毒殺と盗賊
俺はムリエルと酒を飲み終わると、外に出た。太陽がギラギラと輝く。ムリエルがすぐに宿屋に行こうとしたのを止めて、まずは毒草を取って来ることにした。スイセンは案外簡単に見つかった。海岸沿いの小さな草地に咲いていた。葉っぱだけをいくつか取る。見た目だけならニラと変わらない。
「料理に混ぜるの?」
「そのつもりだ。」
「煮込み料理がいいかもね。」
トリカブトの方は、山に入って行って摘んだ。魔法で毒を抽出し、小瓶に詰めた。
「どんな奴を殺すの?」
「英雄王。」
「わぉ。大胆ね。好きよ。そういう男。手伝ってあげるけど、どうやって毒を忍ばせる?」
「食事係に紛れこめるか?」
「簡単よ。魔法を使えばね。」
ムリエルと共に城下町に戻り、宿屋に行く。シャワーを浴びて、ベッドに横になる。何時間が立っただろう。すっかり窓の外は夕方だった。妻以外のものとこういう関係になるのは計算外だったが不思議と罪悪感は湧いてこなかった。彼女の軽い性格なおかげもあったかもしれない。
「どうして英雄王を殺したいの?」
彼女がささやきかけるように聞いた。
「妻を殺された。」
「あんたみたいな男捕まえた奥さんはいい女ね。復讐してあげるんだ。奥さんのために。」
「ああ。」
「復讐は何も生まないってやつもいるけど、実際有意義な命の使い方なのかもしれないわね。大事な人のために体を張る。それが単純に魔物からとか暴徒から守るっていうのと、死んだ大事な人の尊厳を守るために敵を殺すっていうのとは違う様に思えない。どちらも何かを殺すことで守って、大事な人が生きているか死んでいるかの違いだけなのだわ。」
「自分のすべてを差し出していいと思った。」
「あたしも、少しぐらいならいいわ。あんたに少しだけあげる。」
「どうしてそこまでしてくれる?」
「一目ぼれ。あたし、熱しやすく冷めやすいタイプで、すぐに気に入った男とは寝ちゃうんだけど、尽くしたくなるのよね。女のサガなのかしら。冷める時も一瞬だけど、あんたはずっと熱に浮かせたままにしてくれそうだわ。」
ムリエルの浮ついた様子にソルは冷静になっていく。
「そんなにいいもんじゃない。」
「あんたの影気になるわ。」
「ほとんど覚えていない。」
事実だ。
「少しでいいわ。」
「・・・孤児だった。それだけ。」
「本当に少しね。笑っちゃう。」
ムリエルがくすくすと笑った。
「あんたは?」
「ふふ。少しだけよ。元勇者パーティーの盗賊なの。英雄王とは旧知の中よ。」
体をがばっと起こす。
「なぜ手伝う?元とはいえ、仲間を殺そうとしているんだぞ!」
「うん。そうね・・・。勇者パーティーでの私の扱いは決していいものではなかった。女はほかに聖女もいたし、戦える騎士もいた。私の活躍と言えば、荷物持ちと鍵開けくらいのものよ。英雄王からはほとんど相手にされなかった。どうしてついていけたのか不思議なくらい。英雄王についてきていたのか。って言われた時はショックだったわ。この目で魔王が退治されるところも見たけど、正直英雄王には苦手意識しか持っていないの。だから、死のうがあまり気にならないわ。あんな男よりも、あんたの方がよっぽどいい男に見える。」
ムリエルに体を撫でられる。俺はムリエルの悲しそうな眼を見て、胸が痛んだ。勇者パーティーという名誉の中、彼女は何も残せなかったのだ。
「あたしが毒を盛りに行くからあんたは忍んで待ってて。そのぐらいのことはさせて頂戴。」
「本当にいいのか?」
「どうせだったら、うっぷんを晴らしたいもの。」
彼女はにっこりと笑った。
「そういえば、酒には強い?」
「それなりには。」
「じゃあ、これが終わったら記憶が飛ぶくらい浴びるように飲みましょ。先に寝たら許さないんだから。」
