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猫と長距離スナイプ

「惜しいですね。でも、今のでは危機は回避できません。他の手立てを考えねば。」

「何が起こっていた?」

「わたくしからは何とも。ただ、二つの条件はクリアしていましたよ。」

「五人の妻が死なないことと、俺が死なないことか?」

「はい。」

三つ目、とある条件を踏まないことに引っかかっている。

「プルも妻の一人なのか?」

「はい。プルさんも、ムリエルさんも未来で妻となる人です。」

「プルが殺されたわけじゃないんだな。」

「はい。」

それに、正直安堵する。ムリエルが殺された時は、胸が引き裂かれそうな思いだった。

「五人の妻は全員があそこにいるのか?」

「一人を除いてです。」

俺は思考する。どうするのが正解か。まず、思い出した記憶を整理する。

1,マルスに襲われたと妻が告白した。

2,俺は討伐屋をやっていた。

それから、マルスが複数の組織から狙われていることを思い出した。

これが意味するところ。まず、妻が身ごもったのは、襲われたからだと思っていい。不倫ではなく強姦。それはそれでショックではある。復讐心が増した。そして、妻がなかなか帰ってこなかったのは、マルスの元に行っていたからである。理由は不明。そして、俺は討伐屋。辺境に住み、依頼を受けてモンスターを討伐する自由業。稼ぎはそこそこで、腕もいい方。この国には、縁もゆかりもないが近くに住んでいた。そして、マルスは複数の組織から命を狙われているようだ。暗殺ギルドから、個人の復讐屋。恨みを買うことが多いのは、王として、先頭に立って、他国を攻めるような攻撃的な性格が元。恨みを買ったやつらは数知れず。しかし、追い返した者も数知れず。やはりマルスは強い。並大抵の手段では、やり返される。死んではいけない。殺させてもいけない。後は、三つ目のとある条件を踏んではいけないだが、マルスの体から何かが出てきそうだった。何かが復活する予兆?それが何かまではわからない。ただ、相当に危険なものとだけわかる。

「何かが復活しているのか?」

女神は表情を硬め、答えない。

制約。これに答えると残弾数関係なくゲームオーバーか。何とか探って、察していくしかない。復讐屋。協力してもらえるかもしれない。こいつらから探してみよう。俺は女神を見据えた。

「頼む。」

「もうよろしいので?」

「考えはまとまった。」


青い蝶が飛ぶ。光が散った。俺は、姿を隠す魔法と存在に気づかれにくくする魔法と、暴かれない魔法をかけた。そうして、マルスのいる広場に向かった。この時間は、広場で市民と交流する時間だ。一つ呪文を唱えた。注視する呪文。いた。獣耳。栗毛に紫の目を持った女の猫系獣人。彼女を見つけると後を付けた。彼女は広場での交流の時間中、ずっとマルスに張り付いていた。気づかなかった。最初、俺がナイフでマルスをいきなり襲ったとき、驚いただろうな。彼女は広場から王宮に移るマルスを追いかけなかった。代わりに、路地裏に入った。後を追う。彼女が魔法を解き、井戸に向かった。枯れ井戸。ロープがしたまで垂れており、それを使って下まで降りていく。彼女が下まで降りたのを確認して俺も降りる。するする降りると、広い空間に出た。机があって、椅子があって、弓矢がいくつも並べ置かれ端には藁が敷かれていた。寝床だろうか?魔道具がいくつか置かれ、食料と水の入った桶が、乱雑に置かれている。なるほど。秘密の隠れ家にはふさわしい。彼女が椅子に座ったのを確認してかけていた魔法を解いた。彼女が驚きもせず、目が合った。

