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16時間目 オ、オレが食われる‼

「ちょっ……ナギ⁉」

「………」

「どこ行くんだよ!」

「………」

「離せって! 痛ぇよ馬鹿‼」

 手首を掴むナギの手を振りほどこうとするも、彼の手は硬い岩のようにびくともしない。

 一体何が起こったというのだ。

 さっきから無言のまま木陰の中を進むナギ。それもなんだか、どんどん建物から遠ざかっているようだ。周辺を照らす明かりは遠のき、自分たちが歩く場所は真っ暗な闇に沈んでいる。

「うわっ⁉」

 突然より強く手を引かれた。ナギに引きずられてもつれかけていた足はあっという間にバランスを崩し、ユキは柔らかい地面の上に尻と背中を強打する羽目になる。

「いって……うおっ⁉」

 立ち上がる間もなく太ももの上に重たいものが。

 そして。

「―――んっ⁉」

 状況を把握する時間も与えられないまま唇を塞がれ、ユキは瞬間的に体を強張らせた。

「ば、馬鹿っ…」

 すぐに理性を取り戻したユキは、覆い被さってきたナギを慌てて押し返す。

「ここっ……外…っ!」

 いや、外じゃなかったらいいってわけじゃないけど!

 とにかくここはだめだ‼

 ここまでされれば、ナギがどういう行為に及ぼうとしているかは明白。

 ユキは全力で暴れるが…

「やだ。帰るまで待てない。」

 ユキの上にまたがるナギは、いやに平淡な声でそう言うだけだった。

「待てないって何⁉ 誰か来たらどうすんだよ⁉」

「そうやって叫んでると、余計に人が来る。」

「来なきゃいいって問題じゃない! 何考えて―――」

 言葉は最後まで続かない。

 隙を突かれて地面に押し倒され、抗議はキスの中に消えてしまう。

「んんっ‼」

 ぬるりと口腔内に忍び込んでくるナギの舌。

「~~~~~~っ‼」

 ユキはたまらず目をきつく閉じた。

 何も言うな。

 そう訴えられるように、舌を取られて強く吸い上げられる。

「んーっ! んんーっ‼」

 ユキは抗議の意味を込めて必死にナギの背中を叩き、どうにかその体を引き剥がそうとする。しかし一心不乱にユキの唇を貪るナギは、ユキがどう暴れようと一向に離れない。

 なんて力だ。こんなところで火事場の馬鹿力なんて出さなくてもいいのに。

(や、ば…)

 酸欠で頭がくらくらとしてきた。ナギの服を掴む手からも時おり力が抜けそうになる。

 なのに、ナギの深いキスは激しさを増すばかりで―――

「も……やめ…」

 ナギが呼吸をするタイミングでなんとかキスから逃れることに成功したが、その時には体が痺れて力が入りにくくなってしまっていた。

「………」

 ナギが無言で唇を寄せてくる。

 それに気づいたユキが逃げるように顔を背けると、ナギはそれで露になったユキの白い首筋に唇をつけた。

「わっ! …ちょっ……おい!」

 首を這うむず痒い感覚が、また妙な痺れを全身に広げていく。

「離れろって…ナギ!」

 ユキは必死だ。

 何がどうなったらこんなことになるのだ。

 もしかして、自分のせい?

 いつ? 何をした時? 何を言った時?

 ナギのスイッチを入れてしまうことなんて、さっきまでのやり取りにあったっけ?

 どんなに考えても心当たりがなくて、頭が大混乱を起こしている。

「ナギ! 落ち着けって! ナギ‼」

 どんなに一生懸命呼びかけてもナギが止まる気配がない。

 むしろ自分が呼びかけるほど…

「―――っ」

 ふいに襲った衝撃にも似た感覚に、体が勝手にびくんと跳ねた。

 ナギがそっとユキのうなじに指を這わせ、そこをぺりと舐めたのだ。

「ま……マジ、で…………やめ…」

 言うも、ナギの愛撫は止まらない。

 耳元で響く濡れた音が心臓に悪いったらない。自分の口から漏れる息が空気を白く染めて、それを見る度にここが外であることを思い出して理性が慌てふためくのだ。

 どうにかしないと。

 そう思うのに。

「―――んんっ…」

 次の瞬間、耳の下辺りにちりちりとした痛みが走った。

「くっ…」

 痛みに耐えるユキは思わず全身を強張らせる。しばらくその痛みを我慢すると、今度はそれを労るかのようにナギの舌がそこを舐めていった。

「嘘、だろ……おま…今、痕つけた……?」

 首筋を押さえ、ユキはさっと顔を青くする。

「ユキ…」

 ナギは熱っぽい表情でユキを見下ろすだけ。その手がユキの腹に伸び、着込んだ服の下に隠れた素肌に触れた。

 

