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23.スノードロップ

婚姻届を提出した帰り道、仙斗は葉一のBARに寄った。

すぐに椿もやってきた。

珍しく今日は早めに仕事が終わったそうだ。


軽い挨拶を交わした後、仙斗は切り出した。

「俺、さくらと結婚したんだ。」


仙斗のボトルを出そうと棚に向いていた葉一は、噛み締めるような時間の後振り向いた

「おめでとう。やっとって感じだな。」

仙斗を座らせ椿の注文を聞き、それぞれの酒を用意するまでしばしの沈黙が続いていた。


グラスを各自握らせ葉一が言う。

「では仙斗君の結婚を祝して」

乾杯の声が重なる。

終わるなり葉一は尋ねた。

「で、プロポーズの言葉は何でどこで言ったんだ?」


仙斗は舞台勤務時代に、葉一がさくらのことを想っていた事を薄々だが感じていた。

条件付きとはいえ結婚に至った現在、葉一に対する優越感から報告に来たのだが、そんな様々な設定なんて用意してはいなかった。


「そりゃあ…秘密だろ。」

「わざわざ報告しに来て秘密ってないだろ。」

仙斗の瞳は、店内に適当な言い訳がないか探すかのように左右に揺れる。

椿も追い討ちをかける。

「そんなこと言って、実は本当に誘拐したから言えないんじゃない?」


にこやかに見つめる椿の瞳は何を写し取っているのか。

図星の緊張感の中、仙斗の脳内はいかに誤魔化すかでグルグル回る。

「そうなんだよ。誘拐して結婚してって言ったらOKって。」


世の中には息をするように嘘をつく人間がいる。

だが仙斗はそんなタイプではない。

真実こそ澱みなく話せる。

冗談で誤魔化すように真実を話すのが一番簡単だ。


葉一はバーテンだ。

いくら客がほとんどいないといっても、それなりの年数やってれば、人よりは嘘と真実の見分けがつくようになってくる。


加えて柳会長はことあるごとにメンタリストとしての技術を葉一にも伝えていた。

話す音の高低や速度、その時の目線、指、手、足先そういったものから滲み出てくること。

市井で言われるような『右上を見たらウソ』といったものではない。

身体の一部分のアクションごときででウソ100%とはならない。

人とはそんなに分かりやすいものではないのだから。

あくまで先入観をなくして、僅かな積み重ねを重ねた結果で判断するのだ。


葉一は高確率で仙斗がさくらを誘拐して結婚したと言う部分に真実を感じていた。


この言葉は2つのパーツに分かれている。

まず『誘拐』これはいつも仕事終わりに迎えに行ってるんだから簡単だ。

仕事上深酔いの時もあるし、お茶にハルシオンでも入れとけば熟睡するだろう。


次に『結婚』これが難しい。

それはさくらに夢を諦めさせるのと同義だ。

尽くしてくれたからと情に流されるタイプでもない。

葉一は自らの黒歴史に身震いした。


だがこの部分も真実のサインが多く出ていた。

となれば夢を諦めない形の結婚。

つまり条件付だ。

仙斗は叔父の仕事を手伝っていた。

高利貸しだ。

その叔父が行方不明となったと聞いた。

となれば失踪宣告後の相続だ。

つまり結婚は多額の金が条件になっている。


回数を重ねた質問はできない。

一つの質問で三歩以上進まねば。


椿が羨ましいと言いながら聞く。

「呼んでくれれば結婚式行くのに。仙斗君は肉親叔父さんだけなんでしょ。式には呼んだの?」

「叔父貴は行方不明のままなんですよ。だから式とかはやめとく方向で。」

「あ、ごめんなさい。」と素直に詫びる。

素晴らしい質問だ。と葉一は思う。


式をやめるぐらいなら婚姻届も引き延ばすのが一般的だ。

なぜ届だけ急ぐ?

届と支払いが交換条件なのか?

それなら形だけの結婚だ。

仙斗はそんな見栄っ張りでもないし、形だけで満足するタイプでもない。

さくらのメリットは金。

誘拐罪逃れか。

なるほど理解できる。

だが薄い。

他に仙斗のメリットは?


「さくらは結婚後もキャバで働くの?」

葉一は尋ねた。

「いや。結婚に合わせて辞めたよ。」


前回同様、全力で夢に進める状況と金

そこまでは確定。


だがさくらは芽も出ないまま30歳が近い。

大きいオーディションとか受かったと言う話も一度も無かった。

今更遅い感じもある。

時間は不利にしか働かない。


提供するものが大き過ぎてバランスが取れない。

結論としてさくらを手に入れていない。

となればこれから手に入れるための結婚だ。

質問は決まった。


「ところで仙斗君?」

椿が先に聞く。

「私達結構知り合って長いよね。そして何回も会ってる。」

「はい。そうですね。」

「いつ奥さん紹介してくれるの?」


まさに葉一がしようとした質問だ。


仙斗が言い淀む。


葉一は先を越された事よりも、椿の質問に感心していた。

「い、1年後くらいかな。」

「えー。もっと早く見たいー。」


質問者に一番必要な事は、質問された側にその意図を気づかせず疑われず警戒されず、そのまま普通に会話する事だ。


その点、椿は完璧だった。

「なるべく早く会わせますよ。」

葉一は(できたなら。)がつくなと考えていた。

推測は確信に近いものになっていた。


仙斗は期間限定で結婚した。

つまり時間を買ったのだ。

だから連れてくる事はできない。

夢を諦めさせるよう洗脳するつもりだから。

期間は1年程度で現在は軟禁状態だ。


期間満了までに、夢を諦めさせて口説き落とせば仙斗の勝ち、できなければ負けだ。


しかし仙斗のベット額が大きい。

負ければ全てを失うに近い筈だ。

その後は?

これは背水の陣だから後のことは考えてない?

あと一つ何かが足りない。


しかし『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗く』だ。

自分だけが一方的に聞ける雰囲気ではない。

自分は『友人』という第三者なのだからその範疇を越えることはできない。


だが…


葉一は笑みが浮かぶのを制御できない。

まだまだ未熟だ。

ただ便利なことにバーテンだ。

表情を隠せない場合後ろを向けばいい。

ボトルはいくらでも並んでいるのだから。


葉一は後ろを向き『ブッカーズ』を取った。

片方の口角の上がった笑みを隠すために。


そして表情を戻し振り向きながら言う。

「そんなヤツにはこれだな。『ブッカーズ』63度で普通の度数の1.5倍。色々吐かせるにはもってこいだ。プレミアムバーボンで結構高いのに俺の奢り。」

「ガチで酔うからやめて。」と笑う仙斗。


そんな一連のやりとりを椿はにこやかにみていた。

カウンターの隅では、小さな鉢植えに植えられたスノードロップが美しく咲いていた。


ブッカーズのハイボールはガチで酔いますwww

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