25.選択
「本気?」
さくらの表情は少し青ざめている。
「本気だよ。」
仙斗は笑顔で言う。
「こういう可能性は考えなかったのか?」
考えなかったわけではない。
いやむしろ何度も考えた。
「かといって自分の命を賭けるってバカじゃない。」
「お前は夢に自分の命を賭けてないのか?」
さくらは言葉に詰まる。
詰まりながらも絞り出す。
「賭けてるわよ。」
「なら分かるだろ。俺の『さくらと幸せな家族となる夢』は潰えた。せめてさくらの心の中で忘れられない存在になるならまだ譲れる話なんだよ。」
「けど、ずっと一緒にいたでしょ。閉じ込められても一緒にいたことには変わりないわ。あなたにとっては幸せな家庭じゃないの。大好きな私と居れたんだから。」
「物理的にな。一度も愛された実感はないよ。」
「愛せないものは仕方ないじゃない。」
「そうだな。思い知ったよ。だからさくらの心にしがみつく事にして嘘をついたんだよ。お前は俺を愛するまで永久にここに居るか。そこにあるナイフで俺を刺し殺すかだ。まぁ思い直して俺とずっと一緒に幸せになってくれてもいいよ。」
さくらは激昂した。
1年以上仙斗とふたりきりだったのだから、それなりに情はできる。
一方で信じようとしたのに裏切られた気持ちもある。
「殺すなんてできないし夢を諦めるなんてできない。」
「諦めろなんて言ってない。趣味程度にしてそれで認められたら前に進めばいいじゃないか。生活を考えなくていいんだし。ある意味全力で進めるじゃないか。できた余裕の分俺を見てくれと言ってるだけだ。」
「無理無理無理。脚を緩めるなんてできない。」
「じゃそのままだ。」
仙斗は振り向いて部屋を出る。
閉めた扉の向こうから、さくらの悲鳴にも似た叫びが聞こえた。
仙斗はしばらく来なかった。
その間3回寝たから3日かも知れないし、1日かもしれない。
冷蔵庫には食材もあるし、食料保管庫にインスタントもあるから食事ができたが、3回食事したから1日とは限らない。
閉鎖隔離実験の話を聞いたばかりなんだし。
何も困ることはないが仙斗の閉じ込める意思はひしひしと伝わっていた。
仙斗が食事を持ってきた。
さくらは何と言うのが最善なのか。
だが究極は自分の意見か相手の意見かどちらの意見を通すかしかないのだ。
そう考えていた。
仙斗の意見に一旦乗る方法もある。
逃げ出して慰謝料や損害賠償を請求する方法だってある。
そもそもこんなセキュリティの厳しい家で逃げられるかも分からないし、そんな事に考えを振り分けるのも嫌だ。
「いい加減に出してよ。」
さくらは結局そう言うしかなかった。
「平行線の話をする気はない。」
仙斗は食事をキッキンに置いて戻ってきた。
テーブルの上に置いたままのナイフを指さす。
「現状を打開するツールはそこにある。しっかり研いでおいたし、それだけの刃渡りがあれば、身体ごとぶつかれば俺だって簡単に死んじゃうよ。」
「だからできないって。」
さくらは叫ぶ。
仙斗は煽るように静かに言う。
「じゃあこのままだ。10年経てば考えも変わるかも知れないよな。40超えても俺はさくらを愛しているよ。」
40歳!
老いていくイメージが湧く。
何もなし得ずある日百合が大女優にでもなっていたら私は気が狂ってしまう。
イヤだ。
雷が落ちたように老いさらばえていくイメージが駆け抜ける。
「じゃ『多分』またくるよ。」
さくらは錯乱した。
地下室で誰にも知られず、市井の民として夢を届かないのを痛感しながら死んでゆく。
そんなカットが次々に頭を巡る。
ついにナイフを掴み、扉を出ようと手をかけた仙斗の背中に向かってぶつかっていった。
「まぁこうなるよね。」
他人事のような仙斗の言葉でさくらは我に返った。
その直後、桜の目の前で仙斗はスローモーションのように崩れ落ちた。
「ごめん。仙斗。」
さくらはナイフを抜こうとする。
ナイフには血抜き溝がついているせいか血は止まらない。
刺し傷は背中から肝臓に達しており残された時間は多くはなかった。
『届かなかったか。』仙斗は呟く。
「もしかしたら届く可能性あるかなと思ってたんだけどなぁ。」
「すぐ救急車呼ぶから。」
「到着する頃には死んでるよ。わかるんだ。もう寒くなってきたし。」
「でも…」
「それにさくらも捕まるぞ。それこそ夢が終わる。」
さくらの手が止まる。
何のために刺したのか。
確かに錯乱していたが倒さないとならない壁とは認識していた。
さくらが逡巡している間にも、仙斗の命が流れ出していく。
仙斗の時間が尽きていくのが否応にも分からされる。
さくらは何と言えばいいのか分からない。
「思ったより…痛…かった…な。」
仙斗は動かなくなった。
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