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聖女

 火、水。風、土。一般的に人々はこの属性のどれか一つ、または二つに当てはまるという。同時に三属性もちは稀で――四属性になると、世界に現れるのは百年に一人レベルだ。前に現れたのは何時だったか忘れてしまったがかなり昔だったと思う。ともかく『在る』事が特別で。現れた年は世界に幸福をもたらすとさえ言われている。それが本当かはどうなのか知らないけれど。彼ら、または彼女は聖人とされていた。


 拝みたくなるくらい神々しいのは確かだわ。何か眩しいし。もしかして輝いているのかも知れない物理的に。


 そんなわけないだろう。


 バカなことを考えつつ、私は応接室で所在なくずずっとお茶を啜っていた。これはお茶の味が分からない。白湯かな。


 大慌てでマジルさんが入ってくるから何事かと思えば。それは驚くわ。もう国家元首よりも稀有な存在だし。と言うか何で……言いたくないけど対極に在るような色なしの家に……。


 え、私明日死ぬのかな。とふと思った。


「ハジメマシテだね。レトレーネ・レガシさん。私はルリカ・アシェルだ。見ての通り、全属性の聖女をしてる」


 金色の輝くような髪。太陽の光を映したような双眸。肌は透明感が在る白で私のどこか病的な『白』とは対照的だった。顔は人形のごとく。絶世の美女と言っても差支えない。まるで神さまが作り出した理想の女性と言った感じだろうか。


 ちらりブライトを見れば驚きもせず平坦な顔で私のお代わりを注いでいる。飲み過ぎてお腹がタプタプなんだけどね。空になったら注ぐから。


 整った横顔はルリカに負けず劣らずの美貌だが――なんとなくブライトは人工物感がする美しさだ。


「はぁ。ええと。その聖女様が何のご用事で?」


 少しだけ隙間がある扉の向こうには三つの影。押すな押すなの圧し合いをしながらお土産のトーテムポールのごとく顔が並んでいた。目が異様に光っているのは気のせいでは無いだろう。


 下から。ピエタ。エドガー。マジルさんだ。まぁ、そうなる。気持ちは分かると心で苦笑を浮かべる。


 後で記念にサインを貰おうと考えつつ再び口元にお茶を流し込んでいた。


「うん。大したことでは無いんだよ。貴方がここにいると旦那が言っていたから」


「旦那?」


 旦那――主人。レガシ家の使用人さんたちが父親の事を『旦那様』と言っているが。


「え。聖女様なのに、どこかで働いているんですか?」


 しかも年齢は私たちとそう変わらないことに驚きを隠せない。 『私たち』を除く基本子供は労働を禁止されているものだけれど。しかも聖女様だ。


 ……というか。旦那って。誰?


 私がぱちぱちと目を瞬かせていると後ろから呆れたような声。


「違うよレーネ。聖女様(このひと)の言う旦那はラ・ジェル君の事なんたよ――この人が勝手に言っているだけ」


「は? え。ジェル家の使用人さん?」


 聖女。使用人。え。有名なのかな。凄くないだろうか。それ。さすが名家。犯罪すら――と単純に思った。いや、だからと言って我が家やエネス家が犯罪しているとは言わない。


 ルリカは目の前で優雅にお茶を飲みながら軽く笑う。


「そう思ってくれるといい。所で、ブライト。久しぶりだね。相変わらずと言っていいのかな?」


 小首をブライトは傾げて見せる。さも知りませんと言う顔で。相変わらず胡散臭くにっこりと笑って見せる。


「さぁ。僕は預かり知らないんだけど。他人では?」


「ははは。君みたいな派手な他人いてたまるか。まぁいい。エドガーも元気そうで何よりだ――君たち。そんな所で見ていないで入ってくると良い」


「あ。いいの?」


 間抜けな声と共にぞろぞろと入ってきた。『姉さま』と不安そうにピエタは私にくっつくようにして隣に腰を掛ける。エドガーは不思議そうな顔を浮かべながら、私が作ったクッキーをいつの間にか口に含んでいる。


