22.新生活
2人はさくらの家で必要な衣類を引き上げ、店には急遽入院する事になったからと給料を回収して地下室に戻った。
その後3日かけてさくらの部屋を引き払い、地下室がさくらの新しい部屋となった。
「テレビはないの?」
と聞くさくらに対して仙斗は、テレビは処分したしネット環境もないと言い、携帯も没収すると取り上げられた。
そのかわりレッスンに必要な資料は何でも取り寄せると言われた。
さくらは厳しい合宿みたいと思いつつも、急にできた時間に戸惑いながらソファに腰掛ける。
紅茶を入れ向かいのソファに座る仙斗
「まだ心は一つになってないけれど、俺はとても幸せだよ。」
さくらは理解できない。
「身体だけなら簡単。さっさとヤッちゃってお金もらって終了。パパ活ってやつ。目に見えないものよりよっぽど分かりやすい。」
仙斗は理解できない。
「目に見えない物、金で買えないものだからこそ素晴らしいのだと思う。」
両者は平行線を辿る。
「『今』私を金で買ってると思うけど?」
「身体を買ってるだけで心は買えてない。ただ『チャンス』を買ってるだけだ。」
「なんの『チャンス』よ?」
「もちろん俺たちが心を重ねる事だ。」
「そこに私の心を振り分ける事そのものが私の歩みを止める事にも繋がるのよ。」
「だから期間限定なんだ。メリット考えれば充分だろ。重ねる事ができればそれを何もかも忘れるくらい大きくすればいい。」
「1は100になっても0は決して100にはならない。私の心は貴方のものにはならない。」
さくらは微妙なデジャブに覆われていた。
そういえば葉一にも言ったっけ。
あの時は仙斗を1と例えたか。
流石友達同士ね。2人とも0だわ。
葉一はその後夢を諦めて家を飛び出し、今はバーテンをしているそうだ。
魔法使いの仲間というより庭師程度か。
そもそも役として登場すらしない。
心に炎を灯さない人生ってありえないし想像もできない。
「それは誰にも分からない。」
仙斗はさくらの思いにも気づかず話す。
「可能性が0じゃない以上チャレンジする価値はある。」
パンドラが開けてはならない箱を開けた時に、世界に災厄がばら撒かれた。
最後に箱を覗くとそこには唯一『希望』だけが残っていた。
有名な『パンドラの箱』だ。
だから『希望』こそが1番の厄災だとも言われる。
わずかな可能性に縋って、幾人の人間がその身を狂わせるのか。
己の炎に自らを焼き尽くす者を見た者も、自分自身の可能性を信じたが故に、また燃やし尽くしてしまう。
例え諦めたとしても、成し遂げられたかも知れなかったという思いが身を焼く。
そこから逃げ得た者はいったいどれだけの割合なのだろうか。
「チャレンジして失敗するも自業自得。」
さくらはあっけらかんと言う。
「それを『私』にゆだねてる段階で狂ってるわ。
私がやーめたと言えば貴方は終わりなのよ。」
「そう。全ての書類はここにある。さくらがイヤになれば、いつでもこれを破り捨てれば全てご破算だ。」
さくらに向き直る。
「君の選択肢は、俺と心を重ね俺を愛するか、俺を殺して財産を奪って出て行くか、何もない『衰えた灰かぶり姫』に戻るかだ。」
さくらはそこに仙斗自身がイヤになって書類を破り捨てさくらを放り出す選択肢がないのに気づいていた。
選択肢に入っていないのは、仙斗が自分自身がそんな事はあり得ないと信じていたからだろう。
だがそうならない保証はどこにあるのか。
さくらが諦めないからって仙斗が諦めないとは限らない。
完全に無視し続けるとそうなる可能性もある。
さくらは仙斗の話を聞かざるを得ないのだ。
「気分が悪いわ。少し休ませてくれる?」
さくらにできる精一杯の抵抗だった。
「今日は色々あって疲れたよね。まずはゆっくり休んで。そして明日からゆっくり言葉と心を交わしていこう。」
仙斗はドアを閉めて部屋を出て行った。
ガチャリと言う鍵がかかる金属音がさくらの神経を逆撫でした。
時計もカレンダーも採光もなく、換気扇と空気清浄機が僅かに鳴る部屋でさくらは呟いた。
「サイコパス野郎。」
2人の『新婚生活』はまだ始まったばかりであった。




