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15.ゼラニウム2

「何かおっしゃいました?」

尋ねるさくらに対して桂樹はノリ良く答える。

「可愛いって言ったんだよ。スミレちゃんていうんだ。」

どちらかと言うと地味な扱いを受けていたスミレは意外な好感触に少し驚いていた。


笑いながら様子を見る。

「じゃあここに座ってていいですか。」

すなわち場内指名を意味する。

「いくら清純派で可愛いといっても、それはもう少しお話ししてからでしょ。」

桂樹はさらりとかわす。

「それだけ可愛いとA指名いっぱいだろうし、B指名入れてもすぐ飛ばされそうだなぁ。」


何かと褒められると誰であれ気分も良くなり口も軽くなる。

「私なんてA指名全くないですよ。たまに団体のお客さんで場内指名頂けるくらいで。でも仕方ないかなと思う時もあるんです。」

桂樹はパラパラと同伴入店してきた客を見渡す。

「確かに店自体『フリー客』少なそうだし、難しそうだね。でも『仕方ない』とは?」

「『私自身』を気に入って欲しいんであまり媚びたりできないんですよね。」


桂樹は虚構の世界で何のプライドかねといった思いは口に出さない。

「可愛いだけじゃなく考え方もカッコいいんだ。よし場内指名入れちゃおう。」

「ありがとうございまーす。ごめんなさい。お名前はなんてお呼びしたらいいですか。」

「俺、金田慶次って言うんだ。だからみんな「K」って呼んでる。」

「じゃあ『Kさん』ですね。改めてよろしくお願いします。」


源氏名を使うのがキャストだけとは限らないことは店側も良く分かっている。

だから客の素性を気にするクラブではママやチーフが客の名刺を『2枚』求める。

他人を語るのを防ぐためだ。

名刺を出し渋る客は要注意とする。

キャバクラでそんな店はない。

全てはキャストの自己責任なのだ。


「じゃあ場内指名記念にシャンパンおろそうか。」

黒服を呼ぶ。

「本当ですか。嬉しい。」

スミレは加算される売上を考えながらKが何を頼むのか、ついつい身を乗り出してメニューを見ていた。

Kはその様子を横目で見ながら確かにA指名は少ないだろうなと考えていた。

『できるキャバ嬢』なら『もったいないですよ。』と貴方の事を考えてますアピールをして一度は断る。

と同時に『その分店に居て下さいよ。』というのが効果的だからだ。


「とりあえず『クリスタルの白』持ってきて。」

Kはメニューを閉じ注文する。

通常なら『ブーブクリコの黄色ラベル』や『モエの白』辺りが多い。双方とも3万円程度だ。

だが『クリスタル』は10万円だ。ランクとしては3段階ほど高い。

黒服が『太い客』と言ったのは本当だった。

スミレにはこれだけで100ポイント入る。


「かんぱーい!」

それぞれが3杯ずつ空けたタイミングでKは言う。

「普通夜中まで飲んでると次の日出勤してもまだむくんでる子も多いのに全然そんなことないんだね。ちゃんと朝から起きてるの?昼も働いてる?」

通常の酒に比べ炭酸が入っている分酔いは早い。

滅多に飲まないスミレと毎日のように飲んでいるKとは全く状況は異なる。

「前は働いてたんですけど、今は夜だけですよ。ただ今は朝起きなきゃいけない時もあって。」

「前は何してたの?」

「舞台の音響です。」

「おー。なんかカッコいいね。マイクチェックとか。でも夜だけだったら朝起きる必要なくない。」

「えと。」と言い淀んだ直後Kは言葉を重ねる。

「分かった。彼氏の朝ごはん作らなきゃいけないからだ。モテるねー。」

話題がズレた事でスミレの心は楽になり口は軽くなる。

「彼氏なんていないですよー。」

「そーなの?モテモテそうなのに。彼氏いない歴はどれくらい?」

「高ニの時だから10年位ですかね。」

「ヤベー」

「ヤバいでしょ。」

お互い笑う。


本当は彼氏いるんだろうといった台詞は、相手を疑う形になるので気分を害し警戒される。

嘘つき呼ばわりだからだ。

彼氏いるのに彼氏いない歴を言おうとするとタイムラグが出る。

昔行ったBARでよく会うメンタリストに教えてもらってからKは必ずこういう聞き方をしていた。


しばらくKはそこに通い色々教えてもらった結果、Kは相手から自然に聞き出すのを得意としている。あのメンタリストは皆に『せんせぇ』と呼ばれていたがいったい何の先生だったか。