「復讐屋か?」

その問いに彼女は答えなかった。代わりに人差し指をこちらに向け、親指を立てた。見えない矢が頬をかすめた。動じることなく彼女を見据える。

「俺はマルスに復讐をしたい。」

憎悪むき出しでそういうと、彼女の表情が揺れ動いた。彼女に近づきながら説明する。

「妻が殺された。子供も腹にいた。奴との子だ。無理やり孕まされた。俺はあいつが許せない!」

初めて彼女が口を開く。

「復讐するつもりなんてない。」

その言葉に思わず困惑する。足を止めた。

「さっきまでマルスをストーキングしてたじゃないか。」

「それは・・・。」

「殺す隙を窺ってたんだろう?」

「違う。うちは・・・。」

「君、フェレス族だろう。少し前、マルスはフェレス族の住む島を焼き払ったのだろう。」

記憶に新しい。フェレス族の住む島は、宝石が豊富にある。それを欲しがったマルスはフェレス族の島を焼き払い、多くの死者が出た。マルスの国では、獣人は軽視される傾向にある。だからフェレス族に容赦しなかった。交渉もなく彼らは住処を焼かれ、追われた。今も、奴隷紛いにフェレス族はその島で宝石を掘っているという。

「復讐なんて・・・無意味で悲しいことよ。」

「そうは思わない。」

彼女は俺を憐れむように見た。それが若干不快だった。

「マルスは生きてちゃいけない人間だ。奴を殺すことで大勢救われる人もいるはずだ。」

彼女の目が揺れた。迷っている。彼女は今復讐するかの瀬戸際にいる。俺が背中を押すように問いかける。

「フェレス族の復讐か?」

彼女は頷いた。

「家族は皆殺しにされた。うちは一人で生き残った。」

彼女がシャツを捲り、腕を見せた。やけどによって毛が抜け落ち、ピンクの肌が露出していた。やけどの傷が生々しい。

「家は三人兄弟の末っ子だった。一人だけ守られ、生かされた。」

「生き残ったのなら、命を有効活用するべきだ。」

「わかってる!・・・でも、この頃虚しいんだ。復讐に成功したとして、うちには何も残されていない。」

「復讐で救われる心もある。」

「奴を殺したのちに、何の変化がなくても?」

「少なくとも奴によって誰かが傷つくことがなくなる。」

「そうだとして、この虚しさはどう救えばいい?」

「俺と分かち合おう。後は時間が癒してくれる。」

彼女の目がここ一番で揺れた。

「本気?」

「ああ。俺は後の虚しさよりも、今ここで救える命もあるかもしれない復讐を選ぶ。だが、これは俺のための決断だ。妻を奪った、憎きマルスへの復讐は、俺の心が救われるために、妻が失ってはいけなかったもののために行われる。これは俺の人生の一部そのものだ。奴に歪められたからじゃない。俺がそうしたいからそうする!」

彼女がじっと深い闇を湛えた紫の目で俺を見つめた。

「・・・ノクスよ。ノクス・アルクス。弓使いだった。島では狩人だった。鳥を狩っていた。自由への翼を撃ち折るもの。それがうち。」

「俺はソル・キルクスだ。討伐屋だった。虚獣を狩るのが仕事。」

彼女が歩み出て、手を伸ばす。それをがっちりとつかみ、握手を交わす。ノクスが藁の方に行き寝転がる。俺もそのそばで座り込んだ。

「英雄王の隙はご存じ?」

「狩りをしているときだろうか?鹿に矢を向けた数秒集中して、隙が生まれる。」

「城下町で、子供に毎朝花をもらうの。その時も隙ができる。」

確かにマルスは毎朝子供から花を受け取り、執務室に飾っていた。俺としては、人が多すぎて断念した時間だ。

「見晴らしのいい丘があるの。矢を射るには十分開けていて、城下町での行動がよく見える。」

「そこで狙うのか?」

「うん・・・。何度も狙おうとしたけど、決心がつかなかった。」

「なぜ?」

「虚しさが怖かった。この後に来ると思うと、先延ばしにしていた。でも、あなたが分かち合ってくれるのでしょう。」

俺は頷き、ノクスの横に寝転んだ。

「病むときも健やかなるときも分かち合おう。」

「ふふ。まるで結婚ね。夫婦みたいだわ。」

俺はノクスの横顔を見た。深い闇を湛えた目は美しく思える。ノクスは深淵にいて美しい。悩ましい表情が、愛おしく思えた。ノクスは俺と同じ悩みを抱えていて、同じような深い場所に沈んでいる。光を求めることもなく、闇に全てを委ねる。それでも、本心では光を求めてしまうのだ。無意味なのではないかと。それを俺は引き戻した。闇を安心できる場所に変えた。責任を取らなくては。

