望まれた世界
・・・書いてないわけではないです。
私の国の夏はとても短い。地図上では大陸ごと北に寄っている為だろう。そのために冬の訪れは早く、秋もまた短かった。それでも秋は秋で。空は高く、木々は色づく。人々は秋の実りに感謝して、動物たちは眠る準備に入る。
温かさと寒さが混じった季節は眠気を誘う。そしてお腹も空く。
「良く食べるなぁ。レーネは」
誰もいない屋上――正確には屋根――で私は今日のお昼ご飯を頂いていた。大きな口を開けてサンドイッチを頬張る私に向けられたのは黄金の双眸だった。
予期せぬ来客に私はぴしりと固まっていた。
……なぜいる。
というか、先ほどまで気配など無かったのだけれど。これが聖女の力か。力なのか。などと内心思いつつ咀嚼した。
女子会と言うものは辛うじて免れたものの――第一何を話せというんだ――この美しい天使のような聖女様は突如としてなぜか私の前に現れては帰っていく。ちなみにピエタの勉強会の時は一日家にいることも少なくない。その代わりにピエタを送り届けているのではあるが。お陰でもうエドガーとは仲良し。さすがエドガーである。
にしても。
……聖女って、暇なの?
あれからケイネスに聞いてみたが遠い目をして『自由ですから。あの方』と言っていた。普通は見習いなんかと話すことは無いらしいのだが、ケイネスはなぜか聖女に良く絡まれると珍しく愚痴っていた事を思い出す。ちなみにケイネスの前では『旦那様』とは呼ばないらしい。よくわからない。
ごくりと喉に流し込んてからもう一つサンドイッチを取り出すと聖女――ルリカに差し出した。
「……あの。食べますか?」
「良いのかい? 助かるよ」
形のいい唇が白いパンを食む。それをぼんやりと私は見ていた。――よほど不思議そうに見ていたのだろうか。そう言うつもりなどなかったのだけれど。『なんだい?』と長い睫がぱちぱちと揺れた。
「あ。ええと。普通に食べるな、と思って」
私自体、差別された経験は少ない。ただ、昔良かれと思って我が家のある使用人さんに――仲良くして間れていると思っていた――お菓子をあげたらゴミ箱に捨てられていた記憶が蘇る。
傷ついたけれど、大きく成るにつれ『そう言うものなのだ』と思う様になった。だから知り合って間もない、しかも聖女様の行動はずっと不思議だったのかも知れない。
打算も裏表も読めない――と言うか無いだろう――エドガーは置いておくとして。
ルリカは軽く肩を竦めながら口についたディップを舐めとった。赤い口元。何だろう。妖艶な雰囲気が漂う気が。
同じ年だと聞いたんですが。
ささやかな胸を見てから豊満なそれに目をやると寂しさが募る。成長期だし。と心の中で励まして置いた。
「私だって、お腹が空いていたんだよ。人形からは外れるかな?」
人形――。なぜかどこか悲し気な言葉のように聞こえた。本人の表情はそれほど変わらないのに。なぜだろうか。考える前に 『ごめんなさい』と口から言葉がついて出る。
ルリカは苦笑を浮かべた。
「いや、言ってみただけだ。困らせて悪かったね」
言いながら金の視線は蒼穹へと投げられる。どこか先ほどの会話をはぐらかす様に。
「今日もいい天気だ。こんな日は眠くなるよ……そう言えばいつもの二人組はどうしたんだい?」
いつもの。今度は私が苦笑を浮かべる番である。そう言われていても仕方ないだろうか。ブライトは暇さえあれば私のクラスに来るし……エドガーは『それ』に合わないように良く私を連れ出すし。よくわからないがこれは恐らく――。
恥ずかしいのかも知れない。そんな結論に達している。
三人で帰る時は気配をそれとなく消そうとしているのだが、私を介して悪口を言い合うのは止めてほしい。なぜ私を挟む。
どうにかして素直になる方法を模索中だ。いっつも模索している気がするけれど気のせいだ。
いや、そんな事はどうでもいい。
「いつも一緒と言うわけでは。エドガーはあれでもとても人気があるので、あちこち呼ばれるんですよ。ブライトはそもそも学年が違うので何か用事があると」
そう言えば一人は久しぶりだな。とぼんやり考えていた。何か最近どちらかはいる気がするのだけど。
