ちゃんと財産をもらえる権利があることが書いてあるわ。」


葉一はむしろ自分の方が心に波風を立てているような気がしつつもここが正念場と踏ん張る。

「仙斗の叔父さん覚えているか。」

「行方不明になったんでしょ。それがどうしたのよ。」

「仙斗が叔父さんを殺したんだ。」

さくらはさすがに驚いたようだったがすぐに元の表情にもどった。

「それが私に関係あるの。」

「民法第891条ってのがある。これは簡単に言うと被相続人、つまり叔父だな、を殺した相続人、つまり仙斗だ、は相続する資格がない。と書いてるんだよ。」


あきらかにさくらは動揺していた。かまわずに葉一は続けた。

「結果として、叔父を殺した仙斗に相続する権利はなく、仙斗自身の財産は全部お前のために使ってしまった。だからお前が離婚でもらう財産もないんだ。」


さくらは葉一に聞こえるか聞こえないかの音量で呟き出した。

「なんでよ。どうしてよ。私は何もかも捨てて全力で登ってきた。ただサンドリヨンになりたかっただけよ。なのに・・・なのになんでこうなるのよ。」

「魔法使いの魔法は愛情という条件付だ。仙斗はただ一人その魔法で土台を支え続けてきた。愛情を失った魔法は呪いに裏返りその土台も失う。そして失った以上その上で踊ってたシンデレラは落ちるしかない。」


さくらは震えている。その胸中はいかなる思いか。

そして呟く。

「まだよ。まだ終わりじゃない。」

葉一は右手をポケットに入れつつ言い渡す。

「0時の鐘は鳴ったんだよ。」


さくらはテーブルの隅に置いてあったナイフを逆手に持ち葉一に向けて振りかぶった。

「誰も知らなければいいっ!」



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