女神と英雄王の懺悔
深呼吸をする。女神が心配そうにのぞき込んだ。
「残段数は残りわずかです。」
「案外チャンス、少ないのな。」
記憶をまとめる。
1,泥の怪物が新ヘカテーである。
2,英雄王はその身に魔王を封じ込めた。
3,ソルにとってヘカテーはどんな形であれ愛すべき人だ。
それから、契約に関する知識を思い出した。契約。吸血鬼であれ、悪魔であれ、天使であれ、契約するとその者の中にそれらの力が入り込む。入り込めるのは一つまでで、契約した対象が死ぬか、契約解除すれば再びそれらと契約を結べる。
そして、経験から、魔王の力も契約の力の一つなのだ。かなり強引な契約手段を持つのは確かだ。吸血鬼の力を取り込めたまでは良かったが、眷属契約の関係上、レジィとはあまり離れられない。契約が切れてしまうためである。レジィを守れなければ、魔王の力はレジィを殺してしまう様だ。泥の怪物。レジィもつぶやいていた。ヘカテーはそんな化け物だった。でも、俺にとっては愛しいヘカテーなのだ。泥の怪物に、ヘカテーの死体と、名前を与えてやると、泥はソルの目の前では少なくとも人の形を取った。これがどこまで人の形に見えるかはわからない。それでもソルは愛していた。今も。
「今回は妻の死と、三つ目のルールが破られました。」
俺と目が合った女神が言った。
「あれは魔王なんだな。」
女神はあくまで反応しないが確信した。そばでマルスを殺すと、魔王に体を奪い取られる。俺が魔王になるのかもしれない。そうなればきっと、妻たちとは結ばれず、英雄は生まれてこない。これが三つ目!
「強力な力はありだが、如何せん契約の制約がきついな。離れることができない。レジィは取り殺されちまう。他の契約もきっと似たような結果になるだろう。」
「どうしましょう?」
「一人を除いて全員と会った。他に協力者は望めるだろうか?」
「厳しいと思います。相手は英雄王ですから。」
ついでに魔王も。
・・・二人の間に重い沈黙が流れる。
「かくなるうえは、わたくしが出る時が来ましたね。」
「下界に降りれるのか?」
「そういう制約でもあります。五年間、下界落ちして神の力を手放す。そして、その延長で子供をなすのです。」
「最初からそうした方がよかったのでは?」
「わたくし、特別な力を持ちませんので。それに、必要以上の干渉は控えたかったですし。でも、そうは言ってられないところまで来てしまいましたが。」
「どうするつもりだ?」
「英雄王を説得したいと思います。」
「できるのか?というかもはや復讐なのかそれ?」
「死んでくださいとお願いをするのです。わたくし、英雄王と会った事はありますので。彼に啓示を与えました。きっと覚えていてくれてるはずです。」
「期待はしないでおく。」
「なんでですかー!頑張れますよわたくし!」
「とりあえず、城下町ですぐに英雄王とは会えるから。」
「ですよね!じゃ、レッツ女神転生!」
軽いな。とは口に出さず、その時を待った。青い蝶が目の前を飛ぶ。光が散った。
瞬き数度の後にあたりを見回した。隣には確かに銀髪銀目の少女がいた。女神様、ルーナだ。久々に屋台で野菜を売る商人と目が合う。きゅうり。
「お腹が空きました。」
グーと腹を鳴らしたルーナにきゅうりを買ってやるため頷いた。商人が嬉しそうにきゅうりを二本売ってくれた。ルーナと広場のベンチに座りかじる。瑞々しいきゅうりは美味しかった。
「英雄王は向こうのベンチだ。」
「わたくし、行ってまいります。」
ルーナが英雄王に突撃していくのを心配になって目で追いかけた。ルーナは簡単に返り討ちに遭った。話がしたいもので溢れる城下町にはルーナが付け入る隙がない。ルーナがベンチの前で倒れ込む。
「周りの圧が強くて入ってけない。何なんですか?あの人たち。矢継ぎ早に英雄王にしゃべりかけていましたよ。あんなテンポよく、タイミングよく話しかけれないよぅ。」
「頑張るんじゃなかったのか?」
「無理なものは無理です!そうだ!王に市民が謁見する時間がありましたよね。そこで相談すればいいじゃないですか!」
「騎士共もいるぞ。無礼すぎて牢にでも入れられるのでは。」
「大丈夫!女神だって気づくはずですから。」
「今だって気づかれなかったのに?」
「今のは、きっと目にも止まっていませんよ。」
「自分で言ってて悲しくないのか?」
「ひどび事いばないでー!」
涙声で何を言っているのかわからない。本当に大丈夫なのだろうか?
