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10時間目 火種~なんでその子には……~

 この三人で話し合いとか、最高に不毛な上にまともな答えが出るとも思えないけど…。

 大きな不安を抱きつつ、同じくらいの学生層で賑わうファミリーレストランに二人を押し込むことにした。

「へぇ、自分こんな所初めてっす!」

「俺も…」

「大人しくしてろ、金持ちどもめ。」

 物珍しそうに店内を見渡す二人に、ユキは顔を仄かに赤くする。

 珍しいのは分かったから、そんな幼稚園児みたいな興味の示し方はやめてくれ。関係者だと思われているこっちが恥ずかしい。

「こちらへどうぞ。」

 席を勧めてくれる店員の女性の苦笑がつらい。

「すみません。うちの馬鹿どもが…」

 ユキが困ったような愛想笑いを浮かべると、女性は「いえ…」と頬を染めて去っていってしまった。

「まったくもう…」

 一瞬で愛想笑いを引っ込め、ユキは首に巻いていたマフラーに手をかけた。

「……エヴィン。」

「はい!」

「そのカメラはなんだ。」

「だって! ユキ先輩の髪下ろした姿も私服姿も激レアすぎて! これはもう撮るしかないじゃないっすかぁ!」

「開き直って連写するんじゃない。脱ぎにくいだろうが。」

 そんな大はしゃぎされるような大層な服など着ていないのだが…。

 もはや止まらないシャッター音に耐えながら上着を脱いだユキは、それをボックス席の奥に放り投げた。

「つーか、オレの私服姿とか特に珍しくもないだろ。今日みたいにオレの行き先追っかけてたなら、それなりに見てるんじゃねぇの?」

 席に座りながら、ユキは気だるげにそう問いかけた。

 まさか自分が素でこんな質問をする日が来ようとは。気持ちは複雑だが、エヴィンならやっていそうだから困る。

「何言ってんすか! そこまで病気じゃないっす!」

 何を根拠に病気じゃないと…

 突っ込みたげなユキには構わず、エヴィンは真顔で語る。

「ファンにはファンの心得があるっすよ。ユキ先輩の負担にならないよう、追っかけるのは学校の中、それも全学年が普通に集まる場所に限定してたっす!」

 いやまあ、それはそれでどうかと思うが。

 初めから追っかけないでくれという話だし。

 とはいえ…

 ユキはふと過去を振り返る。

「ああ、そういえば……確かにそうだったな。最近までは気にもならなかったわ。」

「でしょう⁉」

「じゃあなんで今こんなことに…?」

 踏めるブレーキがあったなら、ぜひとも踏みっぱなしでいていただきたかった。

「ふふふ、聞きたいっすか?」

 待ってましたと言わんばかりにエヴィンの目がきらりと光る。

「いや、聞きたくはないけど…」

「お見せしましょう! 自分のハートを撃ち抜いたベストショットを‼」

「うん、聞く気ねぇな?」

 こちらの声などまるで届かない。

 半目のユキを鮮やかに流し、エヴィンは忙しくカメラのモニターを操作している。

「これっすよ!」

 彼がユキとナギに見せたのは、涙目のルキアとそんなルキアにとても優しい笑顔を向けるユキの写真だった。

「こんなユキ先輩見せられたら、もうたまりませんよ。厳しさの中にある最高級の甘さ! これを見た瞬間、自分はファンでは我慢できなくなったんす‼」

「………」

 ユキとナギは黙ってその写真を見つめる。

 エヴィンの超理論は脇に置いておくとして、だ。

 この写真は普通にずるいと思ってしまった。

 写っているのが自分なだけに素直に認めづらいのだが、本当によく撮れている。ルキアの写真としてなら最高だと思うし、これはサヤやウォルトが喜んで飛びつきそうだ。

「あ、ユキ先輩も気に入りました?」

「いや…えっと……」

 完璧に図星を突かれてしまい、ユキはそろそろと明後日の方向に目をやった。

 それを見たエヴィンがにこりと笑みを深める。

「もしよければ、データあげますよ?」

「………………マジで?」

 そわそわとしたユキが素直な反応を見せる。そんなユキにきゅんとしたのか、エヴィンはぐっと胸を押さえながらよろけた。

「はい! 喜んで! ってわけで、連絡先教えてください!」

 これはいける。

 自信満々といったエヴィンだったが。

「おー。学校用のアドレスだったらいいぞ。お前にプライベートのアドレス教えると、色々と悲惨なことになりそうだからやだ。」

 ユキはあっさりとその自信を打ち砕いた。

「いやん、ユキ先輩ったらガード固い!」

 一瞬傷ついたような顔をしたエヴィンだったが、彼はすぐに楽しそうに肩を震わせた。

