行方不明
ブライトの声を遮るように響いたのは楽し気な声だった。透る様な美しい声。長い黒髪は艶やかで。その身体は美しい孤を描いている。官能的な厚ぼったい唇と無き僕炉が印象的な女性は双子の片割れ。私の姉であるノワールだった。
ノワールはブライトを一瞥した後で――どれだけ嫌いなんだ――私ににっこりと笑いかける。
「……あ。姉さま」
「うーん。薬は効いているようだな。顔色は少しマシになった」
「忙しくは無いのですか?」
こう見えても家族全員忙しい。父母などほぼ家にいないし、双子はこの国の商談や人材育成など全般を任されている。
ノワールはにっと悪戯っぽく笑う。
「レーネの顔が見たくて。あれに任せてきた」
負かせてきたに聞こえるのは気のせいだろうか。よく仕事の押し付け合いをしている二人だから気のせいでも無いかも知れない。
細く柔らかな手で私の頭を撫でながらブライトに冷たい目線を注ぐ。まぁいつものことでブライトはニコニコした胡散臭い笑みを浮かべて流している。
「それで? そこの青いの。さっさとイケメンとくっ付きなよ。レーネと私の願いだよ」
日々の生活を手紙にしたためることを課されていた私は当然エドガーの事も言ってある。まぁ……マーサさんからも護衛の皆さんからも報告は言っていると思うが。
「はははは。生憎。僕はノーマルでして」
「うふふふ。落ちるところ。それを見るのが楽しいものさ。そして、うちのかわいい子はやらん」
……いつもの会話だなぁ。これ。ブライトは何を持っていこうとしているのかは謎だが。少し離れていただけなのになつかしさがこみ上げてくる。
そう言えばノワールの趣味は『あれ』だったな。耽美な美少年とか儚いな美少年とか。そう言う人しか出ないいわばそっち系の小説。ノワールにしてみればブライトとエドガーの話は大好物かも知れない。そんな残念な美女だから浮いた話など一つもなかった。
ついでにテオの趣味は釣りだ。至ってノーマルだけれど、その発端が『おさかな食べたい』と私が幼児時代に言ったからである。
私としては別に魚が好きなわけでもない。でもテオが楽しそうなのでいいかとも思う。
こちらは特に残念な訳でもないに、顔立ちだけはいいのに浮いた話などこちらもない。ノワールに言わせれば『度の過ぎたシスコンだから』と遠い目をしていた。
人のことは――と言うのは黙っておいた。
「許可など得なくても、僕の勝ちなのは分かっているのに」
「は? 小僧が。レーネ。今度エドガー君を連れてくるように。こうなったら私が直々にいろいろ叩き込んでくれるわ」
何を? 何をなの? 連れてきたらなんかエドガーが半べそで逃げていくような気がしてならない。いや、なんとなくだけど。私は『はぁ』と曖昧に返事をすれば、『返事ぃ』と言われて『はい』と姿勢を正して答えるしか無かった。
「私はかわいい妹に会いに来たのに……ったく。ブライト。お茶を入れてきな。私の為に」
「はははは。冗談ですか?」
「うふふふ。そんなこと言うもんか。レーネに話があると言っているんだ。帰るつもりが無いなら、茶でも入れてこいや」
うーん。ブライトに大して相変わらずアタリが強い。そして怖い。口が悪いのはまぁいつものことだが。そしてブライトは使用人ではない事を思い出してほしい。というか使用人さんたちにはもっと丁寧だと思うんだけれど。
はははは。相変わらず笑っているブライトは動きそうにもないし。このままではずっと睨み合っている気がした。
実力ならあっさりとブライトが勝つだろうが。我が家の全勢力をもって出禁になる事を知っているせいか実力行使はしない。さすがにそれは嫌なようだった。
ただ睨み合っているだけである。
溜息一つ。ブライトを見上げる。
「あ――。私はブライトの淹れてくれたお茶が凄く飲みたい。あの、たしか、まだシュレビア産の茶葉が残っていたはずだから。あ。お菓子もあれば。一緒に食べよう?」
……。引け。ほら、引け。と考えていれば。
「うん。分かった。何が食べたい?」
存外あっさりとブライトはにっこりと微笑んでいた。この世の遥かのような笑顔だが、私には効かない。慣れているからね。ただ、それを苦々しくノワールが見ていた。目が死んでいるけど大丈夫だろうか。『だからあいつきらい』なんて呟いているけど一体何がと思う。
とりあえず希望を伝えてブライトに下がってもらった。別に使用人さんでもなんでもないが、なぜか気づけは使用人さんの仕事が板についている気がする。
将来が――破滅コースを除いて――心配だ。
「そこまで嫌わなくても」
私は櫛用を浮かべると子供のように口を尖らせている。
「嫌ってないし。気に喰わないだけだな――あいつは」
それを嫌いと言うのでは。と思ったが面倒なので口に出さない。
ったく――とノワールは呟きながらベッドに腰を掛けスプリングか軋んだ。黒い髪がさらりと頬にかかる。白い頬は紅もさしていないのに薄く朱が入っている。長い睫の奥には微かに茶色がかかった暗い色の双眸がある。
微かな土属性らしい。魔法は使うことなどできないが。
「そんな事より、姉さま。お話って?」
言えば少しだけ視線をずらして考え込む様に押し黙った。言いにくい事なのだろうか。不安に思って口を開きかければ、ノワールは顔を上げ、言葉をどこか重々しく紡いだ。
「――ああ。レーネはラ・ジェルのケイネスとは知り合いなんだろ?」
それは報告と言う名の手紙で漏らさず書いた。もちろんピエタのことも。それがどうしたんだろうかと考えながら『うん』と答える。
ざらりとした嫌な予感。
「そのケイネスなんだが――」
少し眉をひそめてから私に目を移す。
「行方不明だ」
私はぐらりと視界が歪むような錯覚を覚えていた。




