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19.激情2

仙斗は四つん這いになり泣き叫んだ。


やってしまった。

育ててもらった恩もあるのに。

動かない桂樹は何も言わない。

超えるべきではないラインを越えてしまった実感が仙斗の肩にのしかかる。

殺すつもりがあったかなんて分かるわけもない。

ただ分かっているのは露見すれば、さくらとの縁は永久に切れてしまうだろうという、れっきとした事実であった。

毒を喰らわば皿まで食うしかないのだ。


最早どうしようもない。

「ごめんな。」

ノロノロと立ち上がり、仙斗に気づかれず拘束から逃れようと静かに足掻く玉水に近づく。


意識を向けられた玉水が、死を意識して急に暴れ出す。

「腹立ったこともあったけど殺すほどは恨んでなかったよ。」

玉水はバタバタと暴れるが、仙斗はその髪を掴み首筋にナイフをそっと当てる。

仙斗はもう一度「ごめんな。」と言うと同時にナイフを引いた。


仙斗は玉水の命の灯火が消えるまで一度も目を離さずずっと見ていた。

その胸中に如何なる思いがあったのか。


無言で桂樹と玉水の遺体を穴まで運び、シャベルで土をかけていく。

全ての土をかけ終わり、近くの雑草を根ごと掘り起こしてそこに植える。

血や尿が飛び散るビニールシートを丸め沢まで降りる。

沢で無心に洗った後そのまま流した。

その後返り血のついた服を着たまま沢の中をザバザバと進み、深みのある場所を探す。


見つけると服ごとその身体を沈める。

汗だくの身体に沢の水が心地いい。

仙斗はそのまま水の中に潜ってありったけの声で叫んだ。


ずぶ濡れの服を脱ぎ水を絞り出す。

車に戻ってダッシュボードを開け車検証を見つけた。

やはり玉水の車だった。

ダッシュボードの中にあったティッシュを取り出して指紋を全て拭き取る。

エンジンをかけ指紋がつかないように運転しつつ、沢に向かってバックする。

ゆっくり進む車から飛び出し沢に後ろ向きに落ちていく車を眺める。

落ちて止まった車に行きエンジンを切る。


キーも一緒に埋めれば良かったと思いながら歩いて帰る。

入口のフェンスの横に流れていた川に車のリモコンキーを放り込む。


誰も通らない国道をあてもなく歩き、最寄りの駅に着いたのは2時間後だった。

駅は無人駅で仙斗は始発まで待つべくベンチに深く腰掛けた。


その手には桂樹の鞄があった。

2度乗り継ぎをして飲み屋街に戻るといつもの駐車場に桂樹の車があった。


車に乗り込み隣町へ向かう。

車を津波の被害のあった地域の近くの路上駐車の多い場所に停めて、子供の頃から何度も遊んだことのある人目の少ない堤防に登る。

そして桂樹の鞄を海に投げ込んだ。


1週間後警察から電話があった。

桂樹の鞄が見つかり、中から携帯と財布が出てきたので連絡してきたらしい。

警察で遺失物係に行くと、担当の刑事は別の刑事と交替し、別の刑事がこちらにと別室に仙斗を座らせて話しかけてきた。

「金貸しの兼鉄の関係者か。どんな関係だ。」

仙斗は同居の甥だと伝えると刑事は目つき鋭く聞いてきた。

「お前も金貸しか。」

「たまに事務作業は手伝ってます。」

刑事は足を組み話し出した。

「兼鉄に言っとけ。金持ち相手に小遣い貸す程度ならともかく、あんまり調子に乗ると引っ張るぞってな。」

「地震の時から連絡がないんで心配してます。どこでこれ見つかったんですか。」

「隣町で漁師の網に引っかかったんだよ。地震の時に波にでもさらわれたのかもな。世間の平和のためにはその方がいい。」

仙斗は立ち上がり「僕の唯一の肉親なんですよ!」と文句をつける。


刑事は座ったまま答える。

「知らねーよ。高利貸しは犯罪者だ。そして俺はそういう奴ら担当の刑事だ。お前が跡を継ぐなら俺が担当だ。今言った事を頭に叩き込んどけ。」


刑事は紙を放り投げ、署名と押印したら受付に預けて帰れと言い、振り向きもせず去って行った。


2日後交通課から桂樹の車が放置されており、レッカー移動したから取りに来いと連絡があった。

担当部署に寄ったが例の刑事が出てくる事はなかった。


『J casino』にしばらく休業する事を伝え家に帰った。

とりあえずは金貸し用のバッグはリビングにある。

仙斗はそれで生活する事にした。

庭にあるロッキングチェアに座り庭の桜を眺める。


さくらの心を大魔法使いに持っていかれた実感が、仙斗の中にじわじわと広がっていく。


桂樹の叫びが頭を巡る。

『金額次第で買えるんだよ。』

仙斗はこれでさくらを失えば何もかもなくなる気がしていた。

せめて自分の心だけはさくらと離れたくない。

ロッキングチェアは遅くまで揺れていた。


一方さくらは不安に思っていた。

桂樹は、あの日ラブホテルからの帰り際に、少し忙しくなるから連絡が取りにくくなる。それまで小遣いあげるから気楽に過ごしてろ。そう言って100万円の束を渡してきた。


しかしメールは既読にならないし電話も繋がらない。捨てる女に100万円もの金を渡すかしら。

そう思うと本当に忙しいに違いないという帰結になる。

100万円をさくらの手取りから考えると半年から1年くらいは連絡つかないかも。

携帯の電波の届かない外国でも行ってるのかしら。

そんな風に考えていた。

とりあえずチケット代に置いておこう。


財布を買ってから。


桂樹が居たら言うだろう。

「一度身体重ねたくらいで図太い考えになるもんだな。」と。


だがそんな桂樹はもういない。

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