俺は思わず笑った。
「わかったよ。約束な。」
「ええ。」
夜が近くなると王宮の食堂に忍び込んだ。調理係の一人を気絶させ、隠してムリエルが調理室に向かうのを見て、俺はマルスの後ろをついて回った。マルスが食卓に着くと、料理が運び込まれてくる。今日はカレーだ。煮込み料理。スイセンの葉だろうか、緑色のものが混じっているのが見えた。トリカブトの毒も入れたのだろうか。心配を感じながら、マルスの食事シーンを眺める。カレーと飯を一掬いして、口に入れる。咀嚼し飲み込む。トリカブトの毒は即効性のはず。食べてからすぐに症状が現れるはずだった。しかし、マルスが食べ進めていく中で変化は見られない。首をかしげる。毒は入れられなかったのか。しばらく食べた後、マルスが口を開く。
「今日の調理担当は?」
従者が答える。
「タラです。いかがされましたか?」
「毒が混じっておる。」
従者が目を丸くする。俺も驚いた。
「呼んでまいります。」
しばらくすると、タラに扮するムリエルが呼ばれた。
「いかがされましたか王様?」
「お前が作ったのだな。」
「はい。」
マルスがくくっと笑いだす。
「俺は特殊体質でな。毒が効かんのだ。」
タラ=ムリエルの額に汗の粒ができる。
「何の事でございましょうか。」
「とぼけるつもりか?ならば、問答は無用か。」
マルスが魔術を唱えると、タラの姿が歪む。そこにムリエルの姿が暴かれる。
「女盗賊か。馬鹿な真似をしたな。」
「知らなかったわ。あんなに近くにいたのにね。毒が効かないとは・・・。」
「近く?」
「あたしの事、やっぱり覚えていないんだ。」
「復讐か?」
「そんなところね。」
「いや、覚えているよムリエル・クラルス。大変世話になったものだ。」
「あたしはただの雑用だったわ。」
「協力者が他にいるな。そっちが本命だろう。」
「・・・。」
「答えれば、命までは取らんよ。」
「あたしは、あんたの中ではいない人に等しかったはずでしょ。」
「そうかもな。」
「これは私の復讐よ!誰のものでもない。私の!」
「不当に扱った覚えはない。」
「あんたの中ではね!あたしにとっては屈辱だった。聖女の尻ばっか追いかけやがって!」
「不当な物言いだ。俺は仲間を等しく見ていたよ。」
「ついてきていたのかって言ったくせに!」
「腕が未熟だったのは確かであろう。鍵開け以外はろくに戦いもせず、ついてきていた。」
「いっそ解雇してくれたらよかったのに!」
「世話になったといったろう!お前がいなければ、魔王城の侵入もスムーズにはいかなかった。」
ムリエルが肩で息をするのを見て、逃げてほしいと思った。嫌な予感がしていた。俺は、表せない姿にもどかしさを感じていた。ムリエルが腰のナイフを抜く。嫌な予感は加速していく。
「やめておけ。」
「女だからって見くびるなよ!」
「見くびってなどおらぬ。ただ仲間の情報を吐けば、見逃してもいいと言っておるのだ!」
「仲間なんていない!これはあたしの復讐だ!!」
ムリエルがマルスにとびかかる。マルスは剣を抜いて、ムリエルを切った。剣が深く入った。ムリエルが崩れ落ちる。俺はたまらず魔法を解いて、ムリエルを抱きかかえた。
「ダメ・・・じゃないか・・・姿をみせちゃあ。」
「すまない。俺のせいだ!こんなことになるなんて・・・。」
「酒、飲む約束・・・守れそうにない・・・。」
「君はここまで賭ける予定じゃなかったのに!」
「つい・・・ね。あんたが・・・いい男すぎたの。」
ムリエルの体から、熱が冷めていく。
「心は・・・ポカポカしてる。やっぱ・・・あんた・・・いい男・・・泣き顔もいい・・・。」
