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甘いクッキー

「レーネ。待って。手伝うよ」


 扉を出ればブライトがぱたぱたと軽く足音を立てて追いかけてきた。


「ん。ありがとう」


「マーサさんは?」


 いないことに良く気づいたなと考えながら私は答えていた。


「あぁ。夕食の買い出しだよ」


 きぎっと軋む扉を開くと狭いキッチンが広がって、テーブルの上には山盛りのクッキーが存在感を主張していた。


 ……調子に乗って少し作りすぎたことは認める。だって楽しくなったんだもん。それを一枚ブライトは手に取って口に運んでいた。サクサクと軽い咀嚼音。


「美味しい」


「えへへ。ありがとう」


 用意されているポットからお茶を注いでブライトに渡した。もう冷たくなっているそれを気にすることもない。それを飲みながらブライトは小首を傾げる。


「もしかして。アジットもいない?」


 護衛さんのお名前である。エドガーと同じで基本火属性。少し水属性もあるらしい。ただ、魔法を使うところはあまり見たことない。物理で何とかするというタイプであることもあるが、基本平和だからかも知れない。


 表向きは。


 一応家をぐるりと囲む壁面に認識阻害魔法が掛けてあるから雑魚は入ってこれないらしい。それでも時折は――ある。


 諦めればいいのにさ。私たちは金になるから。


「あぁ。今日もマーサさんにくっついて行ったのかも」


 二人は夫婦なので。しかも仲がいいと来た。こうして良く二人で出かけるがそれを気にしたこともない。マーサにも護衛は必要だし。私の所為で何かあっては困るからむしろ推奨しているくらいだ。


 それに護衛はもう一人いるのだし。外に交代制で張り付いて貰っている。


 少しだけブライトが顔を顰めた。心配してくれているのだろう。


「大丈夫だよ。心配ないって。今まで無事だったし、マジルさんだって強いんだから」


 昼間はマジルさん。夜はヒヨクさん。アジットさん含めてあの双子が選んだので強いはずだ。一見二人とも人が良さそうな好青年だけども。


「それに。私だって強いし。ブライトだって、エドガーだっているし」


 かちりと魔石が鳴る音がして、ぽうっと竈に火がともる。その上にケトルを置いて、ブライトは水を注ぎ込んでいた。考え事をしていたのか青い目は水を見つめていたが私の声に我に返ったのか慌てて顔を上げていた。


「大丈夫?」


「ああ。うん。ごめん。そうだよね。僕が守ればいい話だよね。――うん。ねぇ。……レーネ」


 カタン。と食器を置く音だけがなぜか大きく響いていた。少しの沈黙。漸くブライトが口を開いていた。どこか言いにくそうではある。


「あの、昔レーネが言っていた未来のことなんだけど」


「ん?」


「――その未来でレーネはどうなっているの?」


 あの手記で私の事は『過去』の事として少しだけ書かれているだけだ。幼馴染であった(・・・)こととか。昔は楽しかったこととか。現在の描写は一切出てこなかった。墓参り――と書かれていたからきっとそう言う事なのだろう。


 少しだけ物悲しい、かな。


 私はヘラリと笑う。


「ん――そんなこと分かんないよ。書かれてなかったし」


「そう、なんだ」


 少しだけ双眸を揺らす。それはどこか不安げに見えた。なんだろうと私は首を傾げる。


 ブライトがなんでそんな事を聞くのかは分からなかった。でも分からないけれど落ち込んではいるらしい。珍しい。


 私はなんでも無い事のように笑って見せた。


「まぁ。きっと静かに過ごしたんだよ――ブライトはま、手記ではさ所謂世界の敵になったわけだし。私は付いていけなかったんだよ。きっと――だから。さ」


 軽くクッキーを摘まんで口元に持っていく。甘いな――我ながら。砂糖入れ過ぎたかも。それでも美味しいと言ってくれて嬉しかった。


「あのね。そんなことになって欲しくない――皆で仲良く生きていきたい」


 独り言ちるように言葉を紡いでほうっと息を付いていた。


 この世界はきっと私に、私たちに取って生きにくい世界だけれど。ブライトが――皆がいてくれるならきっと生きていけるだろう。そう思う。もちろん罪悪感はあるけれど。


 ――私には出来ることなどほとんどない。


 それがまた悲しいのだけれど。


「レーネ。僕は――」


「お嬢っ――」


 ブライトの声を遮り、乱暴に入ってきたのは大柄の青年だった。


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