 

(―――オ、オレが食われる‼)

 

 

 理性が大絶叫をあげた。

 これは本格的に貞操の危機だ。

 このままじゃ……

(無理無理無理無理‼)

 一瞬で頭がパンクした。

「―――こんの、アホ‼」

 無我夢中でナギの体を突き飛ばすと、こちらも火事場の馬鹿力が出ていたのか奇跡的にナギが自分から離れた。

 チャンスは今しかない。

 ユキはほとんど無意識に体を起こし、また襲われる前にナギを捕まえてその体を地面に転がす。

 どうにか形勢逆転。

 ナギを押し倒し返すことに成功したユキは、真上からナギをきつく睨んだ。

「てめっ……いい加減に―――」

 怒鳴ろうとしたユキの首にナギの両手がかかる。

 ぐっと頭を引き寄せられ、また深く唇を奪われてしまった。

「ん…っ」

 ユキは切なげに眉を寄せる。

 しまった。この体勢は逃げづらい。ナギが首に回した手に体重をかけているものだから、腕だけの力じゃ全く歯が立たないのだ。

(くそ…)

 混乱する頭で思考を巡らせるユキ。

 落ち着け。早いところ打開策を見つけなければ。

「…んんっ……」

 理性が溶かされて、自分を失う前に早く…

「………っ」

 ナギの舌が暴れるにつれ、自分の体が小さく跳ねるのが分かる。自分の体を支えるこの腕からも、いつ力が抜けてしまうことか。

 ここで負ければ、今度こそ勝ち目はないことは確か。そうなった時に自分がどんな目に遭うのか…もはや想像がつかない。

 それだけ、今のナギの暴走っぷりは半端なかった。

 どうやったって収まりがつかないなら。

 翻弄される側ではなく、翻弄する側に回るしか手の打ちようがない。

(もう…どうにでもなれ……っ)

 腹をくくり、ユキはナギのキスに応えて自分からも舌を絡めた。

「ん、んっ……」

 ナギの体が反応し、繋がった唇の隙間から艶っぽい声が漏れる。

「は……あっ…」

 相当興奮しているのか、ねだるように積極的に舌を絡めてくるナギの瞳はすでに潤んでいた。

「………っ」

 どきりと心臓が跳ねる。

(だから、その顔はだめだって……)

 頭がおかしくなりそうだ。

 外は寒いはずなのに体は熱くて、思考に靄がかかっていく。

 だめだって、理性はそう言っているのに。

 このまま流されたらいけないって、そう分かっているのに。

 

 もう、止められない―――

 

「んんんっ!」

 一際大きくしなるナギの華奢の体。

 ユキは大きく膨らんだナギの熱に触れながら、もう片方の手をTシャツの下へと滑り込ませた。

「あ、あ……んんっ…」

「お前…もうちょい、声……抑えろ…」

「あああっ」

 耳元で囁かれるユキの声に、ナギが一段と高い矯声をあげる。

 どういう状況だ、これは。

 まだほとんど何もしていないのに、どんなに控えめに触れても、どんなに優しく言葉をかけても、ナギの体が驚くくらいに反応する。

「だから…っ」

「んんっ、あっ……ああっ…」

「もう!」

 仕方なく、ユキはキスでナギの唇を塞ぐ。

「ん……も…っと……」

 ナギはより一層強くユキの体を引き寄せる。

 絶対に離すもんか。

 絶対に離さないで。

 まるで全身でそう語っているようだった。

(もっとじゃねぇよ、この馬鹿が…っ!)

 ユキは眉を寄せ、ナギの望みに応えるように舌と指を激しく動かした。

 学校の敷地内で自分は何をしているのだ。

 外だし夜だから余計に寒いし、風邪でも引いたらどうする。キッチンの片づけも中途半端だし、今日こなす予定の課題だって終わってない。気力も体力もまだまだ温存しておきたいというのに。