「一度くらい愛する人と出会いたかった。」

俺はそう言ったノクスの唇にキスをした。ノクスが驚く顔がよく見えた。

「楽しもう。どうせわずかな時間だ。」

ノクスは唇を舐めて、俺を見つめた。しばらく見つめあうと、決心したように

「そうね。そうかもしれない。」

そう言って、俺の首に腕を回した。ノクスの甘い息が俺の顔にかかる。ノクスが俺の唇にキスをする。虚しさを忘れるように、舌を入れる。濃厚なキスをして、俺のシャツに手をかけた。ボタンを一つ一つ外し、俺の素肌が露わになると傷を撫でた。討伐屋で負った傷。仕事をこなした証拠の一つ一つをなぞる。それがなんだかくすぐったくて笑う。そうするとノクスの口角がわずかに上がった。俺はノクスのシャツに手を伸ばし、脱がせた。柔らかいボリュームのある毛が胸を包み込んでいる。

「触っても?」

「ふふ。律儀ね。確認なんていらないわ。」

胸を触ると柔らかい毛の手触りと、弾力が伝わってきた。優しくなでる。くすぐったいのか彼女の口角が上がった。胸を押し付けるように彼女がキスをせがむ。キスをしてやると、安心したように目をとろんとさせた。


俺たちは丘の上にいた。見晴らしがよく、城下町がよく見える。ノクスが魔道具を取り出し、装着する。何でも特別製らしい。ノクスの射る矢の射程距離と威力を高めてくれるものらしい。俺はノクスの矢にステルス魔法をかけた。これで、誰にも気づかれずにマルスの首まで矢が届く。マルス自身も何が起こったか理解する間もなくあの世に行くことだろう。俺はノクスの頭を撫でた。彼女が喉を鳴らす。約束の時間まであとわずか。

「ねえ、ソル?」

「どうした?」

「ソルは天国を信じてる?」

「わからない。」

「死んだら家族の元に行けるのかな?それとも、誰もいない地獄に落ちるのかな?」

「ノクスは天国に行けるよ。何も悪いことはしていないのだから。」

「そう。マルスを殺すのね。」

「俺の指示でね。」

「うん。あなたの指示だわ。あなたは・・・天国に行ける?」

「わからない。」

「迎えに行ってあげる。死ぬのは私が先だから。」

ノクスを見た。ノクスの目は真剣そのもので、なぜノクスが先なのかを聞きそびれた。

「時間。必ず仕留めて見せる。」

ノクスが弓に矢をつがえた。魔道具が発動する。見えない矢は、今頃マルスを指しているはずだ。魔道具の魔力がそんな矢に流れ込むのが見えた。黒い稲妻が走る。マルスが子供から花を受け取るためにしゃがんだ。殺気。ノクスからそれを感じたが、マルスには届かないだろう。ビュンっという音が聞こえた。矢が発射された。残るはマルスの首に刺さるか。・・・矢が刺さったのか、マルスの首から血が吹き体が前のめりに倒れ込む。やった。なんだかあっさりで、マルスの体が倒れ込んで、城下町が騒ぎになるのを静かに眺めていた。ごぼっという音が聞こえた。振りむこうとして、青い蝶が飛んだ。光が散って、思い出す。ヘカテー・キルクス。妻の名前。


