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暗殺と吸血鬼

いつもの光景。賑わう城下町。城下町の橋と言えば、海につながる大きな川を分かつ橋だ。町中を抜け、人の少ないエリアに出る。大きな橋が架かっていた。そばの階段を降り、橋の下をくぐる。下水とつながっている。下水道に踏み出し、しばらく歩くと、蝙蝠の群れを見かけた。声をかけてみようと思った。

「吸血鬼の方はいらっしゃるか?」

返事はない。蝙蝠たちがソルをじっと見つめている。

「妻が殺されたんだ。名前はヘカテー・キルクス。腹に子供もいた。英雄王との望まぬ子。妻は、英雄王に襲われ、最終的に殺された。・・・復讐がしたい!英雄王マルスに自身がしたことの罪の重さをわからせてやりたい。復讐できるのだったら、どんな対価も支払おう。」

蝙蝠たちは静かだ。何も答えない。見当違いだったか?そう思い、下水道から出ようと踵を返す。

「馬鹿ね。ただの蝙蝠に身の上を語りかける馬鹿。あほずら。高貴な吸血鬼の立場ってもんがわかってない馬鹿。こんな臭い下水にいるわけないじゃない。普通。そんなことも分からない馬鹿。」

正面に金髪赤目に青白い肌をしたワンピースを着た少女が立っていた。ツインテールがゆさゆさ揺れながら近づいて来る。

「馬鹿馬鹿そんなに言わなくても・・・。」

「自分を馬鹿だと認めない馬鹿も追加ね。」

彼女は低い背丈を目一杯伸ばし、俺をにらんだ。

「復讐だなんて馬鹿のすることね。しかも高貴な吸血鬼様の力を借りるなんて。どのくらいの馬鹿を積み重ねれば、満足するのかしら。賢さの真逆とは言ったものだわ。」

彼女に圧倒されるが、負けるわけにもいかない。

「でも、こうして君は臭い下水道に入ってきたじゃないか。」

「日が照ってる中、安価に日を避けられる手段がここだったのよ。そんなことも分からないわけ?馬鹿。」

「本当に吸血鬼なのか?」

「馬鹿っていうのは本物の価値がわからないものなのかしら。どこからどう見てもそうじゃない。」

「力を貸してほしい。」

「馬鹿で愚か。高貴な吸血鬼様にお願い事する姿勢じゃないし、力を貸してもらえるなんて、思い上がりも甚だしい。馬鹿。」

俺はプライドを妻の死と共においてきたらしい。土下座をする。きれいな四角を作り手は添えるように。

「この通りだ。」

「!馬鹿。安々と土下座なんてするもんじゃないわ!それだから馬鹿なのよ!」

なぜか彼女は怒った。疑問符が頭にたくさん浮かぶ。

「じゃあ、どうしたら力を貸してくれるんだ?」

「馬鹿ね。ほんと馬鹿。己の名をもって、契約したまえとかあるでしょう。言い方ってもんが。」

「ソル・キルクスの名をもって、契約したまえ吸血鬼。」

「レジーナ・エクエス。レジィとお呼びなさい。」

レジィは俺の肩をガシガシ叩き、跪かせた。

「もっかいよ。馬鹿。」

「ソル・キルクスの名をもって、契約したまえレジィ。」

レジィは満足そうに頷いた。

「ましになったわね。ま、力を貸してやるかは別だけど。」

「この流れは、力を貸すんじゃないのか?」

「馬鹿。あたくしは安売りなんてしないのよ。日よけ場所を安く済ませてもね!」

「どうしたら力を貸してくれる?」

「そもそもどうやって英雄王を殺す気?」

「吸血鬼の力を使ってしゅばばっと。」

「やっぱ馬鹿。嘘でも、暗殺とか、毒殺とかもっと、こう、あるでしょう。」

「暗殺も毒殺も正々堂々も、遠距離スナイプも失敗してきた。」