ムリエルがこと切れた。俺は彼女を抱きかかえて泣いた。マルスはその様をただ静かに眺めた。青い蝶が飛ぶ。光が散る。妻は妊娠していた。その記憶が浮かび上がった。
「五人のうちの一人が亡くなってしまいましたね。」
女神が言った。俺は愕然として
「ムリエルは?」
と聞いた。
「時間が巻き戻るので。」
短く返す女神。その一言で、やっと安堵できた。
「毒殺は厳しいようです。他の手を考えなくては。」
俺は女神を見つめた。
「本当にうまくいくのか?」
「うーん。わかりません。でも、やらないと・・・。」
女神が眉間に手を当てながらその場をぐるぐると回った。
「他の場所に行ってみるっていうのはありだと思います!協力者がいた方がはかどるだろうし。」
「また、ああいう目に合わせるのはごめんだ。」
「そうは言っても、一人でできる事なんて限られてますから。」
女神の説得に頷くしかない。
「何か便利な道具とか、殺せる手段はないのか?」
「いやー。そういうのは・・・。」
出す気がないらしい女神。しらっとした顔をする。
「次は城下町の入り口に行くとかどうでしょう。」
「わかった。そうしてみる。」
青い蝶が飛ぶ。光の明滅。俺は、ベンチに向かった。記憶を整理する。
1,妻は妊娠していた。しかし、自分との子でないことを知っている。
2,妻は、師匠でもあった。彼女に魔法の数々と、生き方を学んだ。
その他は、剣技の記憶がよみがえった。これもおそらく彼女に習ったものなのだろう。自分との子でない子を妊娠。それを知ったときショックだった。浮気なのか?わからない。夫婦関係について思い出せないものだから、どうしてなのかは定かではない。それにしても、幼い時から彼女は師匠だったようだ。年の差とかどれくらいなのだろう。記憶の整理が終わって立ち上がり、城下町の入り口へと向かう。門が開いていた。エルフの女性が門の前で荷馬車の荷物を整理していた。そこに人影が近寄り、何かをかすめ取っていった。
「泥棒!」
その声に反射的に反応し、人影を取り押さえる。人影の力が抜ける。組み伏せて、取ったものをエルフの女性に渡す。
「ありがとうございます!」
近くにいた憲兵に身柄を引き渡すと、エルフの女性が近づいてきた。
「見事なお手並みでした。」
「たいしたことはやっていない。」
「いえいえ、あなたのおかげで魔道具が一つ戻ってきましたから。」
エルフの女性の手の中に、先ほど人影が取っていったものが握られていた。
「魔道具商人か。」
「当たりです!これから王宮に商売しに行くところなんですよ。実は、お兄さんに相談があって・・・。」
「なんだ?」
「うーん。」
「遠慮なく言っていい。」
「そうですかね。・・・剣術は得意ですか?英雄王様と手合わせしてみたくありませんか?」
「剣術は得意だが。手合わせとは?」
「お兄さん慎重派ですね。魔道具の使用感を確かめるための場所を用意してもらえることになったんです。でも、いい剣士がいなくて。お流れになりそうなんです。」
「俺がそれに出ると?」
「はい。魔道具を試してもらえるだけでいいんです。基本は剣士として英雄王様と手合わせするだけでオーケイですよ!」
チャンスかもしれない。どさくさに紛れて、マルスを殺せる。
「どんな魔道具があるんだ?」
「剣の威力を高めてくれるものから、剣に特殊効果を付けてくれるもの、材質を変えるものまであります。一つ一つ英雄王様に見ていただくのです。」
「力になろう。」
エルフの女性がにっこりと笑った。
「助かります。今回の商売はもうだめかと思いましたよ。お名前を聞いても?」
「ソル・キルクスだ。」
「私は、プルーデンス・サピエンス。プルとお呼びください。」
長い金髪に緑の目、白い肌を持った女性がそうはにかんだ。