女神が目の前に立っていた。彼女はまっすぐに俺を見た。

「失敗ですね。」

「何に抵触した?」

「妻の一人が死にました。」

俺は首を傾げた。死ぬような状況に心当たりがない。

「なぜ?」

「お答えは厳しいかと。私はソルの目を通して世界を見ているので。」

辛うじて、最後のごぼっという音が気になるぐらいだ。とりあえず、記憶の整理をしよう。

1,妻はヘカテー・キルクス。

2,俺は妻を介護していた。

その他は、魔王討伐は直近で、聖女が魔王を封印したといううわさを聞いたこと。

ヘカテー。神の名前であり、魔女の名前でもある。一般的には危険視される名前を彼女は持っていたのだ。次に介護。介護と言っても、料理を作ったり、風呂に入れてやったりした感じだ。彼女が障害を抱えているとかいうのではない。彼女はなぜか身の回りのことができないのだ。だから、補助をしていた。そして、魔王封印。マルスを殺したときのまがまがしい何かはそれに関わっているような気がする。謎は尽きないが。魔王が復活して殺されるのか?それとも他の何かがあるのか?

「次はどうなさるおつもりで?」

「ノクスともう一度やってみて、確かめる。残段数は?」

「順調に減っております。」

「まあ、上手くいくかもしれないからやってみるよ。」


ノクスと出会い、彼女とのひと時を過ごす。今回は狩り中を狙おう

と提案し森に潜んでいるところだ。

・・・

「迎えに行ってあげる。死ぬのは私が先だから。」

そこですかさず聞いた。

「君は死ぬのか?」

ノクスがじっとこちらを見つめる。

「時間よ。」

俺はノクスから片時も目を離さなかった。弓を強く引き絞る彼女の口から、血が流れ落ちた。なぜかは知らんがノクスは死ぬ。ノクスが弓を射った。

「ノクス・・・。」

「ごめんね。寿命がわずかだったの。魔道具を使うことを止められてた。」

魔道具は体に少なからずの負担がかかる。ノクスは心臓かどこかが悪いのだろう。耐えきれずに死んだのだ。俺は悔しくて涙が出た。彼女に復讐を果たさせてやりたかった。

「すまないノクス。」

「抱きしめて。」

ノクスを抱きしめた。

「愛してるわ。短い間だったけど。」

「ああ。愛してる。」

青い蝶が飛んだ。光が散る。両の手に力を込めた。それでも別れは来る。ヘカテー、妻は何年も前に死んだことを思い出す。


「ノクスさんとの協力は厳しいようですね。」

「ああ。」

「次はどうしましょうね。」

「まずは記憶を整理してみるよ。」

そういって、頭の中を整理する。

1,ヘカテーは自分が幼い時にすでに亡くなっている。

2,その後もヘカテーとは変わりなく暮らしていた

それから、吸血鬼という亜人の存在を思い出した。彼らは契約者に絶大な力を与えてくれる。

まず、ヘカテーが本物ではないこと。酷く動揺する。じゃあ、妻と思っていたものは何なのか。・・・わからない。考えても答えが思いつかない。その後も普通に接し暮らしていたということは、俺は納得してヘカテーのような何かを受け入れていたのだ。介護していたのは、ヘカテー自身ではなく、ヘカテーのような何かだったようで、自身のことをする能力を持っていないようであった。しかし、記憶はヘカテーそのものだ。彼女からいろいろ教わり、力を付けたことも確かなようだ。俺は、女神を見つめた。

「ヘカテーはいったい誰なんだ?」

「あなたの記憶の中に答えはありますよ。」

「吸血鬼の力であれば、魔王を滅ぼすことは可能か?」

「わかりません。魔王の元に到達した吸血鬼は見たことがありませんから。」

吸血鬼のことを思い出したのだ。意味はあるはず。俺は深呼吸して、心の準備を整えた。

「吸血鬼に会ってみる。」

「橋の下に行くといいですよ。」

「わかった。」

目の前を青い蝶が飛んだ。光が明滅する。次こそは、成功させたい。

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