20.拐取(かいしゅ)
「なんでなんですか。」
さくらは団長に噛みついていた。
「私の方がチケット売ってるじゃないですか。」
桂樹とは半年以上連絡が取れていない。
苛立ちが怒りに拍車をかける。
団長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
それはそうだ。
売上に応じて役を配分しているのを正面から突かれた形なのだから。
それを振り払うように答える。
「百合ちゃん大きいとこで役取ったろ。それなりにお客さんも増えてきたし主役でないと。」
さくらは負けない。
「だから私の方が売ってるって言ってるじゃないですか。」
団長は少しいらだってきた。
「チケット売ってても誰も来ないじゃないか。誰か金主にまとめて出してもらってるだけなんだろ。それに最近ちゃんとレッスン受けてる?歳行くと声は低くなり出しにくくなるんだ。ぶっちゃけ最近実力落ちてるよ。」
実力不足の指摘はさくらに衝撃を与えた。
「……百合だってまとめて売ってるじゃない。」
抵抗も勢いは削がれてしまう。
団長はここぞとばかり畳み掛ける。
「バランスだよ。百合にも金主はきっと居る。ただ、それなりに人数もくる。それに彼女のファンもできたスペースに垂れ幕を置いたりして、空席を目立たなくするよう努力してくれてる。さくらはどうだ。ぽっかりスペースが空いちゃってるじゃないか。」
それはその通りだ。
チケットは売れてもスペースは大きい。
人自体もある程度集めなければ話にならない。
さくらは無言で踵を返した。
団長はその背中を見てため息をついた。
「届かない。届かない。届かない。」
酔ったさくらは仙斗の迎えの車で叫んでいた。
「何?もう貸切にしなきゃ私は主役はできないの?ふざけんな!」
じわじわと広がる百合との差に、さくらの心は呪いにかかったように毒されていく。
「Kさんはまだ連絡取れないし、ほんと最悪。」
仙斗の胸中はいかなるものか。
「今度は俺80枚買うし、ちゃんとレッスンを受けて少しずつ実力を…。」
さくらはそれに被せるように怒鳴る。
「そういう問題じゃなくなってるし、一体いつになんのよ。もう私も30が近づいてきてるのよ。間に合わないじゃない。うちの劇団にもどんどん若い子が入ってくるし、客は若い子好きのロリコンばっかりだし。」
背もたれに身体を投げ出し伸びをする。
「Kさんなら頼めばきっと劇団ごと買ってくれそうなのに。どこ行ってんのよ。もー。」
家に着いた車を出て仙斗を振り向きもせず、千鳥足で帰っていくさくら。
今日、一度でも目を合わせた瞬間があったろうか。
部屋に入るのを運転席から見送る仙斗。
その頭に桂樹の声が蘇る。
「こんなもん金で買えるんだ。てめえの大事な『金で買えないもの』なんて金額次第なんだよ。甘いんだ。見ろよ!買えてるだろうが。」
空を見上げると満月が美しい。
別に桂樹の顔が浮かんだりはしない。
仙斗の心に重さがあるとしたら、あと何グラム残っているのだろうか。
仙斗はただひたすらに耐えた。
それが己への罰と考えたのか。
それともいつかやってくるだろう幸せを信じていたのだろうか。
余人には計り知れない。
ただ月を見上げるのが癖になっていた。
それから1年と少し経った頃には、さくらは当たり前のようにアフターをするようになっていた。
車に乗り込むさくらに仙斗は愚痴をこぼす。
「今日は帰りにご飯食べようって言ってたじゃないか。」
さくらは酔った身体をシートに預け眠そうに答える。「気に入らなければ先に帰っていいのよ。別に私はタクシーでも帰れるんだし。」
さらに続ける。
「演劇のプロデューサーって人が来たのよ。逃せるわけないじゃない。なのにあいつベタベタ触る癖にケチくさい。いっそ『寝たら役やるぞ。』って言えばいいのに。」
「そんな事言わないでくれよ。」
落ち着かそうとする仙斗にさくらは怒鳴る。
「届かない。って分かる?これ以上ないってくらいにリソース突っ込んでそれでも届かない。ってのが。手段なんて選べる時期はとっくに過ぎ去ってるのよ。」
帰るさくら。
一度も振り向かないさくら。
最近は車に乗るなり寝るか愚痴をこぼすか携帯をいじる。
最後に目を合わしたのは、笑い合ったのは、一体いつの日であったか。
『自分にだけは本音を出してくれている。』
もはや拠り所はそこだけだった。
仙斗は今日も車でさくらを待つ。
月をボーッとただ見て時間を潰す。
ただ今日は残念にも月が出ていない。
今日も酔った身体をシートに投げ出し愚痴るさくら。
まぁまぁとなだめながら仙斗はペットボトルのお茶を渡した。
さくらは酒で乾燥した喉を潤すように流し込む。
「なんかいつもと味が違うわね。」
ボトルを見る。
見たこともないパッケージだ。
「新しく発売してたから買ってみた。」
答える仙斗を見もせずもう一口飲む
「あんまり美味しくないわ。失敗作よ。売れないわね。」
ボトルホルダーにペットボトルを差し込み、腕を組んで眠りについた。
仙斗は帰り道の途中の公園に寄り、スースーと眠るさくらを横目にドアを開ける。
深夜の公園の駐車場にはひっそりとして誰もいない。
さくらの飲みかけのペットボトルをぶら下げて歩く。
トイレに持ち込みペットボトルの中身を流す。
手洗いで念入りに中身を洗い、包装を剥がして分別して外のゴミ箱へ捨てる。
車に戻り眠り姫のように眠るさくらを見ながら呟く。
「俺もお前も失敗作なんだろうな。」
エンジンをかけ車を出した時、ひとりごとが口をついた。
「『届かない。』……か。」
さくらは最低1時間は起きない。
そして運転を再開する。
仙斗の家へ。
そう。
シンデレラは魔法使いにさらわれたのだ。
拐取
※法律用語でさらうこと全般
どうしても題名にこれを使いたくて、読みにくいのを承知で使いました。スミマセン。