永らく訪れてないBARに思いを寄せながらも続ける。

「じゃ何で朝起きてるの?」

「えー。」と躊躇うタイミングで黒服が伝票を持ってきた。

延長するかどうかの確認だ。

当然Kは伝票を用意している段階から横目で見ていた。

「もう時間か。あっという間だな。」


スミレにとっては更なる売上に繋がるか緊張の時だ。

「予定が無いんでしたらもう少しお話ししましょうよ。」

営業をかける。

「そうだね。続きを聞くとこだったしお客さんも増えてきたからVIPルームに入って静かなとこで聞かせてもらおうか。」

スミレは個室なら周りに聞かれることもないしと考えていた。

「いいですよ。静かな所でもっと話しましょう。」

「さすがノリいいね。素敵なスミレちゃんにもう1本『クリスタル』持ってきて。」

「やったー。ありがとうございます。」


他のキャストが日頃大した売上のない自分を羨ましそうに見ている。

それがスミレの優越感を刺激する。

まさにスキップするかのようにスミレはKとVIPルームに入っていった。

VIPルームに入れば通りがかりのかわいい子を2人目指名されることもまずない。

見かける可能性が減るからだ。

つまり売上を分けることもないだろう。


「へー。演劇団に居てレッスンも多いんだ。夢に向かうって感じでカッコいい。」

ひたすらおだてながら聞き出していくKに対して今時点でも300ポイントを超え、当然過去最高となるスミレは有頂天だ。

「そしたらファンも多そうだね。花束に埋まりそう。」

「ファンはまだ1人だけで花束なんてもらったことありませんよー。」

「そしたら俺は「ファン2号」だね。スミレ様へって花送るわ。」

「でもスミレって源氏名なんですよ。」

「あー。じゃまずいね。でもそういうところって花の数で周りの目も変わるからね。店では源氏名で通すから教えてよ。下の名だけでいいから。」

スミレは下だけならいいかと思った。

「本当は『さくら』って言います。」


劇を見てパンフレット見りゃバレるだろうにと考えながらもKは続ける。

「OK。じゃKの名前で届いたら俺だと思ってね。」

「わかりましたー。」

さくらはかなり酔っているようだ。

「ほんとスミレちゃんって顔ちっちゃいよね。」

言いながらKはおしぼりを自分の顔の縦を測るように当てる。その後スミレの顔の縦に当てて比べる。

「ほらこんなに違うじゃん。」

横幅だってと言いながらスミレの顔の横幅を測るフリして視界を遮りキスをした。

「あー。」と怒るスミレに

「ごめん。ごめん。あまりに可愛すぎてつい。お詫びにもう1本空けるよ。」

スミレはさすがに腹が立ち罵倒しようかとも思ったが、酔いもあり『まぁいいか』という気分もあった。

さらにこれまでの売上を思うとそこまで強くも出にくい。


しかももう1本空けるという。

「もう『クリスタル』は飽きました。」

向けられた好意にスミレの欲が顔を出す。

桂樹の表情に変化はなく笑っている。

「そうだね。飽きたね。じゃ『アルマンドブリニャック』にしよう。」

これは20万円だ。

さくらは上手くいったおねだりにテンションも上がる。


『アルマンドブリニャック』はボトルにスペードのエースがあしらわれたシャンパンだ。

スミレの酔い加減は限界近かったがここが稼ぎどころと頑張った。

一方桂樹はあらかた仙斗の状況も把握した。

仙斗の金はここに流れているんだと。

だが甥の金がどうこうという思いはない。


「公演次はいつなの?チケット買うよ。オンラインで買えるのかな?」

手渡しでないとノルマがというスミレにKはじゃあ40枚買うからと10万円を手渡した。

その上で未来の大女優と、と2人で写メを撮る。

仙斗から毎回公演のたびに10万円買ってもらっていたが、今回はさらに10万円売れたさくらは断れない。


閉店前30分となり黒服が入ってきた。

Kはチェックといいカードをテーブルに投げた。

金属音がする。

不思議に思うスミレは黒服にセンチュリオンカードといってプラチナカードより格上だと聞いた。


Kは60万円の請求に何の反応もなくサラサラとサインしている。

キャッシャーに戻るために黒服が部屋を出た後にKはスミレに近づく。

スミレはまたキスされるのではと一瞬硬直したが、Kはそんな事がなかったかのように振舞う。

「ちょっと肌が乾燥してるな。いい化粧水を使った方がいい。」

スミレは乾燥肌を見破られ戸惑った。

Kがスミレの拒否感と距離感を計っていることに全く気づかない。


「今日は楽しかったし。」

Kは財布から3万円を取り出してスミレのドレスの胸元に突っ込んだ。

「これでいい化粧水を買って。」

酔った中で感情を次々と揺さぶられるスミレ。


キャバ嬢はエレベーター手前までしか客を見送らない。

クラブ嬢やラウンジ嬢はビルの外まで見送る。

キャバ嬢は人目につきたくない娘も多いからだ。

桂樹はビルを出てスタスタと駐車場に向かう。

ビルを見やすい位置に停めている車に乗りタバコに火を着ける。


案の定30分もしないうちにさくらは出てきた。

あれだけ酔った状態ではフリーまわりは無理だろう。

600ポイント以上を上げてご機嫌で千鳥足のさくらは迎えに来た仙斗と言い争っているようだ。

「言うべきは『ご苦労さま。』であって『飲み過ぎだ。』ではないんだがな。」

聞こえてるかのようにタバコをふかす。


最終的に仙斗が謝ったようで前回同様帰っていった。

すぐにLINEがきた。

"先ほどはありがとうございました。とても楽しかったです。今度はお食事から一緒だと嬉しいです。"

沢山のハートやら何やらの絵文字と共に送られてきた。

"ナイス。俺もちょうどそう思ってたんだ。ここんところ仕事がランダムで分からないけど隙間みてメシ行こうな"

「欲どおしい」

言いながら送信ボタンを押す。

"楽しみです。連絡待ってます。"

もはや文字より絵文字の方が多い。


フンと鼻で笑って桂樹は代行に電話をかけた。


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