「市場でも見て回るか。」
「わたくし、もっと食べたいです!」
食欲旺盛なルーナを連れて、市場を見て回る。エルフのプルと見た以来だ。屋台を見て回ると串焼きが売っていた。豚や牛などの家畜のものだ。この辺では畜産業が盛んなのだろうか?ルーナが豚串を頼む。間にししとうが挟まっている。
「はふ。あちゅい。からひ。」
ハフハフしながら涙目で豚串を食べる。ちょっぴり可愛らしいと思ってしまった。お次はベビーカステラだ。可愛らしい丸いカステラをルーナが食べる。
「うん。ヤマモモ味美味し。」
一つもらって食べると、ヤマモモのほんのりとした甘みとそこそこな酸味がカステラの甘味と一緒になってちょうどいい。指を舐めると、一つの露店を指さした。プルの時にも見た宝石商。
「魔法の触媒にどうだ?」
「確かに必要です。今のままではわたくし、魔力がないので。」
確かにルーナからは魔力を感じない。女神から人間に落ちると不便そうなものだ。魔力さえあれば、魔法は使えるだろう。
「おすすめの宝石は?」
宝石商に聞くと、
「ラピスラズリなんてどうだ?魔力量は多い方で安価だ。魔法よけのお守りなら安価で硬いスピネルだな。」
「どちらも欲しいです。」
ルーナが上目遣いで俺を見る。身長差でそうなっているだけだが。
「ラピスラズリ二つと、スピネルのピンク一つ。」
「金貨三枚でどうだ?」
「そのルビーが金貨二枚ぐらいだろう。金貨二枚で。」
「はは。よく知ってるな兄ちゃん。いいだろう。交渉成立だ。」
もう少し値切れたかもなと思いつつルーナに宝石を渡す。宝石を内ポケットにしまうのを見届けて、そろそろいい頃合いだろうと王宮に歩き出す。
王宮の門番が二人の足を止めた。
「何用だ?」
「王に謁見したくて。」
「市民証は持っているか?」
ルーナと目を合わせる。持っていない。
「どうしても大事な用があるんだ。」
「市民証を持たないものは、王に謁見できない。」
俺たちは門前払いを食らった。広場のベンチに戻り、相談する。
「どうしましょう。そんなルールがあるとは。やはり忍び込むしか・・・。」
「そんなのバレたら大変なことになる。他の手を考えるべきだ。」
「市民証を買い取るのはどうでしょうか?」
「となると闇市か。」
ソルはこの国の出身というわけではないから、この町のことに詳しくはない。せいぜい観光客が知っている範囲でしかこの町を知らない。
「闇市の場所はわかるのか?そもそもあるのか?」
「ええっとぉ。」
ルーナも知らないようであった。
「その辺の人に聞いてみます?」
「通報されたら厄介だ。」
俺たちは当ても無く彷徨うことにした。いつの間にやらか、あの橋の下に来ていた。
「下水道に闇市はないだろう。」
「案外、こう、隠された場所に無いですかねぇ。」
「こんなところに闇市など、馬鹿の所業ね。」
聞き覚えのある声に振り替えると、レジィがいた。
「レジィ!」
思わず声をかけてしまった。
「なぜあたくしの名を?」
しまった。この世界では、初対面だ。
「いろいろあって知っている。」
「説明になっていませんわ。闇市なら、この先の占い屋の裏手の地下に入ればありましてよ。」
意外な助言。
「助かる。」
「その代わり、あたくしのお願い事を聞きなさい。」
「なんだ?」
「賊に追われているの。始末して頂戴。」
そんなことかと、剣を抜き、レジィの後ろにつく。賊が二人来たのを逃がさず切る。死体が二つほど出来上がった。
「上出来ね。」
満足そうにレジィが死体を見た。
「行かないの?」
俺らにそう投げかけると、ここに残るのか、下水道の入り口を背に寄りかかった。
「後で用事がある。」
そう告げて、ルーナと共に闇市へと向かった。
占い屋の裏手の地下はあった。降りていくと、屋台が所狭しと並んでいた。案内屋がいた。その男に話しかける。
「市民証が欲しいんだ。」
「それならその黒と黄色の屋台だ。」