 なのに……こうしてがむしゃらに求められるのが、そこまで嫌じゃないから困る。

「んん、んんんっ……あっ…」

 ほんの少し唇が離れただけだ。

 たったそれだけなのに、ナギは途端に寂しそうな声を出した。

「や、だ……」

 首に回る手に力がこもる。

 目尻にたっぷりと溜まった涙がぽろぽろと零れていく。

 限界が近いのか、その体は小刻みに痙攣していた。

「大丈夫だよ。」

 甘く囁くユキは流れていく涙を唇ですくう。

「ちゃんと、オレはここにいるだろう。」

 どうかしている。

 こんな暴走状態のナギを、可愛いと思えてしまうなんて。

 ナギの泣き顔は、よくも悪くも自分の理性をさらっていってしまう。

 もう過ちを犯すまいと自分に言い聞かせたところで……

 この顔を見てしまったら、もう―――

「ほら…」

 優しく唇を重ね、ユキはナギを楽にしてやるために手を動かす。

「んん! ん、ん、ん……んんんっ…」

 ナギの体の震えがどんどん大きくなっていって。

「~~~~~~っ‼」

 限界を超えたナギがぎゅっとユキにしがみつく。

 体の痙攣が落ち着くと、ようやくナギの手が首から落ちていった。

 一回達したことで多少は理性が戻ってきたのだろう。

「ユ、キ…」

 ユキを見上げるナギの瞳は、言葉が通じそうな程度には光を取り戻していた。

「……は…お前、ほんと……暴走しすぎ…」

 呼吸を整えながら、ユキはナギの前髪をすいて涙を拭ってやる。

 とりあえずこれで状況も収まるか。

 そう思ったのに。

「うっ…」

 何故か、急にナギが泣き出してしまった。

「え…ええっ⁉」

 まさかの事態にユキは面食らう。

「ど、どうした? どっか痛かったか?」

 極力優しくしたつもりではあったのだが、何せ自分の体ではないので加減が分からない。そもそもこんな経験今までなかったし、まさかすることになるなんて思ってもいなかったし。

「ちが……」

 泣きじゃくるナギは、おろおろとするユキに手を伸ばす。

「ユキ、大好き。」

 鼓膜を揺さぶったのは、ストレートな告白。

「‼」

 両目を見開くユキに気づくこともなく、ナギは壊れた機械のように涙声で訴える。

「この気持ち…ユキに押しつけちゃだめって言われたけど……やっぱ、無理だよぉ…。好きなものは好きなんだもん。もっと一緒にいたい。もっと一緒に色んなことしたい。どんな時も、隣にいるのはユキがいい。ユキじゃなきゃやだ。ユキにはいっぱい大切な人がいるのかもしれないけど、俺にはユキ一人しかいないんだもん。友達じゃ嫌だ。俺のことしか見ないで。俺のことしか追いかけないで。俺に、ユキの全部を独り占めさせてよぉ…っ」

 それは確かに、押しつけられるにはあまりにも重すぎる想い。

 でも決して嘘ではない、痛いくらいに純粋な想いだった。

 なんともナギらしい直球っぷり。

「………」

 ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。

 こんなんだから、いつもいつも踏み誤るのだ。

 どれだけ理性を働かせて理論武装をしたって、ナギの直球な感情にいつも理性を押し流されてしまう。

 言葉や態度に秘められた底力が違いすぎる。

「………」

 ユキは自分の服をぐしゃぐしゃに掴むナギの手に、自分の手を重ねる。

 勝ち目なんてない。

 こんな暴力的な純粋さを、拒めるわけがないじゃないか。

 壁を壊されて踏み込まれて、理性も感情もまとめて振り回されて、そして彼の気持ちに飲みこまれたら…

 飲みこまれたら――?

「ユキ…」

 何かに気づいたナギがふと涙を引っ込める。

 その細い指がさらりと自分の髪を抜けて、壊れ物を扱うかのような慎重さで頬に触れてくる。



「どうしたの? ………何か、怖いの?」



 小さく問いかけられた瞬間。

 ドクンッ

 鼓動が一際大きく鳴り響き、ざっと全身から血の気が引いていった。

 それでようやく自覚する。

 どうりでナギが変な顔をするわけだ。

 だってナギの手を握った自分のそれは、完全に冷え切って震えていたのだから。

「………」

 今にも倒れそうなほど真っ青になって、ユキは茫然と自分の手とナギを見下ろす。

 ……怖い?

 …そうだ。自分はきっと怖いのだ。

 だめだって―――心が全力で嫌がっている。

 認めるな。

 受け入れるな。

 後悔してからじゃ遅い。

 心がざわざわと自分を追い立てていく。

 だめだ。

 越えちゃいけない。

 越えるんじゃない。

 越えるな。

 越えるな。



 ―――この一線は越えるな‼



「―――っ‼」

 ユキはきつく目を閉じると、ナギの体を強く抱き締めた。

「ユキ…?」

「……れ…」

「え…?」

「何も……何も訊かないでくれ。見なかったことにしてくれ。」

 情けなく震える声でユキは懇願する。

 嫌だ。

 何も訊かれたくない。

 これ以上暴かれたくない。

 他人にも―――自分にも……。

 そんな本能的な恐怖が内側で暴れて仕方ない。

「頼むから…」

 自分でも分からない自分の恐怖。

 今はそれを受け止めることができなくて、目を塞いで見ないようにすることしかできなかった。

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