「ははは。まあ、いいですよ。今はユキ先輩と話せてるだけで嬉しいっす。ちなみに、他にも弟君が写ってるやつ、いっぱいあるっすよ。」

 エヴィンからカメラを渡され、データを見始めるユキ。

「おお、ほんとだ。」

 その顔が和やかに変わるのは一瞬の出来事だった。

「これとかどうです? 結構綺麗に撮ったんすよー。」

「うん、いいと思う。」

「これとか!」

「うっわ、よくこんな瞬間撮れたな。お前、写真撮る才能あるんじゃねぇの?」

 ユキの表情がころころと変わると、エヴィンはそれはもう楽しそうに笑った。

「自分、写真撮るの趣味なんすよー。そう言ってもらえて、嬉しいっす!」

「へぇ…。これがストーキングに使われてるんじゃなけりゃ、もうちょい素直に褒めてやるんだけどな…。」

 頬を緩めるユキの表情に、途端に苦いものがよぎった。

 それとは逆に、エヴィンの目に灯るのは爛々とした熱い炎。

「写真は、被写体への愛がなきゃ上達しないっす!」

「その愛が重てぇよ。この暴走写真バカめ。」

「ユキ先輩、ナチュラルに罵り入ってます。ごちそうさまっす!」

「マジで気色悪い。」

「ああっ…!」

 ルキアの写真を見ることに集中して半ばオフモードに入ってるユキは、特に何も考えないまま思ったことをエヴィンにぶつけるだけだ。その度にエヴィンが悦って身を震わせるのだが、当のユキは素知らぬ顔。それがまたエヴィンのツボにドストライクではまっているようだった。

「ユキ先輩……気に入った写真全部教えてください。全部データ渡します。」

 息を荒くしたエヴィンはユキに言う。

「ふーん…。それはありがたいけど、何を企んでるんだ?」

 訊ねつつも、カメラを操作しているユキは一切エヴィンの方を見ない。

「企むなんてそんな! 自分はユキ先輩が喜んでくれることなら、なんでもやりますよ!」

「なら、節度をわきまえたファンに戻ってくれねぇかな?」

 一応こちらの要望を伝えてみるユキ。

「それは無理な相談っすね!」

 答えは案の定だった。

 全然想定内なので、ユキは特に落胆もせずに先を続ける。

「だろうな。じゃあ何がお望みで? ご主人になる以外のことなら考えてやらんでもない。あと公開処刑もなし。踏むのもいきすぎな罵倒もなしだ。」

「選択肢せまっ! なんつー縛りプレイっすか⁉」

「うるせぇな。一応相手してやってるだけでもましだと思え。こっちはいい加減疲れてんだから、さっさとお前の要望満たして楽になりたいんだよ。ただでさえ手間なもん抱えてんだから、これ以上は無理。」

「えええーっ」

 にべもないユキの態度に、エヴィンが不満そうな声をあげる。

「ユキ先輩、ほんとにガード固いっすよー。これじゃ鬼畜っすー。」

「お前が大人しくなるなら、鬼畜にでもなんでもなってやるよ。」

 ユキはエヴィンにカメラを返した。

「一瞬でも油断したのが馬鹿だったな。」

 そう言うユキの手には、カメラから抜き取られたデータカードと電池パックが。

「ああっ⁉」

 慌てたエヴィンがカメラに目を落とす。

 カメラは真っ黒な画面からうんともすんともいわない。

「まあ過去の写真については、どうせバックアップがあるんだろうから仕方ないとして。少なくとも、今日さっきまで撮った写真については回収させてもらったぜ? ルキアの写真もありがとな。」

「ま、まさか最初から狙ってて…」

「―――さあ?」

 微笑むユキの悪どさが光った。

 

 ★

 

「ユキ先輩…っ。こればっかはマジで鬼畜っす。……でも最高っす。」

「お前、ほんとに終わってんな。」

「くうぅっ…!」

 呆れるユキに、また身悶えるエヴィン。

 一人蚊帳の外状態のナギは、おろおろとして二人の様子を見つめていた。

(ど、どうしよう……なんか、二人とも仲良くなってない…?)

 つい数十分前まで面倒そうな顔をしていたユキが、今はエヴィンに微笑みすら向けている。ルキアの写真をゲットできて機嫌がよくなったのかもしれないが、それを抜きにしたって気を許すのが早すぎないだろうか。

(ユキ……なんでその子にはそんな優しいの…?)

 自分の時とは態度が大違いじゃないか。しかもさっきからエヴィンとばかり話して、自分の方は全然見向きもしてくれない。

 ナギは自分の胸をぎゅっと押さえた。

 なんだろう。

 なんでこんなに胸がもやもやとするのだろう。

 苦しい胸の中に募っていくもの。

 それは、紛れもなくユキに対する強い不満だった。

 

 

(なんでその子には……)

 


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