案内された通りに屋台の前に行くと店主が市民証を見せた。
「この間亡くなったやつのか、偽造どっちがいい?」
「どっちも使えるのか?」
「効力は一緒だ。亡くなったやつの方が確実性は高いがね。」
「じゃあそっちを。」
「ソルさん、ソルさん。鍵屋がありますよ。牢屋の鍵とかありませんかね。」
「自信があるんじゃなかったのか?」
「念のためですよ。」
高い金を払って市民証を買い、鍵屋に行った。
「王宮の地下牢の鍵ってあるか?」
「あるぜ。」
こちらもまた安くはない額を払って、購入した。準備は整った。
「今ならまだ間に合うはず。」
「だな。」
王宮の門番に堂々と市民証を見せると、首をかしげながら中に通してくれた。玉座の間の外で待たされ、順番が来ると呼ばれた。英雄王マルスは、前にも見た通り、玉座に鎮座していた。騎士が数名見守り、書記係が紙にペンを走らせていた。
「要件はなんだ?」
「英雄王マルス。わたくしに見覚えはありませんか?」
「うむ。女神ルーナに似ておる。啓示を受けた時、見ておったから覚えがあるぞ。」
ルーナは胸を張った。
「あなたに死んで頂きたいのです。」
英雄王マルスの眉間にしわが寄った。騎士の一人が
「無礼者!何を申すか!」
そういうと、槍を構えた。
「よい。話せ。」
ルーナの額に汗が伝う。
「あなたが死ぬことで、五人の英雄が生まれてくるのです。その命達のためにどうか。御決断ください。」
「死ななかったらどうする。」
「万策は尽きました。世界は漂白されます。」
包み隠すことなくルーナは言った。それでも大事なことの一部は、制約のためか口には出さなかった。
「その男は?」
「あなたの復讐者です。」
「妻を殺された。ヘカテー・キルクス。あんたに襲われて腹に子もいた。」
英雄王マルスのしわが濃くなった。
「ヘカテー。あの魔女か・・・。」
騎士の一人が声を上げる。
「泥の怪物。英雄王様を襲いに来て返り討ちにした。それの旦那だというのですか?」
「泥の怪物ではないと言いておろう。ヘカテー。あやつは死ぬべくして死んだ。奴が死なねば、魔王復活の大事になっていただろう。」
「どういうことだ?」
「ヘカテーは悪魔の子を身ごもるもの。あの日俺を殺しに来たあの女は、俺から魔王の封印を解こうとしていたのだ。」
「違う!ヘカテーはそんな乱暴ではない。話し合おうとしただけだ。」
「内容はいい。とにかく、あれは死んで危機は去ったはずだ。」
英雄王マルスが思考の深い海に浸かった。ルーナは俺を見上げた。俺は納得がいっていなかった。マルスがヘカテーを襲ったことも、ヘカテーをむざむざと殺されたことも。そこに騎士団長が入って来る。
「話は聞いていた。その者たちを捕らえよ!」
やはりこうなるか。俺たちは牢に連行された。その間、英雄王マルスが思考の海から引き上げることはなかった。
牢屋はかび臭かった。他にも先客が数名いて、興味深そうに俺たちを見た。牢屋の鍵が締まると、ルーナが座り込み、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「無理かもしれません。もう、世界は漂白されるしか・・・。しかし、五年は待たねば。苦しいです。死んだ世界で五年も生きるなんて。」
「あれだけあった自信何処にやったんだ。」
「マルスが覚えてくれているといったときは勝ちを確信しましたが、そもそも死んでほしいと言われて死ぬような人間なんているわけありません。みんな必死に生きているのですから。地位や名誉のある英雄王ともなればなおさらです。」
「そんなのわかってて言っているのかと思ってたよ。」
「考えが浅はかでした。反省します。したところで無意味かもしれませんが。来世に生かします。」
「まだあきらめるな。長距離からの暗殺という手はある。ノクスだったから失敗しただけであって。」
