17.流転2
今朝、大きな地震があった。
隣町には3mの津波が押し寄せ堤防を越えたと騒ぎになっていた。
何箇所か床上浸水を起こし海沿いの駐車場では車が流されたそうだ。
隣町は土地が低い上に釣り客も多いので死者や行方不明者も不明ながらもそれなりにいるらしい。
ニュースは各地の山崩れや老朽家屋の倒壊を伝え、被害は広範囲で未知数だとキャスターは悲痛な顔で報じる。
桂樹達の街は岩盤が強いのか大きい被害はなかった。
防波堤や防潮堤も機能し海沿いと人工島の居住地域に床下浸水が発生した程度らしい。
仙斗はニュースを見ながら葉一が言っていたことが浮かぶ。
人は行方不明になると死んだ扱いになるまで最低7年必要だが、災害時なら1年で死んだ扱いになるのだと。
確か失踪宣告制度だ。
仙斗も法学部卒であるので民法もそれなりには学んだが災害時のパターンまでは知らなかった。
例の如く携帯の画面で条文を読まされたのだが。
そんな事を考えながら店に向かう。
"今日は夜中からもう一働きあるから"
仙斗は『J casino』の椅子にちょうど座った頃、桂樹のメールを受け取って首を傾げた。
閉店になり桂樹は古いクラウンを乗ってきた。
パーカーにサングラスと日頃から想像できないような格好をしている。
桂樹が夜中にサングラスだなんてはじめて見る。
「えらく若い格好だな」という仙斗に桂樹は「すまんが運転してくれ。」と言う。
珍しく真面目な態度の桂樹を不思議に思いながら仙斗は運転席に座る。
行き先を聞く仙斗に順次言うと答える桂樹
「次の交差点を右に」
住宅街に入ったり農道をひたすら進んだりと1時間ほどかけてくねくねと運転した後、車は山道に入っていった。
仙斗は知らない。
こまめな迂回がNシステムを回避していることに。
Nシステムとは車輌の自動ナンバー読取装置だ。
主に高速や幹線道路に設置され、通過した全ての車のナンバーが記録される。
犯罪者追跡用の公安委員会所管のシステム。
山道を5分ほど進むと急に大きなフェンスで区切られて行き止まりになっていた。
桂樹が降りてフェンスを開け車が入ると閉める。
助手席に戻ってサングラスを取った桂樹が、車を出させ話し出す。
「ここは開発が放棄されたリゾート地でな。」
1970年代国土改造計画の下に建設ラッシュが進み住宅地や別荘地が増えた。
と同時に全く山林のままで売却する『原野商法』などの投資詐欺や途中で開発が投げ出されるような造成地も相次いだ。
ここもそのひとつらしい。
区画ごとに第1期、第2期と区切っていき順次販売する。
販売収益で別の区画の造成をする。
順調な時はそれでいいが、販売の停滞や資材の高騰が続くと採算があわなくなる。
元々二束三文の土地なのだから赤字を抱えて造成するわけもない。
結果、1区画のみであとは放置といったことになる。
ひどいところだと数軒売って開発業者が破産というケースもある。
かわいそうなのは買主だ。
将来を考えそういった所を買って別荘にしても周りが発展しなければ意味もない。
結局、維持できないようになるが、その時になって売却するにしても買い手が現れない。
そのまま誰も手を入れず数十年も経てば荒廃しつくしてしまう。
区画とは名ばかりで雑草どころか大きな木が生えている場所もある。
人が入らなくなった地域に自然の力がむき出しで襲ってくるのだ。
再び車を走らせていると桂樹は「そこを左」と砂利の道を指示した。
道の広さは少し狭くなる程度で、なるほどここで造成が止まったのかと分かる。
脇道に入り何度か分岐を経て、どんどんと上に登っていく。
「そこを右」とそれた所、門のように両側から雑草木が迫る入り口を車で押し開けるように進入すると、すぐに少し開けた広場に出た。
広場の3分の1くらいに所々岩が見える。
その横は這いつくばって登らなければならないような急斜面の崖になっており、5mほど下に沢があった。
崖沿いに車をゆっくりと進ませる。
ちょっと崖が崩れるだけで車は真っ逆さまだ。
窓を開け耳でもあたりを探る。
沢の水音が心地よく聞こえる。
一番奥の入り口から見えにくい隅まで車を進ませると、不自然に2mほどの穴がヘッドライトに照らされる。
掘られた穴なのか、その隣には掘りおこした土と思わしい少し崩れた土の山があった。
その穴にバックで寄せるように桂樹は指示する。
桂樹はトランクを空けショベルを取り出し仙斗を呼んだ。
サイドミラーにショベルを抱えた桂樹が写る。
仙斗は穴掘りの手伝いなら、言ってくれれば汚れてもいい服を着てくるのにと思いながら、車の後ろに回る。
トランクの中にはひかれたビニールシートの上に、両手足を縛られガムテープを口に貼られた玉水が居た。
玉水は朦朧としているが生きてはいるようだった。
仙斗の心臓はその脈を早める。
「睡眠薬多めだからあんまり意識はないさ。」
仙斗は今日家を出る時にリビングのテーブルに睡眠薬があったのを思い出した。
図太そうな桂樹でも眠れない時はあるのかと思っていた。
「ビニールシート引いてて正解だったな。お漏らしさんだ。」
ビニールシートで玉水を包むようにし足側を持たされて下に降ろす。
桂樹は仙斗に懐から狩猟用のナイフを手渡し握らせた。
「んじゃ殺せ。」
沢の水音が心音でかき消された。
震災被災者の冥福をお祈り申し上げます。