「暗殺や毒殺の失敗は置いといて、正々堂々って。馬鹿じゃない?」

「殺せはしたが、巻き戻った。」

「巻き戻り?馬鹿なの?どういうこと?」

「女神の力で巻き戻っている。暗殺を繰り返してきたが、どれも失敗に終わった。」

俺は今回知っていることを素直に話した。レジィが眉間に手を当てる。

「女神・・・。ルーナの力?そんなのあったかしら。代償を支払った?」

「記憶と引き換えに。失敗するたび、記憶が帰って来る。」

「古代の魔術ね。制約を課すことで本来できないことを可能にする魔術。残り回数があるでしょう。」

「そう多くないとは。」

「馬鹿だから失敗してきたのね。女神にも代償があるはず。」

「そんなこと、一言も?」

「まあ、あんたに言う必要はないものね。馬鹿に言ったって意味がないもの。」

「どうすれば成功すると思う?」

「どういう条件で失敗したの?」

「最初は殺されて。次は、英雄王の中の何かが目覚めて。最後に大切な人が死んで。」

「その三つが失敗の条件?」

「特に英雄王の中にいる何かが厄介なんだ。近くで殺すと駄目なようだし。」

「ふむ。近接のトラップね。大切な人っていうのは?」

「五人の妻だ。英雄を生む事が約束されている。彼女たちのうち一人が欠けた時点で終わりだ。」

「あたくしは?」

「君も俺と子をなす一人の可能性は高い。何せ、今まで会ってきた女性皆そうだった。」

「あんたと子を?この高貴な吸血鬼が?馬鹿は嫌なことを言うわね。」

「事実なのだから仕方ない。」

そんなことを話していると、

「いたぞ!吸血鬼だ!」

二人組の男が、レジィを指さした。剣を抜き放ち、じりじりと寄って来る。

「巻いたと思ったのに。馬鹿二匹。こっちに来るんじゃない!」

俺がレジィの前に立ち、剣を抜き放つ。男の一人が足を止めた。

「今、大事なところだ!邪魔をするな!」

男一人を簡単に切り払う。男は崩れ落ち、動かなくなった。もう一人の男は、急いで引き返した。

「場所を移そう。ここは面倒だ。」

「馬鹿にしては気が利くじゃない。」

俺とレジィは、宿屋に向かった。ベッドにレジィが倒れ込む。

「あたくしの力であれば、英雄王なんて一撃必殺よ。その後の何かもね。」

「力を貸してくれるのか?」

「守ってくれたことは評価してあげる。」

レジィが耳元に近づく。

「ありがとう。」

ささやき声の素直なお礼だった。さっきから馬鹿馬鹿いう人の口から出た言葉とは思えず、目を丸くする。

「追われているのか?」

「吸血鬼の始祖をちょっぴり刺激しちゃったから。刺激に弱いのよ。老人は貧弱だから。」

「どうにか手伝おうか?」

「不要よ馬鹿。馬鹿は馬鹿なりに自分のことだけ考えていればいいの。」

レジィが、俺のシャツを脱がしていく。

「一つ、あたくしの与えたものを受け入れる事。一つ、あたくしの命令は絶対。一つ、お前のすべてを捧げる事。」

レジィが俺の肩を舐めた。

「よろしくて?」

「俺のすべてを捧げるよ。レジィ。」

俺はまっすぐレジィを見つめた。レジィはほんのり顔を紅潮させ、頷いた。

「いいでしょう。」

レジィが俺の肩にかみつく。酷い痛みに立っていられなくなりしゃがみ込む。血が出た。肩を伝っていく。床が赤く染まる。めまいがした。それでも辛抱する。しばらくすると、体の内側から力が沸き起こって来るのを感じた。地面を汚した赤い血が体を伝って、肩の傷へと戻っていく。血が完全に肩の傷口に帰ると、痛みもめまいも嘘のように無くなった。