「あれほどの腕を持つもの、他に居ませんよ。あなたの腕と技術じゃ、魔道具を借りたって殺すことは不可能です。」
「いっそ、ノクスとの子を育んでから殺すという手は?」
「今の状況でですか?上手くいく補償もなく数十年を耐えられると?失敗したらリセットなんですよ。ムリエルやノクスを亡くした時の比じゃないほどのショックが待っているんですよ。」
「他に手はない。」
重い沈黙。他の囚人たちは二人の会話に耳を済ませ、ただ事ではないと静かにおとなしくしている。
「英雄王マルスは自死なんて選ばない。手はノクスの子供だけだ。」
「そんなの・・・。」
「長い時間はかかるが、残段数はまだあるんだろう?」
「ええ、でも残りわずかです。」
「今回の失敗は受け入れよう。ノクスの子を試して、ダメだったときはまた他の手を考えよう。」
「もう、他の手なんかないですよ。」
「そうかもな。でも、まだある。」
俺は騎士がいないのを確認して、鍵を開けた。荷物を取られなかったのは幸いだった。奴らの爪が甘いともいえる。これからノクスの元に行き、相談する。言えることは全部言ってやってみる。ルーナは檻から出てこない。
「一緒に。」
「私にここを出る資格はありません。」
「そうか。」
姿を隠す魔法と存在に気づかれにくくする魔法と、暴かれない魔法をかけた。牢屋から出て、あの枯れ井戸の元に向かった。中には・・・誰もいなかった。舌打ちする。ノクスが帰って来るのを待つべきだろうか。それともノクスはここを放棄して出て行ってしまった?嫌な可能性が頭をちらつく。とりあえず、あの丘に行ってみることにした。
城下町を見下ろせる丘は無人だった。風がそよぐ。虚しさが押し寄せてきた。何もできずに今回は終わる。いっそ、英雄王マルスの首をはねて終わらせようと思い、城下町に戻ると、ルーナが門前に立っていた。
「どうしたんだ?牢屋にいるんじゃなかったのか?」
「丘に行っていたんですね。ノクスは見つかりましたか?」
「いや、まだだ。なにがあった。」
「英雄王マルスが、話があるそうです。」
二人で王宮へと入った。騎士がにらみを利かせる中、玉座の間に英雄王マルスは居た。彼は穏やかな顔をしていた。
「女神よ。話を受けよう。ただ、しばらくの時が欲しい。」
「本当ですか?」
「王の引継ぎに死に場所を決める必要がある。と言っても、後継者は決まっているし死に場所も聖女の神殿にしようと思っている。」
「なぜだ?馬鹿げた話なのに。」
「そうかもな。しかし、最近記憶が飛ぶのだ。ヘカテーを襲ったというが、俺には記憶がない。子ができるような行為だ。忘れるはずがない。それに、フェレス族の暮らす島を襲ったときも記憶になかった。彼らの島に行くと憎悪が湧く。彼らに不当な扱いを強いたくなるのだ。これは魔王の影響なのかもしれない。身の内に封じた魔王の憎悪が俺を蝕んでいる。」
ルーナと目を合わせる。そんな状態で、死を突き付けられて、この人は穏やかな顔をしている。
「なぜ、そんなに穏やかなんだ?」
「俺は十分生きた。短くて濃密な人生。理想的ではないか?英雄王として、いつまでも玉座に執着して争いの火種を焚いて生きるぐらいなら、今が引き時なのだ。ところでお前の名前を聞いても?」
「ソル・キルクス。」
「ソル。俺は、ヘカテーを殺したこと後悔するわけにはいかない。あの魔女は確かにこの世界の危機を招くものだったのだから。俺は、この世界が好きだ。女神の力を持って、存続してもらいたいものだ。お前の望み、何かあれば一つだけ答えよう。せめてもの償いだ。すまなかったな。」
俺は懐のナイフを取り出した。ヘカテーが、本物のヘカテーが生きていたころにくれたナイフだ。素朴な装飾のないナイフ。
「これで、最後を終わらせてほしい。」
「わかった。」
騎士の手から、英雄王マルスへと渡された。
「三日たったら、聖女の神殿へと赴く。三日で禊を終わらせ、この世界に平和が訪れるよう事に及ぼう。」