 マジルさんは護衛なので私の後ろに立った。


「俺と知り合いだったっけ?」


「かもしれないよ? ――ピエタは相変わらず可愛いな」


 『かもしれない』ってそれは知り合いでは無い気が――と呟いてから、まぁいっか。と手すりに腰をかけている。いいのか。それで。でもまぁ、深く考えない。それがエドガーだ。サクサクと咀嚼音が軽く響いている。ごくりとクッキーを飲み込んでからエドガーは口を開いていた。


「あ――それで? 聖女様が本当は何の用? ジェル家の使いならピエタを迎えに来たのか?」


「え?」


 そうなの? そこまで考えが至らず、ピエタを見れば肩を揺らし、不安そうにその赤い双眸を揺らしている。そのピエタをルリカは猫のように目を細めて見つめた。


「君は帰りたいのかい? ふむ。私が言う事も出来るが――」


「か、帰りたくないです。家は――兄さまのいるところなので。私は。帰りたくない」


 大体帰るという言葉自体相応しいのだろうか。なんて私にしがみ付くピエタの背を撫でながら思った。小さな背中が震えている。


 大体――今更何なのだろうか。捨てたくせにと軽い殺意を覚えて私はルリカを見つめ返していた。


 どんな事情があるにしろ――と言うか大した理由なんてきっとないんだろう――不快である。そんなご両親は殴り飛ばしていいのでは無いだろうか。


 はぁ―ーと怒りを打ち消す様に溜息一つ付いていた。


「あのですね。ピエタちゃんはきちんとケイネスに返さなければならないので」


 まさかケイネスが家に返すことは絶対にしないだろう。


 低い声で、警戒する様に渡せません。と付け加える。どうあっても、何があっても渡さない。絶対に幸せになれる事なんて無いのだから。


 少しの沈黙。ルリカは一、二。目を瞬かせた後で私を見て、ブライトに目を向けた。――刹那。空気の漏れる音共に押し殺したような笑いが響く。今までの会話の中。どこに笑う要素が在ったのだろうか。解せない。


 私が口をへの字に曲げていれば、ブライト迄ニコニコしながら頭を撫でてくる。どこか自慢げなのはなんでだろう。


 ……。


 何だっていうんだ。


 ちなみにエドガーは『なに、この空間』と些か引き気味でこちらを見ていた。マジルさんに至っては空気である。護衛の鏡だ。


「ああ。そうだな。別にピエタを迎えに来たわけじゃないぞ。冗談だ。済まない。まぁ、さすがに私も嫌われたくないしな」


「僕に嫌われるのは良いんだな」


「冗談を。元々私が嫌いじゃないか。ブライト君は」


「よくご存じで」


 剣呑な空気が漂う。おかしいね。笑っているのに薄ら寒い。何なんだろうか。引きつった顔を隠しつつ私は口を開いていた。


「やっぱり知り合い――」


「いや、知らない人です」


 あ。食い気味に返してきた。そして、なぜ敬語。そしていい笑顔で言われればなんとなく引き下がるしかない。


 ただ、と私はちらりと二人を交互に見た。知らない人にしては仲良さそうにみえるのだが。二人の間にはどこか気安さを感じられる気さえしたのだ。ブライトの交友関係をすべて知っている訳ではないけれど、知らなかったルリカの存在。それは幼馴染として少し寂しく感じられた。


 ルリカははっと小さく笑うと長い脚を軽く組む。どこからどう見ても美少女なのにその仕草はどこか少年みたいだ。


「ふん。まぁいいさ。私は君に会いに来たんだ。レトレーネ」


「私に?」


 にこりと天使のごとく微笑んだ。それは誰も魅了するようなそんな笑顔。ほうっとブライトで慣れている私でさえ見惚れてしまう。トンっと背中を押したのはブライトか。私は我に返ると一度咳払いをしていた。


「そう。理由は他にもあるけれど、ともかくとして一度会ってみたかったんだ。私はいつも『間に合わない』からね」


 ――それはそうとして。女子会しよう。


 いい笑顔で言い出した言葉に私たちは固まっていた。



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