「うーん。こういっては何だけど。レーネはその。……危なくないか?」
「えっと。これでも、腕っぷしだけは強いんです。それにエドガーと仲良くなる前は一人の方が多かったので」
時折エドガーの添削も入るし。少し経験値が上がった気がする。私の言葉に訝し気に『そうなのかい?』と呟くように答えるルリカ。納得はいっていないようだ。
「まぁ。あのスト―……げふんっ。過保護が見逃す分けないか。どうせ私がいるという事にも気づいているんだろうさ――例えば物理的に」
ゆらりと視線を巡らせてルリカは指で空気を弾く。と、そこから小さな水滴が弾けて落ちた。
「こういうところだけは研究熱心だな」
心配してくれているのは分かる。分かるが……と私は顔を引きつらせていた。やりすぎなのでは。プライバシーって何って話だ。後で強く言い聞かせなければ。
……まさかトイレとか――。さすがにそれをされたら縊り殺すしかなくなる。我が家の全精力
傾けて。絶対双子は『乗る』と踏んでいる。しかも喜々として。
ふふふふふ。
黒い邪念を飛ばす私に若干ルリカは端正な口元を引きつらせる。それでも絵になるのだから大した美貌だ。
「ま、まぁ。私は止めないが――」
「はい」
いい笑顔で答えると『そうか』と呆れた様にサンドイッチを再び口に運んでいる。私はそれを少しだけ眺めて眼下に視線を映した。
グラウンドでは生徒が楽し気に遊んでいるのが見える。
柔らかな風。それは私の白い髪を軽く巻き上げていった。
「あの。聞いていいですか?」
ずっと聞けなかった事がある。ずっと聞きたかった事がある。タイミングを逃したり雰囲気的に聞けなかった。
どうして――。
「どうして。私に会いに?」
私は何の変哲もない――無さ過ぎて逆に浮くが――ただの人だ。神の愛し子と呼ばれる聖女様とは正反対で。神殿に依るばかりではなく、世間一般的に見ても聖女様には相応しくない存在だ。自分で言いたくはないけれど、そう言う存在なのだ。
ブライトの知り合いとは言っても普通は『仲良くなりたい』などと思わないし、周りが許さないだろうと思うのに。
なぜ。疑問は尽きない。
まっすぐ見つめると柔らかく温かな視線が向けられる。
「私はね。『あれ』――ブライトの君自慢に散々付き合わされてきたんだよ。何が可愛かったとか、何が好きで、どうしたとか」
「……つ」
待って。居たたまれないんですが。何を。なぜにそんな話を。人様になんてことを。ブライトと心の中で声にならない悲鳴を開けながら私は羞恥に肩を震わせた。
やっぱり仲良しじゃないか。なぜ認めない。と思考が変な所まで飛び火する。
そんな私の白黒する顔が面白かったのか、クスリと笑みを落とす声が聞こえてきた。
「そうしたら会いたくなるものだろう? どれほど可愛いのか私だって見たくなってしまったのさ」
「……」
……まって。とポツリ心で漏らす。
いや、まって。私はどうすれば。どうすれば良いのだろう。もはやどこか気色の悪い薄笑いを浮かべるしか思いつかなかった。
心はブライトへの罵詈雑言を叫ぶばかりである。
ちなみに私の容姿はごく一般的――主観――だ。とてもではないが可愛いとかそんな事は言えない。没個性だと思う。ある意味『無色』だけが個性のような物だった。なぜだろう。家族全員キラキラしているのに。
出来ればもう少し身長があって、くびれが……顔だってきりっと。
……ま。まあ。身内だけは可愛いと言ってくれるし。そんな事を心の中で呟いて虚しくなった。泣いていいですか。
「前にも言った通り私はいつも間に合わないからね。今回は間に合って良かったよ」
「間に合わない?」
よくわからなくて呟くと万の双眸が少しだけ強い光を放ったような気がした。ひゅうと再び風が吹く。それはどこか冬を感じさせる冷たい風のような気がする。
「君――未来の記憶があるんだろう?」
この世界は巡っているのだという。ある時点で終わり――また始まる。人々は同じ時を繰り返し疑問も無く死んでいくのだ。未来なんてない。ただ、繰り返すだけだから。
なぜか。
そんな事は簡単だとルリカは馬鹿馬鹿しく言った。
――神が。この世界の神が『そう』望んでいるから。そうあれと望んだ世界だから。