「これよりお前はあたくしの眷属。偉大なる母を敬いなさい。」

レジィに跪き、手の甲にキスをした。レジィは満足そうにベッドに座り、俺を眺めた。

「これからどうするんだ?」

「まず、手始めに追いかけてくる野蛮人共を皆殺しにします。」

そっちの方が野蛮じゃないかという言葉を飲み込んで頷いた。

「力の使い方を覚える必要があるでしょう。」

「どうすればいい?」

「肩の傷に集中して、一人残らず殺すことを考えればいいわ。」

「それが終わったら?」

「英雄王の就寝時間を狙って、奇襲をかけるわ。」

「結界がある。解けるのか?」

レジィが怪しく微笑んだ。

「簡単よ。粗末な結界なんて指を一突きすればいい。」

レジィの指が俺の鼻をついた。鼻がピリッとした。

「それにしても、ヘカテー・キルクスね。泥の怪人。」

「泥?」

「気にしなくていいわ。独り言よ。それよりも、熱の持ち方を訓練しなくちゃね。」

「熱?」

「こっちに来て。」

レジィが立ち上がり、俺をベッドに誘導した。俺はベッドに横たわり、レジィを見た。レジィが俺の体を撫でる。腰にキスをした。

「何の意味が?」

「性は血を沸騰させるの。」

俺の唇に人差し指を当てたかと思うとキスをする。意味が分かった俺は、レジィの背中に手を回し、ベッドに引きづりこんだ。小さな体をしたレジィは人形のようだ。壊さないようにやさしく剥いて、愛し合ってみる。


夜。闇夜に紛れるように、一つの家の戸を叩いた。男が出ると、肩の傷を意識した。熱が形となって、男が声を出す前に喉をつぶした。そのまま心臓を一突きし、家の中に投げ捨てる。家の中には数十人いた。肩の傷に集中する。熱が血に形を与えた。レジィと交わった熱は、そのまま奴らを八つ裂きにした。家に一人も生き残りがいないのを確認して、外に出る。闇夜の冷たさが頬を撫でた。

「見事なものだわ。」

レジィが影から身を出した。

「この分ならうまくいきそうね。」

「だといいが。」

彼女が俺の耳に歯をかすかに当てる。

「あたくし、失敗が大っ嫌い。」

「上手くやるさ。」

彼女の手の甲にキスをした。

「終わったら、ご褒美をあげる。」

レジィの柔らかい、優しい声に、一瞬怖気を感じた。レジィの吸い込まれそうな赤い目を見つめ、王宮に向かって歩き出す。


王宮はこの時間でも、明かりがつき煌めいている。英雄王の寝室はわかっているから、スムーズにたどり着いた。レジィが俺の人差し指の先をかんだ。血が滴る。それを、英雄王マルスの寝る結界に向かって突いてみる。結界は音もなく割れた。赤い血が結界の破片を咀嚼する。俺はそのまま王の首に手を当てた。今までで一番静かな死だったと思う。英雄王マルスはそのままこと切れた。


変化が表れたのは数秒後。マルスの体から、まがまがしいオーラがあふれ、俺の方に手を伸ばした。しかし、レジィの加護があるからか、その手は俺に触れても何も起こせない。指先に集中し、まがまがしいオーラを絡めとって、無理やり引き裂こうとすると、ジジっと音が鳴るだけだ。レジィが距離を取った。

「確かに魔王の力らしい。」

そう一言つぶやくと、俺の腕を引っ張った。

「帰るぞ。」

「どうにかしなくていいのか?」

「どうにかできる代物では無い様ね。それより・・・。」

レジィの手は震えていた。何かを恐れていたようだ。俺は踵を返して、レジィと共に寝室を出ようとしたが、足が重い。魔法?振り返ると、まがまがしいオーラが増している。そのオーラから、何かが放たれた。レジィの周りをオーラが囲む。レジィが苦しみだす。首を掻きむしり、こちらを見た。何か言おうとして声が出ない。俺はレジィにまとわりついたものを剥がそうと、指先を向けた。まがまがしいオーラを絡めとったが、引きはがせるほどじゃない。レジィが倒れる。呼びかけても返事がない。オーラはその色を増していく。俺の中から吸血鬼の力が消え去ると、オーラは俺の中に入ってきた。苦しい。でも、取り殺される感じではない。これはどちらかというと・・・。

(力を与えている?そんな馬鹿な・・・。乗っ取ろうとしているのか?)

青い蝶が飛ぶ。光が明滅する中、泥の怪物にヘカテーと呼びかける自分をいくつも見た。



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