21.取引
仙斗はさくらをお姫様のように抱え地下室に運んだ。
ここ数年見たことのないような顔で眠るさくらをベッドに横たえる。
その上で小さなテーブルと椅子持ち寄せ横に座る。
眠るさくらを見る目は何を思うのか。
1時間ほどだろうか。
さくらが目を覚ました。
周りを見渡し椅子に座る仙斗を見つけると、その表情は険しくなる。
「どういうつもり?」
仙斗の表情はいつもと変わらない。
「俺は『幸せな家族』が欲しい。」
「知ってる。」
「そしてそれにはさくらが不可欠だ。夢を叶えたさくらと暮らすのが俺の幸せだ。」
「知ってる。」
「俺はさくらの夢が叶うまでと応援してきた。『魔法使いになる。』という宣言通りに。」
さくらはベッドに座りながら言う。
「偉そうに『魔法使い』とか言わないで。世の中にはもっと凄い魔法使いなんていくらでも居たわ。」
「その大魔法使いさん達の魔法でも『届かなかった』んだろ。」
2人の脳裏によぎる人物が同一人物である事を2人は知らない。
さくらは言葉に詰まる。
仙斗はさらに追い討ちをかける。
「これからどうすれば『届く』んだ?」
達観したかのような表情の仙斗に対して
さくらは怒るしかできない。
「そんなの分かんないわよ。」
仙斗は穏やかに話す。
「もういいだろ。心身すり減らして得るのは疲れる毎日だけじゃないのか?昔は楽しそうにしてたじゃないか。演劇は趣味にしてのんびりと過ごすのはダメなのか。」
さくらは下を向きベッドの前の小テーブルに両手のひらを叩きつける。
「望んで何が悪いの。望んでしまったから全力で登って何が悪いの。保険かけながら登って前に追いつくとでも。私は邪魔になる命綱を捨ててより早く登る事を選んだロッククライマーなのよ。」
さくらは顔を上げて仙斗を直視する。
「届かなかった惨めな思いを抱えながら残りの人生過ごす位なら、前を登るやつを崖下に突き落としても私は登る。」
さくらは力を抜き笑った。
「抱きなさいよ。ずっと推し続けて疲れたんでしょ。別に身体なんてどうでもいいわ。明日も同伴だしそれまで家でゆっくりしたいから、さっさと済ませてもらうとありがたいけど。」
仙斗は怒りと悲しみの渦の中にいた。
さくらに言いそしてさくらに言われてる事はそのまま仙斗の執着に当てはまるのだ。
自分自身がさくらを諦められず、自分の立場を棚に上げて言う台詞に何の説得力があろうか。
「俺はお前の心が欲しい。」
「しつこい。」
さくらは苛立つ。
「あんたこそ私に執着してるじゃないの。これやってる事は誘拐罪なの分かってる?」
「分かってるけど、こうでもしない限りどうしようもないじゃないか。さくらはどれだけ近くにいても俺を見ようとしないんだから。」
下を向いて小声になる仙斗にさくらは嘲るように声を張る。
「はるか上まで連れて行ってくれる『魔法』でも使ってくれるなら見るわよ。」
仙斗は両手で顔を覆った。
事実として仙斗は桂樹も玉水も殺した。
永山基準に照らしてみても死刑が相当。
まがりなりにも仙斗は法学部卒であり、そんな基準は2年生にでもなれば学部生は誰でも学ぶ。
仙斗こそ命綱を捨て去っている。
「結局、俺もお前も戻れないほど狂っちゃったんだろうな。」
木から降りれない猫のように身体を丸めて呟く声はさくらに聞こえたのかどうか。
さくらと2人飛び上がりその後仙斗が力尽きて落ちていっても、振り向きもせずまた崖にしがみつきに登ろうとするさくら。
または2人とも落ちて死ぬ。
そんなイメージが仙斗の頭から離れない。
さくらも『死』を薄々感じながらも手をかける次の岩を探しているのだ。
さくらは届かないだろう。
それでも醜くあがくだろう。
そんな惨めな姿は見たくない。
できる事ならさくらには抜け殻になっても夢を諦めた穏やかな日々を過ごして欲しい。
仙斗は少し笑った。
「最大の魔法を使ってやるよ。」
さくらは首を傾けている。
「俺と結婚してくれ。」
さくらが何か言うより先にテーブルに通帳を開きながら置いて言った。
「中を見てみろ。」
さくらは仙斗が貯めた預金の自慢でもしたいのかしらと通帳の開いている部分を見る。
一.十.百とさくらは桁を数える。
百万、千万、一億……一億?
「4億8000万円?」
さくらは予想外の金額に呆ける。
「俺の金じゃない。俺の金は全部さくらに使ってるから貯金なんてほぼない。」
さらに続ける。
「それは俺の叔父の通帳。叔父は2年前の地震で津波に呑まれたようで行方不明だ。民法上災害から1年で死亡した者として取り扱われる。そして叔父の相続人は俺1人だ。」
さくらは理解しようと努めているように見えた。
「つまりそれは俺が相続すると言う事だ。」
さくらの中に様々な想いがよぎり頭の整理が追いつかない。
ただ表情だけが微妙にくるくると変わる。
どう振る舞うのが最善か推しはかるように。
さらに仙斗は続ける。
『だが例えば相続した後にこれをさくらに全部やるとすれば55%は贈与税で国へ行く。馬鹿らしいだろ。」
それはそうだ半分以上だなんて。
さくらは国民誰もが思う事を当然感じていた。
「ところが結婚してから離婚するときに『財産分与』として渡す場合には税金はかからない。まるまる貰えるんだ。」
「仙斗はどうするのよ。」
一息ついて仙斗は言った。
「俺と結婚してここで1年暮そう。1年後には離婚して全部さくらのものだ。その後は好きにすれば良い。俺は幸せな1年間の記憶だけで残りの人生を生きていく。」
仙斗はさくらを見つめる。
「俺の願いもお前の願いも叶う。Win-Winだとは思わないか?」
さくらは握り拳を口に当てる。
自分の思考が相手に知られるのを嫌がるポーカープレイヤーのように。
「婚姻届を出してから1年間だ。その間はここから出てはならない。ずっと俺と暮らしてもらう。劇団もキャバも辞めてもらい、ただひたすら俺と暮らす。1年後に離婚届を作成して財産分与証書を作る。その後はお互い自由だ。」
結婚そしてバツ1。
まぁそんな事はどうだっていい。
しかし1年……1年か。
時間がないとヒシヒシと感じている今、長いと言えば長いが現在の状況を大きく変える一手といえばその通りだ。
ただ信用できるのか。
仙斗は1年後も同じ想いを抱いているのか。
だがしかし…。
「分かった。」
さくらは言った。
「でも書類は先に全部作って。」
贈与税率は本当です。
ですが、財産分与の対象となるのは「結婚後2人で作り上げた財産が対象となる」のであり、個別に相続した財産は対象になりません。




