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12.公園にて

時は少し遡る。

新居にいてもすることがない葉一は、ハローワークに向かって歩いていた。


何がしたい訳でもない。

かといって何もしなければたちまち底沼にまみれる資本主義の風に押されて、人通りの少ない公園脇の道を歩く。

急ぐわけでもない葉一は休憩することにして公園のベンチに腰をかける。


危険だからと遊具は根こそぎ撤去され、残った空き地を囲むネットには『ボール遊び禁止』の看板が貼られている。

なんのための空き地なのか。

まさに葉一の心情を表していた。


残るは大きめのベンチが4つ。

隣のベンチでは鳩にパンくずをあげている初老の老人がいた。

服装から見るに裕福そうだ。

だが一般のエサやりのように愛でる感じではない。

かといって毒をばら撒くようでももちろんない。

なんだろう?ほんのわずかな違和感を持ちながら老人を見つめていた。


見つめられている事にいつ気づいたのか老人がこちらを向き手招きする。

そして老人の隣を手でポンポンと叩く。

葉一は魅入られたようにフラフラと歩き1人分離れて座る。


老人はパンくずを入れた袋を差し出した。

「貴方もあげますか?」

断る葉一に老人はなるほどと続ける。

「鳩より私に興味を持った。と。どうしてですか?」

葉一は言葉にしにくい単語を紡ぐ。

「鳩を…愛して…という感じ…でもなく、えと…んー…観察してるようで…でも研究者…ってんじゃなく…裕福な方が施してる…のも違う。」

葉一はまさに愛想笑った。

「なんなんでしょうね。」

老人は笑った。

「すごいですね。ほぼ正解です。」


そして語り出した。

「鳩に興味はありません。この公園はあまり人が来ないのでたまに休憩に来てたんですが、その黒半分の痩せた鳩が怪我しビッコ引いてたんでその時持っていたパンをあげたんですよ。」

痩せてはいないが歩くのがぎこちない鳩がいる。


老人はずっとその鳩を見ている。

「それ以来時折あげてたんですが、初めは1匹で食べていました。そのうち他の鳩もやって来だしたんです。すると食べるのが一歩遅れるから他の鳩に先を越されるんです。」

パンくずを優先的にその鳩に投げるが確かになかなか食べられない。

「初めは憐憫でしたがね。本来この鳩は死すべき存在だったのでしょう。野生も何もかなぐり捨てて私に依存している。餌を持たない時も寄ってきます。」


老人は葉一を向き笑った。

「この鳩の運命はどうなるんでしょうな?私はその運命を観ているんです。」


時間は大丈夫ですか?と聞かれた葉一はすべき事もないのでと答えた。

「私は色んな物をかなぐり捨てて夢を叶えました。おかげで今は働かなくても死ぬまで食べることができる貯蓄もあります。でも鳩の運命に依存するほどヒマなんですよ。まぁまだ何となく働いてますけどね。」


葉一は悲しそうに答えた。

「夢が叶っただけ良いじゃないですか。僕なんて夢叶わず諦めて抜け殻ですよ。」

老人は再び鳩を見つめる。

「夢を諦めるのも勇気がいる事です。別に『夢は叶えるものだ』と励ますつもりもありません。違う事でも何か小さな火があればそれを燃え上がらせればいかがです?」


さらに続ける。葉一は俯いたまま聞く。

「貴方はまだ若い。何か見つけるまで漫然と過ごすのもいいです。ただ火が消えてしまうと私のような『生物的に生きてるヒマつぶし』の人間になりますよ。私はあと少しの人生ですからまだいいですが、若くてそうなるとそれはもはや『死に至る病』です。」


葉一は顔を上げた。

「その火が黒いものであってもですか?」

老人は、答えた。

「はい。もちろん。」

老人は残りのパンくずを鳩にぶちまけた。

「次は貴方の番ですよ。」


葉一は話した。

司法試験を諦めた事。家を飛び出した事。今からハローワークに行く事。

たださくらに関係する事だけは言わなかった。

口に出せるほど傷は癒えてなかったから。


ひとしきり話を聞いた老人はなるほどと少し考えた。

「私は貴方ではない。なので肯定も否定もしません。」

「それに。」と続ける。

「私の座右の銘は『成せば成る。』ってやつでしてね。」

脈絡が合わない。葉一は首を傾ける。

「その続きがありましてね。『成る業を成らぬと捨つる人の儚さ』までが私の座右の銘です。それもこれも含めて『人』ってことですよ。」


そして名刺を出してきた。

『やなぎグループ会長 柳 由紀夫』とあった。

「提案があります。この度空いてるBARを一つ手に入れましてね。貴方そこの店長をしませんか?」


葉一は何の経験も無いからと断った。

「でしょうね。打ち込んできた人間が他に目を向ける事は難しいですから。」


葉一はわずかな罪悪感に少し顔を歪めた。

柳は一拍置いてから続けた。

「ただ経験はさほど必要ないんです。」


詳しく聞くと、柳のそのBARは基本的に柳専用とし、一見さんお断りにするそうだ。

つまり柳以外は紹介か許可を得た者しか入る事ができない。

「利益は要らんのです。本業で充分利益が上がってるので。なので専用のBARが欲しいのです。」


1人で営業し開店は18時閉店は0時。その前後1時間ずつを準備と片付けとする8時間労働。

原則的に事前に柳からの電話がない限り、誰も入れない。

但し葉一の知り合いなら柳の予定がない間に限り、営業しても構わない。

この場合柳の連絡があれば、柳又はその招待客が来るまでに客全員を帰らせて片付け終わっている事。

葉一が1人で飲むのもいいが営業時間内に飲み過ぎるのは不可。

あと葉一が飲む酒は基本的に無料。

これだけでも充分優遇だが、さらに柳グループのエンターテイメント担当として、正社員扱いで年金、保険もあり賞与も支給

葉一にとっては、非常に好条件でありむしろ何かあるんではないかと思えるほどであった。

一方で心の傷が葉一を捨て鉢にさせる。

「柳さんが良ければお願いします。」


あと1週間ほどで内装が終わるので終わったら連絡する。

それまでに名刺の住所に履歴書や住民票、年金関係等関連書類一式を送るようにと言われた葉一が、携帯にメモし頭を下げて帰っていく。


葉一は気づいていない。

柳が名刺以外具体的な事は何も話していない事を。

柳は元々マジシャンでありメンタリストであった。

それを駆使して産業界の重鎮となり一代で大会社まで成長させた人物である。


「商売人としては失格ですが、持っている種火が面白い。」

ひとりごちながら立ち上がる。

公園の反対の出口に向かって歩きながらつぶやく。

「興味の火を与えてくれてありがとう。期待してるよ四谷葉一君。」


柳の表情は鳩にパンくずを与えていた時と全く変わらなかった。


最近外国人が鳩を捕らえて食べているそうですね。現場に遭遇したくはないです。

GWに入りました。せっかくのお休みですが、人も3倍費用も3倍で引きこもるしかない私www

頑張って投稿ペースあげて行きます。


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