13.再会
制服に着替えてボトルとグラスを磨く葉一。
ベストを着たその姿は一端のバーテンであった。
働き出してから1年以上経っている。
最近になって両親に手紙を書いた。
飛び出した事を詫び元気でやっていると伝えた。
もう少し経ったら家に寄るとも。
ただ住所と連絡先はまだ伝えていない。
それでも来年の正月には少し家に立ち寄ってもいいかなとも考えていた。
柳がグループの不動産部を紹介してくれたおかげで、保証人なしでワンルームを借りることができた。
マンスリーマンションを出て系列の賃貸に移れた事で、賃料も13万円から8万円まで下がり生活の質も上がった。
不動産部の担当は、他の部屋の転出者の処分予定の家具や電化製品を手に入れてくれたので、余計な出費も避けられた。
思ったより早く両親に手紙を出せたのも、そういった事情も大きく影響したのかもしれない。
全てのグラスを拭き終えボトルを選ぶ。
葉一は『フォアローゼス』を取り出し水割りを作った後、いつものようにバーテン椅子に腰かけ『カクテル辞典』を読み出した。
柳が立ち寄るのは完全にランダムだった。
月に1.2度くらいの時もあれば週1くらいの月もある。
一方で、1人の時もあれば知り合いらしき人間を連れてくる時もある。
飲むスタイルも、基本的に焼酎やウイスキーを1.2時間程度嗜むといったもので、あまり手間もかからなかった。
入口のドアが開き女性が1人で入ってきた
『いらっしゃいませ』
本をカウンター下に置き背筋を伸ばす。
椿は毎週火曜の開店後すぐの時間帯にやってくる。
30歳過ぎのクールビューティといった椿は、不動産部に属している。
そこで成果を上げた褒美にいつでも無料でここを利用する権利を得たそうだ。
店に寄るといつも酒を2杯飲み、1時間ほどダベって帰っていく。
「今日は何になさいますか?」
「ジントニックを」
「ジンはいかがいたしましょう。」
「んー…ボンベイの青いの。」
「ボンベイサファイアでよろしいですね。」
冷凍庫からボトルを出しながら、葉一は思い出し笑いを噛み殺した。
「どうしたの?」
「失礼しました。つい思い出し笑いを。」
「気になるじゃない。」
「情けない話ですよ」
マドラーを軽く回ししながら葉一は言う。
「そこまで聞いてあとを聞かなかったら消化不良で寝れないわ。」
それはそうだと思いながら葉一は語り出す。
さくらの20歳の誕生日に、カッコイイとこを見せようと調子に乗ってワンランク上のBARに行った。
その時に『ジントニック』を頼んだのだが「ジンはいかがいたしましょう。」と聞かれパニックになったのだ。
「『ジンっていかがいたすもんなんですか?』って聞いちゃいましてね。」
椿は笑う。
「普通の店じゃ『ジントニック』だけで普通に出てくるもんね。」
「カッコつけるハズが大笑いされちゃいましたよ。」さくらとの楽しかった思い出が静かに傷を広げる。
その傷を癒すように黒い火が傷を覆う。
「今なら『何がオススメですか?』って聞けるんですけどね。」
椿はおかわりを求めた。
葉一の作る所作も堂に入ったものだ。
「大丈夫。私も葉一君に聞かれた時に『ボンベイ』って答えたけど、他は『ゴードン』しか知らないもん。」
にこやかに笑う。
「でそんな君は今何を飲んでるの?」
「『フォアローゼス』です。」
「悪女に4本の薔薇を。ね。」
「本来はプロポーズの話なんですが、そちらの方がぶっちぎりで有名ですね。」
今日も無駄話に花を咲かせ、椿はひとしきり仕事の愚痴を言った後帰って行った。
片付けた後、飲みかけのグラスを掲げる
「悪女に4本の薔薇を。か。」
一気に残りを飲み干しまとめてグラスを洗う。
葉一はカット氷を作るべく準備をしだした。
仙斗は飲み屋街をふらついていた。
とはいっても玉水を探してあてどなく歩いていた時とは天地ほどその気分に差があった。
飲み屋街は二次会の様相を呈しこれからが本番といった人達が溢れていた。
ふとある看板に目がいった。
名前も何もない。
ただ柳の絵のみが書いているのだ。
東京の青山に半月の絵だけの看板を掲げている店がある。
そこはハーフムーンといい知る人ぞ知る名店だ。
その噂だけ聞いた事がある仙斗は、無性に気になりドアを開けた。
葉一は椿が忘れ物でもしたのかと思い、一拍遅れて顔を上げた。
そこには呆気に取られた仙斗が立っていた。
平常に復活したのは葉一が先だった。
「久しぶりだな仙斗。ここは本来オーナー専用BARで一見お断りなんだが、俺にも少し権限がある。まぁ座れよ。」
何飲む?と聞く葉一に仙斗は『白州』のハイボールを注文し、作る葉一を見て何を言うべきか悩んでいた。
葉一は受験の件で親とトラブルになり飛び出した後、柳に拾われてバーテンダーをやってると説明した。
そして落ち着いたら電話しようと思っていたが、のびのびになっていた事を謝った。
さくらが本当にあの件を言ってなかったかどうか気になってかけられなかっただけであったが。
葉一はもし柳からの電話があれば帰ってもらうルールの説明をした後に
「最近はだいぶ落ち着いてきたよ。バーテンの腕も上がったしな。」
そして核心に触れる。
「仙斗はこれまでどうしてたんだ。」
仙斗は仕事内容と簡単に裏切る客に病んでいる事。
さくらとの事とさくらの近況を全て話した。
気がつけば閉店時間を超えていた。
いくぶんスッキリした表情でそろそろ帰ると言う仙斗に葉一は聞いた。
「相変わらず熱望するのは『金で買えないモノ』か?」
仙斗は上着を羽織りながら笑う。
「俺は何も変わらないよ。」
葉一は、ルールさえ守ってれば大丈夫だからいつでも来るよう伝えながら店外まで見送る。
仙斗も久々のほろ酔い気分に足取り軽く歩きながら応じる。
「来る前は携帯に電話入れる。今度は出ろよ。」
握り拳でタッチする2人。
「客との応対中でなきゃ出るよ。」
言いながら葉一は入り口まで見送る。
ドアを出て角を曲がるまで見送った葉一は、口角を少し上げ店に戻った。




